第13話 深夜の密談
深夜だった。
地下に部屋があった。
壁一面に魔道具が並んでいた。それぞれが異なる区画を映していた。居住区の廊下。各部屋の内側。食堂。訓練施設の入口。施設の外周。
映像の中で、人が眠っていた。
泣いている者がいた。壁に向かって膝を抱えていた。隣の部屋では二人が小声で話していた。声は聞こえなかったが、口の動きで分かった。帰りたい、と言っていた。一人は天井を見つめたまま動かなかった。疲れが顔に出ていた。眠れていなかった。
シグナルドは立っていた。
映像を見ていた。一点ではなく、全体を見ていた。部屋を動かず、腕を組まず、ただそこにいた。
扉を開け何かが入ってきた。
頭が大きいアヒルのような姿だった。
シグナルドは振り返らなかった。
「来たか」
「……監視、多いですね」
その言葉は異世界語でも日本語でもなかった。その言葉が神の公用語だと知る人はいないだろう。
ツルは部屋を見渡した。壁の魔道具を順番に見た。
「必要だ」
「これで、全員分ですか?」
「そうだ。すでに何人かは自分の意志で世界に散った。忠告はした。放置で問題ないだろう。」
「私もその人達を観察してましたが、同じ意見です。」
シグナルドは返事をしなかった。少しの間があった。ツルは映像を見ながら言った。
「眠れない子が多いですね」
「初日だ」
「そうですね」
ツルの声に、軽い棘があった。呆れと、それを抑えようとしている何かが混じっていた。
シグナルドは映像から目を離さなかった。
ツルは話を変えた。
「他の人支援の神は? 二柱いたでしょう?」
「二柱とも“あっち“で監視している。幸いにも混乱はないようだ」
ツルはほっと息をついた。シグナルドは続けた。
「明日には一柱だけ戻す。魔王討伐が止まれば、全てが表に出る。まだ油断は出来ない……」
「そうですね。」
ツルは答えた。少しの間の後、静かに言った。
「やはり宝玉神ハーパーが来ています」
シグナルドはわずかに止まった。
「そうか……あの背程長い黒髪の神で間違いないか」
「はい。また、大異魂導神パトラも同行しています」
シグナルドは映像を見たままだった。しかし目の動きが変わった。
「パトラがあなたに会いに来たと話していました」とツルは言った。「理由に心当たりがありますか」
「ない」
「本当に?」
「本当に知らない。大魔神王の名を出してもいい。」
「……わかりました」
嘘の気配がなかった。
シグナルドは一度だけ、目を閉じた。
「……最悪だな」
呟きだった。声量がなかった。しかし部屋に届いた。
「まだ、クラス転移が起こった事に気付いてはいません」とツルは続けた。「“勇者“がここにいることは、今のところ把握していないはずです」
「しかし、本当に5、6人の転移から“勇者“を中心とした40人前後のクラス転移に変わるとは……」
「当然でしょう。私も久しぶりに見ました。」
「そうか……」シグナルドは続けた。「この時の為に準備はしていたが、タイミングが悪すぎる。」
シグナルドはツルに鋭い視線を向ける
「……お前が仕組んだのか」
「違う。断じて違います。捨てた二つ名を名乗ってもいい。本当にこんな事が重なるなんて予測してなかったです」
「……」
長い沈黙があった。
シグナルドは映像に視線を戻した。
「ハーパーがこの星に来ている間に知られれば……星ごと『封印』あるいは『剪定』の可能性があります」とツルは言った。「それは私も避けたいです」
「一致点はそこだけだ」
「そうかもしれませんね」
「……それが起きたら、覚悟を決める。」
「……」
彼らの利害が一致しているのはこの世界を消滅から守るという1点のみだ。
♢
少し間があった。
「絞り込みはどこまで進んでいる」
シグナルドは言った。
「私の方では一人、妙に気になるのがいます」とツルは言った。「ただ、まだ確信が持てていません」
「名前は」
「今はまだ」
シグナルドは少し目を動かした。
「こちらは十人程度まで候補を絞った」
「十人」
「早い方だと思うか」
「……判断は控えます」
ツルはシグナルドを見た。
「あなたの方の情報を、全部は教えてもらっていませんよね」
「お互い様だ」
「そうですね」
ツルは視線を映像に向けた。
シグナルドも映像を見ていた。
互いに、相手の見えていない部分を認識したまま、同じ方向を向いていた。
「勇雄について」
ツルは言った。
シグナルドは黙って聞いていた。
「宝神石を持っています」
「知っている。契約で私がもらう予定だが」
「バグで外せなくなっています」
「……それは」
「予想外でした。私にも」
シグナルドは少し考えた。
「外せない理由は」
「彼固有の条件が重なった結果です。詳細は話せません」
「固有の条件」
「はい」
シグナルドの視線が、壁の映像の一つに向いた。
勇雄が映っていた。
眠っていた。静かだった。小柄な体が、ベッドに収まっていた。
「彼は私を信用していません」
ツルは続けた。シグナルドは口角が少し上がった。
「当然だな」
「ええ。でも観察はさせてもらっています」
「他に起こった事はあるか。」
ツルは下を向きながら答えた。
「いえ、他にはないです」
「……何か隠しているな。まぁいい」
「……」
シグナルドは勇雄の映像を見た。しばらく、動かなかった。
「監視を増やす。戻ってくる右断神に彼を見張るよう指示する。……最悪の場合は処理する」
声が低かった。感情がなかった。事実の確認のような言い方だった。
ツルの目が、細くなった。
シグナルドを見た。直接見た。
シグナルドは映像から目を離さなかった。
「……それは、私には同意できないです。」
ツルは言った。声は柔らかかったが、中に何かがあった。
「権限の話ではない。必要性の話だ」
「私には、まだ必要だとは思えないです」
「今は、まだ」とシグナルドは言った。「お互いに」
ツルは黙った。
反論の言葉が出てこなかったのではなかった。出す言葉を選んでいた。そして選ばなかった。
沈黙が続いた。
映像の中で転移者たちが眠り続けていた。
泣いていた者が、いつの間にか眠っていた。天井を見ていた者も、目が閉じていた。まだ、寝ていない者が1人いた。
勇雄の映像が一つの画面に映ったままだった。
静かだった。規則正しく呼吸していた。
シグナルドはその映像を見ていた。
小さく、言った。
「宝玉神に知られる前に終わらせる」
部屋に音がなかった。
ツルは何も言わなかった。
答えを持っていないのか、答えを選ばなかったのか、分からなかった。
魔力灯だけが、薄く灯っていた。
第13話を読んで頂きありがとうございます。
深夜の監視室の雰囲気は伝わりましたか。転移者たちが眠れない夜を過ごしている裏の会話です。
シグナルドとツルは大部分の目的は同じですが、お互い信用はしていないです。
一言:大魔神王と右断神の二つ名は、このままの二つ名だと物語が成立しません。ただ、わかりやすい名称や役割の名称にしたいと思っています。和訳した結果こういう二つ名になったと解釈をお願い致します。
次は2日目の内容です。よろしくお願い致します。お楽しみ下さい。




