一.心優しきフランケン
「キャレイドリア」――雲の形が動物に見えたり、木の切り株が人の顔に見えたりする、本来そこにあるはずのないものが知っている何かに見えてくる、「パレイドリア」という心理現象と「キャット」を掛け合わせた造語で、そこにいるはずのない猫があらゆる場所で見えてしまうという、猫好きに顕著にみられる「アルアル現象」のことを意味する。
これは幸か不幸か、「キャレイドリア」を発症させてしまった男が辿った数奇な運命を綴った物語である。
※注1:「キャレイドリア」をググっても決してヒットしないことは、悪しからずご了承ください。
その日、夕飯の買い物から戻って来た山崎 ひろみ(三〇)はエコバッグを手に提げたまま身長二メートルの巨体を折り畳むようにして、エントランスホールの掲示板を見入っていた。
そこには「◎ペット禁止!」の注意書がデカデカと貼られ、しばしの間、山崎は親の仇のように恨めしく見詰めていた。
(どうして、こんなところに引越したんだろう……)
ガックリと肩を落とした山崎は何度もため息を吐きながらエレベーターへ向かった。
二メートルの巨体に筋肉の鎧をまとった堂々の体躯の上に、フランケンシュタイン級に怖い顔が乗っかる山崎。
当然、学生の頃から周囲はその存在感に圧倒された。
中学、高校と、先生や先輩、同級生たちから、よく「怒っているのか?」と訊かれた山崎だが、実は緊張しているだけだったとか、
思春期の声変わりから、声は低くて地鳴りのように響いたが、話す内容といえば「猫の肉球って奇跡ですよね…」など拍子抜けするほど柔らかかったとか、
とにかく、見た目と中身のギャップに関するエピソードは履いて捨てるほどある。
また、大学時代は引越しセンターのバイトの傍ら、ボランティアとして保護猫活動に参加するものの、常にラグビー部や柔道部、自衛隊といったフィジカル系団体からの勧誘が凄まじかったそうな。
卒業後、中堅土木建設事務所に就職してからは、広大な現場全体を俯瞰する細やかな観察眼と天性の危機回避能力を遺憾なく発揮し、特に河川護岸工事や緑地公園整備などの都市防災及び緑化事業で大いに貢献した。
だが、「猫のように静かに生きたい」と心の底から願っている本人の思いとは裏腹に、現場の職人たちからは「近づくと威圧感がすごい」と距離を置かれた。
余談ながら、時折、休日には保護猫譲渡会の会場設営など、裏方スタッフとして活動している。
もちろん、ボランティアとして。
このように、その実態は誰よりも優しい心根を持ち、猫をこよなく愛する将来を嘱望された有能な設計士、
それが「山崎 ひろみ」という男だった。
先ほどから、話の中に「猫」がちょくちょく出てくるが、
なぜ、山崎がこれほど猫にこだわるかというと、
幼少期、近所の野良猫が唯一の友達だった山崎はその猫が膝に乗ってくれた瞬間、「自分は嫌われてばかりじゃない」と救われたと、同僚との飲み会で、当時の心情を吐露していた。
以来、猫は山崎にとって“世界で一番優しい生き物”となり、何かにつけて「猫」を絡めてくるようになった。




