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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第一章  
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第28話  VR空間

 視界が開けると━━そこは、圧倒的な「白」の世界だった。

 どこまでも、果てしなく白が続いている。踏みしめる床はある。だが、見上げても天井はなく、空すらなかった。ただ、純白の空間が広がっている。


 そこから少し離れた場所に、巨大な施設が建っていた。

 石造りではない。見たことのない未知の素材でできていたが、その巨大さだけは、はっきりと分かった。


 勇雄は自分の手を見つめた。確かに肉体がある。そればかりか、今日街で買ったばかりの装備一式も、なぜかそのまま身につけていた。


 周囲の景色を見渡すうちに、勇雄は不思議な既視感が胸をよぎる。

 この場所を知っているような気がする。だが何も思い出せなかった。


 ♢


 不意に、背後から人の気配が近づいてきた。

 ミカだった。彼女も同じ白い空間に立ち、不安そうに周囲を見回している。


「あっ、勇雄くん! 合流できたみたいですね、よかった……」

「ここがVR空間か。ツルが言っていた、訓練用の魔道具の」

「そうですよ。前回のときは、ここでじっと待っていたら、教官の人が向こうからやってきました」


 勇雄は手足を大きく動かし、肉体の感覚を確かめた。


「現実と全く同じように動けるな。……本当に神の道具だ」

「あれ? ツルのこと、信用していないんじゃなかったんですか?」

「試しているだけだ」


 勇雄がぶっきらぼうに答えると、ミカは少しだけおかしそうに笑った。

 そのとき、巨大な施設の方向から、複数の人影が歩いてきた。

 いかにも教官といった厳格な服装に身を包んでいた。四人いる。その顔立ちは区別できるが一様に中性的で、能面のように柔和な笑みを浮かべていた。


「神になったばかりの皆さん。新人神の教育施設へ、ようこそお越しくださいました」


 中性的な声が響き渡る。


「これより、人を導くための訓練を━━」

「待て」


 勇雄は声を大にして彼らの言葉を遮った。


「今、新人神の教育施設と言ったか?」

「おや、転移者ですか? 大変失礼致しました。……今の言葉は忘れて下さい。」

「……あのツルめ」


 訓練道具だとは聞いていた。神の道具だとも聞いていた。これが『新人神のための教育施設』だなんて、一言も耳にしていなかった。


 ━━その瞬間、勇雄の胸の奥がカッと熱くなった。

 熱い痛みは一瞬で脳裏へと突き抜け、神の石が激しく脈打つ。

 勇雄の頭上から、神の石が自ら外へと這い出してきた。そのまま空中にふわりと浮上する。透明な球体が、白い空間の光の中で、それとは異なる異質な輝きを放ち始めた。

 球体の表面にある帯状の文字の上を光のようなものが凄まじい速度で流れていく。まるで帯の文字を読み込んでいるようであった。


「なんだ……っ!?」

「勇雄くん、それ……!」

「分からない、勝手に動いたんだ!」


 神の石の光が、空間全体を包み込むほどに強くなった。

 突如として、歩いてきた教官たちの動きがピタリと停止する。空間全体の時間が凍りついたかのように静止した。

 石から放たれる光がさらに広がり、背後にあった巨大な施設の輪郭が、熱で溶けるようにグニャリと歪んでいく。溶け落ちた空間は、ノイズを走らせながら別の形へと再構築されていった。


 教官たちの身体が、ドロドロと崩壊していく。


『エラー、エラー。致命的なシステム干渉を検知━━上書き、上書きを実行━━』


 歪んだ機械音声が途切れ、光が収まったとき。

 そこには、全く異なる四人の人物が立っていた。


 一人目は、二十代前半に見える女性。茶髪のショートカットで、スタイルが良く、鮮やかな青い服をまとっている。


 二人目は、高校生ほどの年齢に見える少年。しかし、その瞳には年齢不相応な深い知性が宿っていて、旅人用の服を着て飄々としていた。


 三人目は、歴戦の傷跡が顔に刻まれた、頑強な壮年の男性。年季の入った革の装備を身につけている。


 四人目は、三十代ほどの男性。仕立ての悪い白衣を羽織り、ネクタイは緩み、髪はボサボサだ。手元に分厚いメモ帳を抱えている。


 四人は、最初からそこにいたかのように、何事もない顔で立っていた。神の石は役割を終えたのか、勇雄の中に戻っていった。


「では」と、青い服の女性が口を開いた。「ここからは、私たちが引き継ぎますね」


 勇雄は無意識に剣の柄へ手を伸ばした。そして、ミカが一歩後ろに下がり杖を構えた。


「なぜ教官が変わった? お前たちは何者だ」


 勇雄が警戒して問い詰めると、女性はあっけらかんと答えた。


「あなたの持つ『宝神石ほうじんせき』が、このシステムに強制干渉したのよ。そのせいで、本来用意されていた教官NPCのデータが消去されて、私たちが上書きされたの。私たちが代わりにあなたたちの訓練を担当するわ。……と言っても、私たちも本物の神々のデータを模倣して作られた、ただのAIなんだけどね」

「勇雄くん、あの石……一体何なんですか?」


 ミカが恐る恐る小声で尋ねてくる。


「この世界に転移してきたときから、なぜか俺の体の中にあったんだ。理由は分からない。一度体に入ったら二度と外れなくなってしまった」

「外れない……?」

「世界のバグらしい。ツルにそう言われた」

「……あなた、隠していることが他にもあるんじゃないですか?」

「……もう、ないと思う」

「ずいぶん自信なさそうですね」

「転移してから不思議なことが続いて自分の身に起きていることが、自分でも全部把握できているとは言い切れない……」


 ミカは少しだけ間を置き、ジト目で勇雄を見つめた後、渋々といった様子で息を吐いた。


「それじゃあ、改めて自己紹介を」青い服の女性が言った。「私は今回のVR空間の管理者代理よ。四人で分担して、あなたたちの訓練を担当するわ。まずは仕組みの説明からね」


 彼女は手際よく空中を操作しながら続けた。


「このVR空間内の時間は、現実世界の三倍に延長されているわ。あなたたちがここで一時間過ごしても、現実では二十分しか経っていない。いつでも自由に入退室が可能だし、肉体に強い衝撃を受けたら強制的に現実へ戻されるわ。」


 勇雄達の様子を確認しながら、青服の神は続けた。


「私が案内担当兼、一応のまとめ役ね。実在する神々と区別するために、私のことは『姉貴神あねきしん』って呼んで」


「俺は旅と生存技術の担当。……『先輩神せんぱいしん』でいいよ」


 高校生風の少年が、軽やかに手を挙げた。


「私は魔法と知識の担当です」白衣の男が、早くもペンを走らせてメモを取り始めていた。「『教授神きょうじゅしん』とお呼びください。非常に、非常に興味深い被験者ですね。後でじっくりと解剖……おや、調査をさせてくださいね」


「戦闘担当だ」


 頑強な男が、地を這うような低い声でそれだけ言った。


「あの方は『師匠神ししょうしん』よ」姉貴神がすかさず補足する。「極端に口数が少ないけれど、気にしないでね」

「……武藤勇雄です」

「望月ミカです。よろしくお願いいたします」

「よろしくね」姉貴神がニッコリと微笑んだ。「武藤くんは戦闘訓練を主体に。望月さんは、医療と薬学、それに魔法の基礎を叩き込むようにシステムから指示が出ているわ」

「はい、よろしくお願いいたします」ミカが頭を下げる。


 ♢


 姉貴神が手を上げた。


「システムにアクセスすれば、訓練環境の変更や時間の調整、時間の巻き戻しや止めたりも可能よ。」

「そんなことまで、できるんですか」


 謎の機械音が鳴った瞬間、真っ白だった世界が一瞬にして、広大な訓練場へと姿を変えた。

 数十メートルほど先には、頑丈そうな木製の人形が二つ立っている。


「まずは、お前達の魔力の最大値を測る。全力でその人形を撃ち抜いてみろ」


 師匠神が短く命じた。


「はい。お願いします。」


 勇雄は少し頭を下げた後、人形を見据えた。

 己の内なる源流へと意識を集中させる。両手を固く結び、体内の魔力を限界まで循環させ、練り上げていった。数十秒間、ひたすらに力を溜める。ここまで本気で魔力を練り上げるのは、あのときミカを救い出したとき以来だった。


 やがて、勇雄の身体そのものが激しい光を放ち始める。


「ハァッ……!」


 練り上げた魔力を、右手から一気に解き放った。


 ドゴォン!!!


 空間そのものが悲鳴を上げて震動した。

 地面が激しく揺れ、凄まじい衝撃波によって周囲の空気が強引に押し出される。


「……どうだ」


 体調は変わりない。しかし、体にある大半の魔力が抜けた反動なのか喪失感、気が気でなくなる、とてつもない不安を感じる。全力で魔力を放った反動をその身に受けていた。

 光が収まったとき━━前方にあったはずの人形は、跡形もなく吹き飛んでいた。


「……え?」姉貴神が、呆然と目を見開いた。

「素晴らしい、じつに興味深い!」教授神は狂ったようにメモを取りまくっている。「これほどの魔力量、人間の個体としては完全に前例がありませんね! ぜひ詳しく計測させてほしいなぁ……!」

「ほぉ、人間にこんな芸当ができるわけないんだけどな」先輩神も少し引いた顔で言った。「まだ知らないことがあるとは……世界は広いな」


 師匠神だけは、表情一つ変えずに沈黙を保っていた。


 姉貴神はすぐに計測用人形の残骸を確認しにいき、教授神を呼んだ。教授神は人形の計測データを見て固まっていた。その隣で先輩神が口笛を吹いていた。


 勇雄がふと隣を見ると、ミカがこの世の終わりを見るかのような、完全に冷めきった目で勇雄を睨みつけていた。


「……勇雄くん。あなたにそんな凄まじい魔力があるなんて、私、一度も聞いていなかったんですけど」

「いや……全力を外に向けて放ったのはこれが初めてなんだ。俺自身、まさかここまでの威力が出るとは思っていなかった……」

「……本当に?」

「本当だ」

「……信じます。信じますけど、もし少しでも自覚があったなら、事前に一言くらい言ってくれてもよかったんじゃないですか?」

「……すまん」


 ミカからの刺すような視線が痛い。

 そこへ、先輩神がニヤニヤしながら近づいてきた。


「武藤くん、女の子に隠し事は厳禁だよ? 彼女たちの勘を侮っちゃいけない、絶対にバレるからね」


 ミカの鋭い視線が今度は先輩神へと向けられる。先輩神は「おっと、青春だねぇ」と両手を挙げて、元の位置へと戻っていった。


 ミカは杖を構え人形に相対した。ミカは魔力を練り数十秒後、杖から魔法が放たれる。

 魔法は凄まじい轟音を響かせながら人形に吸い込まれていく。


 ドンっ


 魔法は人形に当たった。人形には黒い焦げ目がついていた。


 姉貴神がミカに手を叩きながら近づいていった。


「うん。いいですよ。一般の人では人形に焦げ目も付かないので十分ですね。まだまだ伸び代はありそうなので鍛えれば筋はありますよ。それに一回で見事命中させたのはすごいですね。自信を持って下さい。」

「ありがとうございます」


 ミカが姉貴神に頭を下げた。その顔には笑みがこぼれていた。勇雄が近づいてもミカはもう何も言わなかった。……怒りは当分収まらないと自覚した。


 ♢


「木刀を持て」


 師匠神の声と共に、一本の木刀が飛んできた。勇雄はそれを空中でがっしりと受け止める。


「打ってこい」


 勇雄は即座に上段へと構えた。

 中学校の部活で剣道の型は身体に染みついている。体内に満ちる魔力を全身の細胞へと循環させ、肉体を極限まで強化した。鋭く地面を踏み込み、最速の一撃を振り下ろす。


 パシッ。


 しかし、師匠神はその一撃を、信じられないことに片手で軽々と受け止めた。

 勇雄は怯まず、二の太刀、三の太刀と猛烈な連続攻撃を叩き込んでいく。だが、師匠神は微動だにせず、その全てを最小限の動きで受け流していく。


 攻防が続く中、不意に師匠神の手首がわずかに返った。

 それだけの動きだった。


 次の瞬間、勇雄の視界が天地逆転した。

 目の前に地面が迫る。


 ドサッ!


 背中に強烈な衝撃が走り、息が詰まる。


「……くそ、強いな……っ」

「当然だ」


 師匠神は木刀を構えたまま、見下ろすように言った。


「悪くはない」

「悪くない、か?」

「人間としては、な」


 勇雄は悔しさに唇を噛んだ。


「だが━━まだまだ、お話にならん」


 そこへ、ミカが慌てて駆け寄ってきた。


「勇雄くん! 後頭部を少し強く打ちましたよね!?」

「大丈夫だ、確認しなくていい」

「いいえ、確認します!」


 彼女の迫力に押され、素直に頭を差し出す。ミカは真剣な表情で勇雄の後頭部に優しく触れた。


「……よし、擦り傷程度ですね。意識もしっかりしています。頭痛はありますか?」

「ない」

「吐き気は?」

「ない」

「目の焦点は合っていますか?」

「……合っている」

「うん、大丈夫そうですね」

「素晴らしい判断よ、望月さん」姉貴神が歩み寄りながらミカを褒めた。「でも、医療担当としては、もう少し確認項目を増やした方がいいわね。外傷がなくても、頭部を強打した後は必ず時間を置いて経過を見るべきよ。あと武藤くんに、心配をかけないように最初に『大丈夫ですか?』って一言伝える優しさを持ちなさい」

「……分かりました」


 勇雄は訓練に夢中になって、何故ミカが同年代にしてはここまで医療の知識を持っているか本来なら気になるはずのことであった。ただ、神々もミカの知識に驚いている様子はなかった。


 勇雄はむくりと起き上がると、再び木刀を握り直し、師匠神に向き直った。


「もう一度、お願いします」

「来い」


 踏み込み、打つ。受け止められ、一瞬で体勢を崩されて床に叩きつけられる。

 砂を払い、すぐに起き上がる。

 また打つ。受け流され、再び投げ飛ばされる。

 それでも、すぐに起き上がる。

 ただひたすらに、打つ。


「本当に、何度倒されても諦めない子ね……」姉貴神が感心したように呟いた。

「こういう泥臭い奴こそ、一番伸びるんだよな」先輩神が腕を組んで笑う。

「興味深いねぇ! 勇雄くん、その身体強化の方法は効率が悪いよ。その流し方じゃ半分以上逃げてるよ!」教授神がメモを取りながら大声でアドバイスを送る。


 それから、どれほどの時間が経っただろうか。


 師匠神との果てしない組手が続いた。たまに教授神が理詰めで魔力の効率的な使い方を指導し、先輩神が実践的な小言を挟んでくる。その傍らでは、姉貴神がミカに付きっ切りで魔法の基礎や薬学の知識を教えていた。


 勇雄が倒れるたびにミカが駆け寄って、容態を確認した。適切な応急処置の手順を実践する。できていない部分を姉貴神に鋭く指摘されながら、ミカもまた、必死にその手順を繰り返していた。


 勇雄は、ひたすら組手を続けた。

 やがて限界を迎え、意識が急速に遠のいていく。

 勇雄は木刀を握ったまま、訓練場の床へとそのまま大の字に横たわった。


「今日はここまでか……」


 ゆっくりと、まぶたが重くなっていく。


 師匠神との組手を何十回と繰り返した。肉体も精神も限界まで疲弊した勇雄は、意識が維持できなくなった。ただ稽古を続けていく中で確実に強くなっていく実感がある。この実感はこれまで経験した事がない、生まれて初めて感覚だった。


 意識が完全に途切れる直前。


「……もう、本当に無理をしすぎですよ、勇雄くん」


 そんなミカの呆れたような、どこかとても優しい声が、微かに聞こえた気がした。

第28話を読んでいただきありがとうございます。

四神の登場、どう感じていただきましたか。彼らの個性を楽しんでいただけると幸いです。

次回は閑話です。別キャラ視点です。お楽しみください。

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