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無縁仏に花を  作者: 八雲 海
第一集 無縁仏に花を

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2/13

第二話「刃の重さ」

昼過ぎに女が来た。


 四十代だろうか。地味なワンピースに小さなハンドバッグ。化粧は薄く、髪をきっちりまとめている。どこにでもいる中年女性に見えた。ただ首に、古い傷があった。引きつれた皮膚が、襟元からわずかに覗いている。


 健吾が掃除をしていた境内で、女は立ち止まった。


「住職さんはいますか」



 堂島が庫裏で向かい合うと、女は名前を名乗らなかった。


「葬式を出してほしい男がいます」


「身内ですか」


「違います」


 女が少し間を置く。


「私を刺した男です」


 堂島は表情を変えなかった。


「その男は今」


「死にました。先月、別の事件に巻き込まれて」


 女の声は静かだった。怒りでも悲しみでもない。何かを全部終わらせようとしている人間の声だった。


「葬儀社には断られました。身寄りがないし、素性も良くないからって。でも、誰かに弔ってほしかった」


「なぜ」


 女が初めて視線を落とした。


「わかりません。ただ、誰にも弔われないのは、嫌だと思って」



 堂島は引き受けた。


 女が封筒を出した。「これだけしか用意できませんでしたが」


 中を確かめもせず、堂島は受け取った。


 読経は短く、しかし丁寧だった。本堂に女と堂島の二人だけ。位牌もない。遺影もない。骨壺すらない。ただ線香の煙だけがあった。


 読経が終わった後、女はしばらく動かなかった。



 縁側に並んで座った。堂島が茶を出した。


 女が口を開いた。


「十三年、一緒にいました」


 堂島は何も言わない。


「最初はそんな人じゃなかった。でも、いつの間にか。逃げられなくて、気づいたら首を絞められていて」


 指が茶碗をゆっくり撫でる。


「刺されたのは五年前です。それで踏ん切りがついて、逃げました」


「その後は」


「なんとかやっています」


 少し間があった。


「なんで憎い男を弔えるんですか」


 女が堂島を見た。純粋な疑問だった。


 堂島は袈裟の袖をわずかにまくった。腕の内側、彫り物の端が見える。牡丹の花びらが一枚、手首のあたりまで伸びていた。


 女が息を呑む。


「俺が死なせた奴の中にも、弔われなかった奴がいる」


 堂島は袖を戻した。


「だから俺がやる。それだけだ」



 女が帰り際に言った。


「あの男を、恨んでいます。今でも」


「そうですか」


「それでも、弔ってもらえましたか」


 堂島は頷いた。


「恨んでいても、手は合わせられる。そういうもんだ」


 女は少し考えてから、また聞いた。


「楽になれますか、いつか」


 堂島は答えなかった。すぐには。


 境内の木が風に揺れた。空が高かった。


「わからん。ただ、今日あんたはここに来た。それでいい」


 女は頷いた。深くではなく、ただ小さく。


 門を出る前に一度だけ振り返った。流魂寺の古い屋根を見上げて、それから歩いていった。



 堂島は本堂に戻り、線香を一本立てた。


 名前も知らない男のために。


 弔われるべき命かどうか、堂島には関係なかった。ここに来た者は、弔う。それだけだった。


 煙が揺れもせず、真っ直ぐ上がっていった。


第二話 了

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