初めての冒険者登録
僕は商会で言われた通りの道を進み、中央広場へ出た。
人の数が、商会の中とは比べ物にならないくらいに増える。
荷車を引く商人、鎧姿の冒険者、露店のおっちゃんの呼び込み。村では祭りの日でも見ないような人の流れが、昼間だというのに絶え間なく行き交っていた。
その中でも、すぐに目につくものがあった。
自分から見て北西。
高く掲げられた赤い旗が、風を受けて大きく揺れている。
ただの赤じゃない。金色のきらめく糸で紋様が刺繍されていて、遠くからみてもよくわかる。
王国の紋章と、交差した剣、それからなんて書いてあるかわからない古い文字。
「ここだ」と分からせるための旗にしては十分なくらい。
僕はそのまま波のような人混みを抜け、旗の方向へ歩いた。近づくにつれて建物の全体が見えてくる
そして思わず、足が止まった。
でかい。それが見て最初の感想だった。
石造りの外壁は城みたいに高く、入口にはやたら立派な柱が並んでいる。
窓には色付きのガラスがはめ込まれていて、昼の光を反射していた。
村を出たばかりの十五歳には、全部が見慣れない。
「冒険者ギルド」看板に刻まれた文字を見上げながら、小さく呟く。
商会の人間が「王都のギルドへ行け」と言っていた理由が、少し分かった気がした。
ここには、“冒険者”っていう職業そのものが集まっている。
中に入ると、さらに圧倒された。天井があり得ないくらい高い。
高すぎて、声が少し遅れて響く。
酒場みたいに騒がしいのに、不思議と空間には余裕があった。
壁には大量の依頼書。そして奥では武装した何人かの冒険者らしき人たちが笑いながら何か話している。
ほんの少しだけ場違いな気分になりながら、僕は受付へ向かう。
「冒険者登録をしたいんですけど」
受付の女性は慣れた様子で頷いた。
「初めての登録ですね?それでは説明から行います」
そこからは、本当に細かかった。
冒険者のランク制度。
依頼の受注条件。
禁止事項。
緊急時の召集義務。
素材の権利。
国家との契約。
村では聞いたこともない単語が次々に出てきて、途中から頭が少し痛くなってきた。
要するにこうだ。
ランクはS+からF-まで。
最初は実技試験で振り分けられ、試験の結果次第でE+からF-ランクに振り分けられるらしい。
しかもその試験、冒険者育成機関では卒業試験の一つになっているという。
つまり普通は、学校で訓練してから受けるものだ。僕みたいに森から直接来る方が珍しいらしい。
「さらに依頼には受注制限があります」
受付の女性は机の上の資料を指しながら続ける。
「例えばランクBの冒険者なら、B+からB-までの依頼を受けられます。C+なら、B-からCまでですね」
「上下にも受けられるんですね」
「はい。ただし、高ランク依頼の失敗は命に直結しますので、基本的には推奨しません」
妙に現実的だった。
あと、所属証を持っていると国を越える際の入国税が半額になるらしい。
そこだけ急に商人っぽい話だなと思った。
__説明が終わるころには、最初の緊張はだいぶ薄れていた。
気づけば僕は、さっきまでとは違う感覚でギルドの中を見ていた。
敷かれたレールに乗るのが嫌で、村を飛び出した。誰かに決められた道を歩く気はなかった。
でも――
たぶん、完全に一人で生きていくのも違ったんだと思う。
商会で素材を売れなかったこと。
街の仕組み。
所属証。
全部が、「外側にいるだけじゃ駄目だ」と突きつけてきた。
だからこれは、妥協なのかもしれない。或るいは、ようやく“入口”に立っただけなのか。
____
受付の女性が一枚の紙を差し出した。
「では、仮登録を行います。次は実技試験になりますので、こちらへどうぞ」
奥の通路へ続く扉が開く。その向こうから、金属同士がぶつかり合う音と誰かの怒鳴り声が遠くの方から聞こえてきた。
どうやら、もう始まっているらしい。待合室は、思っていたより静かだった。
椅子は硬くて、座り心地がいいとは言えない。壁際に並んだだけの簡素な部屋で、外の喧騒が遠くでくぐもって聞こえてくる。
待合室につくと受付の女性は、実技試験の内容を淡々と説明し始めた。
「実技試験は試験官となるギルド職員との一対一です。制限時間は三分。形式は自由戦闘になります」
“自由”という言葉が、少しだけ引っかかった。
「先にどちらかが戦闘不能になるか、三分経過で終了です。合格基準は総合判断ですが……基本的には“戦えるかどうか”を見ます」
戦えるかどうか。やけに曖昧なのに、妙に現実的な基準だった。
案内された待合室には、僕以外にも二、三人いた。
全員、どこか落ち着かない様子で黙っている。
手を握ったり、足を組み替えたり、視線だけが落ち着きなく動いている。
その緊張が、部屋の空気をじわじわと重くしていた。
壁の一面には鉄格子がはめ込まれていた。そこから、外の試験場が見えるようになっている。
二つの区画に分かれた簡易の闘技場みたいな場所。
土の床。最低限の結界。観覧席はなく、ただ“試験を見るための穴”だけがある。
そこで、ちょうど一組が戦っていた。
片方はまだ若い男だった。
もう片方はギルドの職員らしい、淡々とした顔の中年。
開始の合図もなく、戦闘はすでに動いていた。
剣が振られ、受け流され、距離が詰まっては離れる。
一つ一つの動きが、やけに洗練されている。
「……あれ、冒険者学校の生徒じゃないか?」
隣の誰かが、小さく呟いた。
言われて初めて気づく。
若い方の動きは、確かに“教科書通り”だった。
型があって、無駄がなくて、綺麗すぎる。
逆に、ギルド職員の動きは派手さがない。
でも、全部が“当てるため”にできている。
一瞬、生徒の持つ剣が弾かれた。
その隙を逃さず、職員の拳が入る。
派手な音もなく、若い男の動きが止まった。
そのまま、膝が落ちる。
「そこまで」
淡々とした声で終了が告げられる。
三分は、まだ半分も経っていなかった。隣の部屋がざわつく。
次の受験者が呼ばれていく。
鉄格子の向こうで、また別の戦いが始まる。
同じように、短い時間で終わるものもあれば、粘るものもある。
でも、勝敗の形はどれも似ていた。
きれいに決着がつくというより、どこかで能力の限界が来る感じだ。
僕はその光景を見ながら、少しだけ違和感を覚えていた。
(これ、狩りと似てるな)
そう思ってしまったのが、少し嫌だった。
魔物相手の時は、複雑な動きもなくもっと単純だった。
動くか、動かないか。生きているか、終わっているか。
ここは、その間に人間の“技術”みたいなものが挟まっている。
また一人呼ばれる。
鉄格子の向こうで、戦闘が始まる音がした。
そしてふと気づく。次は、たぶん自分の番だ。




