第47話 カルーエタウン到着
森を抜けると、馬車隊の速度がゆっくりと落ちていった。
「見えてきたぞ。城塞都市カルーエタウンだ」
ゼインの声に誘われ、勇雄たちは一斉に窓の外へ視線を向けた。
鬱蒼とした森の切れ目に姿を現したのは、これまで通り抜けてきた素朴な農村とは一線を画す、巨大な城壁だった。
東の王都と魔王城の南を結ぶ、交通の要衝。
数年前に魔王城が出現して以来、軍事拠点として城塞化されたというこの街は、昼下がりにもかかわらず、異様な活気に満ちていた。
入城を待つ長蛇の列。
大きな荷車を引く商人。
腰に刃物を差した冒険者。
そして、重厚な鎧をまとった兵士たち。
様々な人々が行き交い、街道の先にある巨大な門へと吸い込まれていく。
「……すごい人の数だな」
勇雄が呟く。
「これでも戦争の影響で増えてるんだってさー」
窓から身を乗り出すようにして街を眺めていたグリナが答えた。
「魔王軍との戦争の影響か?」
「うん。魔王城が出てから、この辺りを通る人が増えたんだって。商人とか兵士とか、冒険者とかー」
グリナが振り返る。
「ねえ、ゼインさん。カルーエタウンって、そんなに大事な街なの?」
「そうだな」
ゼインは前方を見据えたまま答えた。
「王都と魔王城を結ぶ街道の要衝だ。ここは単なる宿場ではない。物資、人員、情報。そのすべてが集まる、戦争の中継地点だ」
「中継地点……」
勇雄は城壁を見上げた。
「つまり、いつでも前線になり得るってことですか?」
「その通りだ」
ゼインは重く頷いた。
「だが、恐れる必要はない。ここは王国でも屈指の城塞都市だ。そう簡単に落ちる場所ではない」
「……じゃあ、もし魔王軍が攻めてきても大丈夫なんですか?」
グリナからわからない言葉を補助してもらっいた前川先輩が、ワール語で尋ねる。
「『大丈夫』とは言わん」
ゼインは即答した。
「戦争に絶対はない。だが、ここを落とされれば王都への補給路が断たれる。王国としても、何としてでも守るだろう」
「うわ……」
前川先輩が窓の外へ目を向ける。
「そう聞くと、急に怖くなってきたわね」
「でも、人は普通に暮らしていますね」
ミカが街の様子を眺めながら言った。
「パン屋さんもあるし、商店もある。戦争の真っ最中でも、そこで暮らしている人たちには毎日の生活があるんだと思う」
「……確かに」
勇雄は街を眺めながら頷いた。
戦争という言葉から想像していたのは、もっと殺伐とした世界だった。
だが、目の前にあるのは、兵士と商人と冒険者、そして普通に暮らす人々が行き交う、一つの街だった。
やがて馬車隊は門へ到着する。
兵士による簡単な検査を終えると、馬車はガタゴトと音を立てながら石畳の街路へ滑り込んだ。
木造と石造りが混ざり合った建物が並び、一階のパン屋や鍛冶屋からは威勢のいい声が飛び交っている。
「もっと暗くて物々しいところかと思っていましたけど……」
ミカがほっとしたように息を吐く。
「思ったより普通ですね」
「ね!」
前川先輩も大きく頷いた。
「映画に出てくる要塞都市みたいなのを想像してたけど、ちゃんとお店もあるし。ちょっと安心したわ」
「戦争中でも腹は減るからな」
理人が窓の外を眺めながら言った。
「古賀くん、そういう問題じゃないでしょ」
「でも大事だぞ」
「……まあ、それはそうだけど」
前川先輩が苦笑する。
そのやり取りに、グリナが楽しそうに笑った。
「理人って、こういう時だけ現実的だよねー」
「こういう時『だけ』って何だよ」
「普段はもっと変なことしてるから」
「お前、俺を何だと思ってるんだ?」
「変な人」
「即答かよ」
馬車の中に小さな笑いが起こった。
やがて馬車は停留所へ到着した。
「……さて」
ゼインが全員を見る。
「私の役目はここまでだ」
「……」
勇雄が振り返った。
「ゼインさん、すぐにこの町を発つんですか?」
「ああ。明日の朝には仕事━━馬車の護衛のため、王都へ引き返す」
五人は馬車から降り、ゼインと向き合った。
「ゼインさん、ここまで本当にありがとうございました」
勇雄が頭を下げる。
「無事に着けたのは、ゼインさんのおかげです」
「礼を言う必要はない。これが私の仕事だ」
そう言いながらも、ゼインは最後に勇雄へ鋭い視線を向けた。
「武藤」
「はい」
「以前言ったことを覚えているか」
「……『覚悟が見えない』」
「そうだ」
ゼインは腕を組んだ。
「今日の戦いは悪くなかった」
「……ありがとうございます」
「だが」
その一言で、勇雄の背筋が伸びる。
「これから先は、今日より苛烈になるかもしれない。敵が強いだけではない。仲間を守りながら戦うなら、判断を誤った瞬間に全員が死ぬ」
「……はい」
「自分の覚悟を忘れるな。強さだけでは、人を守れん」
勇雄は、その言葉を胸に刻み込むように、真っ直ぐゼインを見返した。
「はい!」
「よし」
ゼインは満足そうに頷いた。
「ではな。無事を祈っている」
「ゼインさんも、お気をつけてください」
ミカが頭を下げる。
「うむ」
ゼインは短く応じると、護衛の詰め所へ向かっていった。
その背中を見送りながら、勇雄の胸には、言葉にできない重みが残っていた。
♢
一行はまず、ギルド支部へ向かう前に宿を取ることにした。
男女で部屋を分け、荷物を運び終えると、目的地の情報を得るため街のギルド支部へ向かった。
重厚な木造建築のギルド内部は、外以上の活気に包まれていた。
壁一面に貼られた依頼票。
受付で交渉する冒険者。
素材を持ち込む商人。
奥では職員たちが忙しそうに書類を整理している。
「うわ……」
前川先輩が周囲を見回す。
「本物の冒険者ギルドって感じ」
「そっか、王都のギルドに先輩行ってなかったな。本物も何も、ここが本物ですよ」
理人が笑う。
「それはそうだけど!」
受付へ向かう途中、勇雄がふと足を止めた。
「……あれ、なんですか?」
受付の奥。
そこには、見慣れない金属製の魔道具が鎮座していた。
「こちらですか?」
受付の職員が振り返る。
「戸籍、犯罪歴などの個人情報を一元管理する魔道具です。全国のギルド支部と情報が共有されております」
「全国と?」
勇雄が驚く。
前川先輩が魔道具を覗き込む。
「異世界版のデータベースじゃん」
「ただし、原理は我々にも分かりません。どうやって通信しているのかも謎です。我々は、分からずに使っています」
職員は苦笑した。
「街ができると、いつの間にか設置されているそうです。神が遺した道具だと伝えられています」
「神様って、そんな便利なものまで残しているんですね」
ミカが小さく言う。
勇雄も頷いた。
しかし、それ以上は追及せず、本題へ移った。
「ディーヌ洞窟について調べたいんですが」
勇雄は神から賜った書面と、正式な調査許可書をカウンターへ提示した。
神の刻印が押された特別な許可書を目にした瞬間、職員の表情が一変した。
うやうやしい手つきで書類を確認すると、大判の地図を広げる。
「これは……神のお言葉による特別な許可書ですね。かしこまりました。ですが……ディーヌ洞窟ですか……」
職員の表情に、困惑と警戒の色が混ざり合う。
「何か問題でも?」
ミカが尋ねる。
「はい。実はディーヌ洞窟は数年前から、国より公式に立ち入り禁止命令が出されている場所なのです」
「立ち入り禁止……?」
勇雄とミカが顔を見合わせた。
「ええ。ですが、不可解なことに、国が禁止した正確な理由が一切開示されていないのです。我々ギルド側で記録を調べても、理由どころか、当時の決定に関する経緯すら丸ごと抜け落ちておりまして……」
「理由もわからないのに、何故禁止なんでしょうか?」
ミカが眉をひそめる。
「魔物が増えたとかでしょうか?」
「理由の記載がない以上、推測の域を出ません。ただ、周辺の魔物の活動が近年活発化しているのは確かです」
職員は地図の特定箇所を指で叩いた。
「通常では見られない種類の魔物まで確認されています。冒険者からの報告も最近は多くありませんが……神の調査許可書がある以上、我々に止める権限はありません」
勇雄は腕を組み、密かに思考を巡らせた。
理由不明の立ち入り禁止。
━━やはり、王都の訓練施設の図書館で調べた内容と完全に一致している。
出発前、勇雄たちは施設の図書館でディーヌ洞窟に関することを調べていた。
しかし、そこでも「数年前に封鎖」という事実だけが記され、原因や内部の情報は不自然なほど削ぎ落とされていたのだ。
━━いくら国でも、記録をここまで跡形もなく消せるはずがない。……『神が意図的に情報を操作した』と考えた方が辻褄が合う。
勇雄の中で不気味な疑惑が膨らんだが、それを表に出すことはしなかった。
「……なるほど。状況は分かりました」
勇雄が静かに応じると、職員は地図を丁寧に畳んだ。
「そのあたりの最新の周辺状況や、現地での注意点が必要でしたら、情報屋をご紹介できますよ」
「情報屋?」
「はい。明日、もう一度お越しください。こちらから話を通しておきます」
「分かりました。ありがとうございます」
勇雄が深く頭を下げる。
ディーヌ洞窟までは徒歩で丸一日。
正確な場所そのものは、理人の加護『道標』によって判明している。
だが、神が隠した洞窟の「最新情報」を得られるなら、利用しない理由はなかった。
♢
ギルドを出ると、夕食までの自由時間となった。
「せっかくだし、ちょっと街を見て回ろうよ!」
グリナが先頭に立って歩き始める。
「明日も忙しくなるんだから、どこに何があるか確認しておいた方がいいな」
理人が続く。
「よし、あそこからいくよ!」
グリナが張り切って手を上げた。
「食べ物!」
「それは、グリナの欲しいものだろ」
「いいじゃん! 大事だよ!」
そんなやり取りをしながら歩いていると、露店が並ぶ一角へ出た。
「うわ、見てこれ!」
グリナの目が輝いた。
「面白い形の果物!」
「これって甘いんですか?」
グリナが店主へ尋ねる。
「おう、お嬢ちゃん! カルーエ名物のスウィートベリーだよ!」
店主が威勢よく笑った。
「甘酸っぱくて、喉の渇きも癒せる。旅人に人気でね!」
「へえー!」
グリナは果物を眺める。
「食べたい……」
理人が懐から銅貨を取り出した。
「おじさん、一籠ください」
「毎度!」
「ほら、グリナ」
「わぁ、ありがとう理人!」
グリナが果物を受け取る。
「いただきます!」
ぱくっ。
「……ん!」
次の瞬間、グリナの顔がぱっと明るくなった。
「甘酸っぱくておいしい!」
「どれどれ、私にも一口頂戴!」
前川先輩が横からかじる。
「ちょっと先輩!」
「ん~~! 本当だ! すごくジューシー!」
「もう、横取りはズルいですよー!」
「いいでしょ、減るもんじゃないんだから!」
「減りますよ!」
「え?」
「グリナの分が!」
「あ……」
前川先輩が固まる。
グリナはじっと前川先輩を見つめた。
「……半分返して?」
「無理!」
「先輩ー!」
一行の間に笑い声が広がった。
そんな中、少し離れた場所で勇雄は武器屋の店頭に並ぶ武具を眺めていた。
「すごいな……」
「勇雄くん、また武器見てる」
ミカが隣へやってくる。
ミカは、自然と勇雄と二人きりの時にだけ、丁寧語を使わなくなっていた。
「王都の訓練施設で使っていたものより、実戦向けで頑丈そうだ」
「昼間の戦闘で剣、傷んでない?」
「大丈夫。手入れは欠かしてないから」
勇雄は自分の剣を確認する。
「でも……現地の冒険者が使っている装備を見ると、学ぶことが多いな」
「ふふ。相変わらず真面目だね」
「そうか?」
「そうだよ」
ミカは微笑んだ。
「でも、あんまり一人で抱え込みすぎちゃダメだからね?」
勇雄の手が一瞬止まった。
「……うん。分かってる」
「本当に?」
「ああ」
「なら、よし」
ミカは満足そうに笑った。
そのまま二人は、他の三人の後を追って歩き始めた。
いつの間にか、五人で行動することが当たり前になっていた。
♢
やがて日が傾き、五人は宿の食堂に集まった。
テーブルには焼き立てのパン、肉と豆の煮込み、温かなスープが並んでいる。
「昼の硬いパンに比べたら、まだ柔らかいね!」
グリナがスープにパンを浸しながら笑う。
「本当よ!」
前川先輩も勢いよく頷いた。
「昼のは本気で顎が外れるかと思ったんだから!」
「でも、あれはあれで保存食としては優秀なんじゃないか?」
勇雄が言う。
「武藤くん、そういうところだけ妙に前向きよね……」
「必要だからな」
「はいはい」
前川先輩が笑う。
昼間のラッシュボアとの戦闘についても、自然と話題になった。
「それにしても、理人くんのあのナイフ投げ、すごく助かったよ!」
前川先輩が理人を見る。
「あれがなかったら、馬車が完全に壊れてたかもしれないし」
「たまたま手が空いてただけだよ」
理人は煮込み肉を口に運びながら答えた。
「武藤が上手く合わせてくれたしな」
「いや」
勇雄は首を横に振る。
「古賀のフォローがなかったら危なかった。ありがとう」
「……そうか」
理人は少しだけ目を逸らした。
「なら、よかったよ」
「理人って、褒められると照れるんだ?」
グリナが笑う。
「うるさい」
「顔、ちょっと赤いよ?」
「飯が熱いんだよ」
「ふふっ」
ミカも小さく笑った。
五人の間に、穏やかな空気が流れていた。
だが、前川先輩はふとスプーンを置いた。
昼間。
ミカが理人へ向けていた視線が頭をよぎった。
ほんの一瞬だった。
だからこそ、気のせいかもしれない。
それでも━━。
前川先輩は、胸の奥に小さな引っかかりを覚えていた。
♢
食事が一段落したところで、勇雄が全員を見渡した。
「みんな、この後、部屋で神眼鏡を使ったVR訓練をやろうと思う」
「今日も?」
前川先輩が少し驚く。
「ああ。今日の戦闘で分かったことを整理したい」
「なるほど」
理人が頷く。
「明日は洞窟の情報収集と最終確認。問題がなければ、明後日にディーヌ洞窟へ向かう」
「了解!」
グリナが手を上げる。
「私も賛成。洞窟に入る前に、できるだけ練習しておきたい!」
「私も」
ミカが頷いた。
「……分かったわ」
前川先輩だけ、少し返事が遅れた。
「先輩?」
勇雄が不思議そうに見る。
「ううん。何でもない」
前川先輩は笑った。
「私も参加する。ちゃんと準備しておかなきゃね」
「ああ。じゃあ後で」
勇雄が立ち上がる。
五人はそれぞれの部屋へ戻るため、席を立った。
♢
廊下を歩きながら、前川麗奈は昼間のミカの視線を思い返していた。
あれは、ただの疑問だったのだろうか。
それとも━━。
「……」
前川先輩は歩みを緩めた。
ミカは勇雄の隣にいる。
理人は勇雄から信頼されている。
グリナは理人を全面的に信頼している。
そして今日の戦いでも、二人は互いの動きを理解し、見事に連携していた。
もし、ミカが本当に理人を疑っているのだとしたら。
━━どうなるの?
勇雄は、ミカの言葉を無視するだろうか。
それとも、理人を疑うだろうか。
もし勇雄と理人の間に亀裂が入れば━━。
━━グリナちゃんは、きっと古賀くんの側につく。
そうなれば、五人の関係は一気に崩れる。
勇雄と理人。
この二人は、五人の中でも突出して強い。
その二人が敵対すれば、止められる者はいない。
前川先輩の背筋を、冷たいものが走った。
━━ダメ。
元の世界へ帰る目処は立っていない。
自分には加護もない。
王都の訓練施設でも、周囲から浮いていた。
神とは契約で、身の安全を保証されている。
ただし、その条件は、麗奈がこのチームに所属していること。
だから、この五人の中にいることが、今の自分にとって大きな意味を持っている。
━━このチームまで失ったら……私、どうなるの?
前川先輩は拳を握った。
これまでの自分は、誰かに守ってもらうだけだった。
けれど━━。
━━だからって、何もしないのは違う。
顔を上げた。
少し先では、ミカとグリナが明日買い足す物資について楽しそうに話している。
まだ、何も起きていない。
決定的な亀裂が入ったわけでもない。
なら、手遅れになる前に動けばいい。
やがて四人が、部屋へ向かっていく。
前川先輩は、その背中を見つめた。
武藤勇雄。
古賀理人。
その二人を中心に、五人の関係は保たれている。
ほんの小さな疑念ひとつで、それが崩れてしまうかもしれない。
━━絶対に崩させない。
小さく息を吐く。
「……ふたりと、話した方がいいかも」
そして意を決すると、自室の扉を開けようとしていたミカとグリナのもとへ駆け寄った。
「ミカちゃん、グリナちゃん」
「ん?」
「どうしたんですか? 麗奈先輩?」
前川先輩は二人を見つめる。
一瞬だけ迷った。
けれど、ここで何もしなければ、きっと後悔する。
「……ちょっと、三人だけで話さない?」
その言葉に、ミカの表情がわずかに変わった。
「……三人だけ?」
「うん」
前川先輩は頷いた。
「ちょっと、大事な話があるの」
第47話を読んで頂きありがとうございます。
魔王との戦争がある中でも、人の生活が感じれるように描写しました。
一言:今回でお別れとなったゼインですが、同じ護衛として、ゼインの妻も登場させる予定でした。ただ、護衛二人が業務中に勇雄たちと話あっているのは違和感があるので、ゼインの妻は断念しました。
次回は女三人の会話からです。お楽しみ下さい。




