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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第一章  
5/9

第5話  探していた人物?

 廊下に出た。

 眩暈は収まっていた。足が床を踏む感触はある。体はほぼ問題なく動いた。

 引力は続いていた。

 方向が分かった。廊下を左に進んだ先だ。根拠はない。だが迷いはなかった。勇雄は歩いた。


 歩き続けると目的の扉があった。

 引力はここだった。

 勇雄は扉の前に立った。一拍置いた。ノックした。

 ……返答がなかった。もう一度、ノックした。やはり返答がなかった。


 勇雄は扉を開けた。


 ♢


 部屋は自分のものとほぼ同じ造りだった。白い天井、石の壁、窓から午前の光が入っていた。


 ベッドに人がいた。


 横になっていた。まだ目を開けていなかった。

 髪が長かった。黒に近い茶色で、ベッドの上に広がっていた。腰の辺りまである。肌は白く、眠っている。

 勇雄は足を止めた。

 見た瞬間感じた。

 外見が同じ。髪の色が同じ。……それだけではなかった。もっと直感的な、確信だった。この人物だ。探していた。


「美香」


 名前を呼んだ。

 眠っていた人物のまぶたが動いた。目を開いた。目の色は落ち着いた茶色だった。

 焦点が合っていなかった。天井を見ていた。ゆっくりと視線がこちらに向いた。


 口が開いた。

 言語が出てきた。……それは日本語ではなかった。音の構造が、さっき調整された異世界語とも異なっていた。別の言語だ。


 第三の言語。

 勇雄には理解できなかった。


「どうした? 美香……何を言っている」


 勇雄は日本語で言った。

 人物は少し目を細めた。こちらを見ていた。少しの間、何かを考えるような間があった。


「……ここはどこ、ですか」


 今度は、日本語だった。


「ここは異世界の王城らしい」


 人物は上体を起こした。髪が肩から流れ落ちた。勇雄を見ていた。


「初めて、会いますよね」


 彼女は勇雄の目を見て言った。


「……そうか」

「そうです」


 否定だった。穏やかな否定だった。攻撃的でなく、ただ事実として言っていた。


「望月 美香か?」


 人物は少し首を傾けた。


「名前は似てるけど、違います。私は美香じゃないです」


 勇雄は黙った。

 名前が違う。初めて会うと言っている。外見は一緒だが同一ではないかもしれない。


 しかし。


 仕草があった。首の傾け方。答える前の間の取り方。声の質が持つ柔らかさ。


 違わなかった。


 理屈ではなかった。それでも、勇雄には確信があった。この人物だ。名前が違っても、初めて会うと言われても、彼女がなんと言おうと、この人物こそが自分の探していた存在だ。

 理由の説明はできなかった。


「……そうか」


 勇雄は言った。


「名前を……教えてもいいですか」


 人物は言った。少し迷っている声だった。


「構わない」

「じゃあ、ミカ、で大丈夫です」


 勇雄は少し待った。


「本名じゃないな」

「……似てるから、それで」


 ミカは小さく笑った。誤魔化しているのが分かった。理由は聞かなかった、今は待てばいい。


「武藤 勇雄だ」

「武藤くんか」とミカは繰り返した。「覚えた」


 ♢


 遠くで誰かが日本語で何かを話しているのが聞こえる。他の転移者が起きて来たのだろうか。

 勇雄は部屋の入り口に寄りかかった。


「状況を共有する」

「はい」

「ここは異世界だ。城の中にいる。俺たちは神に転移させられた。魔王討伐のためらしい。他にも転移者がいる。俺は高校の入学式の後、ある人物が魔法陣に巻き込まれるのに居合わせた。そのあと神が現れて『助けたいか』と聞かれた。助けたいと言った。そしたらここに来た。」


 一息に言った。

 ミカは黙って聞いていた。頷きもしなかった。ただ聞いていた。


「以上だ。そっちの状況は」


 間があった。

 ミカは膝の上で手を重ねた。視線が少し下を向いた。


「……私は」


 ミカは顔を下に向けて、はっきりとした声で言った。


「死んで、ここに来ました」


 勇雄はすぐに言葉を被せる。


「死んだ記憶があるのか」

「はっきりした記憶じゃないんですけど……それと死後かはわからないけど……何かを、選んだ感覚があります。」

「選んだ?」

「はい。誰かのために、何かを選んだ気がします。あと……誰かと、約束した気がして」

「……約束」

「それ以上は分からないです。ごめんなさい」

「謝る必要はない」


 ミカは顔を上げた。

 勇雄はその顔を見た。

 何かを隠していると思った。情報が少なすぎる。しかし嘘をついているという感触はなかった。話せない何かがある。それだけだ。


「無理に話さなくていい」


 ミカは少し目を細めた。


「……ありがとう」


 窓から風が入ってきた。

 ミカの髪が揺れた。

 勇雄は少し距離を詰めた。差し出す意図があったわけではなかった。体が起こせるか確認しようとした、それだけだった。


「立てるか」

「たぶん」


 ミカが足をベッドの外に出した。立ち上がろうとした。勇雄は手を伸ばした。

 触れた瞬間、何かがあった。

 音が、止んだ。

 一瞬だった。廊下の遠い声が、外の風の音が、全部が静止したような感覚があった。それから戻った。戻ったが、空気の質が少し変わっていた。

 ミカもそれを感じたようだった。目が少し開いた。


「……今、何か」

「分からない」


 二人とも、それ以上は何も言わなかった。説明がなかった。しかしそれ以上追わなかった。追わなくていい気がした。


 ミカは立ちあがった。

 少し眩暈があるようだった。それでも壁に手をつかなかった。


「大丈夫か」

「はい」

「無理するな」


 ミカは少し笑った。


「武藤くんって、話しやすいですね」

「初対面だが」

「分かってます」


 ミカは勇雄を見た。


「なんか、落ち着く。理由は分からないんですけど」


 勇雄は答えなかった。

 理由はこちらも分からなかった。ただ、同じだと思った。


 ミカは窓の外を見た。空の色をしばらく眺めていた。


「……ここ、異世界ですよね」

「そうだ」

「そうですよね」ミカは確認しているようだった。「なんか、空の色が違うなって」

「気づくのが早いな」

「色が好きだから、たぶん」


 短い答えだった。それ以上言わなかった。

 勇雄はその横顔を見た。

 窓から光が入っていた。髪に光が当たって、茶色の中に細かい色の差が見えた。表情は穏やかだった。何かを考えていた。しかしそれを表に出さなかった。

 うまく隠していると思った。

 何を隠しているか、今は分からない。

 しかし、それでも。

 このミカだ、という確信は変わらなかった。


 ♢


 廊下から足音が聞こえる。近づいてくる。扉の前で止まった。

 ノックがあった。


「失礼します」


 日本語だった。扉が開いた。

 侍女が立っていた。さっきとは別の侍女だ。

 彼女は二人を交互に見た。それから、日本語で言った。


「目が覚めたようで、良かったです。王子からの説明があります。一緒に来ていただけますか?」


 勇雄はミカを見た。

 ミカは頷いた。


「行きます」


 勇雄も前を向いた。


「分かった」


 廊下の先に、他の転移者たちの気配があった。

第5話を読んで頂きありがとうございます。

この話では勇雄とミカとの出会いはいかがでしたか。勇雄は転移前に出会った美香であると確信していますが、ミカは初めて会ったと言っています。

ミカについてはまだ話せないことが多いですが、今後少しづつ明かして行く予定です。

お楽しみください。

次の話は王子からの異世界の状況や説明です。よろしくお願い致します。

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