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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第一章  
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19/24

第19話  二日目の深夜の密談

 人支援の神、右断神うだんしんエルクスは、深夜の執務室で映像記録の整理に追われていた。

 薄暗い魔力灯に照らされた壁面には、無数の魔道具が整然と並び、転移者たちの部屋をそれぞれ映し出している。画面の向こうでは、大半の者が二日目の訓練による疲労からか、深い眠りに落ちていた。


 ━━エルクスの手が止まった。


 映像が不自然に乱れていた。

 今日の勇雄とミカの特別試験室を捉えた複数の画面だった。映像だけではない。音声、魔力波形を含む全ての測定記録が、同じ時間帯に異常値を示している。

 それは試験の途中から突如として始まり、数分間続いた後、何事もなかったかのように消失していた。記録が正常に戻った後も、その前後で空間の何かが決定的に変質している。


大魔神王(だいましんおう)様」


 エルクスが呼びかけると、背後からシグナルドが音もなく姿を現した。


「この特別試験室の残留波長を見てください」


 エルクスが神公用語で告げると、シグナルドは怪訝そうに表示された記録へと視線を落とした。短い沈黙が室内に流れる。


「解析する」


 シグナルドが素早く端末を操作すると、詳細な分析数値が羅列された。


「神性反応、それに……時間停止に近い痕跡があります。加護が発動した痕跡も混ざり合っている」

「分かっている」

「転移者の一人であるミカが、神の肉体を有していることは把握しています」エルクスはさらに踏み込んだ。「ですが、私は神として数百年を数えてなお、このような現象は目にしたことがありません。眠るように倒れた直後に、この現象が始まっている。このような異変は見たことも聞いたこともありません。」


 シグナルドは答えなかった。


「……理由をお聞かせ願えますか」

「すまないが……答えられない。」

「……分かりました」


 エルクスはそれ以上、追及するのをやめた。


 シグナルドの指先が、画面上の加護の痕跡に触れる。

 数値を凝視したまま、彼はしばらく押し黙った。


「ツルが隠していたものは……これだったか……」


 それは掠れた独り言のようだった。

 傍らにいるエルクスには、辛うじていくつかの単語が聞き取れたに過ぎない。


 エルクスは手元の端末で、検出された加護のログを見つめていた。


「この加護、我々が人間に授けるシステムと根本から構造が違います。まさか、宝玉神ほうぎょくしんハーパーの……?」

「そうだ」

「最上位たる宝玉神の加護が、なぜ転移者の一人に」

「あの男━━武藤 勇雄に直接手渡したのだろう。連絡手段としてな。魔王討伐の最中は、いくら宝玉神といえど、この世界に侵入はおろか、内部の様子を窺うことすら叶わんからな」

「連絡手段、ですか? そのような機能は耳にしたことがありませんが」

「知らなくて当然だ。創造神すら制御しきれなかったバグの一つだ。詳細は聞くな」


 エルクスは立ち上がり、シグナルドを真っ向から見据えた。


「その加護の、本来の性能は」

「対象の異能を数秒間だけ無効化する加護だ」

「……異能を、ですか」

「宝玉神の神格でなければ再現すら不可能な代物だ。もっとも、効果の規模自体はそれほど大きくはない。だが、勇雄は確実にそれを発動させた。ハーパーと何らかの接触を図った可能性は極めて高い。勇雄の動向には、細心の警戒を払え」

「はっ」


 シグナルドは静かに目を閉じた。安堵した様子ではない。だが、何かの確信を得たように、その表情にはわずかな落ち着きが戻っていた。


 エルクスは声を落とし、訊ねた。


「その……『異能』とは、一体」

「知る必要はない。『異能』の事は絶対に忘れろ」


 シグナルドの即答だった。あらかじめその質問を予期していたかのような、冷徹な拒絶。エルクスの動きが凍りつく。


「……承知いたしました」


 それ以上、エルクスが言葉を重ねることはなかった。


 ♢


 シグナルドが画面を切り替えた。

 リアルタイムで映し出されたのは、勇雄の私室だ。

 だが、その映像の一部が不自然に欠落していた。

 画面の右半分が完全に黒く塗り潰されている。まるで、そこだけ光が遮断されているかのように。


「映像機器だけが焼き切れています」

「……魔力の暴走による余波ではないな」

「はい。損傷箇所が限定的すぎます」

「違う……もっと別の、未知の何かが作用している」


 エルクスは不審に思い、その部屋の数分前の記録を巻き戻して再生した。

 映像とともに、かすかな音声がスピーカーから流れ始める。

 彼らの言語は日本語のはずだ。しかし、聞きなれない言葉が流れ、自動的に翻訳術式が起動する。


 ━━次の瞬間、術式そのものが停止した。


 エラーではない。システム自体は正常に稼働している。翻訳を拒絶したのだ。


「神公用語ではない……? 古代語の派生ですか?」


 エルクスが原因を突き止めようと翻訳術式の核心へアクセスを試みた、その瞬間。シグナルドが横から手を伸ばし、エルクスの手首を乱暴に掴んで遮った。


「……大魔神王様?」

「違う」


 シグナルドの目が、かつてないほど大きく見開かれ、驚愕に染まっていた。


「これは……神の全記録アーカイブに存在しない言語だ」


 エルクスは息を呑み、言葉を失った。


「……まさか、彼らは」


 二人は、神の関知し得ない領域で繋がっている。画面の向こう、奇妙に破損した黒い闇の傍らで、寄り添うように眠る勇雄とミカの姿を、エルクスはただ無言で見つめるしかなかった。


 ♢


 シグナルドが再び画面を切り替える。

 今度は転移者全員の能力を数値化した物が並ぶ、全体記録。

 エルクスは手元の資料に目を落とした。そこには、二日目の特別試験の詳細な結果が記されている。

 シグナルドが淡々とした口調で語り出した。


「……まだ説明していなかったな。一日目の行動指針に基づき、私は転移者たちを大きく四つの属性に分類した。『魔王強硬派』『現地安定派』『異世界堪能派』、そして『無気力派』だ」

「それぞれに適した加護と情報を与え、誘導したということですか」

「そうだ。提示した報酬もそれぞれ異なる。」

「この資料を見る限り、古賀 理人(こが りひと)は『魔王強硬派』に分類されていますね」

「そうだ」

「しかし……前川 麗奈(まえかわ れいな)だけは、特別試験を免除、いえ、受けていないようですが」

「……あれは意図していない転移だ。システム上、加護の付与ができない。問題はない」


 エルクスは静かに資料を閉じた。完全には得心がいっていなかったが、それを表情に出すほど未熟ではない。

 彼は立ち上がり、今日の全体の動向を映すモニターを見上げた。特別試験を経て、転移者たちの派閥化は顕著になっていた。それは、昨日とは明らかに異なっていた。


「転移者たちが、細分化されています」

「そうだ」

「なぜ、これほどまでに分断を急がせるのですか」

「必要だからだ」

「試験内容を秘匿し、個別に選別を行えば、彼らが疑心暗鬼になり孤立していくのは必然です」エルクスはさらに声を張った。「適性を測るだけなら一度の特別試験で十分なはず。大魔神王様が直々に複数回行った、あの試験の『真の目的』は何ですか」


 シグナルドは答えず、ただ冷たい硝子のような瞳で前を見据えていた。

 エルクスはしばらく待ったが、夜の静寂が返ってくるだけだった。


 ♢


 シグナルドが勇雄の個別ログを画面に展開した。

 そこには、勇雄が所有している「神の石」━━宝神石ほうじんせきの周辺から放射されるエネルギー波形が表示されていた。異常な高数値だ。その出力強度は、他の転移者たちの数十倍に達している。


「あの時点で、宝神石を回収できていれば理想だったのだがな」


 シグナルドが忌々しげに呟く。


「勇雄が宝神石を持っている事は、今日の帰還時に報告を受けましたが……この異常な波長は何ですか。明らかに『何か』が内部に封じ込められている。この中身は、一体」


 エルクスが数値を見つめたまま問いかけるが、やはりシグナルドは沈黙を貫く。


「……まさか、神そのものが封印されているとでも?」


 その問いにも、大魔神王は微動だにしなかった。


「何にせよ、武藤勇雄は危険因子です。……大魔神王様が、なぜ私にこの男の専任監視を命じられたのか、ようやく理解できました。引き続き、徹底的な監視を行います」

「頼む」


 ♢


 エルクスはシグナルドの横顔を見た。

 その表情から、彼が全てを、あるいはエルクスの知らない事柄を理解していることを察した。

 エルクスは静かに間を置き、深く頭を下げた。


「……これまで、多くの事象を秘匿されてきたのですね」エルクスの声は、ひどく静かだった。「私が、決して真実に気づかないように」

「……」

「……申し訳ありません。あまりに無知であった私を、お許しください」

「知らないことは、時に最大の武器になる」シグナルドは前を見据えたまま、冷徹に、しかしどこか含みを持たせて続けた。「知らされなかったことで、これまで守られてきた秩序もあるのだ」


 エルクスは胸の内でその言葉を噛み締める。


「……左様ですか。では、これだけは確認させてください」エルクスは一段と声を低くした。「……宝玉神ハーパーが制定した『禁則事項』に関わる領域ですか」

「そうだ」

「……分かりました」


 エルクスが短く応じると、それ以降、二人の間に言葉は交わされなかった。室内には、無機質なモニターの操作音だけが虚しく響き渡る。


 ♢


 シグナルドが、厳重に保護された最古の記録を開いた。

 画面に展開されたのは、複雑怪奇な幾何学模様。幾重にも重なり合い、空間を歪めるほど強固に編まれた、封印陣の設計図だった。

 その複雑な層の最奥、中心部には、巨大で禍々しい「何か」の影が描かれている。


 エルクスはそれを目撃した瞬間、総毛立つような戦慄を覚えた。エルクスは謎の多くが、全てこの為だったのかと確信した。


「それは……まさか……!」


 シグナルドは、机上に広げられた、何層もの封印陣から決して目を離さなかった。その瞳には、くらい情熱が宿っていた。


「当然だ。私の存在、私の歩みの全ては、あの御方を現世へ迎えるためにある。邪神シザーは、必ずこの世界に戻られる」

「……ええ。必ずや」


 エルクスは静かに拝礼した。だが、その深く垂れ下げられた髪の隙間、彼の目の奥には、盲目的な崇拝とは明らかに異なる、静謐で鋭い光が灯っていた。


 壁面のモニター群には、何も知らずに眠る転移者たちの姿が並んでいる。

 深夜の執務室を、冷たい魔力灯の光だけが、いつまでも青白く照らし続けていた。

第19話を読んで頂きありがとうございます。

第二日目の深夜、シグナルド達の統治システムや転移者達の四つの分類など明かしました。

魔王討伐の裏に隠されたシグナルドの真の目的、主要人物の神々から見え方なども描きました。

次は三日目の内容です。お楽しみください。

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