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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第一章  
7/9

第7話  人支援の神の登場

 扉が、開いた。

 音がなかった。

 蝶番が軋むはずの扉が、音もなく開いた。それだけのことだった。それだけのことだが、広間の全員が息を止めた。


 “存在“が入ってきた。


 金髪だった。背が高かった。がっしりとした体型、肉体の密度が違った。人間の形をしていたが、人間が持つはずの曖昧さがなかった。輪郭が鮮明すぎた。

 理解される感覚だった。この“存在“は何者か、と問う前に、答えだけが来た。

 広間が静かだった。泣いていた者も、怒鳴っていた者も、今は黙っていた。


 その存在は部屋の中央に立った。王子が一歩引いた。自然にそうなった。

 そして口を開いた。


「説明は、ここからは私、シグナルドが行います」


 威圧感はなく声は普通だった。大きくなかった。しかし全員に届いた。

 内側で声が聞こえた


 ━━人支援の神です。神が説明すべき事を言うと思います━━


 ツルだ。この神の事を知っているのだろうか。ツルからの情報が少ない。ツルにとってどのような関係かわからない。


 ━━知り合いですか? どのような関係です?━━


 ━━知り合いです━━


 少しの間の後、返答が返ってきた。知り合いだとわかった。関係性は不明のまま。これ以上は答えてくれないと判断した。


 ♢


「あなた方の肉体は既に調整されています」


 ざわめきが起きた。


「現地の人間より強靭です。魔力の保有量も高い。魔力とは魔法を行使する時に使います。魔法は火や水を出したり、肉体を高めたり五感の補助が出来ます。魔法はこの世界なら誰でも使えるが、この強化は召喚に際し、私が行ったものです」


 誰かが手を見た。連鎖した。広間の各所で、自分の手を見る者がいた。早速魔法を使い、手に火や土を出している転移者もいた。


「ただし」


 シグナルドは短く良く通る声で言った。魔法を使っていた転移者は魔法をやめた。


「それでも魔王には届かない」


 広間は静寂に包まれた。


 ♢


 シグナルドが手を動かした。


 空間が変わった。

 空中に映像が現れた。映像、という言葉しか出てこなかったが、それよりも鮮明だった。立体的で、質量があるように見えた。

 人が映っていた。

 ベッドに横たわっている人間が、複数見えた。目を閉じていた。管が繋がっていた。機械が脇に並んでいた。

 広間が揺れた。


「俺の……」

「お母さん」

「待って、それ誰の」


 声が重なった。悲鳴のような声が上がる。

 映像の中に、人の顔があった。病室に座って、手を握っている家族がいた。泣いている者もいた。呆然としている者もいた。

 勇雄は映像を見た。

 自分の体はなかった。他にも体が映っていない者が数人いた。別の場所にあるのか、それとも別の事情があるのか、今は判断できなかった。


 隣のミカを見た。

 ミカは映像を見ていた。静かだった。映像の中に自分の体が映っているのかどうか、表情からは読み取れなかった。


「あの体は、あなた方がいた元の世界にあります」


 シグナルドは続けた。


「植物状態です。現地の医療機関で管理されています」

「帰れるんですか」


 誰かが言った。その声は震えていた。


「帰還の条件は一つです」


 シグナルドは握りこぶしを作り、続けた。


「魔王討伐」


 広間が凍った。


「それが唯一の帰還条件です」

「じゃあ魔王を倒せば帰れるってこと?」

「倒せば、元の体に戻ります」

「倒せなかったら」


 シグナルドは少し間を置いた。


「未達成のまま死亡した場合、元の肉体も死亡します。未達成で一年を迎えると、その体は急速に衰え死に至ります。」


 広間が崩れた。


「は?」

「そんな……」

「待ってください」

「おかしいだろ」


 声が重なった。シグナルドは待った。


「なぜそんなことを」


 声が上がった。怒りだった。


「これは創造神の定めた規定です」


 シグナルドは言った。


「私に変更権限はありません」

「あなたは神なんでしょう」

「はい」

「なのに変えられないんですか」

「変えられません」


 断定だった。言い訳がなかった。謝罪もなかった。ただ事実だった。


「私より上位の存在が定めたルールです。神であっても覆せない」


 広間が静かになった。

 怒りの行き場がなくなったような静けさだった。


「ただし」


 間を置いて、シグナルドは続けた。


「討伐への貢献に応じ、報酬が与えられます」


 全員聞く姿勢になった。


「高額の報酬です。現地の通貨に換算すれば、一般的な生活水準で数十年分に相当します」

「お金だけですか」

「いいえ。転移先の選択が可能です。元の世界に戻ることも、別の場所に移ることも、選択できます」


 ミカが動いた。

 小さな動きだった。顔が少し上がった。目が開いた。


「別の、星も選べますか」


 声は小さかったが、はっきりしていた。

 シグナルドはミカを見た。


「選択肢に含まれます」


 ミカの表情が、わずかに変わった。明るくなったように感じた。


「他には」と別の誰かが言った。

「身体の最適化。損傷の修復、疾患の除去、体質の調整」

「何でもできるんですか」

「いえ魂に刻まれている情報━━寿命の延長、性格や才能の変更や骨格の大幅な改変は対象外です。その他の詳細については、貢献度に応じて開示します」


 ♢


「なぜ神が直接戦わないのですか」


 勇雄の声が、広間に響いた。

 シグナルドの視線が、勇雄を捉える。観察者の目だ。


「いい質問です」とシグナルドは言った。感情がなかった。「我々は直接干渉できない」

「理由は何ですか?」

「神の干渉は世界の均衡を崩します。一定以上の介入は、魔王側の強化を誘発します。均衡が崩れると神は干渉できない。」


 シグナルドは手を胸に当てて言った。


「この身体は観測体です。干渉に制限がある。それが理由です。だからこそ」


 シグナルドは一呼吸おいた。


「だからこそ、あなた方が必要です」


 シグナルドはそう言って締め括った。


 ♢


「最後に、適性のある者は加護を得られる施設に移動します」


 シグナルドは言った。広間全体に向けた声だった。


「施設とは何でしょうか」


 誰かが言った。


「支援施設です。見た目はあなた達の世界の学校に近い」


 ざわめきがあった。


「魔王討伐に必要なものは全て揃っています。居住区、訓練施設、医療、情報。生活するのに不足はありません」

「強制ですか」

「強制ではありません」


 シグナルドは言った。


「選択です」


 間を置いた。


「ただし、施設の外で生存するのは困難です。この世界で、あなた方を守れる場所はここしかありません」


 シグナルドは後ろにいるカルス王子に目配せした。彼は自分の言葉でゆっくり答えた。


「旅立つ人を、止めることはしません。ただ、我が国は今、十分な援助をお約束できる状態にありません。各自の判断と責任になります。日本語が使える人はこの城にしか、いないでしょう。」


 カルス王子は握り拳を作って訴えた。


「このまま、魔王を野放しにすればこの国は滅ぶ、でしょう。皆様が最後の希望です。どうか我が国を救って下さい。」


 王子は頭を深く下げた。それを見た兵士、侍女、貴族らしき人も頭を深く下げていった。


 誰もが黙っていた。

 全員がそれを理解していた。しかし強制とも言えなかった。出口はあった。ただ、その出口の先に床がなかった。

 勇雄は広間を見渡した。

 顔を確認した。全員の顔を。混乱が残っていた。しかし、方向が定まっていた。戦う、逃げる、の二択になっていた。そして逃げる先がない、と全員が知っていた。

 内側で声がした。


 ━━武藤さん、あなたはどうしますか━━


 ツルだった。更に続けた。


 ━━施設に行くことをお勧めします━━


 勇雄は答えなかった。

 答える必要がなかった。最初から決まっていた。美香を探すために来た。探せる場所に行く。それだけだ。

 ツルは美香とミカについて何か知っているはずだ。後で聞こうと考えた。

 ミカを見た。

 ミカは勇雄を見ていた。


「行きますか」とミカは言った。

「行く」


 一人が立ち上がった。それが連鎖した。全員ではなかったが、大半が立ち上がった。


「施設に行きます」

「私も」

「行くしかないだろ」

「……行く」


 声が重なった。

 シグナルドは広間を見ていた。表情はなかった。ただ、全員を一人ずつ見ていた。何かを探してような目だった。

 勇雄はその目を見た。

 この神は何を探しているのか。

 それは分からなかった。

 転移者達は動いていた。

 施設へ向かう流れが、始まっていた。

第7話を読んでいただきありがとうございます。

シグナルドの登場シーン、雰囲気は伝わりましたか。この神はまだ出番は多くないですが重要な神です。

また、ミカの「別の星も選べますか」という一言、気づいて頂けましたか。彼女の背景は少しずつ描いていきます。お楽しみ下さい。

次話は新キャラの登場です。よろしくお願いします。

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