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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第一章  
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18/25

第18話  深夜の自室

 部屋に戻ると、頭が大きいアヒルの姿をした神━━ツルがいた。

 ツルは窓際に立ち、じっと外を見ていた。見回りの足音が廊下から聞こえていた。


 勇雄は背後で静かに扉を閉めた。


「何が目的だ」


 勇雄は声を低くして問いかけた。父に似た神、ミカの異変、加護、そしてその加護の代償。特別試験という短い時間で、事態は一気に動いた。

 ツルは、あの異変と加護の事を予見していた。この神は間違いなく何か知っている。

 ツルがゆっくりと振り返った。


「……誤魔化すのは、やめます」あきらめたようにツルは小さな声を漏らした。「私の目的はあなた達を見守ることです。それ以上は、お答えできません」


 勇雄は『なぜ見守る』と重ねて問い詰めようとした。……ツルのどこか悲しげな表情を見て、勇雄は言葉を飲み込んだ。

 自分はただの人間の一人に過ぎない。

 そこまで神に執着される理由がわからなかった。『神の石』は外せなくなっているが、いずれ外れるもの。


「今日のことを、どこまで把握している」

「はい、ほぼ全て……」

「答えてくれるか」

「答えられないことの方が、多いです」


 勇雄はツルを凝視した。隠し事があるのは明白だったが……今夜は追わなかった。それよりも、確かめなければならない別の事があった。


「黒髪の神からの指示について、心当たりは」


 ツルは本気で意外そうに首を傾げた。


「すみません……説明してもらっていいですか?」


 勇雄は間を置いた。この反応を見る限り、ツルは黒髪の神の介入を知らない。

 どこまで話すか悩んだ。ただ、ディーヌ洞窟の情報があまりにも少なすぎる。場所しかわからないのが現状だ。……洞窟の名前を出すくらいなら問題ないだろう。


 勇雄は事情を簡潔に説明した。


「黒髪の神から貰った加護を発動させた後、視界に『ディーヌ、洞窟、調査』と指示が浮かんだ」

「……ディーヌ洞窟、ですね」

「そうだ。あそこには何がある」

「おそらくその神は、そこに魔王を討てる武具があると踏んでいるのでしょう」

「なぜ今、それを俺に向けた」

「その神は、あなたを利用したい。……それだけです」

「『望月 美香(もちづき みか)』に関する情報はあそこにあるか」


 ツルはわずかに視線を落とした。


「……ないと思います」

「そうか」


 勇雄は黙り込んだ。

 転移の前に姿を消した少女、望月 美香の手がかりは、やはり別の場所にあるかもしれない。ただ、わざわざ洞窟の情報が意図的に伏せられていること自体が、何かの裏付けのようにも思えた。

 勇雄の決断は変わらなかった。あそこへ行く。


 ♢


 コン、と控えめなノックが響いた。

 一度きりの小さな音。


 勇雄が扉を開けると、そこには枕を抱えたミカが立っていた。

 廊下の薄暗さの中で、長い髪が肩にこぼれている。彼女は気まずそうに視線を泳がせた。


「……ここで寝てもいいですか」

「なぜ」

「今日みたいなことが起きるのが……嫌なので」


 蚊の鳴くような声だった。あの異変はミカが眠ることで引き起こされた。ならば、異変に対抗できる加護を持った自分を頼ってくるのは、ごく自然な成り行きだった。


 その時、部屋の奥でツルが動いた。

 露骨だった。わざとらしいほど気を遣った動き方で、ツルは扉へと向かう。すれ違いざま、ミカを見て小さく微笑んだ。何も言わず、白い翼をそっとすぼめて、そのまま廊下に出ていった。


 パタン、と静かに扉が閉まった。


 ミカがぼうぜんと、ツルが消えた暗い廊下を見つめていた。


「……あれ、あの白い鳥は神ですよね? どこ行ったんですか」

「気を遣ったんだろう」

「神が気を遣うんですね……」

「さあ」


 ミカを部屋に招き入れ、勇雄は部屋を見渡した。

 備え付けのベッドは当然ながら一つだけだ。

 勇雄は少し考え、床に屈んで手をついた。体内で魔力を集め、じわりと床の石材へと浸透させていく。

 ズズ……と低い音を立てて、床の表面が少し盛り上がった。

 幅は狭く無骨な土の台座だった。


「……これ、寝られるんですか?」

「硬いな」

「それは見れば分かります」

「他に方法がない」


 ミカは呆れたように眉をひそめ、それから、ふっと悪戯っぽく笑った。


「まあ、いいか」


 部屋の空気が、わずかに変わった。

 部屋の明かりを落とした。窓から差し込む薄い月光だけが、静かに室内を満たしていった。


 ♢


「さっきの場所」


 横たわったミカがふとつぶやいた。それは日本語ではない。あの砂漠の街で使われていた、見知らぬ言語だった。

 勇雄の脳は自然に理解していた。


「砂の町だな」


 勇雄もまた、その異国の言語で言葉を返した。


「あの時、武藤くんは何をしていたの?」

「素振りだ。広場で、一人でやっていた」

「見てた。木刀、傷だらけでボロボロだったね」

「君は壁から現れた」

「うん。秘密の抜け穴を知ってから。護衛の目を盗んで、抜け出して来た」

「なぜ来た」

「……興味があった。壁の向こうに何があるのかなって」


 夜の静寂の中に、心地よい間が落ちた。


「あの時の武藤くん、目が綺麗な青色に変わっていた。私は……どうなってた?」

「君は目は、黄色だった」

「そっか。武藤くんの耳、少し尖ってなかった?」

「自分のことは見えない。そうだったのか」

「エルフだったんだよ、きっと」

「エルフ」勇雄は記憶の底をさぐる。「おとぎ話に出てくる。あの妖精か」


 ミカは天井を見上げ、少し考えてから唇を尖らせた。


「おとぎ話っていうよりは、宇宙人ですね。別の星の種族」

「宇宙人? ……俺はそういう方面には疎い。」


 地球の神話や空想科学の知識など、勇雄にはほとんどない。……何かが引っ掛かる。考えても答えは出ない。

 彼女の言う『エルフ=宇宙人』という奇妙な理屈に、なぜか不思議と納得してしまった。


「そうかもしれないな」


 そう応じると、また短い沈黙が訪れた。


「……全然記憶にないのに、どうしてこんなに懐かしいんだろう」

「俺もだ」


 それ以上の言葉は紡げなかった。説明できなかった。しかしそれで十分だった。

 ミカは少し考えた後、言った。


「……わからないことあって」ミカが声を潜める。「私が憑依していたテル。私の意識が薄くなっていく時、彼女の感情が流れてきた。……『出会わなければ……よかった』って、確かに聞こえた」

「そうか。……俺の方には、そういう未練のようなものはなかった。」


 あの場面で『後悔』を抱いたのか。手がかりが少なすぎて、いくら思考を巡らせても答えには行きつかない。

 二人はそれぞれ、闇を見つめて考え込んだ。


「……あの場所の言語」ミカがシーツを小さく揺らしながら言った。「二人の時、この言葉で話さない?」

「構わないが」

「じゃあ、二人の時はこの言葉ね」

「わかった」

「この言語の名前、知ってる?」

「いや、知らないな」

「じゃあ、━━『秘密言語』にしよ。」

「安直だな」


 ミカはクスクスと小さく吹き出す。勇雄の唇からも自然と笑みがこぼれていた。


 それから二人はその『秘密言語』で取り留めない会話を続けた。話している内容自体は他愛のないものだったが、部屋を満たす空気がふっと和らいでいった。声のトーンが自然と落ちる。日本語で話すときよりも、ずっと互いの距離が近く感じられた。


 ♢


 ミカが天井を見上げたまま、秘密言語で問いかけてきた。


「武藤くんのあの能力、一体何なの? ……あ、嫌なら無理に答えなくていいです」


 勇雄は少し躊躇したが、覚悟を決めた。硬い台座の上で体を起こし、彼女に向き合った。


「あの加護をよこした、黒髪の神について話す」

「……いいの?」

「……ただ、誰にも言わないでくれ。あのアヒルの神もその黒髪の神をひどく警戒している。」

「アヒルの神が警戒を……」


 ミカもまた、ベッドの上で上半身を起こした。

 勇雄は、秘密言語の静かな響きにのせて、ゆっくりと事実を打ち明けた。


「この世界に転移させられる前、俺は『神の居住区』に飛ばされた。そこで会った。背丈程の長い黒髪、身体中に黄色の宝石が埋め込まれた神だ。その神からあの加護を押しつけられた。邪神を見つけたら報告しろと命じられた。そして今日、洞窟を調査しろと指示が来た」


 ミカは、勇雄が全てを話し終えるまで、静かに相づちを打ちながら耳を傾けていた。訊きたいことは山ほどあるはずだった。ただ勇雄自身にも、これ以上の事は説明できない。それを察したのか、彼女はそれ以上深く追及しなかった。

 ただ、ミカは再び天井へ視線を戻し、最も核心を突く質問を投げかけた。


「その神様、信用できる?」

「できない」

「でも、指示に従うんですね」

「従っているわけではない。情報として利用価値があるからだ。俺はあいつに『人を探している』と伝えている。今回の指示は、その手がかりかもしれない。」

「……望月 美香、さん」

「可能性はある」


 ミカは少し間、沈黙した。


「……その神様、何だか怖いね」

「そうだな」


 夜の闇が、しん、と深まる。

 やがてミカが再び口を開いた。張り詰めていた。


「黒髪の神の話をしてくれた代わりに、今後は私の秘密を話します」

「聞こう」

「私の、この体について。……昨日、神の経典を読んだ。そこに、神についての記述があった」


 勇雄は息を潜め、彼女の言葉を待った。


「『神は人と接触した際、時間が止まったかのような感覚を引き起こす。人はこれにより、相手が神であるか否かの確認をする』……そう書いてあったの」

「……続けてくれ」

「記憶が少し曖昧なんだけど……試験室で、あなたが私の肩を掴んだ時。周囲の音が消えて、空気が止まったような気がした。あれはきっと、神の体に深く触れた時に起きる現象なんだと思う」

「……つまり、君は」

「私が、神様の体そのものかもしれない。……経典には他にも書いてあった。神がその真の力を解放するとき、頭上に光の輪が浮かび、背には羽が現れるって」


 勇雄は黙って彼女の告白を受け止めていた。


「それに、神様も人と同じように眠るし、食事もとる。見た目では絶対に区別がつかない。……だけど脈が遅い」

「確認してもいいか」

「……試してみる?」


 わずかな間の後。

 淡い月光の中で、勇雄の指先がミカの白い手首にそっと触れた。


 ━━その瞬間、世界から音が遠のいた。


 互いの細い呼吸の音だけが、耳元で大きく響く。周囲の空気が、まるでガラスのようにピキリと凍りついた。ほんの数秒。やがて、世界はゆるやかに元に戻った。


「……経典の記述と一致するな。」

「ええ。でも、これ、ある程度は調節ができるみたい。」


 今度はミカから勇雄の手首に触れる。今度は何も起きず、ただ少女の指の冷たさだけが伝わった。


 勇雄はさらに声を潜め、核心に触れた。


「……一つ、聞いてもいいか。」

「……はい」

「なぜ、自分が神の体なのか、その理由はわかるか」

「……わからないです。ただ、記憶の深いところに、どうしても晴れない『モヤ』がかかっていて……」


 ミカは少し言葉を詰まらせ、それから自分に言い聞かせるように呟いた。


「でも、今は人間です。私には、人間の記憶しかないから……」


 勇雄は黙った。彼女の声に潜む、どうしようもないさびしさと孤独の響きに、言葉を返すことが出来なかった。


 ♢


 やがて睡魔が訪れたのか、ミカはベッドに深く横たわった。


「図書館にいたみんな、もう分かれてましたね」

「まだ、二日目だというのにな……」

「早いですね」

「手に入る情報に差が出れば、自然とこうなる。あるいは、神のシグナルドが意図的に仕組んだことかもしれない」

「どうしてそんなことを?」

「さあな。……人間は分断された方が、管理しやすいというのは定石だ」


 ミカはしばらく沈黙を守っていた。


「……みんな、帰りたいですよね」

「そうだろうな」

「私は……」


 ミカはそこで言葉を切った。その後に続くはずだった言葉は、来なかった。


「もし本当に帰れたら、武藤くんはどうする?」

「前と同じ生活を送るだけだと思う」

「前と、同じ?」

「特に変わることはない」


 ミカは再び黙り込んだ。

 暗がりのせいで、彼女がどんな表情をしているのかは見えない。ただ、彼女のまとう空気の質が、かすかに変わったことだけは分かった。


「……そっか」


 ぽつりと、それだけが返ってきた。


 それからしばらくして、ミカの呼吸の音が変わった。

 深く、規則正しい、穏やかな寝息。


 彼女は眠りについた。


 昼間ののような異変は起きなかった。呼吸が乱れることもなく、静かな寝息がただ室内に満ちていく。

 勇雄はその音を、じっと闇の中で聞いていた。


 心の底から安堵していた。


 頭で自覚するよりも早く、その安らぎが胸に広がっていた。理由を探す前に、体が先に『彼女は無事だ』と受け入れていた。


 結局、あの異変の真相について、彼女自身からは何も語られなかった。おそらくミカが抱える「モヤ」や隠し事が影響しているのだろう。ただ、今はそれでいい。本人が自ら話してくれるまで待つつもりだ。


 勇雄もまた、強烈な睡魔に抗えず、土の台座の上に横たわった。


 意識が薄れかける寸前、ふと、部屋の隅からじっとこちらを見つめる、視線を感じた。

 ━━監視か。

 この施設に仕掛けられた魔道具の類だろう。正確な位置を探ろうとしたが、鉛のように重い眠気が五感を支配していく。勇雄は思考を放棄し、追うのをやめた。


 そっと目を閉じる。

 廊下を渡る見回りの足音が、遠くへ遠ざかっていく。

 施設が静かになっていった。

第18話を読んで頂きありがとうございます。

ミカと勇雄の会話から今日の特別試験の内容の振り返りを描きました。

秘密言語の場面は普通の日本語で会話するよりも、二人だけの共通の言語で内容は変わらないのに距離が近くなる事を描きました。

勇雄の中でも徐々にミカの存在が大きくなっていく様子を最後に描きました。

次回で二日目は終わりです。お楽しみに

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