三.山崎、無残
交流が始まって一ヶ月ほど経ったある日の夕方、いつものように仕事を終えた山崎は古びた空き家に裏手で小分けにしたカリカリをウシオに与えていた。
「……うまいか?」
山崎が低い声で囁くと、ウシオは少しだけ彼を見上げた。
最初は悪そうに見えたその瞳も、不思議と今は「ありがとう」と言っているように優しく見える。
胸の奥からじんわりと温かくなるのを感じる。
決して言葉を交わすことなどないが、そこには確かに種を超えた絆がある。
このために辛い日々を心を引きずりながら、どうにか乗り切っていると言っても過言ではない。
山崎が自己陶酔に浸った次の瞬間、背後から凄まじい怒声が飛んできた。
「何やってるんですかーっ! 山崎さん、野良猫の餌付けはダメでーすっ!」
山崎が恐る恐る振り返ると、そこには眉間に深いシワを刻んだ五〇絡みの管理人さんが仁王立ちしていた。
きれいに禿げ上がった頭頂部に夕日が映える管理人さんの姿は、まさに青天の霹靂。
こんな奥まった空き家の、しかも裏手の上に、後始末は細心の注意を払っていた。
まずは発覚することはないと、高を括っていた山崎は困惑しつつ思わず漏らした。
「ど、どうしてここに……?」
「悪事千里を走るっ!」
注2:「悪事千里を走る」とは、悪い行いや噂は瞬く間に遠くまで広まるという意味のことわざです。
管理人さんは眉間にシワを寄せたまま、ここに至るまでの経緯を話した。
「近隣住民から通報があったんですよ。“近所の空き家の前に挙動不審の大男がいる”ってね」
「えっ……?」
虚を突かれる山崎に管理人さんは容赦なく畳み掛けた。
「マンションの住人達も含めて近隣の方々がみんな怯えてね、危うく警察沙汰になるところでしたよ」
「……」
たかが野良猫の餌やりでそんな大ごとになるとは、と混乱する山崎をビシッと指を差した管理人さんは最後通牒のを突き付けた。
「いいですか、町内会規約第三章五項で“野良猫への餌付禁止”と、ちゃんと明記されています!」
「うっ……」
こうして、猫との唯一の接点を失った山崎は肩を落とし、さっきまで確かにあった胸の温かさは、あっという間に冷たい風にさらわれた。
ちなみに、ウシオは管理人さんの第一声に驚いて一目散に逃げていった。




