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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第二章
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34/42

第34話  旅一日目

 馬車は一定の速度を保ちながら、ひたすらに進んでいた。

 ゴトゴトと響く石畳の音が途切れることなく車内に伝わってくる。馬車は全部で六台編成だった。勇雄たちの乗る馬車群の前後には、それぞれ二騎ずつの騎兵が付き、さらに二名の歩兵が街道を警戒していた。

 王都の巨大な城壁を背にして離れるにつれて、窓の外の景色は目まぐるしくその装いを変えていった。

 石造りの建物が目に見えて減り、代わりに素朴な木と土で組まれた家々が増えていく。それに伴って街道の幅は狭くなったが、その分、視界の両側は圧倒的な開放感に包まれた。

 見渡す限りの見事な麦畑が広がっている。四月の初めということもあり、まだ青々とした穂は短い。鍬を肩に担いだ農民たちが、畑の中をゆっくりと歩いているのが見える。時折、腰を深く曲げては土の湿り具合を熱心に確認していた。


「おーい! 爺さん、そっちの調子はどうですか?」


 御者が速度を落とさぬまま、遠くにいた高齢の男性に親しげな大声を掛けた。


「お陰さまでな、悪くないよ!」


 老人が、ちぎれんばかりに大きく手を振りながら声を張り上げる。


「あんまり無理しなさんなよ!」


 御者が快活に笑いながら返事をした。そんな何気ないやり取りが、どこか心地よかった。


 やがて街道沿いに清らかな川が見えてきた。数人の女たちが岸辺にしゃがみ込んで賑やかに洗濯をしていて、その傍らで小さな子供が一人、歓声を上げながら川縁を走り回っている。

 さらに進むと広大な放牧地が現れ、数頭の牛がのんびりと草を食んでいた。遥か緩やかな丘の向こうには、白い塊のような羊の群れがうごめいている。


 時折、反対方向からやってくる大きな荷物を積んだ荷馬車とすれ違った。あちらの御者が、帽子に手を当てて軽く頭を下げる。


「お疲れ様です」

「こちらこそ、道中お気をつけて」


 街道の要所には、石造りの頑丈な見張り台がそびえ立っていた。その屋上には鋭い視線を周囲に走らせる兵士の人影があり、ふもとには強固な防護柵も見えた。魔物の襲撃を警戒しているのだろう。その表情には、先ほどの農民たちとは違う険しさが張り付いていた。


 ♢


 馬車のすぐ脇を、並走するように歩いている護衛の一人が、ふと客車の中を覗き込んできた。頬に深い刃傷のある、四十代後半と思しき男だ。御者との会話から、彼が近衛隊上がりであることは聞いていた。


「初めての旅はどうだ? 暇していないか?」


 護衛の男が、無骨なワール語で問いかけてきた。


「お気遣いありがとうございます。みんな大丈夫です。」グリナが率先して答えた。

「ちょっと気になったんだが、あんたたちのいた異世界じゃ、冒険者の組織ってのはどうなってんだ?」

「……えっと」


 グリナを転移者と勘違いしているようだった。彼女がどう答えるか迷っているところ、勇雄が答えた。


「俺たちの世界には、そもそも魔物がいません。だから冒険者という職業もないんです。」勇雄は淀みないワール語で答えた。「ただ、国が抱えている軍隊や警察といった組織は、『階級制』を採用しています」

「階級制か」護衛はふむと顎をさすった。「こっちのギルドは違うな。俺たちは『勲章制』を使っている」

「勲章制、ですか?」

「ああ。単に戦って倒した魔物の数じゃなく、その仕事がもたらした『功績』に対して勲章が授与される仕組みだ。凶悪な魔物の討伐はもちろん、民の人命救助、あるいは破壊された村の復興支援でもいい。そうして積み重ねた勲章の質と量に応じて、ギルドからより信頼性の高い仕事を紹介してもらえるようになる」

「なるほど。……では、年齢や怪我で戦えなくなった者はどうなるんですか?」

「そのための勲章さ」護衛の男は誇らしげに胸を張った。「勲章ってのは、年月が経っても価値が消えない。現役を引退した後は、その勲章の格に見合った別のまともな仕事に就けるんだ。若い奴らの訓練監督を引き受けることもあれば、ギルドの記録係や事務方に回る者もいる」

「非常に合理的ですね」

「こっちの人は、大体20代で戦闘能力のピークを迎えて、60代に引退する。」護衛は微笑んだ。「そこまで五体満足のまま現役でいられれば、大上等って話さ」

「10代のうちは、どうなんです?」

「……消耗しやすい」護衛の表情が一転して固くなった。「骨も肉もまだ出来上がっちゃいないからな。本音を言えば、20代になるまでは危険な前線には立たせたくないんだが……今は戦争中だ、そうも言ってられない時がある。」


 護衛は口角を少し上げて続けた。


「だからこそ、この街道警備って任務が重要なんだよ。若い奴らが安全に実戦経験を積める。前線に放り込まれるより、生き残れる確率が遥かに高いからな」

「本当にそうなんですよ!」グリナが我が意を得たりとばかりに客車から身を乗り出し、口を挟んだ。「貴方達に拾われなかったら、今頃は使い捨ての兵隊として最前線に送られてたかもしれないんですから……!」

「まあ、グリナなら文句言いながらでも、何だかんだ、しぶとく生き残ってそうだけどな」


 理人がクスクスと笑いながら、日本語で茶々を入れる。


「もう、古賀くん! こっちは真剣に話してるんだから!」グリナが頬を膨らませて怒ってみせた。

「ハハッ、何を話してるのかはさっぱり分からんが、仲が良いのは結構なことだ」


 護衛の男は二人の様子を見て、豪快に笑いながらまた歩調を戻していった。


 ♢


 護衛が離れていくのを見送り、客車の中に視線を戻すと、グリナが教本を開きながら前川先輩に向き直っていた。


「よし、それじゃあ前川先輩、ここの言葉を教えますね」

「お願い。頑張って覚えるわ」


 前川先輩は真剣な目付きでノートを広げ、施設で配られた薄い教本を開いた。


「まず、もう知っていると思うけど、一番よく使うのは挨拶から━━」


 グリナの丁寧なレクチャーが始まり、前川先輩は熱心にペンを走らせていく。その様子を見ていたグリナが、ふと思いついたように尋ねた。


「古賀くんも、一応書き留めておいた方がいいんじゃない?」

「ん? 必要になったらやるよ」理人はシートに深く背を預けたまま、気のない返事をする。


 グリナは理人の顔をじっと見つめ、少しだけ目を細めた。


「……ねえ、あなたってさ、なんか自然にこっちの言葉に反応してることが多くない?」

「そうか?」

「さっきだって、護衛の人が話してる時、細かいところで頷いてたよね」

「気のせいだろ」理人は肩をすくめ、自然な苦笑いを浮かべた。「大体のニュアンスというか、男の身振り手振りで『こういうこと言ってるのかな』って分かった気がしただけだよ」

「ふーん……」


 グリナはそれ以上、深くは追及しなかった。


「武藤くんたちは、最初から普通に話せるんだよね」グリナが勇雄に視線を向ける。

「ああ」

「神様の加護って本当に凄いわね。それって、ワール語なら全部わかるってことなの?」

「今のところ、会話で困ったことはない」

「羨ましいなぁ。私なんて、日本語を覚えるの、結構大変だったんだから」


 少し気落ちしたようなグリナを見て、ミカが優しく微笑んだ。


「グリナさん、私も書き取りの練習をします。難しい文字があったら、ぜひ教えてください」

「ミカちゃん! ありがとう、じゃあ二人で一緒にやりましょう!」


 熱心に始まった二人の勉強会を眺めながら、前川先輩が不思議そうに勇雄を見た。


「武藤くんは、書き取りに付き合ってあげないの?」

「いえ、付き合いますよ。」勇雄は静かに答えた。「自分がすでに知っている知識であっても、他人に教えるという立場でもう一度見直すと頭の中が整理されるんです」

「……なんか、急に真面目な受験生みたいなこと言い出したわね」

「人に教える方が、覚え直せますから。前川先輩」


 ♢


 数時間後。勉強会も終わり、前川先輩のノートをまとめる音、馬の蹄の音、それと車輪の軋む音だけがしていた。「ふぁあ……」誰かが欠伸を漏らす、誰かのクスリとした小さい笑い声が響き渡る。

 ふと隣のミカと目が合った。彼女は微笑んでいた。


「この先何が待っているかわからないですけど、こういう時間は大切にしたいですね」

「ああ……そうだな。これが続けばいいな……」


 勇雄は少し口角が上がった。ただ目線は、まだ見ぬ前方を見ていた。


 ♢


 太陽が天頂に差し掛かる頃、馬車は街道沿いの大きな村の前で速度を落とし、静かに停車した。

 そこは、旅人たちの足休めとなる宿場村だった。

 街道に沿って木造の建物が整然と並び、活気のある食堂や宿屋、巨大な水場、そして小規模な市場が軒を連ねている。彼らの馬車以外にも数台の乗合馬車が停まっていて、旅人や商人が行き交っていた。


 御者が馬たちを引き連れて水場へと向かい、護衛の男たちは交代で短い休息を取り始める。勇雄たち五人も、村の中央にある食堂へと足を運んだ。

 テーブルに運ばれてきたのは、店内の窯で焼かれたばかりの香ばしいパンだった。朝方に食べた硬いパンとはまるで違う。外側の皮は薄くパリッと焼き上げられ、ちぎれば中からはふんわりと白い湯気が立ち上るほど柔らかい。

 大ぶりの器に盛られたスープは、施設の食堂より具が多かった。新鮮な野菜とふっくらとした豆が底に沈んでいて、素材の甘みがスープによく溶け出している。

 それに添えられた塩漬けの肉は美しく薄切りにされていて、これをちぎったパンに乗せて一緒に頬張ると、肉の塩気と小麦の甘みが絶妙に絡み合った。


「━━くっ、これ、めちゃくちゃ美味いな」


 理人がスープをスプーンですくいながら、感嘆の声を漏らす。


「宿場村は旅人のお客さんが多いから、どこの食堂も必死に味を競い合うんですよ」グリナが誇らしげに胸を張った。「だいたい、王都で食べるより、こういう街道沿いの食事の方が美味しいんです。産地から直接、物が入ってくる場所もありますからね」

「どうして?」前川先輩がパンをモグモグと動かしながら尋ねる。

「単純に農村が近いんですよ。産地から直接仕入れるから、王都まで運ぶ分の距離が無いです。その分、圧倒的に鮮度が違いますよ。麗奈先輩」

「なるほどね……」前川先輩は感心したように頷いていた。


 やがて満足のいく食事が終わり、御者が席を立ち上がって五人に声をかけた。


「出発までまだ少し時間がある。村の外へ出なければ、各自自由に過ごしていいぞ」

「教会の鐘が鳴ったら、すぐに馬車へ戻ってきてくれ」護衛の男がそう付け加える。


 昼食を終えた旅人たちは、それぞれ村のどこかへと散っていった。


 勇雄は自分の鉄剣を手に取り、一人で席を立った。馬車に揺られ続けて少し鈍ってしまった身体の節々を、軽く動かしてほぐすためだ。

 食堂のテーブルでは、残りの四人がまだ楽しげに話し続けている。


 勇雄はその和やかな光景を背中で感じながら、一人、村のはずれへと歩いていく。少し開けた場所を見つけると、剣を鞘から抜き、鋼の刃を軽く振るう


 ━━ズン。


 風を切る音だけがあたりに響く。勇雄は一振り一振り丁寧に剣を振り、その感触を確かめる。

 彼の脳裏には、昨夜、師匠神から突きつけられた重い問いが、再び蘇りつつあった。


 ━━何故、お前は強くなる。


 太陽の光を浴びながら鉄剣を振るうが、その答えは、やはりまだ自分の中にはなかった。


 ザッ、ザッ。


 足音には迷いがなかった。まっすぐこちらに向かってくる。

 規則正しい足跡がすぐ背後まで近づく。勇雄は鉄剣を構えたまま、ゆっくりと振り返った。

第34話を見て頂きありがとうございます。

この話から新章です。世界の広さを感じていただけましたか。この章は旅がメインです。

世界観とキャラクターの成長を見てください。

一言:この章から基本言語はワール語になります。翻訳は読者目線で自然に近い解釈になるようにしています。今回だと軍隊と警察の言語はワール語に存在しません。実際は別の近い言葉を選んでいます。

次は誰かが近づいて来るところからです。次回もお楽しみください。

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