第31話 探索の準備②
午前中は二手に分かれて行動した。
勇雄とグリナの二人は乗り合い馬車の窓口がある城下町の南区に向かった。馬車を予約し出発時間と料金を確認した。魔王城方面に向かう路線だからなのか、一日に一本しか運行していないという。出発は明日の早朝。座席を五人分きっちりと確保し、代金を支払って控えの紙を受け取った。
「よい旅を」
「ありがとうございます。」勇雄が受付に頭を少し下げた。
「武藤くん! 手続き慣れてるの!?」隣にいたグリナがそれとなく聞いてきた。
「ああ、こういった手続きは慣れている。家では俺の担当だった。」
「うわっ! 絶対聞いちゃいけないやつだ。」グリナが口を手で隠して笑っていた。
「……君だって、訳ありだろ? いくら異世界でもその年で一人で生きているのは、何かあるだろ。」
「まあね」
グリナは軽く笑いながら答えた。それ以上お互い深く踏み込むことはしなかった。
窓口を出ると、勇雄たちは前川さんの追加分の買い出しのために店を回る。保存食など、この場で揃えられる物だけ揃えていった。五人が再び合流したのは、昼を過ぎた頃だった。
♢
昼食は城下町の大衆食堂で取ることにした。
だが、運ばれてきた料理の質は、これまでいた施設の食事よりも一段落ちるものだった。パンは施設で出されていた物より更に硬く、スープは驚くほど薄い。ただ塩気だけがやたらと強かった。
「……施設の飯の方が、まだマシだったな」理人がボソッと毒づく。
「慣れるしかないだろ」勇雄が硬いパンを噛みちぎりながら言った。
「慣れるんですか、これに……?」前川さんはスープをスプーンで恐る恐るすくいながら、眉をひそめた。
「慣れますよ」グリナが朗らかに笑う。「旅先はもっとひどい時もありますから」
「それは勘弁してほしいな」理人が心底嫌そうに首を振った。「あ、武藤」
「ん? どうした」
「城でカルス王子の近衛隊に会ったんだ。明日、時間が合えば見送りに来るそうだ」
「……望月さん、本当か?」勇雄は隣のミカに確認した。
「ええ、城で手続きしていましたら、カルス王子の近衛隊と名乗る方から、明日都合がつけば見送りに来るそうです。なんでも神━━シグナルドから聞いたみたいです」ミカが答えた。
「おい、俺からの情報は信用ならないんかい」理人が突っ込んだ。隣のグリナが笑いを堪えていた。
勇雄は転移初日、自分たちの前で説明していたカルス王子の姿を思い出した。
「何故だ? 魔王討伐に行くわけではないが……」
「さあな。聞いてもそれだけしか教えてくれなかった」
勇雄はミカへ視線を向けたが、代わりに理人が答えた。ただ、ミカも頷いていた。
「王族の考える事はわかんねぇな」理人がつぶやいていた。
「さすが異世界人! 私は顔すら見たことないのに……」グリナが口を挟んだ。
「あー、顔はそこそこだと思うが、武藤以上に真面目そうだから、お前とは合わないと思うぞ」理人が笑いながら答えた。
「もう、会ってみないとわかんないじゃない」グリナは理人の肩を叩いていた。
「ないない」
勇雄は二人の会話を聞きながら、カルス王子の事を考えていた。見送りに来るとは聞いたが、何が目的かはわからない。
━━何か用件でもあるのか。
聞きに行こうにも、今から城まで戻る余裕はない。勇雄は眉を寄せたが、それ以上考えるのはやめ、残っていたパンを口に運んだ。
♢
食事を終え、一行は武器屋へと移動した。
前川さんはずらりと並んだ棚に視線を走らせ、一振りの剣を手に取ってみた。だが、その重さを確かめると、すぐに元の場所へと戻した。次に槍を見たが、その長さを確認して静かに首を振る。
「麗奈先輩、敵に近づく武器は向かないですか?」グリナが隣から覗き込む。
「……近付く方が、怖いので」
「そうよね。だったら、これなんてどうかしら」
グリナが指差したのは、木製のクロスボウだった。
前川さんはそれを手に取った。重さを確かめ、引き金の感触を指先で軽く引いてみる。一度、壁に向かって構えてみた。剣ほど重くなく、槍ほど距離感も難しくない。
「……これなら」前川さんの目が少しだけ輝いた。「私でも、扱えそうです。狙いは慣れればなんとか」
「距離を取れるのは大きな強みです」勇雄が頷いた。「距離を取って戦えるなら、前川先輩には合っていると思います」
「前川先輩、矢の予備と、弦の整備道具もいるだろ、買っておきなよ」と理人がアドバイスを飛ばす。
それらを一式、まとめて購入した。
♢
続いて靴屋に入る。
全員が一斉に棚を見たが、選ぶ基準が面白いほどにバラバラだった。
勇雄はとにかく動きやすそうなものを手に取り、足首の固定具合を確認して、その場で軽く足踏みをして履き心地を確かめていた。
ミカは底の厚みを執拗に確認している。長距離を歩いたときの足への負担を想定しているのだろう。
理人は素材のタフさと耐久性を、グリナは底の形状を触って悪路への対応力を計っていた。
そして前川さんは、靴を履いたあと、値札を見て「高い……」とつぶやいていた。
支払いの段階になって、前川さんはある事に気づき、鋭い声を上げた。
「ちょっと待って。靴紐がかなり多いし、防水油も何個かある……。革の補修道具なんて、似たような物が何個も何種類もカゴに入ってるじゃない」
「あ、本当ですね。どうせ必要になると思って入れましたが……」勇雄が振り返る。
「あー、おそらく皆が良かれと思った物がことごとく被ったんだろ……問題あるな、これ」理人がカゴを指差しながら笑っていた。
「まとめて一つ買えば済むものを、こんなに買ったら予算の無駄です!」
前川さんはバッグからノートとペンを取り出すと、素早い手つきで何かを書き始め、4人を順番に見据えた。
「重複購入を防ぎたいので、今後は私が財布と物資を管理します。これ以上、皆に無駄遣いはさせません」
その迫力に、誰も反論しなかった。
それ以降、買い物の主導権は完全に前川さんに移り、彼女が全員の購入内容を厳密に記録していくことになった。
♢
次に衣料品店に入った。
旅用の服を選ぶ。動きやすく、丈夫で、汚れが目立ちにくいもの。これに関しては全員の目的が一致していた。
勇雄とミカは、自然と同じ棚の前に並んで立っていた。
「これは少し生地が薄いんじゃないか?」と勇雄が言う。
「でも、こっちの厚いものよりずっと軽いんですよ」とミカが返す。
「軽さより耐久性だろ」
「医療に回るときは、動きやすさの方が優先なんです」
「……そうか」
「ふふ、勇雄くんの服は、そっちの丈夫な方でいいと思うよ。前線で動けなくなると危険ですし……」
会話は淀みなく続く。このわずか四日間の間に、二人の間に積み上がった確かな関係性があった。言葉の省略が多く、意図を確認するような無駄がない。
少し離れた別の棚の前では、理人とグリナも同じように話していた。
「これは寒い場所では薄すぎるよ」とグリナが言う。
「洞窟の中って、そんなに温度が下がるのか?」
「岩盤の深さによるかな。もし地下水脈が近いと、底まで行くと一気に体温が奪われるの」
「インナーが必要か」
「あった方がいい。でもかさばるから、薄手で保温性の高いものをね。……色はこれがいいんじゃない?」
理人はグリナの言葉に一切の疑いを挟まず、当然のようにその指示に従っていた。その後はグリナに着せ替え人形のように次々と服を合わせられていた。
その様子を後ろから眺めていた前川さんが、勇雄にそっと話しかけた。
「ねえ、武藤くん。……あんた達、付き合って長いの?」
単なる確認というか、深い意図のない素朴な疑問だった。
「えっ!? 麗、麗奈先輩、私達そんなんじゃ……っ!」
隣にいたミカが、一瞬で顔を真っ赤にして取り乱した。勇雄も完全にフリーズしていた。
「その反応、まさか……えっ、おかしいでしょ。じゃあいつから?」
勇雄はコホンと咳払いをし、必死に平静を装って答えた。
「……この世界に転移してから、初めて出会いました」
前川さんは完全に動きを止めた。しばらく口を開けたまま固まっている。
「いやいや……どう見ても半年、いや数年は一緒にいる空気感じゃない……」
前川さんはパニックを抑えるように首を大きく振ると、今度は恐る恐る、ゆっくりとした動きで、別の棚にいる理人とグリナの二人を指差した。今お互いの息がかかるぐらいの距離で、理人の服を合わせられていた。
「じ、じゃあ、あの二人は?」
勇雄は動揺から立ち直り、特に深い意味もなく事実を告げた。
「あの二人ですか? 確か、昨日出会ったはずですよ」
前川さんはその場でがっくりとうなだれた。そこには優等生のリーダーの面影はなく、完全に素の女子高生の顔があった。
「……うちの親の距離感だよ、あれ」
「そうなんですか? 異世界では普通なのかと思っていました。」
ミカもようやく落ち着きを取り戻し不思議そうに首を傾げた。勇雄も「そうだな」と大真面目に頷いた。
「あー……あんた達に聞いた私が馬鹿だったわ」
前川さんは誰に言うでもなく、天を仰いでつぶやいた。
彼女はもう一度頭を大きく振って、元の凛とした表情に戻る。理人たちも、ようやく前川さんの視線に気づいたようだった。
「おっ、どうした? 先輩」
「皆さん、一応、店の中での『集合場所』だけ決めませんか?」 前川さんは全員を見渡して言った。「一度バラバラになってから、お互いを探し回るのは時間の無駄でしょう?」
全員がハッとした顔で振り返った。
「あ……」と誰かが言った。
「確かに」
「そうですね」
「私も忘れてた」
「連絡手段がないんだった」
4人同時に、声が重なる。誰もそんな基本的なことを決めていなかったのだ。
前川さんは呆れたように苦笑した。
「集合は、入り口のあの太い柱の前にします。五分待って来なければ、トラブルがあったとして確認に動く。これでいいですか?」
「……それでいいです。助かります」
勇雄は素直に感服して頷いた。彼女の冷静さは、やはり頼りになると実感した。
♢
最後に日用品店に入った。
前日までに買った物のリストを確認しながら、不足している物資を補っていく。
前川さんが一覧表を見ながら、的確に指示を出した。
「裁縫道具が一つ足りないわ。風呂敷は人数分の五枚。ハンカチは薄いものを人数のニ倍で十枚。保存袋は五日分。簡易食器は全員分ね」
「あの、布を少し多めに買っておきます」ミカが手を挙げた。「怪我のときの包帯が足りなくなると困るので」
「記録します」前川さんはペンを走らせる。「包帯代わりの布、追加分。いくらですか?」
ミカが値札を確認して答える。
「了解。これで全体の残りの予算を再計算しますね」
勇雄はその横顔をじっと見つめた。
加護がないと告げられて何も持っていなかったはずの者が、今日、このグループ全体の生命線となる予算と物資を管理している。その適応能力の高さには、目を見張るものがあった。加護がなくとも、人には別の強さがあるのかもしれない。勇雄はそんなことをふと思った。
♢
気がつけば、外はすっかり日が傾き始めていた。
ミカがふと提案した。
「今日は、グリナさんの宿にみんなで泊まりましょう。明日早朝に出発するなら、その方が動きやすいと思います」
「わかった。そうする」勇雄が頷いた。
するとミカは、勇雄と理人の二人に向き直り、少し声を潜めて言った。
「……私たちの、隣の部屋を取ってもらえますか?」
彼女はそれ以上、多くを語らなかった。
勇雄は、ミカが夜に一人になるのを嫌がる理由は痛いほど分かっていた。
二日目の異変がまた起こるかもしれないからだ。
彼女の心には、まだ「眠ることへの恐怖」が深く刻まれている。
「分かった」勇雄が静かに答える。
「理由はわからないが、武藤が言うなら隣同士で部屋を押さえよう」理人も真面目な顔で頷いた。
グリナの案内で宿へ移動し、部屋割りを決める。
男子は勇雄と理人のニ人。女子はミカ、グリナ、そして前川さんの三人。予定通り、壁を挟んで隣り合った部屋を取った。
「今日は三人部屋ですね!」グリナが前川さんに笑顔を向ける。
前川さんは一瞬、驚いたように瞬きをしたが、すぐにその表情を柔らかく和ませた。
「……ええ、よろしくお願いします」
その声には、昨日までの孤独な響きはなく、確かな力が戻っていた。
宿の食堂で夕食を取る。昼の食堂よりはいくらかマシな味だった。
食後、お茶を飲みながら明日の最終確認を行う。
「起床は夜明け前だ」と勇雄が言った。
「馬車の出発は日の出です」グリナが地図を指差す。「乗り場まで歩いて二十分かかるので、夜明け前にはここのロビーに全員集合ね」
「荷物はすべて持って出る。ここにはもう戻らない」
「最終確認します」
前川さんがノートの一覧を厳格に読み上げた。
「食料、水、野営道具、医薬品、武器、服、靴、日用品。……よし、過不足なし」
「以上だ。解散しよう」
談話室を出て、薄暗い廊下で男子部屋と女子部屋に別れる。
女子部屋の扉の前で、三人が足を止めた。
男子部屋は、そのすぐ隣だ。
勇雄が、ふと振り返った。
つられるように、他の三人も振り返る。前川さんが、少しだけためらうように唇を開いた。
「明日から、よろしくお願いします」
前川さんが少しだけ頭を下げた。
誰も大げさな言葉は返さなかった。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
「よろしくね」
「よろしくな」
交わした言葉は、それだけだった。けれど、不思議と胸の奥の緊張が少しだけほどけた。五人は互いを見つめ合い、静かに、固く頷き合った。
パタン、と扉が閉まり、廊下に静寂が戻った。
明日から先は誰一人として安全を保障してくれる者はいない。それでも五人は、同じ方向を向いて歩き始めようとしていた。
第31話を読んでいただきありがとうございます。
買い物の準備、二回目です。これで旅の準備は完了です。
前川さんの普通の女子高生の視点を通して、二組の異常性が際立つように描きました。
次回は、出発前夜の深夜です。理人との会話が中心です。お楽しみください。




