表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無縁仏に花を  作者: 八雲 海
第一集 無縁仏に花を

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/13

第十一話「追った男」

梶本が来たのは、十二月の初めだった。


 午前中の静かな時間だった。健吾は学校に行っていた。堂島が本堂の掃除をしていると、表門から声がした。


「すみません、どなたかいらっしゃいますか」



 六十代の男だった。背筋が真っ直ぐだった。定年退職したばかりの元刑事というのは、後から聞いた話だが、最初に見たときからそういう種類の人間だとわかった。立ち方が違った。長年、人を見てきた人間の目をしていた。


 男は名刺を出した。すでに肩書きのない、名前だけの名刺だった。


「梶本といいます。突然お邪魔して申し訳ない」


「どうぞ」



 庫裏で向かい合った。


 梶本は茶碗を両手で持ち、一口飲んでから言った。


「葬式をお願いしたい男がいます」


「身内ですか」


「違います」


 梶本が茶碗を置いた。


「私が二十年追い続けた男です」



 話を聞いた。


 男の名前は田所といった。連続窃盗犯だった。二十年で三十件以上の犯行。梶本が担当刑事として追い続け、十五年前にようやく逮捕した。懲役八年。出所後は更生しようとしたが、仕事も見つからず、身寄りもなく、二ヶ月前に都内のアパートで孤独死した。


「弔う者がいません。私が葬式を出そうと思って」


 堂島が聞いた。


「なぜあなたが」


 梶本が少し考えた。


「あいつの人生で、一番長く関わったのが私だからです」


 堂島は何も言わなかった。


「おかしいですか」


「おかしくない」



 葬儀は翌日にした。


 梶本が田所の遺骨を持ってきた。小さな骨壺だった。位牌もなかった。梶本が自分で用意した。田所の戒名は堂島がつけた。


 本堂に梶本と堂島の二人だけ。線香の煙が静かに上がった。


 読経の間、梶本はずっと手を合わせていた。目を閉じていた。どんな顔をしているかは、堂島には見えなかった。



 読経が終わった後、二人で縁側に座った。


 梶本が空を見ながら言った。


「あいつが最初に捕まったのは十七のときでした。少年院を出て、また盗んで、また捕まって。そういう繰り返しでした」


 堂島は聞いた。


「私が逮捕したとき、あいつは四十二でした。取調室で向かい合って、なぜ盗むのかと聞いたら、黙っていました。最後まで黙っていました」


「わからなかったのか」


「わかりたくなかったのかもしれません。理由がわかってしまったら、ただ可哀想な男になってしまうから」


 梶本が茶碗を持った。


「あいつの育った環境を調べたとき、ああそうかと思いました。そうなるしかなかった男だと」



 しばらく沈黙があった。


 梶本が口を開いた。


「住職さん、正義って何ですかね」


 堂島は答えなかった。すぐには。


 線香の煙が真っ直ぐ上がっていた。風のない日だった。


「私は三十八年、刑事をやりました。悪いことをした人間を捕まえるのが仕事でした。それが正義だと思っていました」


「今は違うか」


「わかりません」


 梶本が空を見た。


「田所を捕まえたことは正しかった。でも、田所があそうなったことを誰も止めなかったことは、正しくなかった。どっちも本当のことです」



 堂島は少し間を置いてから言った。


「手を合わせることしか、俺にはわからん」


 梶本が堂島を見た。


「正義かどうかは、俺には判断できない。ただここに来た人間には手を合わせる。それだけだ」


 梶本が頷いた。


「それで十分かもしれませんね」


 二人でしばらく黙って空を見た。


 冬の空は高かった。雲一つなかった。



 梶本が帰り際に言った。


「田所は服役中、一度だけ手紙をよこしたことがあります」


「なんと書いてあった」


「すみませんでした、それだけです」


 堂島は頷いた。


「誰に向けた言葉だったんでしょうね」


 梶本が独り言のように言った。


「被害者か、私か、それとも自分自身か」


 堂島は答えなかった。


 梶本が深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


 門を出て、真っ直ぐ歩いていった。振り返らなかった。元刑事の、真っ直ぐな背中だった。



 堂島は本堂に戻った。


 田所の位牌の前に線香を一本立てた。


 どんな人間だったかは知らない。何を盗んで、何を失って、どんな気持ちで死んでいったかも知らない。


 それでも手を合わせる。


 煙が真っ直ぐ上がっていった。


 冬の光が本堂の奥まで差し込んでいた。静かな午後だった。


第十一話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ