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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第一章  
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24/24

第24話  ギルド本部

 施設を出て、勇雄達は城下町へと足を踏み入れた。

 どこまでも平らな石畳が続いている。

 見上げれば、遮るもののない青空が広がっていた。施設の中に閉じ込められていたときとは、日差しの眩しさががまるで違う。嫌な閉塞感はなく、心地よい風が通り抜けていった。


 ミカが不意に足を止めた。

 珍しそうに、じっくりと周囲の街並みを眺めている。


「……本当に、異世界にいるんですね」

「今さら気づいたのか?」

「分かってはいたんですけど……こうして外に出てみると、実感が全然違います」


 勇雄達は王都の中心部に向かって歩き出した。

 通りには頑丈な石造りの建物がずらりと並んでいる。二階建てや三階建ての家が入り混じり、中には窓に厳重な鉄格子がはめられた怪しげな建物もあった。

 賑やかな露店もたくさん出ていた。色鮮やかな布、素朴な陶器、独特の匂いがする干し肉、見たこともない薬草。売り手たちの威勢のいい声が四方から重なり合って聞こえてくる。


 ただ、それ以上に目についたのは、異様なほど多い兵士の姿だった。

 金属の鎧をまとった者たちが、二人、三人と小さな集団を作って巡回している。彼らの顔には一様に、深い疲労の色が浮かんでいた。

 通りを少し外れた壁際では、腕に薄汚れた包帯を巻いた負傷した兵士が、力なくもたれかかっていた。通り過ぎる町の人々は、誰も彼に目を留めようとせず、まるでいないものとして素通りしていく。

 歩きながら、理人が話しかけてきた。


「どうだ? 城下町は初めてだろ」

「ああ……観光を楽しめるような雰囲気ではなさそうだな」


 勇雄は重苦しい空気に包まれた街並みを見回しながら答えた。


「魔王との戦いが長引いているせいで、ずっとこんな状態が続いているらしいよ」

「かなり深刻だな」

「ああ、元々はすごく豊かな国だったんだってさ。でも、今じゃ食料の値段が普段の二倍以上に跳ね上がってる。物資も全然足りてないみたいだ」

「ずいぶん詳しいな。誰かから聞いたのか?」

「初日だよ。みんなで施設の職員さんに町を案内してもらったろ? そのときに聞いたんだ。武藤はそのとき何してたんだよ?」

「図書館で調べものをしていた」

「初日から真面目だねぇ。もっと異世界を満喫しなよ」

「そんな柄じゃない。それに、この街の状況を見ていたら、とても満喫する気にはなれないな……」

「それもそうか」


 理人はいつものように軽口を叩いた。彼は歩きながらも、路地裏や兵士たちへ何度も視線を走らせていた。その目は、絶えず周囲を警戒するように鋭く動いている。

 勇雄は気になって、理人に尋ねた。


「さっきから色々と見ているが、何か気になるものでもあるのか?」

「いや、なんとなく見てるだけだよ」理人はすぐにいつもの軽い笑みに戻った。「武藤こそ、何か気になることでもあるのか?」

「俺は、気になるというより、放っておけない。」

「放っておけない?」

「ああ、ただ、いくら俺たちが特別な力を持っていると言っても、今すぐ魔王城に乗り込んだところで犬死にするだけだ。だから入念な準備が必要になる」


 勇雄は一呼吸置き、真っ直ぐ前を見据え続けた。


「洞窟の攻略も、あの魔王討伐の日が来るまでに終わらせる予定だ。俺は、魔王討伐の義務から逃げるつもりはないからな」

「へぇ……意外だな。武藤がそんなに本気で魔王討伐のことを考えているとは思わなかったよ」

「俺たちは人間だからな。この街の惨状さんじょうを見れば、嫌でも考える。魔王と戦うのは恐ろしいが、それを無視して自分だけ安全な場所にいるなんて、できない」

「……そっか」


 理人はそう呟くと、急に口を閉ざしてしまった。何か深い考えに沈むような、いつもの彼からは想像もつかない、暗く重い表情。


 そういえば、いつの間にかアヒルの姿をした神、ツルの姿が見当たらない。施設を出た瞬間までは間違いなくついてきていたはずだが、今は人混みに紛れてしまったのか、どこにいるのか全く分からなかった。


 ♢


 しばらく歩くと、目的のギルド本部が見えてきた。

 他の建物とは比べものにならないほど巨大な、重厚な石造りの建造物だ。壁の厚みも圧倒的で、まるで砦のようだった。

 正面にある幅の広い頑丈な扉の上には、二体の架空の生き物が複雑に交差する、ギルドの紋章が深く刻み込まれている。


 建物の前には、すでに多くの人々が集まっていた。物物しい武器を背負った戦士、何かの書類を握りしめた男、大きな荷物を背負った商人のような者まで様々だ。


 一歩、中に足を踏み入れる。

 中は驚くほど広大だった。天井は遥か高く、太い石柱が等間隔に並んでいる。左右にはずらりと受付窓口が並ぶ。正面の壁には無数の依頼書が貼られた巨大な掲示板が広がっていた。


 勇雄たちは空いている受付へと向かった。

 若い職員の男が対応に当たる。


「登録を希望したいのですが」とワール語で勇雄が言った。

「ギルドの資格証明書はお持ちですか?」


 勇雄は、城で受け取ったばかりの紹介状を差し出した。職員はそこに書かれた内容を確認し、勇雄たちの服装に目を留めると、彼らが『転移者』であることに気づいたようだった。そこからは、日本語を交えてゆっくりと丁寧な対応に変わった。


「確かに受け取りました」職員は声を潜めて続ける。「紹介状の指示に従い、あなた方の登録職種は『探索者』となります。主な仕事は、遺跡や洞窟の調査、街の護衛、物資の運搬、素材の採取、そして魔物の討伐などです。なお、城からの伝言により、ご自身が転移者であることは絶対に周囲に漏らさないでください。ギルド内では、あくまで一般の登録者と同じ扱いとなります」


 勇雄は黙って頷いた。

 職員は数枚の手続き用紙を差し出した。


「まず、こちらの書類に必要事項を記入してください。書き終わりましたら、人手の募集についてご説明します」

「分かりました」


 勇雄はペンを握り、自分の名前を書き進めた。隣ではミカと理人もそれぞれ書類に向き合っている。


 そのとき、背後の別の窓口から、一人の女性の声が聞こえてきた。現地の「ワール語」で、受付の職員と言い合っているようだ。


「前線への配属なんて、本当に嫌なんですけど」


 少し困ったような、しかし完全に諦めてもいない、どこか抵抗するような声だった。


「しかし規定により、徴収ちょうしゅう対象に選ばれた国民の方は全員……」

「ですから、前線じゃなくていいんです。私はただ、旅がしたいんですよ、旅。商人の護衛とか、荷物運びとか、そういう安全な仕事ならいくらでも……」

「申し訳ありませんが、特別な事情がない限り、規定の変更は受付できません」

「えー、そこをなんとか、せめて後方の補給部隊にだけでも……」


 不意に、隣にいた理人が勢いよく振り返った。まるで聞き覚えのある声を聞いたかのように。

 ほんの一瞬の出来事だった。

 彼の顔から、いつものお調子者めいた軽薄な笑みが、完全に消え失せていた。

 理人の肩が僅かに震えた。目が見開かれ、激しい衝撃に震えている。次の瞬間、理人の目から溢れた一筋の涙が、彼の頬を伝って石畳の床へと静かに落ちた。


 理人は即座に顔を背けると、目元を腕で乱暴に拭った。


「……古賀?」


 勇雄が小さく声をかける。


「……なんでもない」振り返った理人の声は、驚くほど低く掠れていた。「ちょっと、目に埃が入っただけだ」


 赤く充血したその瞳が、決して埃のせいなどではないことくらい、勇雄にはすぐに分かった。……勇雄はそれ以上追わなかった。


 勇雄もまた、理人が見つめていた背後の女性へと視線を向けた。

 そこにいたのは、青色の長い髪を綺麗に編み込んだ女性だった。首元や耳、手首には、歩くたびにシャラシャラと小さな飾りが揺れている。服装は動きやすさを重視した旅に適したもののようだ。少し背が高く、非常に整った顔立ちをしていた。


 職員に無理難題を突きつけられて困っているはずなのに、どこか飄々(ひょうひょう)とした、掴みどころのない独特な雰囲気をまとっている。慣れた様子でうまくあしらっている。年齢は見た目でわからないが、おそらく自分より上だろう。


 勇雄は、その顔にどこかで見覚えがある気がした。……どうしても思い出せない。


 迷う勇雄をよそに、ミカが先に動いた。すたすたとその女性の方へ歩いていく。

 気配を察して、女性が振り返った。


「その服……もしかして異世界の人……ですか?」


 女性は滑らかな日本語に切り替えて話しかけてきた。予想以上に流暢な発音だ。ミカの顔を見て、敬語を足したようだった。


「私に何か用ですか?」

「すごく困っているように見えたので、少しお話を、と思って。実は私たち、今、一緒に行動してくれる人を募集しているんです」


 ミカが真っ直ぐに提案すると、女性は隣の職員をチラリと見ながらため息をついた。


「そうなんですよ。前線で戦うのなんて絶対に嫌だから、護衛とか荷運びの仕事で登録したかったんだけど……国の規定だからって、無理やり前線送りにされそうになってて」

「それは酷い話ですね」

「でしょ? 酷いですよねー。……あ、ちなみにあなた達の募集って、魔王討伐とかそういう物々しいやつじゃないですよね?」

「はい。違います」


 窓口の空気が、ふっと和らいだ。

 女性の唇が、少しだけ楽しそうに緩む。

 勇雄もミカの隣へと進み出て、具体的な目的を告げた。


「近いうちに、ある洞窟を探索する予定です」

「洞窟、ですか」

「ディーヌ洞窟という場所です」


 女性は少しだけ視線を上に向けて考え込んだ。


「あー、名前だけは知ってます。結構遠いなー。確か西側の山の方でしょ?」

「行ったことはありますか?」

「いえ、旅が好きだから資料を読んだだけです。実際には行ったことないですよ」


 そこへ、少し遅れて理人が二人の隣へと近づいてきた。目元の赤みは少し引いている。理人は女性の目を真っ直ぐに見つめ、口を開いた。


「俺たちはこの世界に来たばかりだから、土地のルールを何も知らない。だから、旅の経験が豊富で、知識がある人を探しているんだ。……もしよかったら、俺たちと一緒に来ないか?」


 理人の声は、いつもよりずっと低く、どこか真剣な響きを帯びていた。

 その顔はすでにいつもの平静を取り戻している。……勇雄の頭には、さっき彼が流した涙の理由が、どうしても引っかかっていた。

 女性は腕を組んで少し考え込む仕草を見せた後、グループのリーダーである勇雄に向かって言った。


「洞窟の探索かぁ……」と彼女は呟く。「それ、絶対に面倒くさいじゃん」

「そうかもしれないですね」

「危ない目にも遭うよねぇ?」

「安全の保証はできない」

「でも━━」女性はいたずらっぽく首を傾げた。「ちょっと楽しそうかも」


 彼女は、満面の笑みを浮かべた。


「徴兵されるよりずっとマシかな。決まり。行く行く! みんな、名前教えて下さい」

「武藤です」勇雄は名乗った。

「古賀です」と理人が続ける。

「私は望月ミカです。よろしくお願いします」とミカが頭を下げた。

「私はグリナ。こちらこそ、よろしくね!」


 グリナと名乗った女性は、形の良い唇をニカッと釣り上げて笑った。どこか捉えどころのない不思議なたたずまい。勇雄はその顔に、やはり奇妙な既視感を覚えながらも、すぐに思考を切り替えた。


 これで、メンバーは四人になった。

 そばにいたギルド職員に確認すると、「転移者の方からの直接の雇用依頼は、国の徴兵規定よりも最優先されます」とのことだった。自分たち転移者という存在の持つ特権の大きさを、勇雄は改めて思い知らされることになった。


 受付でグリナを追加するための登録手続きを済ませ、勇雄達はギルドのバッジを受け取った。


 ♢


 ギルド本部の分厚い扉を出ると、再び王都の石畳が目の前に広がった。


「さて、四人になったことだし、これからの役割分担を決めないとな」と理人が言った。

「あ、この近くに良い茶屋がありますよ。そこなら静かだし、落ち着いて作戦会議ができます」グリナが答えた。

「へー、この街のこと詳しいのか?」

「もう、一年ぐらいいますよ。さ、行きましょ」


 グリナを先頭に、再び歩き出した。

 賑やかな王都の石畳を、四人の足音が響いていく。


 ━━そのすぐ後ろから。

 誰の知覚にも決して引っかからない、半透明の姿をしたツルが静かに続いていた。

第24話を見て頂きあがとうございます。四人目のメンバーです。

グリナというキャラクターどう感じて頂きましたか。飄々としているそういう人物として書きました。

一言:職業の探索者は、冒険者と悩みましたが洞窟の調査以外にも色々できることを考慮してこっちにしました。

次回は旅の準備です。お楽しみください。

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