冒険者入門テスト
そしてついに、僕の番が回ってきた。
この試験は単純な実力試験ではない。受験者の傾向に合わせて試験官が選ばれる仕組みだ。武器を使う者には武器使いの試験官が、魔法を主軸とする者には魔法使いの試験官が――そういう“対抗適性”で組まれている。
つまり、ここから先は純粋な読み合いと実力勝負だ。
「試験、はじめ!」
合図と同時だった。
試験官の手がわずかに動いた瞬間、風が刃となって襲いかかる。
風の刃
初動から殺意のある速度。だが、想定内だ。
僕は左手を掲げ、同系統の魔力を瞬時に展開して相殺する。風と風がぶつかり合い、空気が破裂したような衝撃音が響いた。
その一瞬の隙を、相手は見逃さない。
間合いを詰めてくる。
(やはり経験が違う、判断が早い。) けれど――それも織り込み済みだ。
僕は右手に圧縮した空気を形成する。魔力を一点に束ね、限界まで圧縮。それを試験官に向けて解放する。
「ッ……!」
圧縮された空気の塊が試験官を直撃し、身体ごと吹き飛ばした。地面を滑りながらも、相手は即座に体勢を立て直す。
着地と同時に、次の行動へ移ろうとするその動きも見えていた。
だからこそ、次を用意している。
氷結移動型爆弾
壁や障害物に当たれば跳ね返り、狭所で真価を発揮する追尾型の氷結爆弾。下方から冷気を噴き出し、地表すれすれを浮遊するまるでクラゲのような半透明の魔力体。触れた対象を瞬時に氷結させ、爆発と同時に巨大な氷塊へと変える。
魔力を込めるほど範囲は拡大する。通常は八つ同時展開。それが僕の標準運用だ。
今回も――八つ。
氷のクラゲのような魔力体が、静かに試験場へ散らばっていく。試験官は着地と同時にそれを視認した。
「見たことのない魔法だな……」
本能か経験か、彼は即座に判断する。
"触れるな"
横へ跳ぶ。その判断は正しい。だが遅い。
ボムの一つが壁に当たり、自身の方向へ跳ね返ってくる。
「なっ……!」
予測外の軌道に、試験官は空中で体を捻り回避する。さらに後方へ跳び距離を取るが、すでに戦場は“展開済み”だ。
逃げ続ければ逃げ道を削られる構造。
(このガキ....ただものじゃねぇな...?)
「しかし!当たらなければどうってことはない!」
そう言い切る前に再度間合いを詰めようとフロストボムをよけながら突き進んでくる。
1つ、2つ。そして3つ目を避けようとした。次の瞬間・・・!
八つのボムが、一斉に発光した。
「爆ぜろ」
視界を塗りつぶすほどの閃光と共に、氷結の柱が試験場に突き上がる。地面から生えるように現れた八本の氷柱が空間を封鎖し、逃走経路を完全に潰した。
「うおぉっと...!」
冷気が場全体を支配する。
試験官の表情が変わる。
「……そっちがその気なら、こっちも本気だ!」
掌が僕へ向けられる。
岩石弾
無数の岩弾が機関銃のように放たれ、氷柱を削り、壁を穿ち、空間そのものを破壊していく。試験場が悲鳴を上げるように崩れていく。
僕は壁際へ移動し、弧を描くように走る。
弾道を読み、最小限の動きで回避する。破片が飛び散り、冷気と衝撃が交互に空間を満たす。
ここまで試験開始から約30秒。
戦場を半周したところで、僕は壁を蹴った。重力を利用した軌道で、空中へと跳び上がる。
視線が交錯する。
試験官が僕を捉えた、その瞬間。
氷が生まれる。
巨大な氷のハンマー。
圧縮された冷気と魔力が形を持ち、質量を持ち、凶器となる。
「終わりだ」
すべての力をもって地面に叩きつける。
鳴り響く轟音。
試験場全体が揺れ、衝撃が外周の待機室にまで届くほどの一撃だった。試験官は間一髪で後方へ回避するが、その余波だけで空間が軋む。
戦いは、まだ終わらない。
巨大な氷槌の魔力維持を解除する。直後、ハンマーは甲高い音を立てながら砕け散った。
無数の氷片が宙を舞い、やがて霧のように魔力へ還っていく。だが、地面にはその一撃の痕跡だけが残されていた。
クレーターのように陥没したひび割れた床。そこから漂う冷気。
まともに受けていれば終わっていただろう――誰の目にもそう分かる威力だった。
僕はすぐに地面を蹴り、大きく後方へ跳び距離を取る。
試験官も追撃はしてこない。
互いに呼吸を整えながら、数秒間の静寂が流れた。
実際には互いの魔力が空間を圧迫し合い、空気が震えている。
そしてまるで「ウォーミングアップはここまでだ」と言わんばかりに、僕たちは同時に動いた。
先に仕掛けたのは僕。
両手の前に小さな魔法陣が幾重にも展開される。
圧縮炎弾。
拳大まで圧縮した火属性魔法を、一気に撃ち出す。
ドドドドドドドッ――!!
無数の炎弾が雨のように試験官へ降り注ぐ。
着弾と同時に小規模な爆発が連鎖し、爆煙と火花が視界を埋め尽くした。
しかし試験官も歴戦だ。
最小限の動きで回避しながら、すでに反撃の詠唱を終えている。
「――ストーンランス!!」
直後。
地面が盛り上がった。
轟音と共に石床が裂け、巨大な岩槍の群れが津波のように押し寄せてくる。
一本一本が人間を容易く貫ける質量。
しかも速い。
ただの範囲魔法じゃない。回避先まで計算された制圧型。
普通ならよけようがない。
けれど。
「なら、こっちも――!」
僕は炎弾をばら撒きながら、逆の手で器用に無詠唱で魔法陣を展開する。
床を這うように冷気が走った。
氷の波が生まれる。
まるで海そのものを凍らせて押し流したような、巨大な氷の津波。
迫る岩槍群へ真正面からぶつかっていく。
轟音。
岩と氷が激突し、会場全体が激しく揺れた。
砕けた氷片と岩石が嵐のように飛び散る。
視界が白と灰色に染まり、爆煙の中で互いの姿が消える。
――その瞬間だった。
「っ!?」
僕は反射的に頭を下げる。直後、何かが頭上を高速で通過した。
風圧で髪が揺れる。
煙幕の中を利用して、試験官がすでに距離を詰めていた。
接近戦。そう判断した瞬間、目の前の煙が裂ける。
試験官の拳が、目前まで迫っていた。
そこから飛び出してきたのは、もはや“魔法使い”の動きではなかった。
試験官は魔法での勝負を捨てていた。
両手に岩を纏わせ、まるで籠手のように強化している。拳そのものが鈍器だ。魔力で補強された肉体が、一瞬で距離を詰めてくる。
「っ……!」
ワン。
岩の拳が視界を潰すように迫る。
ツー。
追い打ちの反対の拳が死角から飛ぶ。
重い。速い。魔法の理屈を捨てた“純粋な暴力”の連打。
僕は上体をずらしてなんとか受け流すが、空気が裂ける圧力だけで頬が切れる。
そのまま試験官は踏み込み、回し蹴りへ繋げる。
岩を纏った脚が横薙ぎに振るわれ、地面すら抉るような一撃。
「くっ――!」
後方へ跳ぶ。
僕はそれをギリギリで回避する。さっきまでいた空間が、粉砕されて瓦礫へ変わった。
このまま近接で付き合えば、確実に押し切られる。
判断は一瞬だった。僕は魔力を練る。
消費量は大きい。だが今ここで出し惜しみする場面じゃない。
空間に干渉し、土属性魔法を展開。地面の魔力構造を“掴み上げる”ように引き寄せる。
そして――形を与える。「生成……双頭メイス」
ゴォッ!、と低い音が響いた。
僕の手元に現れたのは、両端に重い金属質の打撃部を持つ双頭メイス。土と鉱物を圧縮して作られた即席武器だが、その密度は岩塊以上。
空気が沈む。重さが“存在感”として伝わる。
僕はそれを肩に担ぎ、試験官を見据えた。
「なら、こっちも近接でいく」
対魔法戦から、純粋な肉弾戦と魔力操作のぶつかり合いへ。
試験場の空気が、さらに一段重くなる。「へっ。近接戦も行けるのかよ」
試験官は、どこか呆れたように笑った。
だがその目は、完全に戦闘者のそれだ。迷いも油断もない。むしろ“やっと面白くなった”と言わんばかりの空気すらある。
「これじゃ、どっちが試験官か分かんねぇな」
次の瞬間、二人は同時に踏み込んだ。
――二人の攻撃が衝突する
双頭メイスと、岩を纏った拳。
金属質の鈍い破砕音と、岩が砕ける重低音が同時に響く。
空気が一瞬遅れて爆ぜた。
一撃ごとに地面が揺れる。余波だけで地面がめくれ上がり、試験場の境界線が意味を失っていく。
僕はメイスを横薙ぎに振るう。
試験官はそれを腕で受ける。
岩の装甲が削れ、火花のように魔力の粒子が散る。そのまま試験官は一歩も引かない。逆に踏み込んでくる。
拳。
メイスの柄で受ける。
衝撃が腕を通って全身に響く。
「……おんもっ」
思わず漏れる。
だが次の瞬間にはもう、次の一撃が来ている。
ワンツー、そして肘打ち。
メイスを回して防ぎ、間合いを取り直す。
距離が一瞬開く。
しかし、どちらも止まらない。
まるで“呼吸”するかのように、攻防が続く。
メイスが振るわれるたびに空気が裂け、拳が振るわれるたびに岩が砕ける。
これが試験であることなど、とっくのとうにもう誰も意識していない。
評価も、合否も、形式も。
ただ純粋な強さのぶつかり合いだけが、そこにあった。
そして――再び、二人の視線が交錯する。次の一撃で終わるかもしれない。
そう思わせるほどの静かな緊張が場を支配しており、
二人が再び踏み込み、空気が爆ぜようとしたその瞬間だった。
「止め!」
鋭い声が試験場に響き渡る。
その一言で、張り詰めていた魔力の流れが一気に断ち切られた。まるでかみの見えざる手で戦場そのものが押さえ込まれたかのように、空気が静止する。
僕はメイスを構えたまま、わずかに息を吐いた。
「えっ? もう3分経ったんですか?」
思わず口をついて出る。
時間の感覚が完全に戦闘に飲まれていた。
監督官が軽く肩をすくめる。
「いいえ、まだ3分は経っていません」
そのまま監督官は試験場をぐるりと見渡した。
そこには、もはや“試験会場”という言葉が似つかわしくない光景が広がっていた。
床は至るところで陥没し、氷の柱と岩の破片が無秩序に散乱している。壁面には無数のひびが走り、魔法の余波で焦げた跡と凍結した痕跡が入り混じっていた。空気にはまだ冷気と熱気が同時に残り、先ほどまでの戦闘の激しさを物語っている。
監督官は小さく息を吐く。
「ですが……もう十分すぎるほど見せてもらいました。ここまでで結構です」
その言葉と同時に、場の緊張がふっとほどけた。
メイスを消す。圧縮していた魔力を解放し、武器は砂のように崩れて霧散していく。
試験官の方を見ると、彼も岩の拳を解除していた。腕を軽く振り、いつもの無表情に戻りつつある。
監督官は事務的に告げる。
「結果は後ほど受付で通知いたします。待合室に来るときに通ってきた道を戻り、椅子に腰かけてお待ちください」
あっさりとした終了宣言だった。
まるで、さっきまでの戦いが嘘だったかのように。
僕は軽く頷き、踵を返す。その背中に、試験官の声が追いかけてきた。
「まぁ結果はもう決まってるようなもんだけどな」
振り返ると、試験官はどこか面倒くさそうに、それでいて少しだけ楽しそうに笑っていた。
「そういや、あんた名前はなんていうんだ?」
「...名前?ガルラだけど。名前なんて聞いてどうしよってんだ?」
「新人にしては腕っぷしが強いからな。一応聞いておこうと思っただけだ。」
その一言が、妙に重く、そして軽かった。
それから僕は何も言わずに、元の通路へと歩き出した。




