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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第二章
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第50話  生き残り訓練

 鬱蒼(うっそう)と茂る木々が陽光を遮り、湿った土と腐葉土の匂いが立ち込める森林領域。


 目の前には、薄暗い樹海をまっすぐ貫く一本の獣道だけが伸びていた。


 進むべきか、それとも戻るべきか。


 勇雄たち五人は、いきなり選択を迫られていた。


 空中が淡く揺らぐ。


 やがて上空から、神々の声が静かに響き渡った。


「敵を全滅させる必要はないわ」


 姉貴神の声だった。


 続いて、頭上に四神のシルエットが幻影のように浮かび上がる。


「目的はただ一つ。全員で無事に生き残ること。進むか戻るか、自分たちで判断しなさい。その結果に応じて、報酬を与えるわ」


「ただし、戻れば評価が下がる場合もあるし、通ってきた道が安全とも限らん」


 先輩神がひょうひょうとした口調で続ける。


「細かな正解は提示しない。どうすれば全員で生き残れるか、自分たちで考えるんだ。あと、宝神教のシンボルは必ず通るように」


「仲間を置き去りにする、役割を無視する、理由なく役割に合わない武器へ勝手に換装(かんそう)する……そういった行動は、評価を下げる原因になります」


 教授神が手帳にペンを走らせながら、淡々と告げる。


「……不服があれば、終了後に異議申し立てを受け付けますよ」


「よし。訓練開始だ」


 師匠神の短く重い号令とともに、周囲の空気が一変した。


 肌を刺すような緊張感が走る。


 直後、理人が腰元へ手を伸ばし、不審そうに眉をひそめた。


「……あれ?」

「どうかした、古賀くん?」


 前川先輩が振り返る。


 理人は空になったホルスターを指先で弄(もてあそ)んでいた。


「投げナイフがない。予備も含めて、丸ごと消えてる」

「えっ……私も! 私の投げナイフもないよ!」


 グリナも腰のポーチを確かめながら、焦った声を上げる。


 二人から、サブウェポンだけが綺麗に失われていた。


「どこかに置き忘れたか……?」


 理人が周囲の草むらへ視線を走らせる。


 しかし、グリナは首を横に振った。


「ううん。最初から持たされていないのかも……」

「訓練の条件か」

「たぶんね」


 二人は短く警戒の視線を交わした。


 それ以上は深追いせず、まずは周囲を警戒しながら進むことにした。


 ♢


 森林の細道を慎重に進む。


 しばらくすると、木々に囲まれた少し開けた場所へ辿(たど)り着いた。


 地面には、宝神教のシンボル━━三角形の枠の中に、頭上へ輪をいただき、翼を生やした人型が大きく刻まれている。


「神様が言っていたシンボルだね。ここで一度、態勢を整えよう」


 前川先輩の指示で、五人はその場に集まった。


「武器、食料、水、魔力、負傷の有無……一度、全部確認しよう!」


 グリナが手際よく全員の荷物を確認していく。


「……ん? おかしいな」

「どうした?」


 理人が聞いた。


「水、思ってたより減ってる。食料も五人分で一食分少ないや」

「本当か?」


 勇雄が尋ねると、グリナは頷いた。


「うん。でも、これくらいなら進むのに問題はないかな。無駄遣いしないように気をつけて進もう!」

「そうね。食料と水は、余裕を持って管理しましょう」


 前川先輩も頷(うなず)いた。


 最初から、わずかにリソースが削られている。


 五人はその事実を頭に入れたまま、その場を後にした。


 ♢


 道中、群生していた爬虫類型の魔物を手際よく退け、さらに奥へと進む。


 しばらくすると、再び同じ宝神教のシンボルが刻まれた場所へ辿り着いた。


「周囲の安全を確認。……ここで少し休憩を取るわ!」


 前川先輩が周囲へ警戒の目を配る。


「じゃあ、もう一度みんなの装備を確認するね!」


 グリナが荷物を広げる。


「前川先輩……クロスボウの矢、少し減ってるよ」

「えっ?」


 前川先輩が矢筒を確認する。


「……本当だ。さっきより明らかに少ない」

「戦ってる途中で使った分じゃない?」


 グリナが首を傾げる。


「それだけじゃ説明がつかないわ。予備も含めて確認してみる」


 前川先輩が矢を数える。


「……やっぱり、最初より少ない」

「そういうこともあるってことかな……?」


 周囲の気配を探っていた理人が、顎(あご)をしゃくった。


「なあ。さっきから魔物が、この周囲に立ち入ってこないな」

「……本当だ」


 勇雄も周囲を見渡す。


「このシンボルの上は、安全地帯ってことか」

「みたいだな」


 勇雄は短く答え、剣の柄を握り直した。


 五人は、ここが一時的な安全地帯になっていることを理解した。


 ♢


 さらに鳥型の魔物や虎型の怪物を退けながら、五人は次のシンボルへ辿り着いた。


 地面に描かれた宝神教のシンボルへ入る。


「武器の状態を確認しよう。水は大丈夫?」

「こっちは問題なし!」


 グリナが手際よく荷物を整理する。


 その横で、勇雄が剣を抜いた。


「……」


 眉をひそめる。


 刃先が僅かに錆(さ)び付き、輝きを失っていた。


 隣を見ると、理人の刃も同じように鈍く濁っている。


「……刃が死んでるな」


 理人が忌々しそうに呟(つぶや)いた。


 その瞬間━━。


 ━━ガサッ!


 森林の奥。


 鬱蒼とした藪(やぶ)の向こうから、不穏な音が響いた。


 理人が即座に顔を上げる。


「……何か来る」


 しかし、ここは安全地帯の神教のシンボルの上だ。


 五人は身構えながらも、すぐには移動しなかった。


 次の瞬間━━。


 シンボルの光が、パッと足元から吹き消えた。


「え……!?」


 グリナが息を呑む。


 安全地帯が、強制的に解除された。


 直後。


 ドドドドドドッ!


 激しい地鳴りが大地を揺らす。


 大木を軽々と押し倒し、闇の奥から巨大な甲殻類が姿を現した。


 ━━岩殻蟹(がんかくがに)。


 三メートルを超える巨体。


 岩山のように頑強な甲殻と、人間など一撃で切断できそうな極太の鋏(はさみ)。


 一匹。


 二匹。


 三匹。


 さらに奥から、次々と這い出してくる。


 あっという間に数十匹の群れが、五人を完全に包囲した。


「多すぎるよ……! どこからこんなに!?」


 グリナが悲鳴に近い声を上げる。


 勇雄が即座に間合いを詰めた。


「倒せば減る━━」

「待って、武藤くん! 倒しちゃ駄目!」


 前川先輩の必死の制止が響く。


「死骸よ! こいつらをここで倒したら、巨大な死骸が道を塞いじゃう!」


 岩殻蟹は動きこそ緩慢だが、一匹一匹が巨大で硬い。


 倒せば、その場に残る巨大な死骸が障害物になる。

 狭い獣道では、倒した数がそのまま自分たちの退路を塞ぐ可能性があった。


「『倒すこと』が正解じゃないな」


 理人が言った。


「右よ! 左は敵が多い!」


 前川先輩が叫ぶ。


「戻るわよ! 前のシンボルまで全速力で撤退!」

「「「「了解!」」」」


 前川先輩を中心に、五人が一斉に駆け出す。


 グリナが走りながら、壁や樹木へ印弾を撃ち込んでいく。


 淡い光が、道標のように残った。


「こっち! 印を辿って! 絶対に迷わないで!」


 横の藪(やぶ)から別の岩殻蟹が巨体を滑り込ませ、道を塞ごうと鋏を振り上げた。


「三体だけ足止めする!」


 理人が疾走の勢いのまま前へ飛び出す。


 急所は狙わない。


 関節の隙間だけへ、正確に刃を叩き込む。


「今よ!」


 ミカが手を伸ばす。


「足元を崩します……! アクアマッド!」


 水魔法が地面へ流れ込み、土壌を一気にぬかるませる。


 岩殻蟹の巨体が大きく傾いた。


「今のうちに通って!」


 五人が、その隙間を駆け抜ける。


 しんがりを務める勇雄の背後には、なおも数匹の岩殻蟹が迫っていた。


 勇雄なら、剣を振るえば一瞬で甲殻ごと斬り伏せられる。


 一匹なら問題ない。


 だが、数十匹を倒している時間はない。倒している間にも後続が押し寄せ、死骸が道を塞いでしまう。


 ……ラッシュボアとの戦闘の時と状況が似ている。

 あの時は荷馬車を守るために敵を倒さなかった。


 今回は、チーム全員を生存させるために撤退する。


 勇雄は剣を振り下ろすのをやめた。

 剣の平を斜めに構える。


 ━━倒す必要はない。押し返すだけでいい!


 迫る巨大な鋏を剣の平で滑らせるように受け流す。


 岩殻蟹の体勢が崩れる。

 巨体が横へ流れ、そのまま木々へ突っ込んだ。


「武藤くん! もう十分よ、下がって!」


 前川先輩の切迫した声が響く。


「分かった!」


 勇雄は地面を蹴った。


 敵の包囲網から完全に離脱する。


 五人は一丸となり、押し寄せる敵の追撃をかわしながら、来た道を引き返していく。


 ♢


 一つ前の神のシンボル領域へ、全員が飛び込んだ瞬間。


 ピキリ、と世界そのものが凍りついた。


 迫っていた岩殻蟹の群れが、潮が引くように霧(きり)となって消散していく。


 空間が歪(ゆが)む。


 やがて、四神が姿を現した。


「そこまで。訓練終了だ」


 師匠神が満足げに口元を緩める。


 勇雄と理人以外は、その場に膝をつき、肩で激しく息をした。


「評価に入ろう」


 先輩神が前へ出る。


「全員が最後まで、『生き残って戻る』という共通の目的を見失わなかった。いい連携だ」

「ただし、前半は力に頼る嫌いがあったがな」


 師匠神が続ける。


「だが最後、状況に合わせて即座に戦術を『撤退』へ切り替えたのは見事だった」


 教授神が眼鏡を押し上げる。


「補給やサブウェポンの制限という違和感にも、即座に適応していましたね。素晴らしい柔軟性です」


 最後に、姉貴神が柔らかな笑みを浮かべる。


「一番良かったのは、誰も『一人で勝とう』としなかったことかな」


 姉貴神が勇雄へ視線を向ける。


「勇雄くん。最初のあなたなら、あの岩殻蟹を全部斬り倒して、強引に道を作ろうとしたんじゃない?」


 勇雄は少し間を置き、短く息を吐いた。


「……多分、そうしてました」

「でも、今回は倒さなかったわね?」

「倒したら邪魔になるからです。死骸で逃げ道が潰れて、全員で帰れなくなる」


 短く、簡潔な答え。


 力で押し潰すのではなく、状況に応じて力を抑える。


 その判断を身につけた勇雄に、姉貴神は満足そうに頷いた。


「麗奈さんの判断は、とても良かったわ。一番重要だったのは戦うことじゃない。『どこへ逃げるか』を即座に決めた指揮力よ」

「私が……みんなを?」

「ええ」


 前川先輩は胸元へ手を当てる。


「……そっか」


 自分の判断が、チーム全体を救った。


 その実感が、ゆっくりと胸へ染み込んでいく。


「理人くんとミカちゃんの『倒さずに崩す』という状況判断も見事だったし、グリナちゃんの荷物管理とマーキングも良かったわ」

「えへへ……ちゃんと役に立ててた?」


 嬉しそうに尋ねるグリナ。


「もちろん!」


 姉貴神は即答した。


「五人全員が、それぞれの役割を果たしたからこそ、誰も傷つかずに戻ってこられたのよ」

「……」


 勇雄は仲間たちを見る。


 理人も、ミカも、グリナも、前川先輩も、それぞれ違う表情をしていた。


 その全員が無事だった。


 それだけで、今回の訓練には意味があった。


 ♢


「さて!」


 姉貴神がパンと手を打ち鳴らす。


「約束のご褒美にしましょうか!」


 四神の手元から光が溢れる。


 次の瞬間、訓練領域の地面に豪華なテーブルが現れ、その上へ次々と料理が並んでいった。


「うわぁ……!」


 グリナが目を輝かせる。


「すごい!」

「現実では食べられないような料理も用意してあるぞ」


 先輩神が楽しそうに笑う。


「今日は遠慮する必要はない。好きなだけ食べろ」

「本当に?」

「もちろん」


 その言葉を聞いた瞬間、五人の視線が、それぞれの料理へ向いた。


 勇雄の前には、極上の焼き加減で肉汁を滴らせる大きな骨付き肉と、厚切りのステーキが並んでいる。


 勇雄は無言でナイフとフォークを手に取った。


「いただきます」


 一口。


「……うまい」


 それからは早かった。

 普段の三倍近い速度で、肉が消えていく。


「ふふっ」


 ミカが思わず笑う。


「すごく嬉しそうですね、勇雄くん」

「……そうか?」

「はい。いつもより食べるのが速いです」

「腹が減ってたんだ」

「訓練中は平気そうだったのに?」

「我慢してただけだ」

「なるほど……」


 ミカはくすくすと笑った。


「勇雄くんらしいですね」

「……そうか?」

「そうですよ」


 ミカの前には、彩り鮮やかな果物と、幾層にも重なった高級フルーツタルトが並べられていた。


 ミカは目を輝かせる。


「これ……本当に全部食べていいんですか?」

「どうぞ、遠慮なく」


 姉貴神が笑う。


「現実でお腹は膨れないけれど、味覚は本物よ」

「それなら……いただきます」


 ミカが小さく一口食べる。


「……!」


 頬が緩んだ。


「おいしい……! 練乳と苺(いちご)の甘さがすごいです……!」

「ミカちゃん、口元にクリームついてるよー!」


 グリナが笑いながら指摘する。


「えっ?」


 ミカが慌てて口元を拭う。


「ほら、ここ」

「……ありがとうございます」

「ふふっ。いっぱい食べようね!」


 そのグリナの前には、見たこともないほど色鮮やかな和菓子と果物の盛り合わせ、そして見た目にも華やかなパフェが置かれていた。


「なにこれ、凄すぎるよ!」


 グリナが身を乗り出す。


「こんな綺麗なお菓子、もったいなくて食べられない……!」

「食べるために出したんだから、遠慮しなくていいのよ」

「本当に?」

「ええ」

「じゃあ……食べます!」


 グリナは大粒の苺を口へ放り込んだ。


「んん~~っ! 甘くて最高!」


 頬を押さえながら、幸せそうに笑う。


「理人、これ見てよ!」

「ああ、よかったな」

「反応薄っ!」

「いや、ちゃんと喜んでるって」

「顔が全然そう見えないよー!」

「俺は元々こういう顔だ」

「ずるい!」


 グリナが笑う。


 理人の前には、彼の好みを知り尽くしたような割烹(かっぽう)料理が並んでいた。


 理人は料理を見て、少し意外そうに眉を上げる。


「俺、そんなに大活躍した覚えはないんだが」

「自分の役割をこなしただろう」


 教授神が肩をすくめる。


「……そういうことにしておくか」


 理人は小さく笑い、料理へ箸を伸ばした。


 前川先輩の前には、湯気を立てるハンバーグと温かなスープが並んでいた。


「これ……」


 前川先輩が目を見開く。


「うちの近所の洋食屋さんのハンバーグにそっくり……」

「そう。よかったわ」


 姉貴神が微笑む。


「なるべく、麗奈さんの故郷の味に近いように再現してみました」

「……」


 前川先輩は、少しだけ震える手でナイフを入れた。


 一口。


「……すごく美味しい」


 目元が僅かに潤む。


「懐かしいな……」

「前川先輩、大丈夫ですか?」


 勇雄が手を止めて尋ねる。


「ううん、大丈夫!」


 前川先輩は慌てて首を振った。


「緊張が解けたら、なんだかほっとしちゃってさ」


 そして、五人を見渡す。


「……みんな、本当にお疲れ様!」

「お疲れさまー!」


 グリナが元気よく手を上げる。


「お疲れさまでした」


 ミカも微笑む。


「まあ、悪くなかったな」


 理人が茶を啜(すす)る。


「ああ、おつかれさま」


 勇雄は少し肉を食べる手を止めたが、すぐまた食べ始めた。


「ふふっ」


 そんな勇雄の様子を見て、ミカが嬉しそうに笑った。


 温かな湯気と甘い香りが広がるテーブル。


 五人は戦いの緊張を忘れ、穏やかな時間を共有していた。


「ねえ、勇雄くん」


 ミカが葡萄(ぶどう)を口に含みながら、ふと尋ねる。


「また……こういう時間が持てるといいですね」


 勇雄は少し考えた。


 そして、静かに答える。


「そうだな」


 一度、料理へ目を落とす。


「全員で無事に帰って、また美味いものを食べよう」

「うん!」


 グリナが嬉しそうに頷く。


「次は私、もっといっぱい食べたい!」

「今日も十分食べてるだろ」


 理人が呆(あき)れたように言う。


「まだ食べられるもん!」

「胃袋どうなってんだ……」

「理人も食べればいいじゃん」

「俺は十分だ」

「じゃあ、その白いのちょうだい!」

「団子だな。断る」

「けちー!」


 グリナが顔を膨らませる。


「自分の食え」

「もう食べた!」

「……はあ、じゃあやるよ」

「やった! 理人ありがと!」


 そのやり取りを見て、前川先輩が小さく笑う。


「……なんだか、少し変わったね」

「何がですか?」


 ミカが尋ねる。


「みんなよ」


 前川先輩は五人を見渡した。


「訓練が始まった時は、もっとバラバラだった気がする」

「……確かに」


 勇雄も頷く。


「でも、今は……少しだけ、皆の動き方が分かる気がします」

「うん」


 前川先輩が笑った。


「私もそう思う」


 四神たちは、そんな五人の姿を遠目から温かく見守っていた。


 VRの世界で得た料理も、切り倒さなかった魔物も、現実には何一つ残らない。


 それでも━━。


 五人が互いの背中を預けた時間だけは、消えることなく残っていた。 

第50話を呼んでいただきありがとうございます。

生き残り訓練、如何でしたでしょうか。勇雄の成長を感じて下さい。

次回はカルーエタウン2日目からです。お楽しみ下さい。

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