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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第二章
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53/55

第53話  洞窟への最後の訓練

 夕食後。


 部屋へ戻った五人は、テーブルの上に置かれた神眼鏡(しんがんきょう)を囲んでいた。


「……今日の訓練、どうする?」


 勇雄が尋ねる。


 前川先輩が神眼鏡を見つめた。


「今日もやるの? 明日に備えて体力を温存した方がよくない?」

「希望者だけでいいと思う」


 勇雄が答える。


「明日は実戦だ。無理に精神を擦り減らす必要はない」


 短い沈黙。


 最初に手を挙げたのはグリナだった。


「私は行く!」

「グリナはやると思った」


 理人が苦笑する。


「少しでも歩く感覚とか、荷物の重心を身体に覚えさせておきたいの!」

「私も行きます」


 ミカが続く。


「本番前に、もう一度だけ自分の役割と魔法の連携を確認しておきたいです」

「……はぁ」


 前川先輩が溜息(ためいき)を吐き、自分の神眼鏡を手に取る。


「置いていかれるのも嫌だし、私もやる。最後の確認くらいしておきたいわ。……指揮官なんだから」

「じゃあ俺も」


 理人が神眼鏡を持ち上げる。


「留守番してても暇だしな」


 全員の意思を確認し、勇雄の口元がほんの僅(わず)かに緩んだ。


「……じゃあ、全員だな」


 五人はそれぞれ神眼鏡を手に取り、ベッドや椅子に腰を下ろした。


 出発前の最後の修行。


「これも、今日で最後か」


 前川先輩が眼鏡のレンズを見つめる。


「そうですね。明日は本番ですから」


 ミカが微笑む。


 一斉に神眼鏡を装着した。


 視界が瞬時に闇へ沈み、世界が再構築されていく。


 ♢


 暗闇が晴れる。


 そこは、いつもの白の訓練領域だった。


 しかし、立ち並ぶ四神の表情は、これまでとは少し違っていた。


「……今日で最後だったな」


 師匠神が全員見ながら言った。


「そうです。明日からは洞窟に向かいます」


 勇雄が答える。


「よし。最後の総仕上げだ!」


 師匠神が声を張った。


「身体に覚え込ませたものを、全部出してみろ!」


 五人が、それぞれの位置につく。


 ♢


 勇雄が正面から敵の注意を引きつける。


 その死角を理人が抜け、的確な一撃を叩き込む。


 ミカは氷の足場で敵の動きを制限しながら、攻撃と支援を切り替える。


 グリナは印弾で敵の動きを補助しつつ、必要な物資を素早く取り出していく。


 そして高所では、前川先輩がクロスボウを構えていた。


「右から来る!」


 声と同時に矢が放たれる。


 五人の動きは、以前とは比べものにならないほど自然だった。


 誰かが動けば、別の誰かがそれに合わせる。


 長い戦闘は必要なかった。


「そこまでだ!」


 師匠神が手を挙げる。


 五人は武器を収め、四神の前へ集まった。


 勇雄が四神を見つめる。


「……最後なのか?」


 姉貴神が柔らかく笑った。


「洞窟に行くまでの訓練は、ね」


 ♢


 師匠神が勇雄の前へ歩み寄る。


「強くなったな、勇雄」

「……まだ、自分が強くなる理由は分からないです」

「答えが全部出なくてもいい」


 師匠神は首を横に振った。


「お前自身が変わったなら、それで十分だ。実戦で振るう刃に迷いを混ぜるな」

「……分かりました」


 次に先輩神が前川先輩へ向き直った。


「五人程度でも、人をまとめるのは難しいだろう?」

「……五人でも十分大変です」


 前川先輩が苦笑する。


「それでいい。全員を思い通りに動かそうとするな。迷った時に最後の判断を下す。それがお前の役目だ」

「……はい」

「自分を信じろ」

「分かりました」


 前川先輩は、自分のクロスボウへ手を添えた。


 教授神は分厚いメモ帳を閉じ、グリナの大型リュックを見る。


「補給は軽視されやすい。だが、補給を失った者は戦うことすらできない」

「私、ちゃんと役に立ってる?」


 グリナが尋ねる。


「安心しなさい。役に立っている」


 教授神は即答した。


「……ただし、役に立つからといって荷物を増やしすぎるな。重さで動けなくなっては元も子もない」

「えっ、ばれてた?」


 グリナが肩をすくめる。


 教授神は呆れたように眼鏡を押し上げた。


「最初から気づいていた」

「じゃあ、少しくらい増やしても━━」

「駄目だ」

「即答!?」


 グリナが頬を膨らませる。


 その様子に、四神の間から小さな笑いが漏れた。


 師匠神がミカの前に立つ。


「お前は戦える」


 ミカが静かに顔を上げる。


「だが、それ以上に重要なのは、戦わなくていい者を戦わせないことだ」

「……はい」


 ミカは勇雄たちの背中へ視線を向けた。


 師匠神は一瞬だけ何かを言いかけたが、結局それ以上は語らなかった。


「自分の判断を信じろ」


 ミカは深く一礼した。


 最後に姉貴神が、勇雄と理人の間へ入った。


「あなた達……まだ少し距離があるわね?」


 理人が肩をすくめる。


「そう見えます?」


 勇雄は答えない。


「目的が同じだから一緒にいる。それでもいいわ」


 姉貴神は二人を交互に見た。


「でも、少しは信用してもいいんじゃない?」


 理人が勇雄を見る。


 勇雄も一瞬だけ、その瞳を見返した。


「……考えておきます」


 姉貴神は満足そうに微笑んだ。


 ♢


 教授神が眼鏡を押し上げ、本題へ入った。


「さて……一つ、話しておきたい」


 四神の空気が変わる。


「我々が『元になった神々』……その者たちが、これから向かう洞窟に何かを残した可能性が高い」

「……何か?」


 勇雄が尋ねる。


「詳しいことは分からない。ただ、あのディーヌ洞窟の構造は、本物の教授神が構想した可能性すらある」


 勇雄は四神を見回した。


「……どうして、そこまで教えてくれるのですか?」


 四神の間に、一瞬の沈黙が落ちる。


 先輩神が静かに口を開いた。


「おそらくお前達は……旅の道中で神と接触する」

「神と……!?」


 前川先輩の表情が強張(こわば)った。


「……戦う可能性はあるのか?」


 勇雄が尋ねる。


 教授神がメモ帳を握り直す。


「否定はできない」

「理由はありますか?」

「神眼鏡が使われていること。人間が神の石を所有していること。そして、それが外れなくなっていること」


 教授神が五人を見渡す。


「あり得ない事実が、三つも重なっている」

「つまり……」

「我々の知らぬところで、神々の側に何かが起きている。そう考えるべきだ」


 五人の表情が強張る。


「もし、本当に神と鉢合わせしたら……どうすればいいの!?」


 前川先輩の声が上ずる。


 師匠神が答えた。


「基本は逃げろ」

「逃げる……?」

「相手は神だ。まともにやり合おうと思うな」


 師匠神が真剣な表情で続ける。


「神は人間と見分けるのが難しい。道中で出会う人間にも、常に注意を払え」

「気配を眩(くら)ませるのも重要よ」


 姉貴神が続けた。


「人混みや魔物の群れに紛れて姿を隠しなさい。神であっても、この世界のルールから完全に逃れることはできないわ」


 そして、声を落とす。


「特に命を直接奪うような行為は、神にとっても精神を激しく消耗させるの」

「そうだ。だから、無闇(むやみ)に牙を剥(む)く必要はない」


 先輩神が頷く。


「だが、どうしても逃げられなくなった時は━━」


 師匠神が一歩前へ出る。


「その時だけ、覚悟を決めて刃を抜け」


 勇雄が黙って師匠神を見る。


「相手が神だからといって絶望するな。勝てない相手ではない」


 師匠神の声に力がこもる。


「……ただし、決して勝てると思うな。死力を尽くせ」


 その言葉に、グリナが胸元の装飾へ触れた。


「……でも、それって。神様に反逆することにならないの……?」


 現地人として宝神教を信仰してきたグリナの顔には、明らかな迷いがあった。


 四神は、それを笑わなかった。


 姉貴神がゆっくりと膝を折り、グリナと目を合わせる。


「神様にも、いろいろな考えがあるのよ」


 優しい声だった。


「あなたが正しいと思ったことをすればいいわ」

「……分かった」


 不安が消えたわけではない。


 それでもグリナは、自分の足で立つように、深く頷いた。


 ♢


 四神が五人の前へ並ぶ。


 教授神が口を開く。


「洞窟は、知識だけでは攻略できない」


 先輩神が続ける。


「無理だと思ったら、戻れ」


 師匠神が言う。


「戦うべき時だけ、迷わず戦え」


 最後に姉貴神が、五人を見つめる。


「そして━━」


 眩(まぶ)しいほどの笑顔を浮かべた。


「ちゃんと、五人で帰ってきてね」


 食堂で交わした言葉が、五人の胸に蘇る。


 五人は、それぞれ力強く頷いた。


 空間の端から退去の光が広がっていく。

 世界が少しずつ分解され始める。


 勇雄は最後に、四神へ視線を送った。


「……世話になった」


 師匠神が胸を張り、不器用に口元を緩めた。


「礼を言うのはまだ早い」


 そして、力強く言い切る。


「……無事に帰ってきてから言え」


 視界が白い光に包まれる。


 やがて、静かな闇へ沈んでいった。


 ━━VR訓練領域、終了。


 五人の意識は、明日訪れるディーヌ洞窟への旅へ繋がる、現実の夜へと戻っていった。

第53話を読んで頂きありがとうございます。

洞窟までの四神との訓練はこれが最後です。ただ、この四神はまだまだ出番があります。お楽しみ下さい。

次話から洞窟に向かいます。

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