第49話 個人訓練②
ガンッ!
訓練領域に、金属が激しく爆ぜるような音が響き渡った。
勇雄と理人。
二人の刃が高速で交錯し、激しい火花を周囲へ撒き散らす。
ガキィンッ!
甲高い音が響いた。
互いに一歩も引かない。
本気で殺し合っているわけではない。
それでも二人は、相手の視線、肩の動き、足の踏み込み、魔力の流れ━━あらゆる情報から次の一手を読み取り、初動を隠しながら、致命傷になる寸前で攻撃を止めている。
「速い……!」
前川先輩は思わず息を呑んだ。
「刃の軌道が、全然見えない……!」
視線を追いつかせようとしても、二人の身体は何度も視界の外へ消える。
剣がぶつかる音だけが、遅れて耳へ届いた。
勇雄が大きく沈み込む。
「━━っ!」
次の瞬間、剣が地面すれすれから跳ね上がった。
狙いは理人の首。
理人は、それを読んでいた。
身体を捻りながら刃を滑らせ、勇雄の攻撃線を外す。
そして、そのまま勇雄の喉元へ剣先を突き出した。
互いの刃が、急所へ届く。
あと一瞬。
その瞬間━━。
空間そのものが歪んだ。
ズンッ!
次の瞬間、二人の間に壮年の戦士が立っていた。
「そこまでだ」
師匠神だった。
パチンッ。
師匠神が左右の指先を軽く弾く。
勇雄と理人、それぞれの剣身が弾かれ、二人の攻撃が強制的に止まった。
「……」
「……」
二人は互いを見たまま、ゆっくりと剣を下ろす。
師匠神は大きく息を吐いた。
「お前たち、訓練相手を叩き潰すつもりか?」
「……まだ続けられます」
勇雄は少し息を乱しながら答えた。
「手加減もしていません」
「俺もですよ」
理人も剣を収めながら、口元に薄い笑みを浮かべる。
「別に、この程度で壊れたりしませんって」
「そういう問題ではない」
師匠神は即座に切り捨てた。
「訓練の目的を忘れるな。お前たち二人の勝敗を決めることではないだろう」
「……」
「……」
「二人とも強い。だから、これ以上やっても得るものが少ない」
師匠神は二人の剣を見比べた。
「今の攻防なら、どちらかが一歩間違えれば相手を殺せる。訓練でそこまで踏み込む必要はない」
「……分かりました」
勇雄が素直に頷く。
理人も肩をすくめた。
「師匠神様がそう言うなら」
「最初からそうしろ」
師匠神が呆れたように言う。
二人の元へ、ミカとグリナが近づいていく。
「勇雄くん、はい」
ミカが水袋と手ぬぐいを差し出した。
「……無茶しすぎ」
「ありがとう。ミカ」
「理人もお疲れさまー。はい、お水」
「サンキュー、グリナ」
理人は受け取った水袋を軽く振る。
その様子を見ながら、師匠神が両手を大きく叩く。
「よし! ここからは個別訓練に移るぞ!」
パンッ!
「各自、自分の役割に応じた課題を消化しろ。今日の戦闘で何が足りなかったのか、よく考えながら取り組め!」
「わかりました」
「よろしくお願いいたします」
「了解」
「は~い! 了解です!」
「分かりました!」
五人がそれぞれ頷いた。
♢
先輩神は、ゆったりとした旅装束の袖を捲り上げながら、前川先輩のクロスボウを手際よく検分していた。
「的に当てる筋は悪くない。だが……顔に『これじゃダメージにならない』と書いてあるな」
先輩神の指摘に、前川先輩は肩を落とした。
「……だって、的に当たった矢が跳ね返っちゃうんですもん。あの二人なら一撃で叩き割るような的に、私の矢じゃ傷一つつけられない。威力がなさすぎて……」
「ははは! あの化け物みたいな腕力と魔力量を比べちゃいかんよ」
先輩神は笑いながら射撃用の標的を指差し、矢の刺さった場所━━矢尻を指で示した。
「いいかい。攻撃で大事なのは『威力』だけじゃない。『命中』と『タイミング』だ。勇雄や理人のような前衛には、君の矢の威力自体は効かないかもしれない」
先輩神は標的の中心をつく。
「だが、戦場で敵が体勢を崩した瞬間、あるいは攻撃を繰り出そうとしたその一瞬に、目や関節へ正確に一矢が飛んできたらどうだ?」
「……ッ」
「攻撃が中断される。視界が奪われる。体勢が崩れる。そうなれば、あの二人は確実に敵へ『致命打』を叩き込める。君の一矢は、それだけの威力に化けるんだよ」
前川先輩はクロスボウを見つめ、小さく息を吐いた。
「……理屈は分かります。でも、もう一つ悩みがあって」
「ん? なんだい」
「私みたいな弱くて加護もない人間が、本当にあの二人を……あの化け物みたいな二人をまとめていけるんでしょうか。追いつくどころか、見ているだけで怖くなる時があるのに……」
先輩神はクロスボウの弦を弾き、ポロンと高い音を鳴らした。
「勇雄も理人も、前しか見えなくなる時がある。強すぎる故にね。だから、後ろから冷静に全体を見渡し、手綱を引ける人間が必要なんだ」
「……私が、手綱を……」
「そう。威力がなくてもいい。先頭に立たなくてもいい。君の目の良さと冷静さは、あの二人を動かす最高の武器だ」
前川先輩は胸元を押さえ、クロスボウをギュッと強く握り直した。
「……難しいですね」
「難しいとも」
先輩神は笑った。
「俺だって昔は何度も間違えたさ」
「神様でも?」
「神様だからって、最初から何でもできるわけじゃないんだよ」
先輩神は語り始めた。
「神である身分を隠して、王様や商人、旅人の群れに紛れて暮らしていたこともある。人をまとめる立場の奴らは、みーんな同じところで胃を痛めていたよ」
「……うぐっ」
前川先輩が胸元を押さえる。
「それ、今の私にめちゃくちゃ刺さるんですけど……」
「ははは!」
「五人をまとめるだけでも大変なのに……」
「五人だから簡単、ということもないさ」
先輩神は笑みを少しだけ薄めた。
「人はそれぞれ考え方も違えば、欲しいものも違う。全員を同じ方向へ向かせる必要はない」
「じゃあ、どうすれば?」
「その人間が一番力を発揮できる『場』を整えるんだよ」
「……一番、活躍できる場」
「そう」
先輩神は頷いた。
「勇雄は前に出る。理人も前線で動ける。グリナは周囲をよく見て、ミカは仲間を支える。そして━━」
先輩神は前川先輩を見る。
「君は、全員を見る」
「私が……?」
「そうだ。君がどっしり構えていれば、勇雄も理人も心置きなく前線で動ける」
「……」
「だから、君がいることで、誰かが動けるなら、それも立派な戦いだよ」
前川先輩はしばらく黙っていた。
「……分かりました」
そして、クロスボウを強く握り直す。
「私、もう少し周りを見るようにします」
「それでいい」
先輩神は満足そうに笑った。
♢
白衣をまとった教授神は、分厚い手帳へペンを走らせながら、グリナの背負うリュックの中身を一つずつ卓上へ並べていた。
「水筒、非常食、応急用の包帯……」
ひとつずつ確認していく。
「配置のバランスは悪くない。ただし、使用頻度に応じて位置を見直した方がいい」
「使用頻度?」
「そう。戦闘中に頻繁に使う物を底へ入れてはいけない」
「あっ」
「逆に、滅多に使わない物を取り出しやすい場所へ置くのも無駄だ」
「なるほどー」
グリナは感心したように頷く。
「じゃあ、よく使う物を上にするんだね」
「それだけではない」
教授神はペンを止めた。
「戦闘後の消費量も考える必要がある」
「消費量……?」
「そう。特に勇雄と理人だ」
「二人?」
「戦場では、強い者ほど膨大なエネルギーを消費することがある。強力な者がいるから安心、とは限らない。補給が尽きれば、その強さも維持できなくなる」
「へぇー……」
グリナは目を丸くした。
「補給って、戦闘と同じくらい大事なんですね」
「場合によっては、それ以上だ」
「分かった! じゃあ、二人がどれくらい食べたり飲んだりするのか、ちゃんと見ておく!」
「良い心掛けだね」
教授神は満足そうに頷いた。
だが、グリナはふと手を止めた。
「……ねえ、教授神様」
「何だい?」
「あの……理人のこと、何か知ってますか?」
教授神のペンが、ぴたりと止まった。
「……彼かい?」
「うん」
グリナは少しだけ視線をそらす。
「理人のこと、信じてていいのかなって……」
教授神は眼鏡の位置を直した。
「それは私に聞くことではないと思うがね」
「……え?」
「君が彼をどう見ているか。それが一番重要だろう」
「でも……」
グリナは困ったように眉を下げる。
「頭では『怪しいのかな』って考えても、心が理人を疑うのを嫌がってるというか……」
「なるほど」
教授神は小さく笑った。
「出会って間もない相手を直感的に受け入れている自分への戸惑い、か」
「う……見抜かれてる」
「私は観察するのが仕事だからね」
教授神は手帳を閉じた。
「信用も直感も、理屈だけでは説明できない」
「……」
「分からないまま信じる、という選択があってもいいんじゃないかな」
「そんなのでいいの?」
「人の心は、神の知識でも解明しきれない」
教授神は少しだけ楽しそうに笑った。
「だからこそ、観察し、研究しがいがある」
「……神様なのに、意外とロマンチストなんですね」
「よく言われるよ」
「ふふっ」
グリナの表情が少しだけ和らいだ。
♢
「姉貴神様から、戦闘の基礎なら師匠神様に聞けって言われてきました」
ミカの静かな言葉に、師匠神は短く頷いた。
「他の三柱は専門特化だからな。戦闘の基礎なら、俺が教える。お前は……医療担当だろ? 戦えるようになりたいのか?」
「はい……そうです。お願いします」
ミカは師匠神に頭を下げた。
「……水魔法は使えるな。使える経緯は聞かないが……まずやってみろ」
ミカの周囲に水分が集まり、細かな水滴が浮かび上がる。
「うむ。問題ない。水が少ない場所でも、周囲の水分を利用できる。━━氷に変えられるか」
「やってみます!」
水滴が一点へ集まり、鋭い氷の礫へ変わる。
「足を止める」
床の一部が凍りつく。
「視界を奪う」
白い冷気が広がり、周囲を霧のように覆う。
「攻撃する」
氷の礫が一直線に飛び、標的へ突き刺さった。
「そして、逃げ道を作る」
氷の壁が瞬時に形成される。
「魔法の使い方を一つに縛るな。敵の足止め、視界の遮断、退路の確保……使い方一つで、味方全員の生存率が変わる」
「はい……!」
「ただし、水魔法と氷魔法は使い分けろ。氷魔法は魔力の消費が多い。森や水辺なら、水魔法の物量で押し切った方がいい」
ミカは氷魔法を使い、氷の礫を次々と錬成していく。
「……飲み込みが早いな」
師匠神は頷いた。
「お前は冷静だ。前衛が崩れた時こそ、その冷静さが生きる」
「……ありがとうございます」
ミカは再び魔力を練り始める。
しかし、その手がふと止まった。
「……師匠神様」
「何だ?」
「私のいた世界のこと……何か知っていますか?」
師匠神の手が止まる。
短い沈黙。
ミカは答えを待った。
だが、師匠神は静かに首を横へ振った。
「……知っていることと、言えることは違う」
「……やっぱり」
「過去と、変えられない運命というものは存在する」
「……」
「どう選んでも、後悔することはあるだろう」
師匠神はミカを真っ直ぐ見つめた。
「……今のお前がどうしたいのかを大事にしろ」
「……今の私が」
「過去に囚われて、今目の前にいる仲間を見失うな」
ミカは少しだけ目を伏せた。
「……はい」
そして、深く一礼する。
「ありがとうございます」
「礼はいい。続けろ」
「はい!」
ミカは顔を上げる。
再び、鋭い氷の礫を錬成し始めた。
♢
そして━━。
広大な訓練場の中央に、巨大な岩石の巨人が出現した。
ズズズズ……。
無数の岩塊が宙を舞い、一つへ集まっていく。
やがて形成された巨体の胸部と背中には、怪しく赤く明滅する二つの核が埋め込まれていた。
「訓練用の『双核の巨兵』よ!」
姉貴神が指をさす。
「二つの核を、ほぼ同時に破壊しないと倒せないわ!」
巨兵が拳を握る。
ズシン。
地面が揺れた。
「片方だけ壊すと、残った核が暴走して手が付けられなくなるから気をつけて!」
「俺がいく!」
勇雄が床を蹴った。
ドンッ!
一瞬で巨兵との距離を詰める。
剣へ魔力を流し込み、刃が唸りを上げた。
「━━はぁっ!」
巨兵が腕を振り下ろす。
ズゥンッ!
勇雄は剣を盾のように構え、真正面から受け止めた。
ドガァンッ!
衝撃が地面を走る。
「ぐっ……!」
身体が数メートル押し戻される。
それでも、勇雄は足を止めない。
剣を地面へ突き立て、無理やり身体を支えた。
「勇雄!」
理人が叫ぶ。
「上が開いたぞ!」
「分かってる!」
勇雄が巨兵の腕を弾き上げる。
その一瞬。
理人が死角から滑り込んだ。
音すら置き去りにするような踏み込み。
刃が背中の核へ迫る。
━━だが。
「……っ」
勇雄が胸部へ振り下ろす。
理人が背面へ斬り込む。
しかし、二人の攻撃がわずかにずれた。
ガキィン!
核へ入った衝撃もずれていた。
巨兵の身体が大きく震える。
「二人とも!」
姉貴神の声が響く。
「強いけど、それじゃあ倒せないわよ!」
巨兵の核が赤く明滅する。
ドクン。
「次は暴走するかも!」
「━━っ!」
勇雄が地面を蹴った。
全身の力を乗せ、剣を振り抜く。
ドゴォンッ!
剣が胸部の核を直撃した。
赤い核がひび割れる。
その直後、理人の姿が消えた。
「━━遅い」
低い声。
巨兵の背後へ回り込んだ理人の刃が、一閃する。
パキィンッ!
勇雄の一撃で亀裂が走った直後、理人の刃が背中の核を真っ二つに両断した。
二つの核が、ほぼ同時に砕け散る。
巨兵の動きが止まった。
次の瞬間。
グラリ。
巨体が傾いた。
「危ない!」
倒壊した岩塊が勇雄へ迫る。
勇雄が振り返る。
だが、回避するには遅い。
「━━武藤!」
理人が踏み込んだ。
ガシッ!
勇雄の襟首を掴み、そのまま後方へ引き倒す。
ドォンッ!
巨大な岩塊が目の前へ落下した。
「そっちの死角は俺が見る」
「……助かる」
勇雄が立ち上がる。
だが、その直後━━。
理人の背後へ、別の岩塊が崩れ落ちてきた。
「古賀!」
今度は勇雄が動いた。
剣を横薙ぎに振り抜く。
ドォンッ!
岩塊が粉々に砕け散った。
細かな石片が二人の周囲へ降り注ぐ。
理人は一瞬だけ勇雄を見る。
「……これで引き分けだな」
「フッ……お互い様だ」
二人は武器を下ろした。
姉貴神が二人のもとへ歩み寄る。
「ねえ」
二人が振り返る。
「二人とも、相手のことを本当には信用していないでしょう?」
「……」
「……」
「それでも、あの瞬間はお互いを助けたわね」
姉貴神は柔らかく微笑んだ。
勇雄は答えなかった。
理人も何も言わない。
ただ、二人はそれぞれの武器を静かに収めた。
♢
やがて五人は、訓練場中央の広場へ再集合した。
全員、額に薄っすらと汗を浮かべている。
前川先輩はクロスボウを抱えたまま、何かを深く考え込んでいた。
グリナはリュックの紐を締め直している。
ミカは静かに勇雄と理人の背中を見つめていた。
誰も、自分が神から何を告げられたのか口にはしない。
それでも━━。
五人の間に流れる空気は、訓練が始まる前とはほんの少しだけ違っていた。
「どうだったかしら?」
姉貴神が尋ねる。
「すごく勉強になりました」
勇雄が答える。
「連携の難しさも実感できたし、もっと上手く動けるようになりたいです」
「まあまあですね」
理人が肩を回す。
「暇つぶしくらいにはなりました」
「それ、褒めてるの?」
グリナが笑う。
「一応」
「絶対違うよー」
「もう体バキバキです……」
前川先輩が肩を落とす。
「胃も痛いし……」
「胃?」
勇雄が首を傾げる。
「こっちの話よ!」
「すっごく楽しかったよー!」
グリナが元気よく手を上げる。
「パッキングのコツも覚えたし!」
「……問題ありません」
ミカも頷いた。
「新しい魔法の使い方も掴めました」
姉貴神は満足そうに頷いた。
「よし!」
パンッ!
両手を打ち鳴らす。
「じゃあ、本日の締め括りといきましょうか!」
姉貴神は、いたずらっぽく微笑んだ。
「今度は、目的地へ着くための訓練じゃないわよ」
「……?」
五人が顔を見合わせる。
一拍の静寂。
姉貴神が告げた。
「━━無事に生き残るための、訓練を始めるわ」
「なんの訓練ですか……?」
勇雄が姉貴神に聞く。
「この訓練は……」
姉貴神が指を鳴らした。
「戦って勝つだけが、冒険じゃないのよ」
白い床に、亀裂のような光が走る。
「敵が強すぎる時」
壁が崩れる。
「仲間が負傷した時」
遠くから獣の咆哮が響く。
「道を失った時」
白い空間が、急速に黒く染まっていく。
「そして━━」
五人の足元から、濃い霧が湧き上がった。
「もう一度戦えば、誰かが死ぬ」
その言葉と同時に、訓練領域が完全に姿を変えた。
そこに広がっていたのは、深く鬱蒼とした黒い森。
木々は空を覆い隠し、視界は数メートル先までしか届かない。
風が吹く。
森の奥から、何かの遠吠えが聞こえた。
そして━━。
彼らの前に、闇の奥へと続く一本の道が現れる。
しかし、その先に出口は見えない。
「今回の目標は一つ」
姉貴神が静かに告げる。
「全員で、無事に生き残ること」
第49話を見ていただきありがとうございます。
各々の気になっていることを神がさとす内容です。勇雄達の成長を見守って下さい。
次回は合同訓練です。お楽しみ下さい。




