↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第二章
PR
41/43

第41話  個人訓練

 視界を満たしていたのは、どこまでも広がる純白の世界だった。


 光の中に、五人の姿が同時に現れる。


 前川先輩が周囲を見回し、呆然ぼうぜんとした声を漏らした。


「……これ、本当に夢じゃないの?」

「二回目ですけど、やっぱり慣れませんね」


 そう言いながら足元を見つめたのはグリナだった。

 床はある。だが、靴底から伝わる不自然な感触は、現実のそれとは明らかに違っていた。


「でも、空気の質感は本物みたい……」

「現実とほとんど変わりませんよ」


 ミカが静かな声で添える。


 前川先輩は「それが怖いのよ」と苦笑した。


 そこへ、四柱の神々が歩み出てくる。

 先頭に立つ姉貴神が、親しみやすい笑みを浮かべた。


「おかえりなさい、勇雄くん、理人くん、ミカさん。……初めましての方もいますね」


 姉貴神、師匠神、教授神、先輩神━━四神が順に改めて名乗った。


 前川先輩は硬い表情のまま深々と頭を下げ、グリナは胸に手を当てる宝神教の作法で丁寧に一礼する。


「また神様にお会いできるなんて……」


 頭を上げたグリナの瞳は、崇拝すうはいの念で輝いていた。


「よく来てくれました」


 姉貴神は満足そうに頷き、全員を見渡した。


「今日はまず、魔力測定していない人は魔力測定します。その後個人への確認を行います。それが終わり次第、五人での実戦演習に入ります」


 説明を終えると、理人、前川先輩、グリナの魔力測定をした。

 魔力測定の方法は勇雄の時と同じだ。人形に向かって魔力を放出する。


 結果、魔力の多い順から勇雄、少し間を空けて理人、さらに少し間を空けてミカ、前川先輩、そして大きく差をつけてグリナの順になった。


「はい、お疲れ様です。……魔力が多いからといって強いわけではありません。最も大事なことはこの魔力をどう使うかです。それに魔力は鍛えれば伸びます。では、個人への確認に移ります。」


 ♢


 グリナは先輩神に連れられ、皆とは少し離れた場所へ移動した。


「すでに知っているとは思うが、ポーターの役割を再確認する」


 先輩神の重々しい問いかけに、グリナは背筋を伸ばした。


「はい、お願いします!」

「ポーターとは、単なる荷物持ちではない。戦況を洞察し、必要な物を『必要なその一瞬』に提供する、生存の要だ。戦闘中に止血帯が遅れれば仲間が死ぬ。食料や水の配分が狂えば、その時点で遠征は終わる」

「……っ」

「どこに何を収納するか。目的の品を何秒で引き出せるか。重量配分、水の残量、装備の損耗、消耗品の補充━━そのすべてを把握していなければならない」


「はい! 責任を持って務めます!」

「よろしい。……ところで、君の武器は?」

「これです。指揮棒━━タクトです」


 グリナは懐から、三十センチほどの短い木製の棒を取り出して見せた。


「うむ、悪くない。その武器なら君の役割にも合っている」


 先輩神は小さく頷いた。

 しかし、最後に低く釘を刺す。


「ただし……ポーターが倒れた瞬間、その旅は終わる。それだけは、絶えず心に刻め」

「……はい!」


 グリナは強く、真剣に頷いた。


 ♢


 一方、前川先輩は姉貴神と教授神に向き合っていた。


 近くではミカが、傷の状態や顔色、症状まで再現された何体ものマネキンを相手に、迷いなく処置を進めている。


 その様子を目にした前川先輩は、思わずつぶやいた。


「この子、本当に同じ高校生なの? まだ、入学したばかりの新入生だよね?」


 高校生離れしたミカの手際に驚きつつも、前川先輩は大きく首を振って気持ちを切り替え、素朴な疑問を姉貴神に投げかけた。


「あの……回復や治療の魔法はないんですか?」


 横から眼鏡を押し上げた教授神が即答する。


「存在しません」

「え……?」

「この世界に回復魔法はありません。傷は縫い、骨は固定し、薬を飲んで治す。それが基本です」

「異世界なのに、魔法で一瞬で治ったりは……」

「魔法は攻撃や五感の強化、あるいは自己強化に作用するものです。生体組織の欠損や細胞再生に直接作用する術式は、創造神の規定により我々神ですら扱えません。なぜそこまで徹底されているのか、諸説ありますが……今は割愛しましょう」


 愕然(がくぜん)とする前川先輩に、今度は姉貴神が静かな声で語りかける。


「さて、あなたのクロスボウについてです。射撃の精度よりも先に確認すべき三つの鉄則があります。『撃つ位置』『撃つタイミング』、そして『味方を撃たない判断』。この三つです」

「味方を、撃たない判断……」

「実戦では、前後左右に仲間と敵が激しく交錯します。あなたが引き金を引くその一瞬、射線上に仲間が飛び込んでくるかもしれない。その時、どうしますか?」

「……撃ち、ません」

「そうです。土壇場でそれを正しく判断するのが、あなたの役割です。最終的に引き金を『引くか、引かないか』を決めるのは、他の誰でもない、あなた自身なのですから」


 前川先輩は固唾を飲み、黙った。


 姉貴神が空間に手をかざす。


 すると、戦場を模した立体模型が出現した。ミニチュアの地形の上に、味方を示す五つの駒と、敵を示す三つの駒が配置されている。


「あなたが後衛にいるとして━━この状況でどう動かしますか?」


 前川先輩は模型をじっと見つめ、深く思考を巡らせる。


 やがて、一つの答えを出した。


「正解はありません」


 姉貴神は優しく微笑んだ。


「ただ、ひとつだけ覚えておいてください。何もかも一人で抱え込もうとしないこと。仲間を信じること……それだけです」


 ♢


 少し離れた演武スペ━スで、師匠神が勇雄と理人を呼び寄せた。


「お前たちは基礎の確認を行う。……その後、二人で打ち合え」


 指示に従い、まずは型と基礎動作を通す。

 無駄のない踏み込み。鋭い視線。


 師匠神は黙って二人の動きを見つめていた。その眼光は、二人の地力を正確に品定めしている。


「よし。次は二人で実戦形式だ」


 木剣を構えた二人が向き合う。


 理人が、どこかひょうひょうとした笑みを浮かべて勇雄を見つめた。


「━━弱い方から仕掛けないか?」


 その瞬間、勇雄の手がピタリと止まった。

 胸の奥で、カチリと古い記憶の歯車が噛み合う。


 ━━中学時代。


 放課後の剣道場で、親友━━塩野或人(しおのあると)と決めたル━ル。


 中学最後まで勇雄の方が弱かったから、或人から攻めてくることはなかった。


「……そのルール、どこで知った」

「なんの事だ?」


 いつもの軽い調子で理人は答えた。

 ただ、その目は真っ直ぐ勇雄を捉えていた。


 勇雄は、理人が何かを隠していると直感した。


 問い詰めようとして━━思い直す。

 そして、口角を上げた。


「……いいよ」


 勇雄がそう言った瞬間━━二人の身体が爆発的な速度で弾けた。


 床を蹴る激しい衝撃音が重なって響く。


 師匠神の目が、わずかに細められた。

 最初から、お互いが全力を出している。


 そう感じていた。


 重厚な打撃音が、空間を激しく振るわせる。


「はあ……!」


 勇雄は怒涛の攻勢に出た。


 一歩の踏み込みが沈み込むほど深く、重い斬撃が次々と理人の死角を狙う。上段からの叩きつけ、最短軌道の突き、旋回する返し刃。

 踏み込みの風圧だけで空気が鳴るほどの圧力をかけ、一瞬の猶予も与えず押し込んでいく。


「……っ」


 だが━━理人はその猛攻を、気味が悪いほど滑らかにいなしていた。


 紙一重の見切り。


 勇雄の必殺の斬撃に対し、木剣の腹を滑らせ、衝突の瞬間に軌道をわずかに逸らす。

 衝撃を殺された勇雄の体勢が、一瞬だけ前傾した。

 その刹那(せつな)、理人の木剣が閃光のように跳ね上がり、喉元を穿(うが)つ鋭い突きが襲う。


「なっ……!」


 勇雄は反射的に首を捻り、紙一枚の差で回避した。

 間髪入れず、下からのすくい上げで理人の顎を狙う。


 打ち合いの衝撃で生じる乾いた高音が、絶え間なく空間に響き渡る。

 勇雄が踏み込み、理人が受け流す。

 最小限の動きで喉元や手首を狙い返す。


「っ……!」

「ふっ……」


 距離を取ることすらなく、密着したゼロ距離で命を奪い合うような攻防。

 互いに一歩も譲らず、一瞬の隙を見せれば決着がつく。


 見た目には完全な拮抗が続いていく。


「━━そこまで!」


 師匠神の一声が、極限まで高まった空間を切り裂いた。


 ハァ、と短い息を吐いて木剣を引く勇雄へ、師匠神が視線を向ける。


「勇雄。技術と踏み込みは及第点だ。だが……剣の走りに、わずかな『迷い』が残っている」


 次に、息ひとつ乱さない理人へと向き直った。


「理人。お前に迷いはない。……だが、露骨に本気を隠しているな。相手の限界に合わせて力を調整している」


 辺りが静まり返る。


 師匠神は腕を組み、低く告げた。


「だから……今のままでは、お前たちは実戦で勝てん。それを実戦で思い知ることになるだろう」


 ♢


 少し離れた場所で、前川先輩はその打ち合いを息を呑んで見つめていた。


 訓練施設で見せられた、他の転移者たちの姿が頭をよぎる。

 三日目の昼食後に行われた、あの訓練。

 あの時の転移者たちも十分に凄まじかった。現地のベテランギルド職員と対等に渡り合い、自身の加護『魔力刃』を乗せた一撃で見事に勝利を収めた真壁の姿が、強く記憶に残っている。


 だが、目の前の二人は次元が違っていた。


 剣筋の鋭さ、間合いの測り方、判断の速度、そして身体能力の引き出し方。

 あらゆる要素において、真壁たちですら霞むほどの「凄み」があった。


 勇雄は打ち合いの中でかすり傷を負いながらも、鬼気迫る執念で踏み込み続けている。


 理人はそれを、不気味なほど静かに流し続けていた。


 前川先輩の背筋に、薄寒い恐怖が駆け抜ける。


 ━━この二人……本当に、人間なの……?


 耐えかねて横を盗み見ると、そこにはミカが立っていた。

 ミカは取り乱す様子もなく、ただ勇雄の呼吸の乱れだけをじっと見つめている。


「……あっ、危ない。怪我だけはしないで、勇雄くん……」


 ぼそりとつぶやいたその声は、冷静だった。


 反対側に目をやれば、グリナが理人の剣筋を食い入るように見つめている。

 唇を微かに動かして、「古賀くん、負けないで」とつぶやいていたが、その表情に恐れはない。

 どこか穏やかですらあった。


 二人とも、この二人の凄まじさを「当たり前」として受け入れている。

 慌てる素振りなど微塵もない。


 前川先輩は、胸の奥で長く息を吐き出した。


 ━━そうか。この無茶な二人を支えるために、この子たちがいるんだ……


 腹が決まった。

 自分がやるべきことは、明確だ。


 ━━この怪物のような二人と、それを支える仲間たち。この五人の誰一人として、絶対に欠けさせはしない


 ♢


 打ち合いが終わると、ミカが素早く勇雄のもとへ駆け寄った。


「右肩の傷。……また無理をしたでしょう」

「平気だ。大したことない」

「平気じゃない」


 あきれ顔で小言を言うミカと、気まずそうに目を逸らす勇雄。

 いつもの光景だった。


 一方、グリナは理人にスッと水筒を差し出していた。


「少し息が上がってるみたいだけど、大丈夫?」

「そう見える?」


 理人は軽薄な笑みを浮かべ、受け取った水筒の水を一口含んだ。


 ♢


「これにて、個人確認を終了します」


 姉貴神の声が響くと同時に、周囲の景色がブレ始めた。


 純白の空間が霧散していく。

 次に現れたのは、うっそうとした森、そして半ば崩落した石造りの橋だった。

 その奥の山肌に、ぽっかりと暗い洞窟の入り口が口を開けている。

 現実世界でこれから挑むべき「ディ━ヌ洞窟」に酷似したロケ━ションだった。


 師匠神が一歩前に出る。

 その眼光が、試すように五人を射抜いた。


「ここからは、一人では決して生き残れん」


 五人は自然と陣形を整えながら、静かに前方の試練を見据えた。


「五人で、戦え」

第41話を読んで頂きありがとうございます。

特にグリナと前川先輩の役割を示しました。二人の模擬戦どうでしたか。二人の強さを表現しました。

次回は五人での実践訓練です。チームとしての試練が始まります。お楽しみ下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。