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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第一章  
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22/24

第22話  昼食と道標

 管理棟を出た勇雄は、その足で王城であるカルサルト城へと向かった。城での手続きは予想以上に時間がかかった。

 窓口がいくつにも分かれていたのだ。借用証を作る担当、旅費の金を管理する担当、装備を受け渡す担当がすべて別々だった。

 勇雄が転移者だと分かると、慌てて通訳がつきそうになったが、それは断った。現地の言葉である「ワール語」をスラスラと話す勇雄を見て、城の人間たちはひどく驚いていた。

 勇雄は「神様からの加護です」と適当に説明して、その場をごまかした。


 ようやく受け取った借用証は、ただの硬い紙切れだった。そこには借りた金額と、署名用の欄がある。対応した侍女が、申し訳なさそうな顔で言った。


「心苦しいのですが、これはあくまで借金ですので、返済の義務があります。また、利息がつきます。御了承ください。」

「分かっている」


 支給された装備は、最低限のものだった。革の胸当てに、一振りの短剣、携帯用の水袋、そしてわずかな保存食。今の勇雄の実力に見合った品といえばそれまでだが、決して余裕のあるセットではなかった。

 一緒に渡された旅費の入った袋は、ずっしりとした重さがあった。追加の借用も可能とのことだった。


 まるで、敵地の中で戦いの準備を整えさせられているような感覚だ、と勇雄は思った。

 人々の態度や口調からは、転移者に対する期待のようなものが感じられる。しかし同時に、すべての方針や手続きが、自分たち転移者を逃がさないように縛りつけているようにも感じられた。


 支給された装備も、旅費も、全て借り物だ。その上、返済義務まである。魔王討伐に行くことこそが転移者の義務なのだと、暗に突きつけられているようだった。


 ♢


 気づけば、時間はもう昼頃になっていた。勇雄はミカと合流するために施設へと戻ったが、その前に、どうしても確かめておきたいことがあった。


 午前中の訓練を終えた転移者たちが、ぞろぞろと廊下を歩いてくる。


 その雑踏の中に、頭の大きなアヒルの姿をした神━━ツルの姿があった。

 勇雄は声はかけず、目線だけで合図を送った。そのまま、わざと人気のない通路の角へと移動する。思った通り、ツルがトコトコと後ろをついてきた。


「一つ、はっきり聞きたいことがある」

「はい、何でしょう」

「お前は一体何者なんだ。ごまかさずに、正確に教えてくれ」


 ツルは少しだけ沈黙した。その丸い目が下を向く。


「……私は、神々の世界から除名された神です」

「除名?」


 勇雄は思わず聞き返した。『除名』そのままの意味なら、追放されたということだろうか。神にもそんな制度があるのか。


「はい」

「なぜ除名された」


 ツルは顔を上げ、勇雄の目をまっすぐに見つめて答えた。


「……詳しい理由は言えないです。ただ、私にはどうしても果たすべき目的があって、ここに来ています」

「その目的とは……」

「それもお答えできないです」


 勇雄はツルの様子を観察した。


「お前と一緒にいることで、俺に何か危険が及ぶことはあるか」

「私と関わったことで、あなたが処罰されたり、追われたりすることはありません。少なくとも、今のところは」ツルは言った。「ですから、安心してください」

「処罰されないのが安心の理由になるかは怪しいが……」


 ツルはぽかんと口を開け、それから小さく呟いた。


「……それは、確かにそうですね」


 ツルの言葉には、どこか引っ掛かるものがあった━━勇雄はそう判断した。すべてが嘘というわけではないが、かといってすべてを真に受けるわけにもいかない。……それを証明する証拠はどこにもなかった。


 勇雄は、この奇妙なアヒルの神への警戒レベルを、引き上げた。


 ♢


 食堂へと移動すると、ツルも当たり前のように後ろをついてきた。


 食堂内は、昨日よりもさらに騒がしくなっていた。

 ツルはいつものように部屋の隅に移動し、周囲の様子を観察していた。

 テーブルの並び、というか転移者たちの座る位置が目に見えて変わっていた。大声で騒ぐ元気なグループが前方の席を占領しており、その中心には今朝もめた真壁の姿があった。彼らの席からは、強力な武器の話や、歴代の魔王にまつわる噂話が聞こえてくる。

 一方で、別の離れたテーブルでは、戦闘の少ない安全な地域の情報交換がひそひそと行われていた。前川さんもその中にいた。ただ、あまり話さないタイプなのか口数は少なかった。


 勇雄は室内の空気を感じ取る。

 ここに来てわずか三日目。それでも、転移者たちはすでにそれぞれの居場所を作り始めている。あまり友達を作らない勇雄でも少しの焦りを感じた。


 ミカは、部屋の隅の目立たない席を確保して待っていた。今朝、勇雄が座った場所にほど近い。勇雄は食事の乗ったトレーを置くと、彼女の正面に腰を下ろした。


「訓練、どうだった?」

「すっごく体が疲れました。でも、全体の半分くらいの人はちゃんと来ていて」ミカは食事の手を止めて言った。「麗奈れいなさんがぽつんと一人ぼっちだったので、途中から一緒に訓練してたんです」

「……前川さんのことか」

「なんだか、今朝の一件のせいで、まわりのみんなから距離を置かれちゃってるみたいで。私も加護とかよく分からないし、だったら一緒に動いた方がいいかなって」

「そうか。……ところで、あの白いアヒルは訓練中どうしてた?」

「アヒル?」


 ミカは一瞬キョトンとして、天井を見上げながら少し考え込んだ。


「ああ、白い……あの神様のことですね」ミカはぽんと手を合わせて納得した。「今日の神様、すごく静かでしたよ。みんなのことはほとんど見ていない感じだったのに、なぜか、特定の誰か一人だけをずーっと観察していた気がします」

「誰を?」

「たぶん、古賀くんだと思います」


 ミカはそこで少し声を潜めた。


「それと、訓練場にいるとき、なんだか別の視線も感じたんです。ずっと、誰かに見られているような……」

「この施設全体に、隠された監視の魔道具があるんだろう」

「分かってはいたんですけどね……やっぱり、あんまり良い気持ちはしないです。武藤くんの方はどうでしたか?」


 勇雄は午前中のおおまかな流れと、シグナルドの部屋で外出許可をもぎ取ったことをミカに話した。ミカは相槌を打ちながら、「そんな重大な話なら、私も一緒に行けば良かったな」と少し悔しそうに言った。城の重苦しい雰囲気や借金の話になると、「私たち、もう逃げ場がどこにもないんだね」と、寂しげに視線を落とした。


 ♢


「よお。隣、いいか?」


 声をかけてきたのは、古賀理人こがりひとだった。

 手には自分の食事のトレーを持っている。


「ああ、構わない」


 理人は勇雄の隣に腰掛けた。パンをちぎって口に運びながら、何気ない様子で周囲のテーブルを見回している。


 一方、ツルは食堂の離れた壁際から、こちらの様子をじっと伺っていた。


「お前、午前中に施設の職員と一緒にどこかへ行ってただろ」理人が尋ねてきた。

「城で手続きがあった」

「外に出るための申請か何?」

「そうだ」

「洞窟のこと、風の噂で聞いたよ。お前が色々と調べてるって」

「ああ、少しな」

「そこへ行くつもりなのか?」

「その予定だ」

「ずいぶん危険な匂いがする話だな」理人はおどけた笑みを浮かべた。「で、洞窟の名前と、場所はもう分かってるのか?」

「名前は分かっている。場所についても、大まかな地図を手に入れた」

「どの方角にあるんだ?」


 勇雄は、じっと理人の顔を見つめた。


「だいたいの位置しか分からない……」

「そっか」


 理人はスープを一口すすると、器をトントンと机に置いた。それから、整った形の手のひらを上に向けて見せてきた。


「実はさ、俺、神様からこんな加護をもらったんだよね」


 理人は声を潜めて言った。


「『道標みちしるべ』っていう加護。行きたい場所を頭の中で強く思い浮かべると、なんとなく方角が分かるんだ。地図を見ながら使うと、さらに精度が上がる」

「それは便利だな」

「地味だけどね」理人は少しだけ苦笑いした。「これで攻撃ができるわけじゃないし、ただ迷わずに済むってだけ。ここではちょっと力を発揮できないから、食事が終わったら外の地図で見せてあげるよ」

「わかった。頼む」


 理人は親しみやすい、人懐っこい笑みを浮かべた。その屈託のない仕草を見ていると、勇雄は元の世界にいる親友━━塩野或人しおのあるとの姿をどうしても思い出してしまう。顔立ちは全く違うはずなのに、彼と同じような安心感を意識せずにはいられなかった。


 その後は、食事を進めながら訓練の内容など、他愛のない世間話を理人と交わした。

 ミカはその間、ほとんど会話には参加しなかった。ただ、時折、理人に対して値踏みするような、強い警戒の視線を投げかけているだけだった。


 ♢


 食後、三人は施設の一角にある大きな案内図の前に移動した。

 廊下の壁に貼られたその地図は、この施設だけでなく、周辺のはるか遠い地域まで細かく描かれている巨大なものだった。


「探している洞窟の名前は?」理人が尋ねる。

「ディーヌ洞窟」


 勇雄が地図を見つめながらその名前を口にした、そのときだった。

 理人が地図の表面にスッと指を触れた。

 ほんの一瞬の出来事だった。

 彼の目が驚くほど鋭くなり、巨大な地図の、ある一点を正確に指さしたのだ。


「……西側だ。かなり遠いな。この地図の縮尺だと、歩いて三日はかかりそうだ。方角的には、あっちの方向だな」


 理人は西の壁の向こうを真っ直ぐに指し示した。その動作には、一切の迷いがなかった。


 勇雄は内心、強く感心していた。これで行くべき方角ははっきりした。少なくとも、この加護が本物なら道中で迷う可能性は大きく減る。


 勇雄の隣で地図を見つめていたミカが、ふっと目を細めた。理人の完璧すぎる横顔をじっと見つめる彼女の瞳には、やはり鋭い警戒の光が宿っている。

 ミカは何かを言いかけようとした。結局何も言わず小さな唇をぎゅっと結んだ。


「だったら、俺もその調査に連れていってくれよ」理人が言った。

「……どうして」

「方角が分かる奴がいた方が、絶対に困らないだろ? 施設に閉じこもって訓練していても退屈だしさ。このくらいの距離なら、往復しても魔王討伐のタイムリミットには十分間に合う。確か同じ方向に魔王城があるはずだから直接行くのもあり。何より、実際に外に出て戦った方が学べることも多い。その洞窟の調査が、めぐりめぐって魔王討伐に繋がる何かを見つけるきっかけになるかもしれないだろ?」

「……考えさせてくれ」

「そうか」


 勇雄は腕を組み、上を少し向いた。

 ディーヌ洞窟の情報は、誰かの手によって意図的に消されている。中に何が待ち受けているのか、どれほど危険な場所なのかは未知数だ。攻略を確実にするためには、信頼できる仲間が必要であることは勇雄も理解していた。理人を完全に信用したわけではない。警戒すべき相手であっても、使える力は借りるべきと判断した。理人の申し出を拒否する理由は、勇雄にはなかった。


 ミカは少しだけ理人の顔をうかがうように見つめたが……やはり、何も言わなかった。


 少しの間の後、勇雄は腕組みを解き、理人に向かった。


「……分かった。一緒に行こう」

「よし、決まりだな」理人は明るく笑った。「準備はどうする?」

「城下町のギルド本部への紹介状をもらっている。そこで装備を整えるつもりだ。ただ、その前に一度、シグナルドの許可を取らないといけない」

「じゃあ、まずはシグナルドのところへ挨拶に行こうか」


 ♢


 ツルは、食堂の端からずっと三人の様子を観察していた。

 正確には、古賀 理人をじっと見つめていた。最初に彼を見たときから、ツルは直感していた。あの男は、ただの高校生ではない、と。

 理人は「道標の加護」だと言っていた。だが、そもそも「道標」の魔法というのは、この世界において非常に難易度の高い高等魔法だ。魔力や生物が溜まりやすい場所を正確に察知する、極意ごくいとも呼べる魔法なのだ。


 加護とは、神が人間に与える「外付けの補助能力」に過ぎない。体内の魔力を通すことで、その魔法を自動的に再現するシステムだ。しかし、いくら加護であっても、この世界のルールからは逃れられない。


 ━━転移して、わずか三日……。


 いくら神から特別な肉体を授かった転移者とはいえ、これほどの高等魔法を使いこなせるわけがない。その事実を、この場の誰よりも、神であるツル自身が一番よく知っていた。本当にただの加護だけなのか?


 それだけではない。理人は、立ち止まっている時はもちろん、歩いている最中でさえ、施設内に仕掛けられたマイクロサイズの監視魔道具の死角を、ごく自然に歩き抜けていた。カメラには彼の姿がほとんど映っていないはずだ。あまりにも鮮やかで、無駄のない視線誘導。


 ━━まだ、決定的な証拠はない。


 だが、この古賀 理人という男こそが、転移者たちの中で最も“勇者”である可能性が極めて高かった。

 理人が何を考えているのかは、まだ見えない。ただ、転移者の中で『最も神に近い接点』を持つ勇雄に、これほど自然に近づいてきたのは、決して偶然であるわけがなかった。勇雄を通じて、神々の情報を引き出そうとしているのだろうか。


 ━━おそらく、あの男が“勇者”だ。私の目的、『彼女の願い』を絶対邪魔させるわけにはいかない。


「ギルドへ行く前に、シグナルドのところへ向かおう」と勇雄が言った。

「はい」とミカが応じる。

「了解。行こうか」と理人が頷いた。


 三人が、大魔神王の執務室に向けて廊下を歩き始めた。

 ツルは、アヒルの丸い瞳の奥に、くらい執念の炎を宿らせた。

 三人が食堂を出ていくのを見届けてから、ツルは完全に自分の気配を消し、その背後を静かに追った。


 目的地は、大魔神王シグナルドの執務室。


 “勇者”の疑いがある少年、神の体を持つ少女、そして「神の石」をその身に宿す少年。

 三人が今、一つの部屋に集まろうとしていた。

第22話を読んで頂きありがとうございます。

理人が正式に加入しました。急な同行を申し出た場面、どう感じていただけたでしょうか。

題名にもなっている勇者は徐々に明かしていきます。

次はまた執務室です。お楽しみください。

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