第5話 探していた人物?
廊下に出た。
眩暈は収まっていた。足が床を踏む感触はある。体はほぼ問題なく動いた。
引力は続いていた。
方向が分かった。廊下を左に進んだ先だ。根拠はない。だが迷いはなかった。勇雄は歩いた。
歩き続けると目的の扉があった。
引力はここだった。
勇雄は扉の前に立った。一拍置いた。ノックした。
……返答がなかった。もう一度、ノックした。やはり返答がなかった。
勇雄は扉を開けた。
♢
部屋は自分のものとほぼ同じ造りだった。白い天井、石の壁、窓から午前の光が入っていた。
ベッドに人がいた。
横になっていた。まだ目を開けていなかった。
髪が長かった。黒に近い茶色で、ベッドの上に広がっていた。腰の辺りまである。肌は白く、眠っている。
勇雄は足を止めた。
見た瞬間感じた。
外見が同じ。髪の色が同じ。……それだけではなかった。もっと直感的な、確信だった。この人物だ。探していた。
「美香」
名前を呼んだ。
眠っていた人物のまぶたが動いた。目を開いた。目の色は落ち着いた茶色だった。
焦点が合っていなかった。天井を見ていた。ゆっくりと視線がこちらに向いた。
口が開いた。
言語が出てきた。……それは日本語ではなかった。音の構造が、さっき調整された異世界語とも異なっていた。別の言語だ。
第三の言語。
勇雄には理解できなかった。
「どうした? 美香……何を言っている」
勇雄は日本語で言った。
人物は少し目を細めた。こちらを見ていた。少しの間、何かを考えるような間があった。
「……ここはどこ、ですか」
今度は、日本語だった。
「ここは異世界の王城らしい」
人物は上体を起こした。髪が肩から流れ落ちた。勇雄を見ていた。
「初めて、会いますよね」
彼女は勇雄の目を見て言った。
「……そうか」
「そうです」
否定だった。穏やかな否定だった。攻撃的でなく、ただ事実として言っていた。
「望月 美香か?」
人物は少し首を傾けた。
「名前は似てるけど、違います。私は美香じゃないです」
勇雄は黙った。
名前が違う。初めて会うと言っている。外見は一緒だが同一ではないかもしれない。
しかし。
仕草があった。首の傾け方。答える前の間の取り方。声の質が持つ柔らかさ。
違わなかった。
理屈ではなかった。それでも、勇雄には確信があった。この人物だ。名前が違っても、初めて会うと言われても、彼女がなんと言おうと、この人物こそが自分の探していた存在だ。
理由の説明はできなかった。
「……そうか」
勇雄は言った。
「名前を……教えてもいいですか」
人物は言った。少し迷っている声だった。
「構わない」
「じゃあ、ミカ、で大丈夫です」
勇雄は少し待った。
「本名じゃないな」
「……似てるから、それで」
ミカは小さく笑った。誤魔化しているのが分かった。理由は聞かなかった、今は待てばいい。
「武藤 勇雄だ」
「武藤くんか」とミカは繰り返した。「覚えた」
♢
遠くで誰かが日本語で何かを話しているのが聞こえる。他の転移者が起きて来たのだろうか。
勇雄は部屋の入り口に寄りかかった。
「状況を共有する」
「はい」
「ここは異世界だ。城の中にいる。俺たちは神に転移させられた。魔王討伐のためらしい。他にも転移者がいる。俺は高校の入学式の後、ある人物が魔法陣に巻き込まれるのに居合わせた。そのあと神が現れて『助けたいか』と聞かれた。助けたいと言った。そしたらここに来た。」
一息に言った。
ミカは黙って聞いていた。頷きもしなかった。ただ聞いていた。
「以上だ。そっちの状況は」
間があった。
ミカは膝の上で手を重ねた。視線が少し下を向いた。
「……私は」
ミカは顔を下に向けて、はっきりとした声で言った。
「死んで、ここに来ました」
勇雄はすぐに言葉を被せる。
「死んだ記憶があるのか」
「はっきりした記憶じゃないんですけど……それと死後かはわからないけど……何かを、選んだ感覚があります。」
「選んだ?」
「はい。誰かのために、何かを選んだ気がします。あと……誰かと、約束した気がして」
「……約束」
「それ以上は分からないです。ごめんなさい」
「謝る必要はない」
ミカは顔を上げた。
勇雄はその顔を見た。
何かを隠していると思った。情報が少なすぎる。しかし嘘をついているという感触はなかった。話せない何かがある。それだけだ。
「無理に話さなくていい」
ミカは少し目を細めた。
「……ありがとう」
窓から風が入ってきた。
ミカの髪が揺れた。
勇雄は少し距離を詰めた。差し出す意図があったわけではなかった。体が起こせるか確認しようとした、それだけだった。
「立てるか」
「たぶん」
ミカが足をベッドの外に出した。立ち上がろうとした。勇雄は手を伸ばした。
触れた瞬間、何かがあった。
音が、止んだ。
一瞬だった。廊下の遠い声が、外の風の音が、全部が静止したような感覚があった。それから戻った。戻ったが、空気の質が少し変わっていた。
ミカもそれを感じたようだった。目が少し開いた。
「……今、何か」
「分からない」
二人とも、それ以上は何も言わなかった。説明がなかった。しかしそれ以上追わなかった。追わなくていい気がした。
ミカは立ちあがった。
少し眩暈があるようだった。それでも壁に手をつかなかった。
「大丈夫か」
「はい」
「無理するな」
ミカは少し笑った。
「武藤くんって、話しやすいですね」
「初対面だが」
「分かってます」
ミカは勇雄を見た。
「なんか、落ち着く。理由は分からないんですけど」
勇雄は答えなかった。
理由はこちらも分からなかった。ただ、同じだと思った。
ミカは窓の外を見た。空の色をしばらく眺めていた。
「……ここ、異世界ですよね」
「そうだ」
「そうですよね」ミカは確認しているようだった。「なんか、空の色が違うなって」
「気づくのが早いな」
「色が好きだから、たぶん」
短い答えだった。それ以上言わなかった。
勇雄はその横顔を見た。
窓から光が入っていた。髪に光が当たって、茶色の中に細かい色の差が見えた。表情は穏やかだった。何かを考えていた。しかしそれを表に出さなかった。
うまく隠していると思った。
何を隠しているか、今は分からない。
しかし、それでも。
このミカだ、という確信は変わらなかった。
♢
廊下から足音が聞こえる。近づいてくる。扉の前で止まった。
ノックがあった。
「失礼します」
日本語だった。扉が開いた。
侍女が立っていた。さっきとは別の侍女だ。
彼女は二人を交互に見た。それから、日本語で言った。
「目が覚めたようで、良かったです。王子からの説明があります。一緒に来ていただけますか?」
勇雄はミカを見た。
ミカは頷いた。
「行きます」
勇雄も前を向いた。
「分かった」
廊下の先に、他の転移者たちの気配があった。
第5話を読んで頂きありがとうございます。
この話では勇雄とミカとの出会いはいかがでしたか。勇雄は転移前に出会った美香であると確信していますが、ミカは初めて会ったと言っています。
ミカについてはまだ話せないことが多いですが、今後少しづつ明かして行く予定です。
お楽しみください。
次の話は王子からの異世界の状況や説明です。よろしくお願い致します。




