二.ささやかな交流
そんな山崎の最近の秘かな楽しみは、近所の野良猫との交流であった。
仕事帰りに山崎は、マンション近くの路地裏に必ず立ち寄った。
夕日がゆっくりと傾き、下町の路地裏は柔らかな金色に包まれていた。
古い家々の瓦屋根はその光を受けて、どこか懐かしい温もりを帯びている。
居酒屋の軒先には風に揺れる赤い提灯。
近所の豆腐屋が店じまいの準備をしながら、
「今日は早いねぇ」と常連さんと世間話をしている声が聞こえてくる。
その横を、買い物帰りのおばあさんがゆっくり歩き、
手提げ袋の中で長ネギが揺れていた。
どこからともなく味噌汁の香りが漂い、
夕飯の支度が始まった家々の気配が路地に満ちていく。
そんな穏やかな夕刻が今日もその路地裏に訪れていた。
路地裏通りを通り抜けた山崎は、奥まったところにある一軒の空き家の前で立ち止まった。
辺りを見回した山崎はコソコソと裏手に回った。
空き家の裏手には細い通路がわずかに続き、地面には雑草がまばらに伸びている。
古びた雨樋は途中で歪み、右下の角が破損した裏口の木戸は半ば外れかけ、風が吹くたびに微かな軋みと共にわずかに揺れた。
腰を屈めた山崎は外れかけた木戸の隙間に向かって小声で呼び掛けた。
「おーいっ、ウシオ。出ておいでーっ」
しばらくすると、破れた木戸の角から一匹の野良猫がのっそりと現れた。
山崎が「ウシオ」と呼ぶ、小太り気味のその猫は乳牛みたいな白黒ぶち模様をしていた。
尻尾をピンと立てたうしおは、ポテポテとお腹をリズミカルに揺らしながら、山崎の足元にドカッと腰を据えた。
うしおとの出会いは、つい一週間前のことである。
その日、仕事を終えた山崎は以前から気になっていた路地裏通りの総菜屋に立ち寄った。
お目当ての肉じゃがをゲットした山崎が店を出ようと振り向くと、そこに白黒ぶち模様の猫が一匹、背を向けてデンと座っていた。
ショーケース越しに「シッシッ」と店主は追い払うと、振り返ったその猫はガンを飛ばしつつ「チッ、うるさいやっちゃな」と言わんばかりに、プイッと店の前から立ち去った。
そのふてぶてしい態度と悪そうな目付きに興味を覚えた山崎はコッソリと猫の跡を付けた。
すると、猫があの古びた空き家に裏手から入るのを見届け、ここが棲み処だとわかった。
その日から山崎は一日も欠かさずにカリカリを与え続けて、猫との距離を縮めていった。
やがて、猫との距離は次第に縮まり、山崎が見守る中でもカリカリを食べるようになった。
もちろん、空き家周辺の糞や食べ残しの後始末など、山崎は目に付く限り処理した。
そして、名前を白黒ぶち模様から「ウシオ」と名付け、さらに距離を縮めた。
いずれ、保護団体に引き取ってもらうつもりだったが、ウシオとの交流はペットを封じられた今の山崎にとって、かけがえのないものになっていった。
だが、幸せは長く続かなかった。




