前例のない事態
実技試験が終わり、受付前の長椅子に腰を下ろした。
「はぁ~、ちょっと本気出しすぎちゃったかなぁ?」
試験場の惨状を思い出しながら苦笑する。
氷柱にクレーター、砕けた壁に抉れた床。途中で止められなかったらどうなっていたことやら。
そんなことを考えながら、手持ち無沙汰になった僕は指先に魔力を集めた。
パチッ。
小さな火花。
パチパチッ。
今度は小さな氷の結晶が生まれては消える。完全に手遊びだった。
しかし――
「ちょっと!」突然、鋭い声が飛んできた。
「ギルド内での魔法の発現はご法度ですよ!」
「えっ?」
振り向くと、ギルド職員のお姉さんがこちらを睨んでいた。
「そうなんですか?」
「知らないんですか?」
むしろそっちが驚いたような顔をする。
「冒険者ギルド内での武器の抜刀や魔法の発現は禁止されています。冒険者なら当たり前のことですよ!」
「へぇ……」「へぇじゃありません!」
怒られた。
「所属証を提示してください」
「あぁ、すみません……。まだ冒険者登録の実技試験が終わったところで、所属証はまだなくて……」
「……え?」
職員さんが固まる。
数秒後。
「あぁ、新人さんなんですね」
納得したように頷いた。
「そうですか。なら今回は見逃してあげますが、次回から気を付けてくださいね?」
「……すみません」
ぺこりと頭を下げる。すると近くの長椅子から、
「ぶっ……!」
「くくくっ……」
絶対今の会話を聞いていたであろう冒険者の方から笑い声が聞こえてきた。
顔が熱い。
少しかなり大分恥ずかしい。
(帰りたい……)
そんな気持ちを抱えながら長椅子に座り続ける。しかし――
十五分経っても呼ばれない。二十分近く経っても呼ばれない。
「遅いな……」
受付の方を見る。まだ呼ばれる気配もない。
「こんくらいかかるもんなのかなぁ?」
とにかく暇だった。(まだ時間かかりそうだし、ギルドの中でも見て回るかぁ)
そう思い立ち、僕は立ち上がった。
まず目についたのは二階へ続く階段だった。
何となく上がってみる。
二階には会議室らしき部屋や資料室のような場所があり、職員たちが忙しそうに行き来している。
邪魔にならないように少しだけ眺めてから一階へ戻った。
次に向かったのは依頼掲示板。
討伐依頼。
護衛依頼。
採取依頼。
調査依頼。所狭しと依頼書が貼られている。
「へぇ~」
思わず感心する。
「B-ランクの○○討伐依頼に……A-ランクのダンジョン未開拓エリア開拓依頼……」
しばらく眺めているとある法則に気付いた。
「あっ!」
思わず声が出る。
「左側に貼られてる依頼ほど高ランクなんだ!」
なるほどなるほど。実に分かりやすい。
「ほへぇ……」
感心しながら眺めていると、ふと違和感を覚えた。
どこか見覚えがあるのだ。
依頼書の内容に。
討伐対象の魔物。
採取場所。
未開拓区域。
どれもこれも。
(全部やったことありますなぁ……)
もちろん口には出さない。新人冒険者がAランク級の依頼を既に経験済みです。なんて言ったところで面倒になるだけだ。
なので僕は何も知らない新人冒険者の顔をしながら、
「へぇ~、すごいなぁ」
と感心したふりを続けた。実際、その場にいた冒険者たちから見れば、珍しそうに依頼書を眺める新人そのものだった。問題は、その新人が貼り出されている高難易度依頼の大半を既に経験済みだということだけだった。
――ガルラが待合室へ戻った後。
試験場の奥にある会議室では、三人の試験官が宝玉に記録された映像を再生していた。
壁面に投影された映像では、氷柱が立ち並ぶ試験場を縫うように試験官が駆けている。
その先では少年が次々と魔法を展開し、戦場そのものを組み替えていた。
映像が止まる。
巨大な氷槌が地面へ叩きつけられる直前の場面だった。
「改めて見ると、本当に新人試験とは思えませんね」
監督官が額を押さえながら言う。
「思えないどころか、途中から試験になっていなかった。私は評価を付ける側のはずだったんだが、気付けば本気で攻略法を考えていたぞ」
実際に戦った試験官が苦笑した。
その言葉に残る二人も頷く。
新人試験は受験者の力量を見るためのものだ。
本来なら試験官が主導権を握り、受験者の対応力や判断力を引き出して評価する。
だが今回は違った。
主導権を握っていたのは終始ガルラの方だった。
「魔法の威力もそうですが、一番問題なのは戦い方でしょう」
別の試験官が映像を巻き戻す。
氷結魔法が配置されていく場面。
属性を切り替える場面。
近接戦へ移行する場面。
どれも迷いがない。
「知識として知っているのと、実戦で使えるのは別です。あの年齢で状況に応じて戦術を切り替え続けられる者はそう多くありません」
「少なくとも新人の枠には収まらんだろうな」
部屋が静かになる。
問題は実力の有無ではない。
全員が認めている。
問題は、その評価をどう処理するかだった。
監督官が資料へ目を落とす。
「規定通りなら最高評価はE+です」
「だから困っているんだ」
即答が返る。
「E+を付けるだけなら簡単だ。だが、それで終わらせた場合、次に受ける昇格試験で同じ話を繰り返すことになる」
「かと言って、いきなり高ランクを与えれば前例になる」
「前例になるだけならまだいい。周囲が納得しない可能性もある」
冒険者ランクは実力だけで決まるものではない。
依頼達成数・経験・信用
そういったものも評価対象だ。
だからこそ、新人がいきなり高位ランクになることは滅多にない。
しかし。
映像の中で戦う少年を見ていると、その常識が揺らぐ。
「少なくともE+では説明がつきませんね」
「同感だ」
「ギルドマスターに判断を仰ぎましょう」
異論は出なかった。
しばらくして部屋へ入ってきたギルドマスターは、映像を最後まで見終えると腕を組んだ。
そして一言だけ告げる。
「……なるほどな。お前たちが揉める理由は分かった」
その視線は、映像の中で巨大な氷槌を振り下ろすガルラへ向けられていた。
「実力だけを見るなら、もっと上でも不思議ではない」
三人の試験官が黙って頷く。
だがギルドマスターは続けた。
「とはいえ実績はない。経験もない。いきなり高位ランクを与えれば、今度は制度そのものへの説明が必要になる」
しばらく考えた後、彼は結論を下した。
「異例だがDランクにしろ」
「Dですか」
「ああ。新人としては破格だ。だが実力を考えれば低すぎるとも言われんだろう」
そして小さく笑う。
「もっとも――あの様子だと、そう遠くないうちにまた昇格審査の話が上がってくるだろうがな」——
(はてさて、そんなこんなでもう四十分くらい経ったんじゃなかろうか? そろそろ呼ばれないと暴れますよぉ?)
依頼掲示板の前で腕を組みながら考える。
もちろん実際には暴れない。暴れないが!
試験場ではあれだけ激しく動いていたというのに、今はやることがない。
依頼掲示板はもう見た。二階も見た。
受付の前を通るのも三回目くらいだ。完全に不審者である。
「まだかなぁ……」
受付をちらりと見る。職員たちは相変わらず忙しそうに書類を運んだり話し合ったりしている。
すると――
「兄ちゃん、まだ呼ばれてねぇのか?」
後ろから声がした。
振り返ると、長椅子に座っていた中年の冒険者が呆れたような顔でこちらを見ていた。
顔には古傷があり、腰には使い込まれた剣を提げている。
「あ、はい!そうなんです。」
「おかしいな」
中年冒険者が顎をさする。
「普通なら実技試験の結果なんざ二十分もありゃ出るぞ」
「え?」
思わず聞き返す。
すると近くにいた別の冒険者も頷いた。
「俺もそう思ってた」
「試験官が揉めてんじゃねぇか?」
周囲からクスクスと笑い声が漏れる。
「揉めるって……」
「だって地下から聞こえてきた音が音だったしな」
「ドゴォォォン!!」「ガシャァァァン!!」
わざと大げさに再現する冒険者たち。
「あれ兄ちゃんだろ」
「……たぶん?」
どっと笑いが起きる。その時だった。
「受験番号二百七十一番――ガルラ・ヴィンシャー様!」
受付から声が響く。
一瞬で周囲の視線が集まる。
「あっ、僕です」
立ち上がる。
「お、やっと呼ばれたか」
中年冒険者が軽く手を振った。
僕は小さく会釈し、そのまま受付へ向かう。
ついに、結果発表の時が来た。——
「それでは、実技試験および総合審査の結果をお伝えいたします」
受付の窓口へ立つ。
職員は一枚の書類を取り出し、事務的な口調で続けた。
「ガルラ・ヴィンシャー様。あなたは冒険者登録試験に合格されました」
「おお」
まずは一安心だ。
落ちるつもりはなかったが、合格と言われればやはり嬉しい。
「また、本来新人冒険者に付与される初期ランクはF-からE+までとなっております」
「はい」
事前説明で聞いた内容だ。
だからこそ、その次の言葉に思わず首を傾げた。
「しかし今回、試験官三名およびギルドマスターによる協議の結果、例外措置が適用されました」
「例外措置?」
「はい」
職員は頷く。
「ガルラ・ヴィンシャー様には、Dランク冒険者資格を付与いたします」
一瞬、意味を理解するのに時間がかかった。
「……D?」
「はい。Dランクです」
職員は確認するようにもう一度繰り返した。
「規定上、新人登録時の最高評価はE+です。しかし実技試験の内容を総合的に判断した結果、通常基準での評価は適切ではないと結論付けられました」
「へぇ……」
正直なところ、よく分からない。
高いのか低いのかもいまいち実感がなかった。
そんな僕の様子を見て、職員は少し苦笑する。
「あまり伝わっていないようですね」
「すみません」
「いえ、新人の方ですから当然です」
そう言って職員はカウンターの下から一枚の金属製プレートを取り出した。
ギルドの紋章。
そして左上の隅に刻まれた一文字。
『D』
「こちらが所属証になります。身分証明としても利用できますので紛失にはご注意ください」
僕はそれを受け取った。
思ったより重い。
冷たい金属の感触が手に伝わる。
こうして――
ガルラ・ヴィンシャーは正式な冒険者となった。
どうもー!ぽてぽてサラダですぅ~。ギルドの内装図はパワポで頑張って作ってみたのでどんな感じなのか想像がつきやすいと思います。
やる気がログアウトしました。次の更新遅くなると思います。




