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無縁仏に花を  作者: 八雲 海
第一集 無縁仏に花を

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5/13

第五話「境内の子」

健吾が来たのは、十月の終わりだった。


 夕方、境内の隅に少年が座っていた。中学生くらいだろうか。学校の鞄と、着替えが入っているらしい紙袋を足元に置いて、膝を抱えていた。堂島が声をかけると、少年は逃げなかった。ただ顔を上げて、まっすぐ見てきた。


「泊まっていいですか」


 臆した様子がなかった。覚悟を決めた目だった。



 名前を聞くと、健吾と答えた。中学二年。新宿区内の学校に通っているという。


「家は」


「あります」


「帰れないのか」


 健吾は少し間を置いた。


「帰りたくないんです」


 それ以上は言わなかった。堂島も聞かなかった。


「飯は食ったか」


「昼から食ってません」


「上がれ」



 庫裏で飯を食わせた。冷や飯に味噌汁、漬物だけの質素なものだったが、健吾は黙って全部平らげた。食べ方が綺麗だった。どんな家でも、それだけはきちんとしつけられていたのかもしれない。


「一晩だけだ」


 堂島が言うと、健吾は頷いた。


 翌朝、健吾はいなかった。


 布団は畳んであった。



 三日後、また来た。


 今度は夕方ではなく、昼過ぎだった。学校を抜けてきたらしく、制服のままだった。


「また来ました」


「見ればわかる」


「泊まっていいですか」


 堂島は少し健吾を見た。目の下に薄く隈がある。三日間、どこかをうろついていたのかもしれない。


「境内の掃き掃除をしろ。箒はそこにある」


 健吾は黙って箒を取った。



 それから健吾は毎日来るようになった。


 掃除、水やり、買い出し。堂島が黙って示すと、健吾は黙ってこなした。不器用だったが、手を抜かなかった。文句も言わなかった。


 一週間が過ぎた頃、堂島は健吾の部屋を決めた。本堂の隣の小さな部屋。荷物を置いていいと言うと、健吾は少し目を見開いてから、静かに頷いた。


 家のことを聞いたのは、それからさらに三日後だった。


「父親がいるのか」


 健吾が箒を止めた。


「います」


「母親は」


「いません。小さい頃に出て行きました」


「父親と住んでいるのか」


「一応」


 その「一応」の重さが、堂島にはわかった。


「父親は何をしている」


 健吾が少し躊躇った。それから言った。


「組の人間です」


 堂島は表情を変えなかった。


「三東会か」


 健吾が顔を上げた。驚いた目をしていた。


「なんでわかるんですか」


「勘だ」



 健吾が来て二週間が経った頃、男が流魂寺に現れた。


 四十がらみ。短く刈った頭、首に入れ墨。目つきが鋭い。三東会の末端組員の顔をしていた。


「息子がいるだろう」


 堂島が門のところで向かい合った。


 男は堂島を見て、一瞬だけ何かを察したような顔をした。袈裟の下に何があるか、同じ世界にいた人間にはわかる。


「返してもらおうか」


「健吾はここで働いています」


「親の俺が迎えに来てるんだ」


 堂島は動かなかった。


「あんたの息子は、ここで飯を食って、ここで寝ています。毎日掃除をして、買い出しをして、真面目にやっています」


「だから何だ」


「帰したくない」


 男の目が細くなった。


「お前、何者だ」


「流魂寺の住職です」


 男がじっと堂島を見た。堂島は目を逸らさなかった。


 長い沈黙があった。


「この子は俺が預かる。文句があるなら本山に言え」


 男は舌打ちをした。それから踵を返した。門を出る前に一度だけ振り返る。


「好きにしろ」


 それだけ言って、男は路地の向こうへ消えた。



 健吾が縁側から一部始終を見ていた。


 堂島が戻ると、健吾は何も言わなかった。ただ目が少し赤くなっていた。


「飯にするか」


 堂島が言うと、健吾は頷いた。


 その夜、二人で並んで飯を食った。おかずは豆腐の煮付けだけだった。健吾は黙って食べた。堂島も黙って食べた。


 箸を置いた後、健吾がぽつりと言った。


「ありがとうございます」


 堂島は答えなかった。


 それでよかった。


第五話 了

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