第五話(後編) プリケツ
カヌレ一行は、ガレット刑事が撃たれた場所である、わたあめ通りに来ていた。ポムが周囲を見渡しながら呟く。
「ここは…人通りが少ないわね。」
通りを歩いてるのはカヌレ達以外に誰もいなかった。マドレーヌが静かに頷く。
「なんか気味の悪いところだぜ…。」
通りに面する建物の壁には、ところどころカラフルな落書きがある。お店はあるが…ガラス越しに見える中は薄暗く、物が散乱していた。営業はしていない上に、人がしばらく入ってないのか、埃が多くカーテンも穴だらけで擦り切れている。それを静かに一瞥したフィナンシェが小さく頷いた。
「元々は人通りも多かったが…サブレ福祉施設や、レモネード商業施設が無くなってからというもの…人通りは激減したね。その後に殺人事件とか起きたり、盗難が起きたりとかで、どんどん人がいなくなった。そうして今じゃこんな感じというわけだ。」
通りの名前は可愛いんだけどねとカヌレが悲しそうに呟く。通りを抜ける風が、ひゅうと鳴り響いた。
「…ここらへんで撃たれたのよね。でも特に不思議な点は無さそうね。唯一人通りが少ないところが難点ではあるけど…。ガレット刑事に撃ち込まれた一発と、もう一発は…ざっと見る感じ見当たらないわね。」
ポムが訝し気に言う。カヌレが手元の地図を確認しながら、ガレット刑事が本来目指していた場所はこっちの方角だと指差した。ポムがその場でくるりと体の向きを変える。それを横からみたフィナンシェが静かに分析した。
「なるほど、となるとポムが向けている背中側から撃たれたというわけか。ガレット刑事と会話後に、医者にも話を聞いてみたけど、彼の尻には斜め上方向から銃弾が撃ち込まれていた。つまり打った側の位置の高さはそれなりにある。となると…ここら付近で該当するのは…。」
「あそこか。確かにあそこからならここは狙い撃ちできそーだな。」
マドレーヌが一つの建物を見る。高さもそれなりにある、老朽化した廃ビルだ。窓もなく、コンクリートで構成されたビルだが…多少ツタが巻き付いている。それなりに年季が入っているように見えた。一同がそのビルを見る中、ポムが不思議そうに言った。
「でも、あの場所から撃って来たとも限らないんじゃないの?」
「どーゆーことだ?」
マドレーヌがぽかんと口を開けると、彼女はだって…と説明をした。
「シュトーレンと対峙した時、あいつ銃声音と銃口が一致してなかったでしょ?(※シーズン1、第15話)あーゆー事例があったから、銃声音が響いたし、あそこから撃ったように見えても、そうとうは限らないんじゃない?」
流石だねポム、とカヌレが頷いた。
「何事にも先入観にとらわれるのは良くないからね。例えそう考えられるとしても、真実が果たしてそうかと言うと怪しい部分はある。例えば…そもそも銃声が二発あったとして、それは一人が二発撃ったのか、それとも二人がそれぞれ一発ずつ撃ったのか。あらゆる可能性から信憑性の高いものを算出しつつも、真実を突き止めるのが私たちの仕事だからね。疑ってかかるのは良いことだよ。」
カヌレの言葉にフィナンシェが頷く。その通り、僕たちは探偵だと頷いた。
「ここに何も無くとも、あの廃ビルには何か手がかりがあるかもしれない。それに、ガレット刑事が向かおうとしていた、電話の発信先にもね。さて、どっちから行こうか。マドレーヌ、君が決めてくれるか?」
彼の言葉にマドレーヌが、ん~…と言いながら、じゃあ勘で発進先に行ってみようぜと言った。その言葉に全員が頷いた。フィナンシェが周囲を警戒しながら言う。
「一応、全員十分気をつけよう。発信先についても厳重警戒だ。なにせ、銃弾が飛んでこないとも限らない。ガレット刑事がそこにたどり着くのを、犯人が恐れて銃を放った可能性もあるからね。」
四人は静かに周囲に気をつけながら、発信先へと急いだ。
「ここだね。」
カヌレは今は誰も住んでいない、古ぼけた民家の前で立ち止まった。庭の植物は枯れ、建物にはツタがはっている。表札は無く、元々ついていた茶色の跡だけ残っている。
コンコン。
数回ノックをするが、中から人が出て来る気配はなかった。フィナンシェがドアノブをガチャガチャといじるが、鍵がかかっている。その間にマドレーヌが近くの窓をこっそり覗き込むが、誰もいる気配は無い。中は薄暗く、いかにも古ぼけた家の中と言った感じだ。家具や生活用品はそのままだが…家主はいない。それに端々にあるカーテンは擦り切れているし、家具は随分前の年季が入ったもの。蜘蛛が巣を作ったり、蟻が侵入したりしている。途中の棚の上に一つの電話があるのが見えた。急いでカヌレたちの傍に行き、説明する。
「中には誰もいないな。昔は住んでたのかもしれないが、今は住んでる気配もない。あと、中に電話が一本あったくらいだ。」
「なるほど。それなら家の裏手に回ってみようか。裏口なら鍵がかかっていないかもしれない。」
全員がそろりそろりと裏口に回る。すると、裏口のドアは鍵がかかっていなかった。まず戦闘要員であるマドレーヌが中に入り、誰もいないことを確認すると、残る三人を家の中に招いた。ポムが軽くせき込みながら、家の中を見回す。
「埃っぽくて、嫌な場所ね…。一体いつから住んでないのかしら。でも、家財がそのままってことは、元々住んでいたのかしら?」
「そうだろうね。写真を見つけたよ!」
カヌレが一つの写真たてを指差す。そこには、三人家族が映っていた。中年の夫婦と、一人の若い女性が映っている。それを見たポムは、驚いたように言った。
「これ有名人じゃない?!…ほら、えーっと…トライフル、確かトライフルだわ。有名なッスケート選手よ。」
カヌレがそうなの?と首を傾げると、フィナンシェがそうだねと説明を始めた。
「確か、実力はそこまで無かったが…四番手くらいには位置していたスケート選手だ。彼女は可愛らしいから、結構男性に人気があってね。スケートの実力はそこまでなくとも、トークが面白かったり、可愛らしい仕草があったりして、人気があった人だ。けど、確か同じスケート選手と結婚したのち、相手側の家とのいざこざがあって…最終的には離婚したはずだ。その後、テレビに出る機会が減って…そして久々に広告で見たと思ったら、確かドリップ教関連だったはず。」
「こいつも結局ドリップ教かよ…。いよいよそのドリップ教がどんなのか、気になって来たぜ。」
マドレーヌが呆れつつも呟いた。
トゥルルルルルル…。
突然電話が鳴り響き、全員が驚いた。カヌレが受話器を恐る恐る手に取る。
「もしもし…。」
受話器の向こう側からは、明るい女性の声が聞こえた。
「お母さん、あのね!私、同じスケート選手のクラッカーさんと結婚することになったの!」
幸せそうな音声が続いていく。
「私はスケートを嫌いになったこともあった。お母さんやお父さんにやるように言われたからやってるだけだなんて言ったこともあった。本当にごめんね。でも…私、やっぱりスケートが大好きだよ。お母さん、お父さん、私をスケート選手に育ててくれてありがとう。私、本当に世界で一番幸せ者だよ。だから…。」
その先の音声がいきなり途絶えた。カヌレが少し悲しそうな目をしていると、受話器から相変わらず明るい声が聞こえて来た。だが、それはどこか苦しそうなのを隠している声だった。
「…お母さん、私スケート怖くなっちゃった。有名になるほど、いろんな人の視線が私を見てくるの。まるで品定めをして、ジャンプや滑りを全て一個も見逃さずに判断するように。間違いなんて許されないみたいに…。怖いよ、でも、滑らなきゃいけない…。テレビ出演も忙しくて、あんまり練習できてなかったのに。失敗したら、テレビで言われるんだろうな…。まるで私の失敗をあざ笑うかのように。」
でもねと受話器の向こう側で、女性は少しだけ笑い声をあげた。
「いつか滑っていたら、きっと一位になれるよね。好きだけじゃ足りないなんてことないよね。…最近クラッカーが冷たいんだ。時折、不思議な目で私を見てくるの。でも、きっと大丈夫。私頑張って来るよ。そうそう、お母さん、お父さんもそっちにマスコミとか行ってて、大変でしょ?もし良かったらドリップ教に入信しない?マスコミとかはねのけてくれるよ。本当に頑張ってるのに、報われない人達を彼らは助けてくれるんだ。誰かに言えないことも…不安も、全て受け入れてくれるんだよ。クラッカーが入信してるから私も入ってみたけど、悪くないよ。かなり、良い感じ。」
そう言って、しばらくの沈黙が続いたのち、受話器から少し小さい声が響いた。相手側も受話器から遠ざかったらしい。
「お母さんとお父さんに、これ以上心配をかけたくないんだ…。大丈夫、私は何言われても大丈夫だからね…。二人に迷惑をかけるのはもう嫌だ。きっと…ドリップ教に入信してくれるよね。入信さえしてくれれば、マスコミに追われることも無い…。二人が安全なら私は、それだけで十分なんだ…。お母さん、お父さん…私、ずっと今まで言えなかったけど…今もきっとこの声は届いていないだろうけど…あい」
ガチャ。
カヌレの腕からフィナンシェが受話器を奪い取り、即座に電話に押し付けた。カヌレがあっと言う間も無く、彼は真剣な目で彼女の方を見た。
「……言葉というものは、伝わらなきゃ意味が無い。言いたいことほど、後から追いかけて来るものだよ。いずれ人は寿命が来る。それまでに伝えておきたいことほど、伝えておかなければ行けない。後からくるからなんて、流暢に待っていられるわけじゃないんだ。…君が、伝えられなかった者の言葉なんて聞く必要は無いんだ。彼女が本当に聞いてほしかった人間は、もういない。…君が聞いたところで、それが彼女の救いになるわけじゃないんだ。」
カヌレが少し視線を下に向けつつも、ありがとう…と頷く。探偵帽子を被り直した。
「フィナンシェは厳しいけど、優しいね。」
「いえ、お礼なんて要らないよ。ポムもだよ。マドレーヌも、だ。僕以外全員が悲痛な面持ちになって、引っ張られてるから僕が動くまでだ。一番君が、目を覚ますのが早そうだったからね。僕達は探偵だ、誰かの悲惨な状況に同情するのも、共感するのも自由だが…本当に戻目るべきはそこじゃない。闇に埋もれた真実だよ。」
ポムとマドレーヌもはっとしたような顔で、フィナンシェの方を見た。少しまだ悲しそうな表情をしていたが、息を吹き返したようにまっすぐな目をしていた。カヌレがでも手がかりはあったねと頷いた。
「ここに住んでいた一家はドリップ教関連だった。でも、今の電話は時系列的にちょっと不思議だよね。だってここには今誰もいないんだから。」
彼女の言葉にフィナンシェがその通りだと頷いた。
「きっとさっきの音声は録音テープか何かだろう。つまり、僕らがここにいるのを分かって、電話をかけてきた人間がいるというわけだ。そしてそいつ、もしくはそいつらは、その録音テープを流したというわけだね。考えたくもないが、わざわざ本人ではなく録音テープをよこしてくるってことは…彼女は生きている可能性は低いかもしれない。」
フィナンシェが静かに言うと、ポムがそうねと頷いた。
その時マドレーヌのスマホから着信音が鳴り響いた。慌てて彼が電話に出る。電話は、弟のフロランタンからだった。
「…あ?ガレット刑事…?何言ってんだ、あいつ病院だろ?」
マドレーヌがそう言うと、フロランタンが焦った声をあげた。
「それが、病院から姿を消したらしいんです!」
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なんでまた七時投稿すぎてんだよの理由をお教えしましょう。正直に言いますか。ストックが切れました。ストックあるからまだまだうぇーいでやってたら、気づいたらストック切れてました。亀とウサギだったらウサギですね間違いなく。そんな愚かな作者のXはこちら→https://x.com/Ameme_H_Novel




