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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
序章 
3/9

第3話  どこだ。ここは?

 電流が走った。

 意識も形もない暗闇の中に、突然、痛みだけが存在した。痛みというより衝撃だ。輪郭のない何かが内側から弾けるような感覚。

 勇雄は、覚醒した。


 最初に分かったのは、自分に体がないということだった。

 視覚があった。聴覚があった。思考があった。しかし、手がなかった。足がなかった。自分がどこにあるのか認識できなかった。

 次に分かったのは、自分が何かに入っているということだった。

 白い、丸い何かだ。ただ体が羽毛であるような気がする。視点が低い。体の質感が軽く、自分の意志で動こうとしても動かない。内側から見ているが、操作権がなかった。

 状況が分からない、と勇雄は思った。

 その瞬間、内側で声がした。


 ━━起きましたね。動かないでください。私は神の1人ツルです。今は私が表に出ていますがすぐに変わります。“場所“が悪過ぎました。ごめんなさい、今は詳しい説明はできないです。でも信じて下さい。━━


 女性の声だった。柔らかく、しかし有無を言わせない声だった。

 勇雄は何も言えなかった。先程の神なのか? にして口調が違いすぎる。判断する物が少なすぎる。様子を見ようと勇雄は思った。


 ♢


 主導権がこっちに渡ったのか視界がはっきりして来た。姿は透明、手や脚等の感覚はなく体は浮いているような気がする。ただ、どこにも飛んでいけるような感じではなかった。声は出せるのか? わからないが出せるような気がした。


 辺りを見た。広い部屋だった。天井が高く、壁は暗い石造りだった。光源が見当たらないのに、空間全体がかすかに明るかった。床に模様が刻まれていた。幾何学的な線が、無数に交差している。部屋の中心に何もない台座があり、その周囲を空間が囲むように広がっていた。


 人がいた。二人だ。

 一人が近づいてきた。

 金髪だった。長い髪が肩から流れていた。背が高く、立ち姿に無駄がなかった。顔は穏やかで、しかし目だけが慎重に動いていた。こちらを観察しながら、警戒しながら、距離を詰めてくる。


「……日本人、ですか」


 女性が言った。


 内側で声がした。

 ━━はい、と答えて下さい━━


「はい」


 内側の声、ツルに言われるがままに答える。

 勇雄は今の状況を整理した。自分は魂の状態でツルに憑依されている。ただ、直感で彼女の指示には絶対に従うべきだという圧力があった。

 あんな電流が流せるのだ。主導権を握れるはずなのに今はしていない。おそらくこの“場面“は彼女でも対応できないのだろう。

 ……何も知らない方がこの状況を打破できるのだろう。

 合理的な判断だ、と勇雄は認めた。


 金髪の女性は表情を少し和らげた。しかしすぐに元に戻った。


「驚かせてしまってごめんなさい。ここがどこか、分かりますか」


 ━━分からない、と答えて下さい━━


「分かりません」


 もう一人が動いた。

 勇雄はその人物を見た。

 黒髪だった。床に届くほど長い黒髪が、動くたびに静かに揺れた。身長は普通だが、立っているだけで空間の重心がそこにあるように感じられた。白い衣を纏い、袖が長く、裾が床を引いていた。

 体に、宝石があった。

 埋め込まれていた。顔に、首に、手の甲に、指に。黄色い宝石が、皮膚の内側から光るように存在していた。浮いているのでも貼られているのでもなく、そこに最初からあるような自然さで、しかし目を引いた。光は弱く、脈打つように微かに揺れていた。

 顔は整っていた。感情が読めなかった。目が静かすぎた。何かを見ているのではなく、全てを見通しているような目だった。

 その人物が、口を開いた。


「珍しい状態ですね」


 勇雄はその声を聞いた。


「長期浮遊魂ですか……それか……」


 問いに答えを求めていない口調だった。独り言ではなく、確認だった。

 内側の声が言った。

 ━━偶然ここに辿り着きました。そう答えて下さい━━


「偶然ここに来ました」


 黒髪の存在は少し目を細めた。


「偶然」と繰り返した。「この空間に偶然辿り着ける魂は、通常存在しません」


 沈黙があった。黒髪は呟くように言った。


「興味深いですね」


 金髪の女性が口を開いた。


「あの……少し、確認させてください。ここがどこか分からないと言っていましたね」


 ━━はい━━


「はい」

「ここは神の管轄区域です。あなたのような存在が入れる場所ではありません」


 金髪の口調は柔らかかったが、内容は圧力だった。


 ━━ここに来た理由を問われています。理由はわかりません。気づいたら、ここにいました━━


「なぜここに」と黒髪が言った。

「理由が分かりません。気づいたら、ここにいました」

「魂の流れに乗ったということですか」

「……そう、だと思います」


 黒髪は視線をこちらに固定したまま、少し間を置いた。


「あなたは、何者ですか」


 内側の声が、一瞬止まった。

 ━━ここは慎重に。名前だけ答えて下さい━━


「武藤 勇雄」

「人間の名前ですね」

「はい」

「人間の魂が、なぜ神の領域に」


 これには答えが返らなかった。内側の声も、今回は何も言わなかった。

 沈黙を勇雄は観察した。黒髪は何かを考えていた。金髪は黒髪を横目で見ていた。二人の間に、言葉にならないやり取りがあった。


 ━━今、質問ができます。ここに来た理由を聞いてください━━


 内側の声が言った。勇雄は指示の意図を理解した。情報収集だ。


「一つ、聞いてもいいですか」


 黒髪が答えた。


「どうぞ」

「お二人は、なぜここに」


 金髪の女性が少し前に出た。


「私の用事でここに来ました。大魔神王に会いに来たのですが、無駄足だったようです。彼女は付き添いです。」


 と金髪は言った。


 黒髪は何も言わなかった。否定もしなかった。

 金髪が続けた。


「あなたを見つけたのは偶然です。ここに来たとき、もうあなたはいました」

「……そうでしたか」


 ━━それ以上の会話は危険です。目的は達成しました。もう何も聞かないでください━━

 勇雄は止まった。ツルにとってこれ以上会話はリスクしかないのだろう。

 2人がここに来た理由はツルでも聞けそうだが、あえて勇雄に言わせるのはよっぽどの理由があるのだろう。


 ♢


 黒髪が金髪を見た。


「観測の件ですが……」


 と黒髪は言った。少し声が小さい。


「はい」


 と金髪が答えた。こちらも小さい。


「魔王討伐の進行中、魔法世界ワールの観測が困難になっています。“私“の力を持ってしても、こちらからは介入できない状態が続いています。」

「分かっています。」

「このままでは大魔神王の存在はおろか、状況の把握ができません」


 黒髪はそこで、こちらに視線を戻した。


「使えるかもしれません」


 金髪が一拍遅れた。


「……それは」

「“人“の魂状態であれば、魔法世界ワールに乗せることができます。観測媒体として機能する可能性があります」


 金髪は少し表情を変えた。慎重な変化だった。


「彼の意志は」

「確認します」と黒髪は言った。


 そしてこちらを向いた。


「魔法世界ワールに行く意志がありますか」


 ━━はい、と答えて下さい。ただし条件をつけてください。人を探していると━━


「あります。ただ、探している人がいます」

「名前は」

「望月 美香」


 黒髪は少し間を置いた。何かを処理しているような間だった。


「把握しました」


 黒髪が近づいてきた。手を伸ばしてきた。宝石の埋まった指先が、こちらに向かって、触れた。

 何かが流れ込む感覚があった。

 情報ではなかった。構造だ。設計図のような何かが、魂の端に付着するような感覚。


「加護を付与しました」と黒髪は言った。「大したものではありません。“今“となってはゴミと言っていいレベルです。ただ、この加護の副次効果として、私とあなたは不定期に会話ができます。単語単位ですが」

「……何のために」

「観測です。あなたを通じて、魔法世界ワールの情報が得られます」


 勇雄は理解した。使われている、とも言えた。しかし今の自分に拒否する理由がなかった。美香を探せるなら、条件は問わない。


「分かりました」


 黒髪は少し引いた。しかし視線はまだこちらにあった。


「一点、確認させてください」

「何ですか」

「あなたは、どれだけ長く浮遊していましたか」


 内側の声が動く前に、勇雄は考えた。

 ━━わかりませんと答えて下さい━━


「……分かりません」


 黒髪は静かだった。


「千年以上の浮遊魂か、あるいはそれに相当する魂を乗っ取った魂です。」と黒髪は言った。「どちらにせよ、活躍を期待しています。使い捨てるつもりはありません」


 ♢


 ……気のせいだろうか何かに引っ張られる予感がした。


 金髪がこちらを見た。

 視線が、少し違った。さっきまでの警戒とは別の何かがあった。観察だった。黒髪とは違う種類の観察だった。


 金髪が口を開いた。


「少し、聞いていいですか」


 と女性は言った。声が柔らかすぎた。計算している柔らかさではなく、何かを確かめている柔らかさだった。


「何ですか」

「……あなた、大丈夫ですか」


 問いが、予想外だった。

 ━━どういう意味ですか、と聞き返してください━━


「どういう意味ですか」

「うまく言えないんですけど」


 と金髪は言った。


「さっきから、少し……違和感があって」


 黒髪が金髪を見た。


「何の違和感ですか」

「魂の状態が、普通の浮遊魂と少し違う気がして……うまく言えないんですけど」


 内側の声が、止まった。


 視界が、揺れた。

 勇雄は自覚した。意識の端が、薄くなっていた。引っ張られるような感覚があった。どこかに、呼ばれていた。

 ━━意識が薄れていますね。魂が肉体へ戻ろうとしています。━━

 ツルが言った。


 金髪の女性が一歩前に出た。


「意識が戻りかけています。肉体に呼ばれているんだと思います」と金髪は黒髪に向けて言っていた。「体が魔法世界ワールにある可能性があります」


 黒髪は黙って聞いていた。


「加護の効果で、意識が肉体を追いかけています。このまま行かせた方がいい」


 黒髪は少し間を置いた。金髪が答えた。


「……そうですね」


 視界が白くなり始めた。

 その直前、黒髪がもう一度口を開いた。


「一つ、頼みがあります」


 勇雄は聞いた。


「魔法世界ワールで、体に宝石が埋め込まれた存在を見つけたら教えてください。私と同じ形の宝石です。邪神の可能性があります」

「……邪神」

「敵です。見かけたら、加護を通じて知らせてください。単語で構いません」

「分かりました」


 黒髪は頷いた。


「活躍を期待しています、武藤 勇雄君」


 意識が、落ちた。

 最後に見えたのは、金髪の女性の顔だった。こちらを見ていた。表情は穏やかだった。しかし目の奥に、何かがあった。

 声が、遠くなった。

 空間が、消えた。

 勇雄の意識は、光の中に沈んでいった。

 次に目が覚めたとき、そこは城のベッドの上だった。

第3話を読んで頂きありがとうございます。この話では実質ツルと黒髪の対話を描いています。

その過程でこの物語の目的と、ゴミと言われましたが物語の需要な加護を得ました。

前作を見ている方はエピローグに登場した二人であることに気づくと思います。

前作はこの展開を作る為の側面もあります。

次の話で異世界転移をします。お楽しみ下さい。

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― 新着の感想 ―
なんかすごい、よくある転移ものじゃないけど、その分設定が良く考えられてる。あと情報を説明する技術がすごいなって思った。具体的には例えば【黒髪の存在】の見た目の表現とか。 僕も小説を書いていますが、こん…
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