第15話 特別試験
昼食後、訓練を再開した。
午前中と同じ場所で行った。
午後からは魔法だけでなく各々の戦闘の基礎を教えるようだ。職員の数も多い。どうやらギルドからの応援がいるようだ。
職員の指導のもと、木剣を持つ者、弓を持つ者、魔力を手に循環させる者、基礎的な体術を繰り返す者。それぞれが別々の訓練をしていた。
♢
特別試験も並行して行われていた。訓練の最中に何回かに分け、数人ずつどこかに呼び出された。
呼ばれた人は数分後に戻ってきた。先に呼ばれたのにまだ戻っていない転移者もいる。連続して呼ばれる事もあるようだ。
理人はすでに何回か呼び出されている。今も帰っていない。
戻ってきた人の目が変わっている。希望に満ちたような、そんな目をしている。
戻った人に人だかりが出来る。
「どんな試験だった? 加護はもらったのか?」
「言っちゃいけない決まりだから」
「教えろよ。な、な。せめてステータスオープンって言えよ」
「嫌だよ」
勇雄は気にせず木剣を持っていた。素振りをしていた。体の重心の取り方を確認していた。この体の癖を把握する必要があった。
訓練が始まる前、ツルが来た。勇雄に近づいて、小声で言われた。
「もし、あの子に何か起きたら……昨日の加護を思い出しなさい」
「どういう意味ですか」
「……なんとなく、そう思って」
それだけ言って、離れた。昨日の加護とは、黒髪の神から貰った加護の事だろうか。使い方は覚えている。目のチャンネルを変え魔力を込める。出来そうだが、代償や反動が不明の為、今まで使っていない。
あの子とはミカの事か、それとも他の人の事か。
ミカは少し離れたところで、壁に軽くもたれていた。
ミカの魔力循環が途中で止まった。
手のひらを見ていたが、焦点が合っていなかった。一瞬、視線が虚ろになった。
「大丈夫か」
「……平気」
声に力がなかった。
勇雄はそれ以上言わなかった。しかし、目が離れなかった。
試験担当が呼んだ。
「次の試験対象者を呼びます」
名前が読み上げられた。
勇雄。そして、ミカ。
もう一名の名前が呼ばれたが、その人物は不在だった。二日目その人物を見た人はいないようだ。外野がざわついた。試験担当は全員をなだめた後、二人で進めることを決めた。
試験室に移動した。
♢
試験室は小さかった。
一般的な教室より狭かった。長机が一つ、椅子が二つ、白紙の紙が置かれていた。窓が一つあった。外の光が入っていた。
部屋の奥に、その者が立っていた。
男だった。背が高くなかった。落ち着いた色の服を着ていた。年齢が判断しにくかった。若くも老いてもない。目が静かだった。
勇雄の鼓動が少し早くなった。その者に見覚えがある。体型や顔、目の静けさ、立ち方。しかしそのはずがなかった。その人は地球にいるはずだ。第一、高校に来てすらいない。
父がここにいる筈がない。
「私が担当します」とその者は言った。声が低かった。落ち着いていた。「エルクスと申します」
礼をした。丁寧だった。
「特別試験の担当の神です。よろしくお願いします。試験の内容を説明します」
エルクスは机の前に立った。
「これは協力型の心理試験です。正解はありません。二人で話し合いながら、それぞれの答えを紙に書いてください」エルクスは続けた。「質問はこういったものです」
エルクスは紙を机に置いた。
設問が並んでいた。
『極限状況で、助けられるのが一人だけの場合、誰を選ぶか』
『仲間の命と、目的の達成、どちらを優先するか』
『一人しか生き残れない状況で、自分以外の誰かを選ぶか。その理由は何か』
勇雄は読んだ。他にも似たような問題が数問あった。
「以上です」とエルクスは言った。「終わったら声をかけてください」
そのまま部屋を出た。扉が閉まった。エルクスとは目が何回か合った。話もした。応対は普通だった。気づいていない様子だった。父によく似た赤の他人と判断した。
♢
二人だけになった。今は集中すべきだ。
「この試験どう思う」
「……難しいですね」
「加護適性を見る試験とは言っていたが」
「何を見てるんでしょうね、本当は」
「判断基準だろう。どういう状況で、何を優先するか」
ミカはペンを持った。
「武藤くんはどう答えますか、一問目」
「状況による」
「それが答えですか」
「答えになっていないなら書き直す」
ミカは少し笑った。しかし目に力がなかった。
「私は……助けられる人を助ける、になりそうです」
「それは分かる」
「分かりますか」
「転移初日、城の広間に集まった時、他の転移者に声をかけていただろ。ミカは人の事をほっとけない性格なんだろう。」
ミカは少し黙った。
「……そうですね」
♢
数分が経った。
ミカの返答速度が落ちてきた。
「三問目なんですけど……」
ミカは言った。そのあとに続く言葉がなかった
勇雄は顔を上げた。
ミカがペンを持ったまま、止まっていた。紙の上に文字を書きかけていた。文字が途中で歪んでいた。
「ミカ」
「……ちょっと、待って」
目が閉じかけていた。
「寝るなよ」
「寝てない、です」
声が薄かった。ミカは体のスイッチが切れたかのように倒れ込んだ。
“空気“が変わった。
音が変わった、という表現が正確かもしれなかった。部屋の密度が変わった。時計の音がやけに大きく聞こえた。刻んでいる音が、普通じゃない間隔で届いた。
ミカの周囲に、何かがあった。
視覚的には何もなかった。しかし空気の質が違った。ノイズに近い何かが、ミカを中心に層を作っていた。
紙の文字が滲んだ。
インクが動いていないのに、輪郭が崩れていた。
勇雄は体の内側で、何かが反応するのを感じた。警告に近い感覚だった。
「ミカ」
呼んだ。
返答がなかった。
「ミカ」
席を立った。ミカの肩を掴んだ。
反応がなかった。
引き寄せた。強く、肩を掴んで、引いた。
その瞬間だった。
音が消えた。
完全に消えた。時計の音も、廊下の声も、外の風の音も。何もなくなった。
目の前に、ミカの顔があった。
鮮明だった。
今まで見ていたものとは解像度が違った。黒に近い茶色の目。睫毛の一本一本。疲労で薄くなった肌の色。瞳の中に、光が反射していた。ただ、『助けて』と訴えているように見えた。
魔力循環が見えた。
ミカの体の内側に、流れがあった。見えるはずがなかった。しかし見えた。流れが乱れていた。乱流を起こしていた。頭のほうで何かが詰まっていた。その詰まりが原因か、ミカの意識が戻らない。
空気の粒子が止まっていた。
部屋の空間が、固体になったような静止だった。
━━初めて触れた時を思い出した。
転移後ミカと初めて会った時だ。あの時もこんな感覚だった。ミカの体になにかあるのか……。
触れたところからミカの魔力が流れてきた。意思があるように、目の方向へ向かっていた。ミカの魔力が目の部分に集中する。
目が、痛んだ。
激痛ではなかった。しかし鋭かった。内側から圧がかかるような感覚だった。
視界が二重になった。
重なっていた。今見ている試験室と、別の何かが混ざっていた。輪郭がなかった。色だけがあった。
「なんだ……これ……」
自分の声が、遠く聞こえた。
目のどこかが、切り替わる感覚があった。加護を使う時、目のチャンネルを変える、とツルが言っていた。あれはこの事か。ミカの意志を感じる。正解かどうかわからない。それでも動いた。
勇雄はミカを椅子に座らせると、両手を結んだ。魔力を循環させる。この体はその瞬間を待っていたか、のように反応する。魔力を心臓から右手、左手へ循環させる。最も効率のよい経路だ。
魔力が一瞬で満ちた。さらに押し込んだ。
直感であの詰まりは普通の魔力量では消せないと判断した。理由はわからない。
膨大な魔力が溜まり勇雄の体が光に帯びた。
魔力を目に集中させた。
魔力が脳のあたり、神の石の付近に通った瞬間。声がした。
━━助けたいか━━
勇雄はミカの肩を持った。
ミカの頭の詰まりに向かって、目からありったけの魔力を加護に乗せ放出した。
「助けたい。戻ってこい、ミカ!」
勇雄の膨大な魔力がミカに流れていく。ミカは抵抗もなく受け入れていく。勇雄の魔力で光輝いていた。
勇雄の加護でミカの頭の乱流が消えていく。数秒で全ての乱流が消えた。
静かになった。
音が戻った。時計の音が、普通の間隔に戻った。紙の文字が、元の形に戻っていた。
勇雄はミカを掴んでいた。
ミカが目を開けた。
焦点が戻ってきた。ゆっくりと、勇雄の顔に焦点が合った。勇雄はミカの言葉を待った。
「武藤くん……」
「ミカ……」
「助けてくれてありがとう」
勇雄が次の言葉を言おうとした時、急に意識が暗転した。
ツルの言葉を思い出した。加護の代償が“わからない“と
そして。
場面が、消えた。
試験室が消えた。ミカの顔が消えた。
光だった。
光だけが残った。色のない光が、あらゆる方向から来ていた。
勇雄には意識があった。しかし体の制御がなかった。動かそうとしても、動かなかった。
別の体があった。
別の場所に、立っていた。
知らない景色だった。そこは太陽が照りつける暑いところだった。
そこにいる人物の目を通して、勇雄は見ていた。
第15話を読んで頂いてありがとうございます。
ミカの異変を勇雄の加護で無効化する場面です。
加護を使う場面、勇雄が理由より先に動いた描写を描きました。
「━━助けたいか━━」という問い、転移時の神の言葉と重なっています。あの一文の為にこの章を書きました。
次回は場面が変わります。お楽しみ下さい。




