第8話 見知らぬ同級生
大広間から外に出た。
城の廊下が続いていた。転移者たちが列になっていた。隣の者と話す者、黙って歩く者、視線を落としたまま動く者。それぞれがそれぞれの速度で、兵士に連れられて同じ方向に向かっていた。
勇雄はミカの隣を歩いた。
外の光が窓から入っていた。空は白っぽかった。
廊下の途中で人の流れが少し詰まった。
勇雄は一人の男に目が止まった。
距離があった。十数人分は離れていた。背が高く、黒髪で、体型は普通だった。髪が短髪より少し長かった。
相手と目が合った。
一瞬だった。
勇雄は視線を戻した。
その人物は親友、塩野 或人に似ていると感じた。
いや。
違う学校に行ったはずだ。別人だ。雰囲気が似ているというだけだ。
列が動き始めた。勇雄も歩いた。
「なあ、ちょっといいか」
声がした。
軽いトーンだった。重さがなかった。
勇雄は足を止めた。振り返った。
さっきの人物が、少し後ろにいた。
顔を見た。
知らない顔だった。
勇雄は一拍置いた。
「何かようか?」
「同じ転移者だろ、一応」と人物は言った。「自己紹介くらいしといた方がいいかなって。俺、古賀 理人」
古賀 理人。
名前を聞いたが初めて聞く名前だった。
「武藤 勇雄」
「武藤か。」
理人は軽い口調で更に聞いてきた。
「どこの高校?」
「東和高校」
「そうか」と理人は言った。「俺もトウワ高校。」
「同じ高校だな」
「クラスはどこだ? 俺は2組。」
「……5組。」
理人は軽く笑った。
「違うクラスか。まぁ同じクラスでも入学式の日に転移したからなぁ。誰がいたかとか、まだ全然わかんねぇよ」
勇雄は理人を観察した。
この重苦しい状況で彼は軽かった。それが計算か、平静なのか、判断出来なかった。
理人の視線が、勇雄の隣のミカに向いた。
「その子は」
「……一緒にいた」
「そっか」
理人はそれ以上聞かなかった。
ミカを見たのは少しの間だった。からかう様子ではなかった。何か目的がありそうだが、わからなかった。
列が動いていた。
理人が口を開いた。
「……まあ、よろしくな」
「……ああよろしく」
それで終わった。
彼は列の中に戻っていった。人の流れに紛れた。
勇雄は前を向き歩き始めた。
何かが引っかかった。
どこが、と問えば答えが出なかった。声、視線、歩幅。それら一つ一つは初対面の“古賀 理人“のものだ。だが、それらを全体で考えるとあまりにも親友の“塩野 或人“に重なる。
考えすぎだ。ここは異世界で、あいつは日本にいるはずだ。
内側から声が聞こえた。
━━彼が“勇者“なのか━━
ツルは呟くように言った。聞き間違いかとすぐに返答した。
━━今、“勇者“と言いましたか━━
……ツルからの応答はなかった。
廊下の先に光が見えた。
外に出る扉だった。
列が扉に向かって流れていた。外の光が白く差し込んでいた。
ミカが隣にいた。
「あの人、知り合いですか」
ミカが小さい声で言った。
「違う」
「そっか」
ミカはそれ以上言わなかった。
勇雄も言わなかった。
♢
扉の向こうに、施設があった。
城の敷地を出て、少し歩いた先にあった。
石造りではなかった。
周囲の建物は全て石だった。城も、外壁も、遠くに見える城下の建物も。しかしその施設だけ、材質が違った。壁の色が明るかった。表面が均質で、継ぎ目が少なかった。窓の配置が整然としていた。グラウンドが隣接していた。
学校に似ていた。
勇雄はそれを見て、少し考えた。
異世界の石造りの城の隣に、学校がある。召喚された神が作ったものだと聞いていた。なるほど、と勇雄は思った。日本人を収容するために日本人が知っている形に合わせたのか、それとも別の理由があるのか。
列が施設の入口に向かって動いていた。
入口にホールがあった。
天井が高かった。内部は広く、柱が等間隔に並んでいた。
この施設の職員が数名、入口付近に立っていた。職員は侍女、兵士や貴族で構成されているようだ。
「今からあなたさま、たちの名簿を作ります。この門くぐって下さい。1人ずつお願いします。」
勇雄は見た。
入口に2メートルぐらいのアーチ型構造物があった。表面に細かい文様が刻まれていた。何かの魔道具だと判断した。
職員が門の前に立ち、門を通過して言った。
「このように通るだけで終わりです。簡単です。このゲートは名前かファースト名前と性別を拾います。他には、この世界での職や悪い人、分かります。これは城の入り口の物、借りてきています。ご協力お願いします。」
職員が頭を下げた。転移者は返事か頷いた。
列の先頭が動いた。
一人目が通った。
門の間を歩いた瞬間、光が走った。細い光だった。白というより、透明に近い色だった。その人物の体を、足元から上へ、一秒ほどでなぞった。
それで終わった。
二人目が通った。同じだった。光が走って、消えた。
勇雄の番が来た。門の間を通った。光が走った。足元から、肩を越えて、頭の上まで。何の感触もなかった。
ミカの番だった。
勇雄は先に通過して、振り返った。
ミカが門の間に入った。
光が走った。
足元から上へ動いていた。しかし、胸の辺りで、光が揺れた。
そして音がした。
低い音だった。一度だけ短く。
職員が動いた。門に近づき文様に触れた。何かを調整した。
光がまた走った。今度は最後まで止まらなかった。
ミカは施設の内部に進んだ。表情が変わっていなかった。
内側は静かだった。
ツルは沈黙したままだった。
♢
職員が転移者の前に出た。日本語で話し始めた。たどたどしいが意味は理解できた。
施設の案内だった。居住区、食堂、訓練施設、医療区、図書館。それぞれの場所と使い方の説明だった。
転移者の反応は様々だった。メモを取ろうとしている者、話を聞けていない者、隣の人間と小声で話している者。
勇雄は職員の言葉を聞きながら、施設の構造を把握した。
昼食まで自由時間があると職員が言った。割り当ての部屋に案内されるまでの間、ホールに留まっていてほしいとのことだった。
ミカが隣に来た。
「ここ、学校みたいですね」
「そうだな」
「なんか、安心するような、しないような」
少し間があった。
「私のゲート、何かありましたか」
「音がした」
「ですよね」ミカは少し目を落とした。「なんでだろう。私だけ」
「機械の誤作動じゃないか」
根拠はなかった。
ミカは少し考えた。
「……そうかもしれないですね」
納得したかどうかは分からなかった。しかし、それ以上は言わなかった。
部屋の割り当てが始まった。
職員が苗字か名前を読み上げながら、一人ずつ案内していた。
勇雄は自分が案内されるのを待ちながら、施設を見た。廊下が奥に続いていた。窓から外が見えた。
「ミカ、様」
ミカが別の職員呼ばれ案内されていった。
「また後で」とミカは言った。
「ああ」
ミカが廊下の向こうに消えた。
「ムトウ、様」
勇雄は職員に呼ばれ自分の部屋に案内された。
廊下を進んだ。角を曲がった。扉の前で職員が止まった。部屋の番号を告げて、短い説明をして、立ち去った。
勇雄は扉を開け部屋に入った。
清潔だった。ベッドが一つ、机が一つ。窓から外が見えた。グラウンドの端が見えた。
扉を閉めた。
部屋の中に、勇雄だけがいた。正確には、勇雄と、内側にツルがいた。
勇雄はベッドの端に座った。
内側に向かって、静かに声をかけた。
━━そろそろ、話せますか━━
しばらく間があった。ツルの声がした。
━━はい。話せます━━
勇雄は一拍置いた。そして意を決して言った。
━━……出ていって欲しい━━
第8話を読んでいただきありがとうございます。
理人との出会いはいかがでしたか。重苦しい状況の中で、何かを隠しているのか、本当に軽いのか、今は判断できない人物として描きました。
ミカのゲートのエラー、気づいていただけましたか。少しずつ謎に迫っていきます。
一言:ゲートは現地の人が神に相談せずにしています。
次話もよろしくお願いします。遂に謎の神ツルとの対話です。




