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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第二章
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第48話  女子会

 宿の廊下を歩いていたところで、前川先輩が二人の袖をそっと引いて呼び止めた。


 編み髪を指先でもてあそびながら、グリナが不思議そうに首を傾(かし)げる。


「えー、今から部屋に集まって訓練じゃなかったっけー?」

「うん。でも……その前に、二人とちょっとだけ話したくて」


 言い淀(よど)む前川先輩の表情を、ミカが静かに見つめる。


「……古賀くんのこと、ですか?」


 ミカの鋭い察しの良さに、前川先輩は思わず息を呑(の)んだ。


「あ、やっぱり勘(かん)づいてた……? でも、ここで立ち話してたら男子組に怪(あや)しまれちゃうよね」

「それに、訓練はどうするの? 二人だけ先に行ってもらう?」


 グリナが首を傾げる。


 ミカは少し考え、それから口を開いた。


「……VR空間の中で話せばいいんじゃないかな。接続してから、私たち三人だけ別の空間に移動させてもらえば自然です」

「そんなことできるの!?」

「神眼鏡の機能なら、空間を分けるくらいはできるはずですよ。もし断られたら、訓練は中断して部屋に戻りましょう」

「じゃあ、それで決まりね」


 三人は顔を見合わせ、小さく頷いた。


 ♢


 準備を済ませたミカ、前川先輩、グリナの三人は、勇雄と理人の部屋を訪れて合流した。


「みんな、準備はいいか?」


 勇雄が尋ねると、四人はそれぞれ頷いた。


 女子三人はベッドに腰掛け、男二人は壁に背を預けるようにして座る。


 五人は神眼鏡を装着し、意識を同期させた。


 視界が明転(めいてん)する。


 次の瞬間、見慣れたVR訓練空間へと切り替わった。


 勇雄と理人は特に不審がる様子もなく、神々へ挨拶を交わしている。


 理人も、いつも通りの表情で立っていた。


 その不気味なほど普段と変わらない様子に、前川先輩の胃がきゅっと痛む。


 訓練が始まる直前、ミカがすっと姉貴神へ歩み寄った。


「……少し、お願いがあります。私たち女子三人だけで、話したいことがあって」

「どうしたんですか?」


 軽やかに応じかけた姉貴神だったが、ミカの瞳に宿る異様な真剣さを感じ取ると、茶髪のショートカットを揺らして表情を引き締めた。


「……分かったわ」


 姉貴神は男子たちへ向き直ると、明るい声を張った。


「男子諸君! ちょっと女の子同士の秘密のお話があるから、三人をお借りするわね!」

「……?」


 革装備に身を包んだ師匠神が、厳(いか)めしく首を傾げる。


 すると、白衣を着た教授神が分厚い手帳にペンを走らせながら、淡々と口を挟んだ。


「人間関係の機微(きび)というやつでしょう。不用意に男性が介入すれば、事態が悪化する可能性が高い。合理的な判断です」

「まあ、男子は男子で基本から叩き直すとしますかー」


 旅装束(たびしょうぞく)の先輩神が、ひょうひょうと笑う。


 勇雄は少し不思議そうに女子三人を見たが、深追いせずに頷いた。


「じゃあ、俺たちは先にやってるよ」


 勇雄と理人が修練場へ向かう。


 二人の姿を見届けた姉貴神が指を鳴らすと、突如として扉が出現した。


 姉貴神が中へ入った後、三人も続く。


 三人が入ると、すぐに扉は消えた。


 男子側の訓練場に残された先輩神が、不意に周囲へ意識を巡らせる。


 そして、驚いたように目を細めた。


「へえ……セキュリティが異常に高いな。中で何をしているか、我々神の側からでもまったく覗(のぞ)けないように遮断(しゃだん)されている」


 先輩神はそこで言葉を区切り、ちらりと理人を見る。


「……まあ、管理者が正常に機能しているなら問題ないか」


 理人は一瞬だけ視線を動かした。


 だが、何も語らず、静かに剣を抜く。


「振れ」


 師匠神が短く告げる。


 男子側の過酷な訓練が始まった。


 ♢


 扉を抜けると、空間が切り替わった。


 前川先輩が目を開けると、そこには思いもよらない光景が広がっていた。


 木の温もりを感じさせるテーブル。

 擦(す)り切れた革張りのソファ。

 かすかに漂う、焙煎(ばいせん)された珈琲(コーヒー)の豊かな香り。

 壁に掛けられたレトロな時計。


 窓の外には、整然とした駅前の風景が広がっている。


 それは、前川先輩の記憶とは少し違っていた。


 それでも━━。


 地球で学校帰りに立ち寄っていた喫茶店を思わせる場所だった。


「えっ……ここ、どこ……!?」


 グリナが窓の外を覗き込み、目を丸くする。


「もしかして、これがみんなの故郷の街並みなの……!? 嘘でしょ、巨大な鉄の塊(かたまり)が人をたくさん乗せて走ってる……! なにこの世界!? こんな場所があるの!?」


 初めて目にする異世界の文明と街並みに、現地人であるグリナは興奮を隠せない。


 しかし、前川先輩はその場に立ち尽くしていた。


 ぽろり、と頬を伝って涙がこぼれる。


「えっ、麗奈先輩!? 大丈夫!?」


 グリナが慌てて顔を覗き込む。


「……うん。ごめん、ちょっと懐かしくて……」

「せっかくだから、麗奈さんの故郷を再現しました。神でも、相手の記憶や考えを直接読むことはできません。私の知識を元にした、不完全な再現ですけれど」


 ミカが優しく前川先輩の隣へ腰掛けた。


「ありがとうございます……」


 前川先輩は袖で目元を擦(こす)り、礼を述べた。


 テーブルの上には、すでに湯気を立てる三つのカップと、一皿のケーキが用意されていた。


 ミカには柑橘(かんきつ)系のハーブティー。

 前川先輩の前には、温かなカフェオレ。

 そしてグリナの前には、甘い苺(いちご)の香りが漂うストロベリーティー。


 テーブルの中央には、見たこともないほどふんわりと膨らんだシフォンケーキが置かれている。


「これ……本当に飲んでいいの?」


 グリナが目を輝かせながらカップへ手を伸ばしかけ、ふと不安そうに部屋の隅にいる姉貴神を見上げた。


「あの……神様。これ飲んだら、宝神教の罰で記憶とか消されたりしない……?」

「神でも、記憶を都合よく一部分だけ消すなんてことはできないのよ。もし消すなら、記憶だけじゃなく、そこに積み重なった経験、その全てが失われてしまうわ」


 姉貴神は微笑んで続ける。


「だから、安心して。ここで見たものや経験したことを理由に、都合よく記憶を消したりできないわ」

「飲みます!!」


 食い気味に叫び、ストロベリーティーを一口啜(すす)るグリナ。


 その瞬間、彼女の目がこれ以上ないほど大きく見開かれた。


「んんっ……!? なにこれ、すっごく甘くて良い香り! お茶なのに果物を食べてるみたい……!」


 続いてフォークでシフォンケーキを一口サイズに切り分け、口へ運ぶ。


「うわぁっ……!? 雲を食べてるみたいにふわっふわ! 甘くて、口の中で溶けちゃう……! こんな美味しいもの、食べたことないよー!」


 生まれて初めて体験する繊細な風味と食感に、グリナは身を乗り出して感動を露(あら)わにした。


 あまりに素直な反応に、前川先輩もミカも思わず吹き出してしまう。


 和んだ空気の中、前川先輩はカフェオレのカップを両手で包み込み、意を決して口を開いた。


「……本題に入らせてね。まず、ここで話した内容は武藤くんと古賀くんには絶対に内緒。理由は分かるよね?」


 二人は表情を引き締め、真剣な眼差しで頷いた。


「ええ。あの二人は、あまりにも強すぎます。ここで話した内容が漏(も)れて、二人の関係がこじれたら……このチームは簡単に崩れてしまうと思う。それは私も望んでいません」

「私も……二人には内緒にするのに賛成」


 前川先輩は二人を見つめながら、ゆっくりと語り始めた。


「次に……二人は察してると思うけど、私がこのチームに加入することになった経緯(けいい)━━白いアヒル……神様と交わした契約について、自分の口からちゃんと説明しておきたいの」

「分かりました。内容は昨日、勇雄くんから聞きました」


 ミカが答える。


 すると、グリナも口を開いた。


「詳しい内容は知らなかったけど、理人から『前川先輩が理由があってチームに入る』って聞いてたよ。先輩が入ってすぐの頃にね。その時は冗談だと思ってたんだけど……」

「そっか……」


 前川先輩は小さく息を吐いた。


「私の契約は、まず身の安全を保証してもらうこと。ただし、事故や病気みたいな避けられないものは除くわ。次に、観測目的でこのチームに同行すること。それから、必要な時だけ神様の憑依(ひょうい)を認めること。最後に、神様からの直接干渉は緊急時に限ること。これが私の契約」

「そっか……先輩も、好き勝手できるわけじゃないんですね」


 グリナが真面目な顔で頷く。


「うん。でも、今まで黙っていたのはごめんね。『誰にも話すな』とは言われていなかったけど、今まで言えなかった……」


 前川先輩は二人に頭を軽く下げた。


 二人も納得した様子だった。


 その様子を確認した後、前川先輩は続ける。


「……それでね。一番話したかったのは、理人くんのことなの」


 前川先輩が視線を落とすと、ミカが静かに言葉を継いだ。


「……私も、彼を警戒しています」

「え?」


 グリナが驚きの声を上げる。


 ミカは淡々と理由を並べた。


「転移初日から勇雄くんに何度も接触していたこと。この旅への同行を決めるのが早すぎたこと。何より……常に何かを計算して動いているように見えること」


 ミカの表情が曇る。


「彼がなぜ勇雄くんに近づくのか。その本当の理由が分からないんです」


 しかし、ミカはすぐに付け加えた。


「でも……彼をチームから追い出したいわけじゃありません。今の勇雄くんには、彼の強さが必要だから」


「あ、それならさ」


 グリナが手元のストロベリーティーのカップを両手で包みながら口を開いた。


「もしかしたら誤解されちゃってるかもしれないから教えるね。今日、理人がトゥロウ村に入っていったこと」

「一人で!?」


 前川先輩が驚いて身を乗り出す。


「うん。そこで転移者と話しててさ」

「えっ、あの村に転移者がいたの!?」

「うん。でも理人が『みんなに知らせるとややこしくなる』って言ってたの」

「確かに……勇雄くんが知ったら、連れ戻そうとして大ごとになりそうですよね」

「たぶん、私がその場にいたら『なんでここにいるの!?』って問い詰めようとして村に入っちゃって、簡単に捕まって迷惑かけてたと思う……」


 前川先輩は苦笑しながらうつむいた。


 グリナは言葉を続ける。


「結果的に、その人は村に残ることを選んだんだけど、理人はそこで魔物が多くなっていることについて情報を引き出してきたの」


 グリナは少し笑った。


「それに……理人って、すごく細かい変化に気づくし、力の調整も正確だし、私のこともすごく気遣ってくれてる」

「私は……古賀くんって、すごく頼りになる人だと思うよ」


 前川先輩が答える。


「私も、彼の能力そのものは信用しています」


 ミカも肯定するように頷いた。


「……でも、昨日のVR訓練の熊戦での古賀くん、様子がおかしくなかったですか? 何かは分からないですけど……」


 ミカが疑問を口にすると、グリナも首を傾げた。


「うん、確かに変だった。普段の動きができていないようだったの。でも、何か事情があるんだと思う……」


 グリナは少し考え込み、ふと目を見開いた。


「……もしかして、あの時二人が全力で戦ったら、私たちの訓練にならないから……?」

「えっ、そんな理由で……?」


 前川先輩が目を丸くする。


「グリナさん、さすがですね。その通りです」


 様子を見守っていた姉貴神が、手を叩いて微笑んだ。


「あの時の理人さんは、戦闘には参加していません。こちら側で私と一緒に、皆さんを観察していました」


 姉貴神が説明を続ける。


「あの熊戦の時、皆さんの前にいた理人さんは、本人の人格や行動を再現した自動人形です。皆さんの訓練を成立させるため、戦闘力も調節していました」

「……やっぱり」


 グリナは、ほっと胸を撫で下ろした。


「訓練を成立させるための措置(そち)よ。よっぽどの観察力がないと気づけないわ。神でも見破れる者は少ないから、誇っていいわ」

「えへへ、ありがとう」


 姉貴神に褒められ、グリナは照れくさそうに編み髪をいじった。


「私なんて、全然気づかなかったわ……自分のことで精いっぱいだったし。二人とも、本当にすごいね」


 前川先輩が感心したようにつぶやく。


「でも……あの人、異常に強くないですか?」


 ミカが尋ねた。


「私も少し気になってて……理人に『なんでも上手くできるね』って聞いたら、コツを掴(つか)むのが得意なんだって」

「要領がいい天才タイプなのかな」


 前川先輩が推測した。


「理人さんの強さは、転移者の身体能力なら不可能な領域ではないわ。ただ、あそこまで早く身につけられるのは珍しいけどね。前川さんも頑張れば、あのレベルまで達するわ」

「絶対無理!」


 前川先輩は即座に首を振った。


「私、そんな器用じゃないから!」


 そのやり取りで、三人の間に再び小さな笑いが生まれた。


 だが━━。


 理人について一通り話したところで、グリナがミカを見つめ、ぽつりと言った。


「……私、実は武藤くんの方を警戒してるの」

「えっ……勇雄くんをですか?」


 ミカが聞き返す。


「彼は強いけど、力に振り回されてる。理人と同じで、彼も天才肌なの?」

「いえ……神の石の影響みたいです。体から外れないみたいで……神の石のこと、知っていますか?」

「ううん。神の石なんて教典には載ってない。全然わからない……ごめんね」


 ミカが姉貴神へ視線を向ける。


 姉貴神は申し訳なさそうに手を添えた。


「ごめんなさい。詳しく話すことはできないの。ただ……人間が持っていること自体、本来ならあり得ないこと。それから、一度体に入った神の石は、所有権を放棄して外へ手放すこと自体は難しくない。その二つだけ伝えておくわね」

「……どうして勇雄くんが持っているのか、知らないんですよね?」

「ええ。私たちには分からないわ」


 わずかな沈黙が流れた。


 やがて、グリナが再び口を開く。


「武藤くんが頑張ってるのは分かるけど……昨日のVR訓練で熊と戦った時、敵の真ん前で大きな魔法を唱えようとしたでしょ?」


 グリナの表情から、いつもの軽やかさが消える。


「ちょっと判断が危ういよね。危うくミカちゃんにも危険が及ぶところだったし、あの魔力は……正直、怖いよ」


 グリナはカップへ視線を落とした。


「武藤くんは強い。でも、自分の強さを理解できていない気がするの。いつ自分に向かってくるか分からないって思っちゃう」


 そして、静かに顔を上げる。


「……でも、理人なら武藤くんを止められる。だから私は、理人の近くにいるの」


 三人とも、それ以上は何も言わなかった。


 互いに、今まで知らなかった相手の考えを聞いた。


 それでも━━。


 まだ、結論を出せるほどの情報はない。


 ♢


 そんな三人を見つめていた姉貴神が、すっと立ち上がった。


「じゃあ、私はここで席を外すわね」


 三人へ穏やかな笑みを向ける。


「ここから先は、あなたたち三人の問題だから。神が安易に口を挟むところじゃないわ。困ったら呼びなさいね」


 軽やかにウインクを残し、姉貴神は空間の扉を開けて出ていった。


 残された三人。


 喫茶店の静寂の中、ミカが穏やかに微笑んだ。


「古賀くんと勇雄くんをどうするかは、今すぐ決める必要はないと思います。それに、彼らは今このチームに必要な存在ですから」

「うん。今はみんなで一緒にいた方がいいと思うな」

「……私も、そう思う」


 前川先輩は大きく息を吐き、二人を真っ直ぐに見つめた。


「でも、もし何か違和感があったり、危ないって思ったら……必ずこの三人で真っ先に相談しよう。約束して」

「ええ。約束します」

「了解ー!」


 二人が力強く頷いた。


 ♢


 男子たちの訓練場へ戻ると、遠くで勇雄と理人が激しい模擬戦を繰り広げていた。


 剣と剣がぶつかり合い、凄まじい衝撃が空気を揺らしている。


 遠くから二人を見つめる前川先輩の瞳には、まだ怖れが残っていた。


 ━━やっぱり、あの二人は怖いくらいに強い。


 けれど、ふと隣を見る。


 そこにはミカとグリナが並んで立っていた。


 前川先輩は小さく息を吐き、自分の足でしっかりと地面を踏みしめる。


 ━━だからこそ……私たちが、このチームを壊さないように繋(つな)ぎ止めなきゃ。


「よし、私たちも訓練に混ざろう!」

第48話を読んで頂きありがとうございます。

前川先輩の一言から始まった女子会いかがでしょうか。

一言:グリナの地球の反応をみせたい為、神眼鏡の機能を使いました。

次は五人での訓練です。お楽しみ下さい。

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