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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第二章
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51/55

第51話  情報収集

 朝のやわらかな光が、城塞都市カルーエタウンの宿屋の食堂を静かに照らしていた。


 木製のテーブルに並んでいるのは、少し硬めに焼かれた黒パンと、刻んだ根菜の入った薄い塩味のスープ。そして、塩漬け肉の小切れだった。


 魔王城に近いこの街では、前線へ送る兵糧が優先されるため、朝食も質素なものになっている。


 それでも、湯気の立つスープの温もりが、五人の腹をゆっくりと満たしていく。


「今日は情報を集める。明日、洞窟へ向かう」


 勇雄が短く、今日の行動方針を告げる。


 ミカがスープの匙(さじ)を置き、優しく頷いた。


「買い出しも今日のうちに済ませないとね。前線が近いから、物資の値段も上がってるみたいですし」

「水と食料、それから傷薬の補充は、私がもう一度確認しておくよー」


 グリナが軽い調子で応じる。


 硬いパンをスープに浸していた前川先輩が、ふと顔を上げた。


「ねえ。情報収集って言っても、ギルドで正式な情報を聞くのと、街で生の噂を集めるのじゃ、行く場所が違うわよね」


 前川先輩は五人を見回した。


「二組に分かれない?」

「そうだな。その方が効率的だ」


 理人がスープを口に運びながら頷く。


「じゃあ……私、どっちについていけばいいの?」


 前川先輩が尋ねると、勇雄と理人がほぼ同時に口を開いた。


「こっちに来てください。ギルドの書類や依頼の精査には、前川先輩の冷静な目が必要です」

「いや、前川先輩、俺たちの街頭聞き込みにも来てよ。住民から警戒されずに話を引き出すには、先輩のそのモデル体型と親しみやすさが不可欠だって」

「……」


 前川先輩が二人を交互に見る。


 二人とも冗談ではなく、本気で自分を必要としているらしい。


「いやいやいや、待って? なんでそんな真剣に引っ張り合われてるの、私……?」


 前川先輩は困ったように溜息を吐き、両手をひらひらと振った。


「もうっ。じゃあ『じゃんけん』で決めれば? 勝った方についていくわよ」

「……じゃんけん?」


 グリナが青い編み髪を傾け、不思議そうに前川先輩を見る。


「それ何?」

「あ、うん。じゃんけんねぇ……」


 ミカは誤魔化すように、少しだけ顔を引きつらせた。


「勇雄くん、説明してあげて」

「分かった」


 勇雄は淡々と説明する。


「『じゃんけん、ぽん』と言って、三つの手の形から一つを出す。石がグー、鋏(はさみ)がチョキ、紙がパー。グーはチョキに勝つ。チョキはパーに勝つ。パーはグーに勝つ」

「へぇー!」


 グリナが自分の手を眺める。


「この世界にある『輪・刃・拳』と似てるね。指で輪っかを作るのが手刀の刃に勝って、刃が拳に勝って、拳が輪に勝つやつ」

「そうなんですか?」


 ミカが興味深そうに尋ねる。


「うん! 何かを決める時に、仲間内でやるよー」

「じゃあ、ちょうどいいじゃない」


 前川先輩が笑う。


「私がどちらについていくかを、二人に決めてもらいましょう」

「私とグリナちゃんで?」


 ミカが目を丸くする。


「うん。武藤くんと古賀くんが揉めるより、そっちの方が早いでしょ」

「確かに」


 理人が苦笑する。


「じゃあ、俺たちは結果に従うってことで」


 勇雄も頷いた。


「異論ありません」

「よーし! ミカちゃん、負けないからね!」


 グリナが楽しそうに手を構える。


「ふふっ。私も負けませんよ」


 二人が向かい合う。


「せーの……じゃんけん、ぽん!」


 ミカがパーを出し、グリナがグーを出した。


「あ」


 グリナが自分の拳を見つめる。


「私の負けだー!」

「はい。私の勝ちですね」


 ミカが柔らかく微笑む。


「というわけで、前川先輩はギルド組です」

「了解。じゃあ勇雄くんとミカちゃん、それに私でギルドね」

「うん。情報を精査するなら、三人いた方が確実だからね」


 前川先輩が頷く。


「……なんか、拍子抜けするくらい普通に決まったわね」

「でも、これなら揉めなくて済みましたね」


 ミカが笑う。


「よし、それじゃあ昼頃にここで再集合。遅れないようにね」

「了解!」


 グリナが元気よく返事をする。


「じゃあ、行こうか」


 理人が立ち上がり、グリナも続いた。


 五人はそれぞれの役割を胸に、宿を出た。


 ♢


 ギルドの重厚な扉をくぐった勇雄、ミカ、前川先輩の三人は、受付へ向かった。


「昨日お願いした情報屋の件ですが」


 勇雄が伝えると、受付の職員が頷いた。


「はい。現在、呼びに行かせています。少々お待ちください」


 その直後、別の職員が慌ただしく奥から現れた。


「失礼します。昨日の馬車護衛隊長、ゼイン様から報告が届いています」

「ゼインから?」


 勇雄が振り返る。


「はい。昨日の護衛任務に関するものです」


 職員はカウンターの上へ、小さな革袋を置いた。


「皆様が受け取る予定だった、ラッシュボア一頭分の討伐報酬です」


 前川先輩が袋を持ち上げる。


「……軽い」


 紐を解き、中身を覗き込む。


「……これだけ? 銀貨数枚……?」

「一頭分ですからね」


 職員は淡々と説明した。


「魔物は環境保全のため、乱獲が厳禁されています。討伐した魔物の素材にも価値はありますが、一頭で大金になるほどではありません」

「……うぐっ」


 前川先輩は、ミカにワール語の聞き取れなかった単語を聞いた後、顔が引きつった。


「……これじゃ、私たちが王城で背負った借金には全然届かないじゃない……」

「だから洞窟へ行く」


 勇雄は視線を変えずに答えた。


「あそこには、何かがある」

「……何か、ね」


 前川先輩は革袋を見つめた。


「……本当に、簡単にはいかないわね」

「だから、情報が必要なんです」


 ミカが静かに言った。


「何も分からないまま洞窟へ行くより、少しでも危険を減らしておきたいです」

「そうね」


 前川先輩も頷いた。


 さらに職員が、黒漆塗りの小さな箱をカウンターへ置いた。


 勇雄は箱を指差した。


「これは何ですか?」

「開けてみてください」


 箱を開けると、中には小さな金属製の勲章が入っていた。


「昨日の護衛側から『命を救われた』との強い感謝の申告がありました。個人ではなく、皆様五人の功績として、こちらの『感謝の勲章』が授与されます」

「勲章……?」


 勇雄が手に取る。


 小さな金属の重みが、指先へ伝わった。


「ギルドの記録にも残ります。皆様が誰かを救ったという事実が、生涯にわたって記録に刻まれる名誉です」

「……こういうものもあるのか」


 勇雄が勲章を眺める。


 ミカはそれを覗き込み、嬉しそうに微笑んだ。


「誰かを助けたことを認めてもらえるのは、すごく嬉しいですね」

「私なんて、昨日は必死で矢を一本撃っただけなんだけど……」


 前川先輩が困惑気味に首を傾げる。


「それでも、その一本が必要だったのでしょう」


 職員が穏やかに答える。


「宝神教では、助けられたことを他人へ伝えるのも、『死後、神様に選ばれる』ための行いだと教えられています。誰かを救った者の功績を忘れないためでもあります」


 職員は付け加えた。


「もちろん、複数の証人と証言を精査した結果です。嘘や偽証(ぎしょう)は処罰されます」

「……なるほど」


 前川先輩は勲章を見つめた。


「じゃあ、私たち五人全員の名前が残るんですね」

「はい」


 職員が頷く。


「皆様の功績として記録されます」

「……悪くないな」


 勇雄が小さく言った。


「勇雄くん、ちょっと嬉しそう」

「そうか?」

「はい」


 ミカが微笑む。


「ほんの少しだけですけど」

「……そういうことにしておく」


 勇雄はそう言いながらも、口角をわずかに上げた。


 そして職員は、先ほどよりも一回り大きく、ズシリと重みのある別の革袋をカウンターに置いた。


「それから、こちらが最後となります。こちらの革袋には、護衛隊や商人の方々からの個人的な謝礼、そしてギルドからの報奨金が含まれております。先ほどの討伐報酬とは別に、お受け取りください」


 職員がもう一つの革袋を指差しながら説明した。


 前川先輩が半信半疑のまま、その革袋を持ち上げる。


 今度は持ち上げた瞬間、ジャラリと金属が重なり合う確かな手応えが手に伝わった。


「えっ……! ちょっと、さっきと重さが全然違うんだけど……!?」


 前川先輩が大慌てで紐を解き、中身を覗き込んだ。


 そこにはぎっしりと詰まった金貨と銀貨が、魔力灯の光を受けて眩しく輝いていた。


「武藤くん、ミカちゃん、見て! これ、かなりの額が入ってるわよ……!?」

「……本当ですね」


 ミカも目を丸くして覗き込む。


「命を救われた商人さんたちが、相当弾(はず)んでくれたみたいです……」


 勇雄も中身を確認した。


 さっきの軽い袋とは比べものにならない、確かな額が入っている。


 これなら当面の旅費や買い出しはもちろん、自分たちが背負わされた借金の返済にも十分な足しになる。


「……助かるな。これなら、借金も減りそうだ」


 勇雄が真面目な顔で言うと、前川先輩が脱力したように胸を撫で下ろした。


「助かるどころじゃないわよ! あー……良かった……! 正直、さっきの銀貨数枚を見たときはどうなることかと思ったわ。これで少しは借金のプレッシャーから解放される……!」

「ふふ、麗奈先輩、顔に出すぎですよ」


 ミカがクスクスと笑う。


「だって当然でしょ! あんな恐ろしい思いをして手に入れたのが銀貨数枚だったら、報われないにも程があるじゃない。……でも、ちゃんと自分たちの頑張りが評価されたみたいで、ちょっと安心したわ」

「……ああ。命を懸けた価値はあったということだな」


 勇雄も革袋を固く握り直し、深く頷いた。


「さて、情報屋を呼んでいますので、もうしばらくお待ちください」


 情報屋の到着を待つ間、三人はギルドの掲示板へ向かった。


 様々な依頼書が貼り付けられている。


「洞窟への道中、無理なく受けられる採取や小規模な討伐があれば、受けておくといいでしょう」


 近くにいた職員が声をかける。


「道中で済ませられるなら、旅費の足しにもなります」


 勇雄は依頼書を一枚ずつ厳しく吟味した。


「……寄り道になるものはやめよう。洞窟への道中で処理できるものだけですね」

「そうね」


 前川先輩も依頼書を覗き込む。


「欲張って全滅したら、元も子もないわ」

「二人とも、すっかり慎重になりましたね」


 ミカが少し嬉しそうに言う。


「昨日の戦いが効いてるのかも」

「……そうかもしれない」


 勇雄が依頼書から目を離さず答えた。


「生きて帰ることを優先する。それは変えない」


 その後、道中で済ませられる採取や討伐の依頼を、三人で相談しながら数件受注した。


 ♢


 やがて、くたびれた外套をまとった男がギルドへ入ってきた。


「お待たせしました。情報屋の方がお見えです」


 職員に紹介され、男が三人の前へ腰を下ろす。


「ディーヌ洞窟について知りたいんでしょう?」

「はい」


 勇雄が頷く。


「まず、洞窟までの道を教えてください」


 それから勇雄は、水場、安全に野営できる場所、天候によるぬかるみなど、必要な情報を次々と尋ねていった。


 情報屋は流れるように答えていく。


「この辺りは雨が降ると足場が悪くなります。水場はこの谷を越えた先。野営なら、その手前の岩場が比較的安全でしょう」

「ディーヌ洞窟内部については?」


 勇雄が尋ねると、情報屋の表情が曇った。


「中については、ギルドでも聞いたと思いますが、数年前から禁止区域になっていて、私の方でも最近の情報がさっぱりでしてね」


 情報屋は続ける。


「そもそも、一年くらい前から洞窟の近くにすら辿(たど)り着ける奴自体がいなくて……」

「辿り着けない?」

「ええ。途中で引き返してくるか、そのまま音信不通になるか」


 情報屋は肩をすくめた。


「洞窟そのものではなく、途中の道で何か起きている?」


 前川先輩が尋ねる。


「さあ。私は行ったことがありませんからね」


 情報屋は苦笑した。


「分かりました。十分です」


 勇雄は謝礼の銀貨を渡した。


「ありがとうございました」


 情報屋を見送った後、前川先輩が小さく息を吐いた。


「……思っていた以上に嫌な話ね」

「だから、明日までにできるだけ準備しておきましょう」


 ミカが言った。


「ええ」


 三人はそのままギルドの受付カウンターへ戻った。


 勇雄が職員に向かって告げる。


「明日、俺たち五人でディーヌ洞窟へ出発します。事前に報告しておきます」

「承知いたしました。五名様でディーヌ洞窟ですね。出入管理の記録に反映しておきます。ここに戻ってくる目安の日時はありますか?」

「一週間を予定しています」

「畏(かしこ)まりました。では、一週間を過ぎた場合、捜索隊を派遣します。……申し訳ございません。あなた方は我々の希望なので、ご理解ください」

「……分かりました」


 対応した職員は顔色ひとつ変えず、手元の紙に淡々とペンを走らせた。


 目の前にいる勇雄たちが、国から特別な指示を受けている「転移者」であることは、職員も知っている。


 しかし、一般の冒険者と何ら変わらない平然とした態度で、事務的に業務をこなしていた。


「明日朝の出発時には、門番へ一報を入れてください。では、お気をつけて」

「分かりました」


 勇雄が短く返し、三人は受付を離れた。


 ♢


 同じ頃、理人とグリナは、活気あふれる街の酒場や露店街を歩いていた。


 理人は持ち前の鋭い観察眼で、いかにも「喋りたがり」といった住民を見つけ出していく。


 グリナはそんな理人の隣で、露店商たちへ気さくに声をかけていた。


「おじいさん、この果物って甘い?」

「おう。今朝採れたばかりだ」

「じゃあ、一個ください!」

「毎度あり」


 グリナが果物を受け取る横で、理人が地図を見せながら、何気ない口調で尋ねる。


「最近、この辺りって魔物が増えてるんですか?」

「そうなんだよ」


 果物売りの老人が溜息をつく。


「森の様子がおかしくてねえ。街道のすぐ近くまで、見たこともない魔物が降りてくるんだ」

「魔王軍の影響ですかね?」

「さあな。俺たちにゃ分からんよ」


 老人は首を振り、続ける。


「魔物同士が縄張り争いで潰し合ってる場所もある。昔とは明らかに違うな」

「ディーヌ洞窟の方も?」


 理人が何気なく尋ねる。


「ああ。昔は、禁止区域だってのにディーヌ洞窟を目指す物好きな探索者も結構いたんだが……」


 老人は少し考えるように顎へ手を当てた。


「最近は行ったって話を聞かなくなったな」

「行った人が、全員死んじゃったとか……?」


 グリナが怯えたように身を乗り出す。


「いや、そういう話じゃない」


 老人が苦笑する。


「引き返してきた奴はいる。ただな、そいつらが妙なことを言ってたんだ」

「妙なこと?」

「『あそこへ行くまでの道が、どうにも気味が悪い』ってな」


 老人は声を少し落とした。


「洞窟が怖いっていうより、辿り着く前に嫌になるそうだ」


 理人の目が細くなる。


「……そこまで、ですか」


 グリナが理人を見上げる。


「何かわかった?」

「いや。まだ何も」


 理人は答えながらも、老人の言葉を頭の中で整理していた。


「ありがとな、おじさん」


 理人は銀貨を手渡し、老人へひらひらと手を振った。


 露店を後にし、人通りの多い大通りへと歩き出す。


「ねえ、理人」


 並んで歩いていたグリナが、かじりかけの果物を手にしたまま理人の顔を覗き込んだ。


「やっぱり……ディーヌ洞窟って、危ないのかな?」

「危なくない洞窟なんてないだろ。特に『神様』が関わってるような場所はな」


 理人は肩をすくめ、どこか淡々とした口調で返した。


「でも、武藤も言ってたろ。危険を避けるために情報を集めてる。それに……俺たちは五人だ」

「ふふっ、そうだね」


 グリナは納得したように破顔し、手に持った果物を口いっぱいに頬張った。


「理人がいれば、迷子にもならないしね! 加護の『道標』もあるし!」

「おいおい、俺を便利な道具みたいに言うなよ」

「だって本当だもんー」


 軽口を叩き合いながら、二人は青空の下を歩いていく。


 街の喧騒に紛れながらも、理人の視線は遥か西の空━━これから向かう危険な洞窟の方向へ、一瞬だけ鋭く向けられていた。

第51話を読んで頂きありがとうございます。

情報収集の場面、如何でしょうか。世界観や五人の駆け引きを楽しんで頂けると幸いです。

一言:前川先輩の立ち位置は今後このメンバー特有の悩みになっています。

次回もお楽しみ下さい。

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