ガルラ、初めての依頼①
やっとの思いで冒険者カード――もといギルド所属証を手に入れた僕は、その足で依頼掲示板の前へ向かった。
試験を受ける前にも何度か見た場所だが、今は少しだけ気分が違う。あの時は「こんな依頼があるんだなぁ」と眺めていただけだった。けれど今は違う。ここに貼られている依頼の中から、自分で仕事を選び、自分で達成し、その報酬を受け取ることができる。
ようやくスタートラインに立ったのだ。
「Dランク……Dランクの依頼はっと……あったあった。この辺りか」
掲示板へ近付き、依頼書へ目を通していく。
ギルドの依頼はランクごとに大まかに区分されているらしい。
Fランク帯には薬草採取や荷物運び、町の人からの雑用依頼などが並び、危険な依頼はほとんどない。戦闘系の依頼もスライム討伐程度で、冒険者としての基礎を学ぶための仕事という印象だった。
Eランク帯になると少し様子が変わる。ゴブリン討伐や初心者向けの森での調査依頼、兎型モンスターの討伐など、ようやく武器を持つ理由が出てくる。
そして僕が受注できるDランク帯。
ゴブリン集落の殲滅依頼。
ブラッティボアの討伐依頼。
調査済みダンジョンの探索依頼。
冒険者としてある程度の実力が求められる仕事が並んでいた。
さらに上のCランク帯へ目を向けると、国家間を移動する商人や重要人物の護衛、森の深部に出現したオークの討伐、ダンジョン中層での探索依頼などが並んでいる。
依頼内容を読むだけでも危険度が一段階上がっているのが分かった。
「へぇ~。なるほどなるほど」
思わず感心する。
ランク制度というのは案外よく出来ているらしい。
いきなり危険な依頼へ放り込むのではなく、少しずつ経験を積みながら上を目指せるようになっている。
もっとも。
依頼書を見ているうちに、別のことが気になり始めた。
討伐対象も場所も、妙に見覚えがあるのである。
ゴブリン集落。
ブラッティボア。
調査済みダンジョン。
名前だけ見れば危険そうなのだが、地図や説明を読むと「あぁ、あの辺りか」と場所が頭に浮かんでしまう。
森で暮らしていた頃に通ったことのある場所もあれば、実際に遭遇したことのある魔物もいる。
もちろん依頼そのものを馬鹿にしているわけじゃないんだけど、どうにも緊張感が湧かない。
たぶん僕の感覚がおかしいのだろう。
普通の冒険者がどんな経験を積んできたのか知らないし、僕自身も自分の基準が一般的だとは思っていない。
ただ、依頼書を見ながら「あぁ、あそこらへんね」と先に場所が浮かんでしまう辺り、少なくとも新人冒険者としてはあまり健全ではない気がする。
「んー……」
何枚か依頼書を見比べる。
そして一枚の依頼書の前で手が止まった。
依頼内容はブラッティボア三頭の討伐。
街道から少し離れた森林地帯で活動が確認されており、既に商人の荷馬車が二度襲われているらしい。
報酬も悪くない。
依頼地点は森の東側にある渓谷付近。
以前から気になっていた場所だが、別の用事があって奥まで調べられていなかった地域でもある。
「ちょうどいいかもなぁ。ついでに周辺の様子も見られる。初依頼としては悪くないでしょ」
そう呟きながら依頼書を掲示板から剥がした。
受注手続きは驚くほど簡単だった。
所属証を提示し、依頼内容を確認し、魔道具へ登録するだけで終わる。
「依頼達成後は討伐証明としてブラッティボアの牙をお持ちください」
「了解です」
こうして僕の最初の依頼が決まった。
同じ年頃の子供たちが冒険者育成機関や学校で訓練を受けている頃、僕は既に実際の依頼を受けている。
別に競争しているわけじゃないし、優越感もない。
ただ、森の中で生きるためにやっていたことが、街では仕事として成立するらしいという事実が少しだけ面白かった。
「さてと。それじゃちゃっちゃと終わらせますか」
依頼書を収納へ放り込み、ギルドを後にする。
街道へ向かいながら目的地までの経路を頭の中で確認していたが、途中でふと足が止まった。
忘れてはいけない何かを置いてきたような感覚だ。
「あれ……?」
僕はぽんと手を打った。
「そうだったそうだった!」
素材である。そもそも今回この国へ来た理由も、ギルドで所属証を発行したのもそのためだった。
森で討伐した魔物の牙や角、皮、爪。採取した鉱石や薬草。収納の中には売れそうなものが山ほど入っている。
冒険者登録だの実技試験だのに意識を持っていかれていたせいで忘れかけていたが、本来はそれらを商会へ持ち込んで換金するために街へ来たのである。
「危ねぇ危ねぇ。冒険者登録できたことに満足して、普通に依頼をこなすところだったぜ...」
苦笑しながら踵を返す。
今すぐ片付けなくても依頼は逃げない。
だったら先に商会へ寄ってしまった方がいい。
そう考えた僕は依頼先へ向かう予定だった道を外れ、商業区へ続く大通りへと足を向けた。
もっとも、この時の僕はまだ知らない。
収納の中に詰め込まれている素材の中に、普通の冒険者なら数年に一度見るかどうかという代物が混ざっていることを。
そして、それを持ち込まれた商会が大騒ぎになることも。
————僕は再び商会へ戻ってきた。
中へ入ると、相変わらず天井の修理が続いている。さっき吹き飛ばしたチンピラが空けた穴は思ったより大きかったらしく、職人たちが足場の上で忙しそうに作業していた。
「うわぁ……まだ直ってなかったんだ」
少しだけ申し訳ない気持ちになりながら受付へ向かう。
「すみませーん! 冒険者カード作ってきたので今度こそ買い取りお願いします!」
受付嬢はこちらを見るなり、「あぁ、あの子か」という顔になった。
「はいはい、では所属証を確認させてください」
僕は懐から所属証を取り出して差し出す。
受付嬢は慣れた手つきで受け取ったが、次の瞬間その動きがぴたりと止まった。
所属証を見る。もう一度所属証を見る。
その後ろで数人の冒険者たちも何事かとこちらへ視線を向けていた。
「失礼ですが……本日登録されたばかりですよね?」
「ついさっきですね」
「ですよね」
受付嬢は小さく息を吐いた。
「Dランクですか」
「みたいです」
「みたいで済ませる話ではないんですが……」
思わず本音が漏れたらしい。
周囲からもざわめきが広がる。
「Dランク?」
「新規登録で?」
「E+飛び越えてるじゃねぇか」
「何したんだあいつ……」
僕としては何をそんなに驚いているのかよく分からない。
試験を受けて、待たされて、呼ばれて、所属証を貰った。
その結果がDランクだった。
それだけである。
「なんか試験官の人たちとギルドマスターが話し合った結果らしいですよ。僕も詳しいことは聞いてないんですけど」
「ギルドマスターまで出てきたんですか……」
受付嬢は遠い目をした。
たぶん触れてはいけない話題だと判断したのだろう。
「……分かりました。その件はもう聞きません。本日は素材の買い取りですね」
「そうなんですよ。実はこっちが本命でして」
「本命」
受付嬢の眉がぴくりと動いた。
今思えば、この時点で少し警戒されていたのかもしれない。
「...では査定品をお願いします」
僕は収納魔法へ手を伸ばす。
最初に取り出したのは青白い光を放つ鉱石だった。
続いて雷のような黒い雷紋が浮かぶ鉱石。
高密度のモンスターの魔石。
暴牙猪の牙。
魔物の爪。
さらに別の魔石。
地竜の蹄。
受付嬢は最初こそ査定用紙へ書き込んでいたが、途中から完全に手が止まっていた。
僕が素材を追加するたびに視線だけが机の上を往復する。
そして地竜の蹄を置いたところで、とうとう我慢できなくなったらしい。
「ちょっと待ってください」
それまでの営業用の笑顔が消えていた。
「はい?」
「素材について聞きたいことは山ほどあります。ただ、その前に確認したいことがあります」
そう言って机の上を指差す。
「あなた、今どこから出しているんですか?」
「収納魔法ですけど」
受付嬢は静かに額へ手を当てた。
そして数秒ほど天井を見上げる。
何かを整理しているようだった。
「なるほど。ようやく理解しました」
「何をです?」
「所属証がDランクだった理由です」
「関係あります?」
「ありますよ」
即答だった。
「まず新人冒険者なのにDランク。次に収納魔法持ち。そして今机の上に並んでいる素材の中には高ランク冒険者でも滅多に持ち込まない希少品が混ざっています。正直に申し上げると、私は最初これをどこかの貴族様の倉庫から持ち出してきたのかと思いました」
「はっはっはっ!そんなことしませんよ」
「でしょうね。そんなことをする人は受付で堂々と並べません」
妙な説得力があった。
受付嬢は深く息を吐き、改めて素材を見回す。
「ちなみに確認ですが、今机の上に並んでいる素材が全てではありませんよね?」
「違いますよ」
「どれくらい残っています?」
「うーん……正確には数えてないんですけど、今出したのがほんの一部ですね。森で暮らしてた頃から使わなかった素材をそのまま放り込んでたので、量だけならたぶん十倍とか二十倍とか、あと魔物の死体とか。そのくらいはあると思います」
その瞬間だった。
受付嬢は無言で立ち上がる。
そのまま奥へ振り返り――
「おい! 今日出勤してる査定師全員呼んでこい!」
商会中に響く声だった。
「あと解体担当もだ! 大型素材案件だぞ!」
奥から悲鳴のような声が返ってくる。
「またですかー!?」
「うるさい! 今回は地竜素材が見えてるんだぞ!」
途端に商会の奥が慌ただしくなった。
走り出す職員。
慌てて帳簿を閉じる査定師。
何人かはこちらを見ながら露骨に嫌そうな顔をしている。すみませんでした。
受付嬢はそんな光景を眺めながら大きなため息を吐いた。
「大変そうですね」
僕がそう言うと、受付嬢は疲れ切った顔で笑った。
「えぇ。そりゃあ大変ですよ。普通の新人冒険者なら薬草やゴブリンの牙を数本持ち込んで終わりなんです。それが登録初日に収納魔法持ちのDランク新人が現れて、地竜素材だの高純度魔石だのを山ほど並べ始めたんですから。査定基準の確認から保管場所の確保まで全部やり直しです。正直なところ、今日は定時で帰れると思っていた数十分前の自分を殴ってやりたい気分ですね」
そこまで言ってから咳払いを一つ。
「失礼しました。少々本音が漏れました」
「大変なんですねぇ」
「えぇ、本当に」
今度は営業用ではない、本物の疲れた笑顔だった。
「通常窓口では対応できませんので、商会裏手の解体・査定場へご案内します。大型魔物や希少素材専門の施設ですので、そちらなら今回の査定も問題なく行えます」
「へぇ、そんな場所があるんですね」
「普通の冒険者は滅多に利用しません。少なくとも新人冒険者が登録初日に案内される場所ではありませんね」
そう言って受付嬢は机の上の素材を見下ろす。
そして小さく呟いた。
「本当に、今日は何なんでしょうね……」
こうして僕は、商会の裏にある解体・査定場へ案内されることになったのだった。




