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宝神の勇者 I  作者: 三竦 慎太郎
第一章  
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16/23

第16話  加護の代償

 空が広かった。雲が少なかった。光が強く、白い石の建物に反射していた。風が砂を運んでいた。

 空の色が今と少し違うように感じる。ただ、魔法世界ワールの空を真剣に見たことはない。しかし、地球では無いことは確かだった。


 勇雄は自分の手を見た。

 小さかった。

 子供の手だった。十歳前後だと、すぐに分かった。体が小さかった。目線が低かった。しかし意識は今のままだった。


 体が動いていた。

 自分の意志では動かせなかった。体は勝手に動いていた。別の誰かが操作していた。勇雄はその体の内側から、外を見ていた。


 小さな広場だった。

 三メートルくらいの石壁が正面に見えた。砂が床に積もっていた。

 手に、木刀があった。

 体が動いた。

 素振りをしていた。

 カン。

 リズムがあった。一定だった。体が覚えていた。体の記憶だった。

 カン。

 カン。


 足元に何かが描いてあった。地面に線が刻まれていた。戦術の図解だった。三種類の対策が書かれていた。文字と矢印で、動きの組み合わせが記されていた。


 手のひらに豆があった。

 木刀の補修の跡が何箇所もあった。繰り返し使われていた物だと分かった。


 勇雄にはこんな記憶は無い。可能性があるとすれば、前世だろうか。その考えをすぐに否定した。地球の常識で考えれば、前世の記憶が戻る事はない。


 ♢


 ミカが来た。

 壁の方向から、人が現れた。よく見ると子供が通れそうな抜け穴が壁にあるようだ。壁の外から来たようだ。

 女の子だった。年は十歳くらいだろうか。

 白い服を着ていた。装飾が多かった。上質な布だった。砂埃が少しついていたが、ほとんど汚れていなかった。


 髪が長かった。

 目が、今のミカと似ていた。しかし違った。今のミカより確信を持った目をしていた。物怖じしなかった。

 女の子は勇雄を見た。

 素振りをしている子供を、少し奇妙なものを見る目で見ていた。


「ねえ」


 体が振り向いた。

 女の子を見た。

 勇雄はその目で、女の子を見た。

 現在のミカと、似ていた。同じではなかった。しかし何かが共通していた。

 女の子が首を傾けた。


「そんなの意味あるの?」


 ワール語とも日本語とも違う言葉だった。何故か勇雄は母国語のように理解できた。記憶にはない。なんという言語かもわからない。

 体は答えなかった。少し待った。


「三竦み、知らないの?」


 女の子の目が変わった。

 黄金色に近い黄色だった。

 色が変わった。目の色が、意図的に変わった。光が宿ったような、濃い黄色だった。


「その目じゃ、私には勝てないよ?」


 声に悪意はなかった。確信があった。事実を告げている声だった。

 体が、木刀を下ろした。

 女の子を正面から見た。


 目に魔力が込められる。体は慣れているようで一瞬で魔力が溜まる。目のチャンネルを変えたようだ。


「逆だよ」


 体が言った。


「君が勝てないんだよ」


 女の子の顔が赤くなった。


「……でも、三竦みは絶対だよ。無駄じゃない?」

「無駄かどうかは、まだ決まってない」


 短かった。

 断定ではなく、事実として言っていた。

 女の子は少し黙った。目が黄色から戻っていた。


「努力しても色は変わらないのに」


 声が少し変わった。苛立ちと、純粋な疑問が混じっていた。

 勇雄は三竦みの意味がわからなかった。


「壁の中の人って、みんなそんな感じなの?」


 体が少し間を置いた。


「……君、友達少ないでしょ」


 女の子の顔が固まった。


「は?」

「その言い方、嫌われるよ」


 女の子は反論しかけた。しかし言葉が出なかった。

 勇雄はその体の内側から、女の子の顔を見ていた。

 驚いていた。

 対等に返されたことに、驚いていた。怒るより先に、驚きがあった。

 それから、少しだけ口元が変わった。

 笑いではなかった。しかし、表情が動いた。

 現在のミカの顔と、重なった。

 女の子が口を開いた。


「……名前は?」

「先に聞いた方から名乗るものじゃない?」

「うわ、めんどくさい……」


 女の子は少し間を置いた。

 それから、名乗った。


「私はテル。テル プレシアス。あなたは?」


 名前が、聞こえた。

 勇雄はその名前を受け取った。


「コルディだ」


 体が、名乗り返した。


 その瞬間、世界が揺れた。

 砂が、上に浮いた。

 重力に逆らって、砂粒が空へ向かった。音が歪んだ。建物の輪郭が溶けていった。

 女の子の顔が、輪郭を失い始めた。

 勇雄は引き留めようとした。体が動かなかった。

 光が戻ってきた。

 白い光が、砂漠の景色の上に重なった。

 女の子の声が、遠くなった。

 最後に、もう一度見えた。女の子が、こちらを見ていた。

 その顔に、表情があった。

 さっきまでの確信に満ちた顔ではなかった。

 もっと素直な顔だった。この出会いを喜んでいる顔だった。

 白くなった。

 全部、白くなった。

 だんだん白が崩れていく。

 砂の匂いが消えた。乾いた風が消えた。石壁が消えた。


 ♢


 床があった。

 試験室の床だった。椅子の脚が見えた。机の角が見えた。紙が一枚、端に滑っていた。

 勇雄は自分の手を見た。

 大人の手だった。小さくなかった。今の、武藤 勇雄の手だった。


 動かせなかった。

 指を曲げようとした。曲がらなかった。全身が硬直していた。体の内側に魔力を送ろうとした。届かなかった。循環できなかった。なぜ、動けないか理解できなかった。


 手のひらが痛んだ。

 木刀を握っていた感触だけが残っていた。実際には握っていない。しかし皮膚の内側に、その感触の形跡があった。


 呼吸だけが、動いていた。


 ミカが椅子に座ったまま、俯いていた。

 動かなかった。肩が少し落ちていた。

 部屋が静かだった。

 時計の音が戻っていた。普通の間隔に戻っていた。


「……コルディか……覚えた……」


 ミカが言った。

 声が小さかった。呟きだった。自分に向けて言っているような声だった。

 次の瞬間、ミカが顔を上げた。

 自分が何を言ったか気づいた顔だった。


「……え?」


 目が、少し濡れていた。

 涙が出ていた。ミカ自身が驚いていた。なぜ泣いているのか、顔に書いてあった。


 体の硬直が徐々に解けていった。

 勇雄はミカを見た。

 自分の中にも、同じ感覚があった。

 あの場所を知っている。

 その確信だけがあった。理由は分からなかった。記憶として出てこなかった。しかし、肌を打つ砂の熱、木刀を握りしめた手の平の痛み。それらが偽物の記憶ではないと、肉体が、魂が、確かに主張していた。


 視界の奥に、何かが来た。

 黒いノイズだった。視覚ではなかった。目を閉じても消えなかった。意識の内側で発生していた。

 言葉ではなかった。

 意味だけが流れ込んできた。


 ━━ディーヌ。

 ━━洞窟。

 ━━調査。


 勇雄は目を押さえた。

 頭の中で何かが接続されていた。加護だ、とすぐに分かった。黒髪の神が言っていた。不定期に単語単位で会話ができると言っていた。邪神を見つけたら報告しろとも。

 視界の端に、何かが浮いた。

 選択肢だった。言語ではなかった。概念の形で浮いていた。


 了解。保留。拒否。


 勇雄はミカを見た。

 俯いていた。手が膝の上にあった。まだ涙が残っていた。

 勇雄は一拍置いた。


 保留。


 意識の中で選んだ。

 何かが向こうへ流れていく感触があった。

 選択した後、別の概念が浮かんだ。


 邪神。


 それのみ浮かんでいた。念じれば報告できそうだ。まだ、手掛かりはない。しばらく待つと薄くなり、消えた。

 接続が薄くなった。ノイズが消えた。


「……なんだこれ」


 勇雄は小さく言った。自分に向けた言葉だった。


 ♢


 扉が開いた。

 エルクスが戻ってきた。

 部屋に入って、二人を見た。

 一瞬だけ、止まった。

 空気を読んでいた。何かが変わっていると感じているようだった。しかし問わなかった。


「……顔色が悪いな」


 ミカに向けた言葉だった。


「大丈夫です」とミカは言った。「ちょっと眠くて」


 エルクスは少し間を置いた。


「無理をするな。」


 短い言葉だった。

 それ以上は言わなかった。勇雄を見た。勇雄は黙っていた。何も言わなかった。エルクスは何かを考えたが、何も言わなかった。


「今日の試験は終了だ」


 エルクスは言った。


「内容の口外は禁止。忘れるな」


 二人に退出を促した。


 ♢


 廊下に出た。

 施設の日常があった。

 転移者の声が聞こえた。訓練帰りの足音が廊下の向こうから来た。誰かが笑っていた。


「ミカ」と勇雄は言った。「すまない。」


 突然の言葉にミカが勇雄の方を見た。


「あの時の俺は冷静な判断が出来ていなかった。外に出て誰かを呼ぶべきだった……」

「謝らないで」ミカは小さく微笑んだ。「考えずに行動するのは武藤くんらしくはないけど、助けてくれた事は嬉しかった。」

「たまたま、うまくいっただけだ。……次はどうなるか」

「でも、また助けてくれそう。次は焦った武藤くんが見たいな」


 ミカは笑いながら言った。勇雄はため息をついて言った。


「次は助けないぞ」


 ぶっきらぼうに言い、勇雄は歩き始めた。ミカが隣に並んだ。


「ふふ……で、どこに向かっているんですか」


 ミカが聞いた。


「図書館だ」

「また?」

「ディーヌ洞窟について調べたい」

「ディーヌ洞窟?」

「黒髪の神から情報が来た」

「その神、信用できるんですか」

「できない。ただ、情報として確認する価値はある」


 ミカは少し間を置いた。


「……私も行っていいですか」

「どうして」

「一人だと、寝そうだから」


 勇雄はミカを見た。

 目の下の隈はまだあった。昨夜から続いていた。疲労が抜けていなかった。


「わかった。無理はするなよ。」

「ありがとう」


 廊下を並んで歩いた。

 いつの間にか光が傾いていた。夕方が近かった。窓から入る光の色が変わっていた。


 ミカが時折、勇雄を見た。

 勇雄も、ミカの横顔に視線が向いた。

 既視感があった。

 あの場所の感触と、今の横顔が、どこかで繋がっていた。説明できなかった。繋がっていると断言できる根拠もなかった。

 ただ、知っている気がした。

 この感覚の名前が分からなかった。


 図書館への廊下が続いていた。

 二人の足音が、同じリズムで鳴っていた。

第16話を読んで頂きありがとうございます。

テルとコルディの出会いを描きました。短い場面でしたが、二人の性格を表現しました。

また、このイベントで二人の距離が近づきました。何かが変わった事が伝わるように描きました。

黒髪の神の司令が来ましたね。この司令が物語に大きく影響します。

次回は二日目の図書館です。1日目の変化を感じて下さい。あのキャラが登場します。

お楽しみ下さい。

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