四.猫の穴
ウシオとの突然の別れから数日後。
未だ心のやり場に窮した山崎は思い余って禁断の一手を打とうとしていた。
「知らない猫ばかりだからな、警戒されるのは仕方がないとして、ガチで嫌われたらどうしよう……」
休日の土曜日、駅前に新しくできた猫カフェ「猫の穴」の前で、
かれこれ一〇分ほど山崎はブツブツ言いながら立ち尽くしていた。
「無理に触らず、大きな声を出さず、とにかく猫に負担やストレスをかけないようにしなきゃ……」
店の前で山崎はブツブツ呟いていたが、当然、周りの通行人たちは一人残らず避けた。
まったく迷惑な話である。
通行人にしたら、山崎の方がストレスである。
ガラス越しに見える猫たちは、どの子みんな天使のように愛らしい。
勇気を振り絞り、意を決した山崎はおもむろにドアに手をかけた。
大きく深呼吸した山崎は手にかけたままドアを押し開き、店内に一歩足を踏み入れると、中は女性客でいっぱいだった。
「いらっしゃ……」
入ってすぐ左のレジカウンターにいた若い女性アルバイトは山崎を見上げて言葉を詰まらせた。
軽く会釈した山崎が二、三歩店内に進むと、得体の知れない巨大な影が店内に伸びた。
その影が目の端に入った女性客の一人が視線を床の影に沿って追っていくと、自然と山崎の足元に行き当たった。
さらに女性客の視線は自然と足元から上に向かい、やがて、山崎のあのインパクト大の顔面に出くわした。
「えっ……?」
あまりの衝撃に女性客が声を失っていると、一緒にカフェに訪れていた友人がその異変に気付いた。
「どうしたの? 急に黙り込んで?」
何も答えず、無言で小刻みに揺れる指先を出入り口のを差す女性客に、友人は首を傾げつつ、指さす方に目を向けた途端、悲鳴を上げた。
「ひっ! なんか出た!」
山崎は慌てて笑顔を作るものの、その笑顔がまた怖い。
そのせいで、別の客も騒ぎ出した。
「え、え、え、え、え、怖っ!」
「あ、あの……僕は猫が……ただ好きで……」
「無理、無理、無理!」
「落ち着いて、僕は猫が好きなだけで……」
「見るな! 喋るな! 怖い!」
「……」
次々に巻き起こる拒絶反応に、山崎は必死に弁明するものの、地鳴りのように響く重低音ボイスがすべてを台無しにした。
当然、店内は騒然となった。
こうなると、猫たちもいつもと違う空気に敏感に反応した。
普段は単独で行動する猫たちが一か所に集まり、身を低くしてイカ耳臨戦態勢を取った。
たまたま、山崎と目が合ってしまった一匹の猫が間髪入れずに「シャーッ!」を発動。
恐怖心は瞬く間に猫たちに伝播し、「シャーッ!」の大合唱。
金切り声と「シャーッ!」が入り混じる、まさに店内は阿鼻叫喚の地獄絵図になった。
この状況を収束させるべく、店長らしき中年男性が慌てて山崎に駆け寄り、申し訳なさそうに頭を下げた。
「も、申し訳ございませんが……、本日は予約でいっぱいでして……」
予約などないことは、山崎にもわかっていた。
明かに嘘の断り文句だ。
山崎に落ち度はない。
ただ、見た目が“猫カフェの空気”に合わなかっただけだ。
山崎の中で、何かがポキリと折れた。




