第25話 探索の準備
ギルド本部から少し歩いたところに、一軒の喫茶店があった。
年季の入った石造りの建物で、木製の扉は使い込まれていた。中に入ると、香ばしいコーヒーのいい匂いが鼻をくすぐった。席は半分ほど埋まっている。四人は店内の隅にある、四人掛けのテーブル席に腰を下ろした。
「グリナさん。まず、何から準備を始めるのがいいか分かりますか?」
勇雄が尋ねると、グリナは腕を組んでうなずいた。
「そうですね。準備不足のまま出発するのは自殺行為です。特に、今回は未知の洞窟ですし」
「そうですか」
「私は昔から、旅に関する本を読むのが大好きで。実際の経験とは違うかもしれないですけど、何も読んでいない人よりはマシかと思います」
「最低限、何が必要になります?」
「食料、水、野営の道具、それから正確な地図。次に医薬品ですね。あとは、もしもの崩落に備えて、掘削用の道具があれば理想的です」
「医薬品なら、私が選べます」
ミカがひょこっと手を挙げた。グリナが不思議そうに眉をあげる。
「へえ、医療の知識があるの?」
「はい。小さい頃から、家にある医学書をずっと読んでいたので」
勇雄は、さりげなくミカに視線を向けた。
彼女は初日、「お金がなくて高校に行けなかった」と言っていたはずだ。だが、専門的な医学書が家にあって、それを読み込んでいたという。
どこか不自然に勇雄は感じた。何か事情があるのかもしれない。勇雄は何も言わず、胸に浮かんだ疑問をそのまま飲み込んだ。
「分かった。まずはそれぞれの役割を決めよう」と勇雄が言った。
「あ、それなら私が仕切っちゃっていいですか?」
グリナが提案すると、勇雄が考える間もなく、隣の理人がすぐに笑顔で応じた。
「どうぞ。君になら、安心して任せられるよ」
グリナは意外そうに、少し目を丸くした。
「いいんですか? 私たち、さっき会ったばかりの初対面ですよ?」
「……あ、いや、なんでだろうな」
理人はポリポリと頬を掻いた。どうやら、本人が一番驚いているようだった。
勇雄はそんな理人の横顔をじっと見た。あまりにも素直すぎた。普段の、どこか一線を引いている理人らしくない。今のは、本当に何も意識せず口から出てしまった、という顔だった。
「じゃあ決まりね。前衛の盾役は武藤さん。周囲の探索と遊撃の戦闘は古賀くん。物資の管理と野営の手配は私。そして医療サポートはミカさん。これでどう?」
「それでいい」と勇雄が言った。
「……私だけ、全然戦力になっていませんね」
ミカが少し寂しそうに、自分の手を見つめて呟いた。
「怪我の手当てができるなら十分だろ。危険な前線には出ず、後ろに下がっていればいい」
「……それでも」ミカは少し間を置いてから、強い目で勇雄を見返した。「ただ守られるだけの足手まといは嫌です。」
「分かった。好きにしろよ」
「そこは、応援くらいしてください」
「する」
一拍、沈黙が流れた。
「……あっさり『する』って言うんですね」
「言ったぞ」
その後も何が必要かなど、細かい打ち合わせをした。話の流れでグリナが同い年だとわかって全員驚いた。グリナも勇雄達の方が年上だと思っていたみたいだった。
♢
一行は道具屋へと移動した。店内には、旅や冒険に必要な道具が所狭しと並べられている。
グリナがみんなの前に立ち、手を差し出した。
「全員分の予算、一度私に預けてもらえる? まとめて買った方が効率がいいので」
「悪い、俺、今一銭もお金ないんだけど」と理人が苦笑する。
「私もないです……」とミカが消え入るような声で言った。
二人の視線が、一斉に勇雄へと突き刺さる。
「……俺が立て替えておく」
「ありがとうございます!」とミカは嬉しそうに微笑んだ。
「すまん、多分あとで返せるから」と理人が言う。
「『多分』じゃなくて、確実に返してくれ」勇雄は釘を刺した。
グリナは預かった財布の中身を確認し、キリッとした顔で二人を睨んだ。
「いいですか、無駄遣いは一切禁止だからね」
「まだ何も買ってないぞ」理人が肩をすくめる。
「買う前だから言ってるんです」
理人はぐっと言葉を詰まらせた。
「……なんか、頭が上がらないな」
勇雄はその二人のやり取りを、後ろからぼんやりと眺めていた。
まるで、ずっと昔から知り合いだった者同士が交わすような、軽快で息の合った言い合い。だが、二人はさっきギルドで出会ったばかりのはずだ。
勇雄は、この二人の空気感が、元の世界の「ある人物たち」にそっくりなのだと気づいた。
親友の塩野或人と、その女友達である杉浦遥のやり取りだ。二人は付き合っていなかったはずだが、まわりからは「本当にお似合いの二人だな」とよく噂されていた。確か杉浦さんは、或人と同じ高校に進学したはずだ。もちろん、今回の異世界転移には巻き込まれていない。
━━本当に、他人の空似か?
勇雄の胸に、小さな違和感が残った。
その後、水筒、保存食、火起こし道具、簡易的な寝具、そして周辺の地図を購入した。
グリナは一点ずつ商品を手に取って確認し、品質と値段を見比べ、迷うことなく選んでいった。
「この保存食、日持ちはするけど味は最悪。」グリナが眉をひそめる。「あっちの缶詰の方が少し割高だけど、体力を維持するためには美味しいものを食べた方が絶対にいいって」
「分かった、そっちにしよう」と勇雄が言った。
「はーい、お買い上げ!」
♢
次に訪れたのは武器屋だった。
ずらりと並ぶ近接武器━━剣、槍、ハンマー、斧。奥には遠距離用のボウガンや弓、さらには異世界らしく、魔力を込めるための杖や水晶まで置いてある。
勇雄は、その中から一本の鉄製の剣に目を留めた。
「どうしてその武器にするんですか?」とミカが訊ねてきた。
「元の世界で、剣道を習っていたからな。一番馴染みがある」
「……ケンドウ? たったそれだけの理由ですか?」
「それだけだ」
勇雄は剣を一本手に取り、その重さと全体のバランスを確かめた。手首を軽く返し、素振りをするように動かしてみる。しっくりときた。問題ない。
「これにする」
「即決ですね」グリナが感心したように言った。「相変わらず決断が速い」
一方、理人は棚にかかった短剣をじっと見つめていた。
「こっちの方が、小回りが利いて取り回しやすくないですか?」
グリナが横から覗き込んでアドバイスする。
「そうかもしれないな」
「じゃあ、それにしちゃいましょう」
「いや、もうちょっと他のも見てから……」
「絶対こっちですって」グリナは引かなかった。「長さと重さのバランスが絶妙です。洞窟みたいな狭い場所では、絶対に短い武器の方が有利だから」
理人は言われた通りに短剣を手に取り、その感触を確かめた。
「……確かに、その通りかもな」
「でしょ?」
グリナは自慢げにニカッと笑った。
理人はそんな彼女をじっと見つめていた。やがて、ハッとしたように、きまずそうに視線を逸らした。
♢
勇雄は赤みがかった水晶玉を見ていた。ワール語でサラマンダーの魔石と書いてある。説明に火や光系統の魔法を補助する文句と値段がふってあった。買えない値段ではない。サラマンダーが何かはわからないが、火のトカゲを思い浮かべた。この魔石を見て、自身の持っている神の石の事を考えていた。
「やはりあの石とは全然違うな」勇雄は一人事をつぶやいた。
神の石は初日から全く外に出していない。あれは見ているだけで人をとりこにする何かがあった。だが、この魔石からそのような感じはしない。
依然、神の石による万能感は全く衰える様子はない。ただ、この体と相性がいいのかわからないが抑えられている。
勇雄は深呼吸した。「よし」自分に喝を入れた。ミカの姿がふと視界に入ったのでそっちに向かった。
ミカは、ズラリと並ぶ武器の前で一人、頭を抱えていた。
片手剣を持ってみるが、ずっしりと重くてすぐに置いてしまう。
槍を見てみるが、自分の身長よりも長すぎて扱える気がしない。
短剣を手に取ってしばらく構えてみたが、結局、ため息をついて棚に戻した。勇雄の気配に気付いたようだった。
「本当に、私って戦うのに向いていないんですね……」
「別に、無理に武器を持たなくてもいい」
勇雄が声をかけると、ミカは「え?」と顔を上げた。
「治療役なんだから、後ろにいればいいんだ。前に出て戦う必要はない」
ミカは少しの間、黙ってうつむいていた。
勇雄は棚の商品に目を戻す。ミカが今、どんな気持ちでいるのかはだいたい想像がついた。
「……それでも」ミカは小さく拳を握りしめた。「私も、頑張れば戦えます。せめて後ろから皆を支えられるようになります。……この、魔法の杖にします」
「悪くない」
「もう少し励ましてくれてもいいじゃないですか」
「さっきも言っただろ」
「大事なことなので、何度でも言ってほしいんです」
勇雄はあきらめたように、ミカの真っ直ぐな瞳を見つめた。
「……しっかりやれよ」
「はい!」
ミカは嬉しそうに笑みをこぼした。
♢
全ての買い物を終える頃には、すっかり夕方になっていた。
四人は購入した荷物を持ち、一度グリナが泊まっている宿舎へと向かった。
赤く染まった石畳の道がどこまでも続いている。まわりの商店はバタバタと店仕舞いを始め、通りでは夕方の兵士たちの交代が行われていた。
グリナの宿舎は、一階が広々とした共有スペースになっていた。石造りの風情ある建物で、中庭には一本の大きな木が植えてあった。
「明日は、洞窟へ向かうルートの最終確認と、ディーヌ洞窟に一番近い町『カルーエタウン』へ行くための、乗り合い馬車の手配をする。あと足りない物、旅用の服や靴なども揃える。」
勇雄が今後の計画を伝えると、理人が手を挙げた。
「了解。その前に、俺と望月さんは一度、城の窓口へ手続きをしに行ってくるわ。武藤への借金も、ちゃんと返さないといけないしな」
「……踏み倒さずに、しっかり返せよ」
勇雄が言うと、理人は「分かってるって」と笑った。
「私はこの宿に泊まっているから、明日、準備ができたら部屋まできてね。」とグリナが言った。
「わかった」と理人が応じる。
「それじゃあ、また明日ね!」
グリナと別れ、勇雄達は滞在先である施設への帰路についた。
三人並んで歩く。夕暮れの赤い光が、石畳の上に三人の影を長く伸ばしていた。
勇雄は前を見据えながらも、視界の端で二人の様子を見ていた。
ミカはのんびりと夕焼け空を見上げていて、理人は歩きながら新しく買った地図を熱心に確認している。
胸の中に、ふわりと不思議な安心感が広がっていくのを感じた。
それに名前をつけることはできないし、何か明確な根拠があるわけでもない。初めてとは思えない、不思議な安心感があった。
やがて、見慣れた施設の外壁が見えてきた。
夕闇が迫る中、巨大な石造りの建物が、残った夕日を浴びて鈍く光を反射している。
━━そのときだった。
施設の入り口へと続く、静かな道の向こう側に。
誰かが、ぽつんとたたずんでいるのが見えた。
第25話を読んでいただきありがとうございます。
グリナという新キャラクターを交えた四人のやり取りを中心に描きました。
また、勇雄とミカの距離間も少しずつ変化してる描写を意識しました。
次回は重要な回です。次回もお楽しみ下さい。




