第7話 人支援の神の登場
扉が、開いた。
音がなかった。
蝶番が軋むはずの扉が、音もなく開いた。それだけのことだった。それだけのことだが、広間の全員が息を止めた。
“存在“が入ってきた。
金髪だった。背が高かった。がっしりとした体型、肉体の密度が違った。人間の形をしていたが、人間が持つはずの曖昧さがなかった。輪郭が鮮明すぎた。
理解される感覚だった。この“存在“は何者か、と問う前に、答えだけが来た。
広間が静かだった。泣いていた者も、怒鳴っていた者も、今は黙っていた。
その存在は部屋の中央に立った。王子が一歩引いた。自然にそうなった。
そして口を開いた。
「説明は、ここからは私、シグナルドが行います」
威圧感はなく声は普通だった。大きくなかった。しかし全員に届いた。
内側で声が聞こえた
━━人支援の神です。神が説明すべき事を言うと思います━━
ツルだ。この神の事を知っているのだろうか。ツルからの情報が少ない。ツルにとってどのような関係かわからない。
━━知り合いですか? どのような関係です?━━
━━知り合いです━━
少しの間の後、返答が返ってきた。知り合いだとわかった。関係性は不明のまま。これ以上は答えてくれないと判断した。
♢
「あなた方の肉体は既に調整されています」
ざわめきが起きた。
「現地の人間より強靭です。魔力の保有量も高い。魔力とは魔法を行使する時に使います。魔法は火や水を出したり、肉体を高めたり五感の補助が出来ます。魔法はこの世界なら誰でも使えるが、この強化は召喚に際し、私が行ったものです」
誰かが手を見た。連鎖した。広間の各所で、自分の手を見る者がいた。早速魔法を使い、手に火や土を出している転移者もいた。
「ただし」
シグナルドは短く良く通る声で言った。魔法を使っていた転移者は魔法をやめた。
「それでも魔王には届かない」
広間は静寂に包まれた。
♢
シグナルドが手を動かした。
空間が変わった。
空中に映像が現れた。映像、という言葉しか出てこなかったが、それよりも鮮明だった。立体的で、質量があるように見えた。
人が映っていた。
ベッドに横たわっている人間が、複数見えた。目を閉じていた。管が繋がっていた。機械が脇に並んでいた。
広間が揺れた。
「俺の……」
「お母さん」
「待って、それ誰の」
声が重なった。悲鳴のような声が上がる。
映像の中に、人の顔があった。病室に座って、手を握っている家族がいた。泣いている者もいた。呆然としている者もいた。
勇雄は映像を見た。
自分の体はなかった。他にも体が映っていない者が数人いた。別の場所にあるのか、それとも別の事情があるのか、今は判断できなかった。
隣のミカを見た。
ミカは映像を見ていた。静かだった。映像の中に自分の体が映っているのかどうか、表情からは読み取れなかった。
「あの体は、あなた方がいた元の世界にあります」
シグナルドは続けた。
「植物状態です。現地の医療機関で管理されています」
「帰れるんですか」
誰かが言った。その声は震えていた。
「帰還の条件は一つです」
シグナルドは握りこぶしを作り、続けた。
「魔王討伐」
広間が凍った。
「それが唯一の帰還条件です」
「じゃあ魔王を倒せば帰れるってこと?」
「倒せば、元の体に戻ります」
「倒せなかったら」
シグナルドは少し間を置いた。
「未達成のまま死亡した場合、元の肉体も死亡します。未達成で一年を迎えると、その体は急速に衰え死に至ります。」
広間が崩れた。
「は?」
「そんな……」
「待ってください」
「おかしいだろ」
声が重なった。シグナルドは待った。
「なぜそんなことを」
声が上がった。怒りだった。
「これは創造神の定めた規定です」
シグナルドは言った。
「私に変更権限はありません」
「あなたは神なんでしょう」
「はい」
「なのに変えられないんですか」
「変えられません」
断定だった。言い訳がなかった。謝罪もなかった。ただ事実だった。
「私より上位の存在が定めたルールです。神であっても覆せない」
広間が静かになった。
怒りの行き場がなくなったような静けさだった。
「ただし」
間を置いて、シグナルドは続けた。
「討伐への貢献に応じ、報酬が与えられます」
全員聞く姿勢になった。
「高額の報酬です。現地の通貨に換算すれば、一般的な生活水準で数十年分に相当します」
「お金だけですか」
「いいえ。転移先の選択が可能です。元の世界に戻ることも、別の場所に移ることも、選択できます」
ミカが動いた。
小さな動きだった。顔が少し上がった。目が開いた。
「別の、星も選べますか」
声は小さかったが、はっきりしていた。
シグナルドはミカを見た。
「選択肢に含まれます」
ミカの表情が、わずかに変わった。明るくなったように感じた。
「他には」と別の誰かが言った。
「身体の最適化。損傷の修復、疾患の除去、体質の調整」
「何でもできるんですか」
「いえ魂に刻まれている情報━━寿命の延長、性格や才能の変更や骨格の大幅な改変は対象外です。その他の詳細については、貢献度に応じて開示します」
♢
「なぜ神が直接戦わないのですか」
勇雄の声が、広間に響いた。
シグナルドの視線が、勇雄を捉える。観察者の目だ。
「いい質問です」とシグナルドは言った。感情がなかった。「我々は直接干渉できない」
「理由は何ですか?」
「神の干渉は世界の均衡を崩します。一定以上の介入は、魔王側の強化を誘発します。均衡が崩れると神は干渉できない。」
シグナルドは手を胸に当てて言った。
「この身体は観測体です。干渉に制限がある。それが理由です。だからこそ」
シグナルドは一呼吸おいた。
「だからこそ、あなた方が必要です」
シグナルドはそう言って締め括った。
♢
「最後に、適性のある者は加護を得られる施設に移動します」
シグナルドは言った。広間全体に向けた声だった。
「施設とは何でしょうか」
誰かが言った。
「支援施設です。見た目はあなた達の世界の学校に近い」
ざわめきがあった。
「魔王討伐に必要なものは全て揃っています。居住区、訓練施設、医療、情報。生活するのに不足はありません」
「強制ですか」
「強制ではありません」
シグナルドは言った。
「選択です」
間を置いた。
「ただし、施設の外で生存するのは困難です。この世界で、あなた方を守れる場所はここしかありません」
シグナルドは後ろにいるカルス王子に目配せした。彼は自分の言葉でゆっくり答えた。
「旅立つ人を、止めることはしません。ただ、我が国は今、十分な援助をお約束できる状態にありません。各自の判断と責任になります。日本語が使える人はこの城にしか、いないでしょう。」
カルス王子は握り拳を作って訴えた。
「このまま、魔王を野放しにすればこの国は滅ぶ、でしょう。皆様が最後の希望です。どうか我が国を救って下さい。」
王子は頭を深く下げた。それを見た兵士、侍女、貴族らしき人も頭を深く下げていった。
誰もが黙っていた。
全員がそれを理解していた。しかし強制とも言えなかった。出口はあった。ただ、その出口の先に床がなかった。
勇雄は広間を見渡した。
顔を確認した。全員の顔を。混乱が残っていた。しかし、方向が定まっていた。戦う、逃げる、の二択になっていた。そして逃げる先がない、と全員が知っていた。
内側で声がした。
━━武藤さん、あなたはどうしますか━━
ツルだった。更に続けた。
━━施設に行くことをお勧めします━━
勇雄は答えなかった。
答える必要がなかった。最初から決まっていた。美香を探すために来た。探せる場所に行く。それだけだ。
ツルは美香とミカについて何か知っているはずだ。後で聞こうと考えた。
ミカを見た。
ミカは勇雄を見ていた。
「行きますか」とミカは言った。
「行く」
一人が立ち上がった。それが連鎖した。全員ではなかったが、大半が立ち上がった。
「施設に行きます」
「私も」
「行くしかないだろ」
「……行く」
声が重なった。
シグナルドは広間を見ていた。表情はなかった。ただ、全員を一人ずつ見ていた。何かを探してような目だった。
勇雄はその目を見た。
この神は何を探しているのか。
それは分からなかった。
転移者達は動いていた。
施設へ向かう流れが、始まっていた。
第7話を読んでいただきありがとうございます。
シグナルドの登場シーン、雰囲気は伝わりましたか。この神はまだ出番は多くないですが重要な神です。
また、ミカの「別の星も選べますか」という一言、気づいて頂けましたか。彼女の背景は少しずつ描いていきます。お楽しみ下さい。
次話は新キャラの登場です。よろしくお願いします。




