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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第一章  
6/9

第6話  王子からの説明

 廊下を歩いた。

 侍女が先を行き、勇雄とミカがその後に続いた。廊下の奥から声が聞こえていた。複数の声が重なって、収拾がついていない音になっていた。


 大広間の扉が開いた。

 広い部屋だった。

 高い天井、石造りの壁、長いテーブルが端に寄せられていた。本来は整然とした空間なのだろうが、今は人が散らばっていた。仮設の椅子が並べられ、兵士と侍女が各所に立っていた。対応している人数が明らかに足りていなかった。

 人がいた。

 三十人以上いた。全員、勇雄と同じような服を着ていた。異世界で支給されたものだ。年齢は若い。全員高校生に見えた。

 声が重なっていた。


「ここどこだよ!」


 男の声だった。壁際に立った男子生徒が、兵士に向かって言っていた。兵士は言語が分からないのか、困った顔で立っていた。


「説明してください!何が起きてるんですか!」


 別の声だった。女子生徒が侍女の袖を掴んでいた。泣いていた。侍女がたどたどしい日本語で何かを言おうとしていたが、声にならなかった。


「え、待って、これ異世界転移じゃん。マジで?」


 興奮した声もあった。男子生徒が周囲を見回しながら笑っていた。隣の生徒に話しかけていたが、その生徒は顔色が悪く、壁にもたれて動かなかった。

 床に座り込んで膝を抱えている者が二人いた。声を出さず、ただ固まっていた。


「チャイム鳴ったと思ったら光って、魔方陣みたいな物が教室に広がって……気づいたらここにいた。皆何組だ?」


 誰かが言った。その声は震えていた。誰も彼の質問に答える状態ではない。ちぐはぐな返答が来る。


「俺も。集団の写真撮影が終わって、ホームルームが始まる前だったよな」

「帰して! 連休に家族でスカイツリーに旅行なのに!」

「ステータスオープン……何も起こらないじゃないか! 異世界じゃないのかよ」

「……お母さん」

「私達になにするの。死ぬの……やだ死にたくない」

「スマホ、どこ? スマホあれないと私……」


 ♢


 ざわめきが続いていた。

 勇雄は立ったまま部屋を見渡した。

 観察した。

 三十七人。全員日本人に見えた。年齢は十五から十七程度。感情状態は、混乱が大半、恐怖が一部、興奮が少数、麻痺が数人。言語は全員日本語を使用している。異世界語を理解している様子はない。


 自分との差が明確だった。

 なぜ自分だけがこの状況を整理できるのか。

 勇雄は内側に意識を向けた。ミカと会ってからずっと沈黙していた。……まだいるかどうか分からない。


 ━━ツル、聞こえますか━━


 返答がなかった。

 もう一度問いかけた。


 ━━ツル━━


 応答はない。もういないのか、集中しているのか、聞こえていないのか、判断できなかった。

 勇雄は考えた。

 ツルが調整したと言っていた。この異常な精神力や観察力も調整の結果なのだろうか。 


 “人“以外の何かになっていくような……


 今は保留だ。しかし、ツルには早く出ていってほしかった。自分が自分でなくなる前に。

 その不快な疑念をを意識の端に押し殺しで、勇雄は広間の観察を続行した。


 ♢


 内側で声がした。

 ━━あの人を見てください。壁際、左から三番目━━


 ツルが話しかけて来た。何か言い返そうとしたが、やめた。

 勇雄は指示に従い視線を動かした。

 壁際に女子生徒がいた。座り込んでいた。膝を抱えて、うつむいていた。隣の生徒が何か言いかけたが、反応がなかった。


 ━━見ていてください━━


 勇雄は見た。それ以上の指示はなかった。理由も説明されなかった。


 ツルが誰かを探しているのか、勇雄には分からなかった。


 ♢


 ミカの気配が動いた。

 勇雄の隣にいたミカが、広間の中に入っていた。

 床に座り込んでいた一人の近くに行った。しゃがんだ。声は聞こえなかったが、何か言っていた。相手が顔を上げた。ミカが頷いた。

 別の場所に移動した。今度は泣いている女子生徒の隣に立った。何も言わずに、ただそこにいた。しばらくして、女子生徒の泣き声が少し小さくなった。

 ミカは部屋を静かに動いていた。近づいて、何かをして、離れた。

 勇雄はそれを見ていた。

 人が困っていれば近づく。それだけだった。


 広間が少し落ち着いてきた頃、ミカは勇雄の隣に戻ってきた。


「大丈夫か」

「はい」とはっきりとした声で言った。「みんな怖いんだと思います」

「そうだな」

「武藤くんは怖くないんですか」


 勇雄は少し考えた。


「怖いと思う前に、考える事が多すぎる。」


 勇雄の答えに、ミカは小さく、いたずらっぽく笑った。


「変なの。でも、嫌いじゃないですよ、その考え方」


 ♢♢


 扉が開いた。

 広間がざわめいた。

 若い男が入ってきた。二十代前半に見えた。整った顔だったが、目の下にクマがあった。服の造りは上質だった。背筋が伸びていた。


 男が広間の中央に立った。


 声が静まった。完全ではなかったが、存在感が空間を引き寄せた。

 男は一度、広間全体を見渡した。それから、口を開いた。日本語だった。流暢だったが、発音に訓練の痕跡があった。


「皆さん、突然のことで、大変な思いをされていると思います。まずお詫びを申し上げます」


 頭を下げた。深かった。

 広間が、静かになった。


「私はこの国の第一王子、カルス29世と申します。この場を代表して説明させていただきます」


 カルス王子は顔を上げた。


「この星はワールです。あなた達から見て異世界です。そしてここはサンミン国のパーミナル地方のカルサルト城です。皆さんを召喚したのは意図的なものです。神に依頼し、皆さんをこの世界、ワールに来ていただきました。これは皆さんの意思を無視した行為です。その点については、深くお詫びします」


 再び頭を深く下げた。ざわめきが起きた。


「なんで俺たちが」

「帰れないってこと?」


 声が重なった。カルス王子は静かに待った。


「この国は今、危機にあります。数年前、魔王城が突然この領地に出現しました。以来、魔王軍との戦いが続いています。一週間前、我が父、国王が戦場で戦死しました」


 広間が静かになった。


「その魔王軍は退けることに成功しました。しかし、状況は変わっていません。一ヶ月後、こちらから魔王城へ進軍する予定です。それまでに、準備が必要です」


 カルス王子は一度間を置いた。


「皆さんに戦力として期待していることは事実です。隠しません。しかし、強制はしません。この国は皆さんを丁重にもてなし、支援を惜しみません。衣食住、訓練、情報、必要なものは全て提供します」


 勇雄は聞きながら観察した。

 カルス王子の声に嘘の気配はなかった。この日の為に準備してきた言葉だろう。しかし、準備してきた言葉の中に、本音があった。


「また」とカルス王子は続けた。「一点、お伝えします。皆さんの人数は、我々が想定していた数をはるかに上回っています。準備が追いついていない部分があります。現場の者たちが今、懸命に対応しています。ご不便をおかけすることをお許しください」


 広間がまたざわめいた。今度は少し違う種類のざわめきだった。


「なんで多いんだよ」

「予定より多いって何事」

「逆にこれだけいるなら心強くない?」


 勇雄は声を聞きながら、人の顔を順番に見た。

 混乱が収まりきっていない者、受け入れようとしている者、すでに計算し始めている者。

 隣のミカを見た。

 ミカはカルス王子を見ていた。静かな目だった。カルス王子の言葉を一つずつ受け取っているような聞き方だった。


「最後に」とカルス王子は言った。「もう一方、皆さんにお話をしたい方がいます」


 広間が少し静まった。


「神です。召喚に関わった神が、皆さんに直接話したいとのことでした。準備が整い次第、ご登場いただきます」


 広間がざわめいた。


「神って」

「本物の神?」

「どんな神なんだよ」


 勇雄は広間の扉を見た。


 その時、空気が変わった。


 変わった、という表現では足りなかった。空気の質が、突然別のものになった。重さが増した。温度が下がったわけではなかったが、皮膚が何かを感じた。

 誰かが押し黙った。それが連鎖した。ざわめきが、消えた。

 全員が、同じ方向を見ていた。

 扉だった。

 まだ開いていなかった。

 それでも、何かが来る気配があった。廊下の向こうに、圧倒的な“存在“が近づいている。

 近づいている、という表現も正確ではなかった。

 世界がそちらに向かって、傾いているような感覚だった。

 勇雄は扉を見た。

 広間の全員が、息を止めていた。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

転移者たちの反応とカルス王子の説明は如何でしたでしょうか。リアルに感じて頂けましたか。

転移者の混乱と異世界側の準備してきた事が伝わるように描きました。

次の話では神が登場します。よろしくお願い致します。


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