第二話(後編) ラップ(?)
カヌレ探偵事務所でガレット刑事がため息混じりに言った。
「音楽大学に潜入するはずが…何がどうしてこうなったんだ。」
遡ること数分前、フィナンシェは清掃員の格好、ガレット刑事は指揮者の格好、マドレーヌはラッパーの格好で、カヌレ探偵事務所に着いた。
「変装できたわよ!」
いかにも女学生みたいな感じでカツラを被ったポムが出てきた。ガレット刑事が静かに頷く。
「その格好なら大学生だな。悪くない、他の奴らの目も欺けるだろう。」
「完璧よ、LaLa〜♪」
彼女が自慢げに歌う。そしてガレット刑事たちを一瞥すると、悪くないんじゃない?と頷いた。
「全員擬態できてるじゃない。フィナンシェは探偵感が清掃員で見事に消えてるし、ガレット刑事は指揮者だけど爽やかさ出てるし、マドレーヌはやんちゃ学生みたいね。」
「まさに擬態、どんな場所でも巡り会いたい。脳内に響く、俺だけのユース。言うなればライム、どこまでもぶちかます明日に。」
いきなりノリノリで歌い出すマドレーヌ。片手を上げてリズムを取ってるが…。流石のポムも困り果てた。フィナンシェの方を向いて恐る恐る彼を指差す。
「これ韻…取れてるの?」
「僕も専門外だから、流石にわからない。」
フィナンシェが苦笑する。他の男どもに視線を移すと、マドレーヌ以外全員専門外だと顔を横に振った。
「…これで音楽大学行って、笑われたらどーすんのよ…。」
呆れた声をあげるポム。その後ろからとんでもねぇピンク服の女が出てきた。いや…女…いや女と言えば女だが…残念ながら顔は見えない。あまりの予想外に固まる男性陣。流石のタタンもポカンと口を開けた。カヌレはピシッとポーズを決めた。そう、いかにも本職のような感じで。ハキハキとした声が飛ぶ。
「ミュージンジャーピンク!参上ッ!」
「ちょっと待て。」
ガレット刑事が思わず突っ込んだ。そして冒頭の時間に至る。カヌレ探偵事務所でガレット刑事がため息混じりに言った。
「音楽大学に潜入するはずが…何がどうしてこうなったんだ。」
大体ピンクだけでどうするんだ、しかも目立つだろとガレット刑事が突っ込む。すぐにカヌレがマイクをつかむふりをする。
「探偵カヌレ、目の前、完全なアウェー。ピンクだからって舐めんな…覚悟しな!位置する上、見下ろす前。……あああッ!難しいッ!!全然上手くできねぇ!ノリでラップできないっ。母音とかリズムとか上手く掴めねぇっ。カラオケで既存のラップは上手くできるのに!」
頑張ったはいいものの、全然上手くできないのを自覚して架空のマイクを悔しそうに握りしめるカヌレ。
「門外漢で恐縮だが…まだこの前のマドレーヌよりは、マシだったんじゃないかと思うよ。」
フィナンシェが目を閉じて、静かに言う。タタンも静かに頷いた。ブーブー文句を言うマドレーヌと悔しがるカヌレを見ながら、ガレット刑事が静かに言う。
「指揮者なのに統率が取れない目の前の人間たちを、俺はどうすればいいんだ。」
「あまりにど正論だわ。」
ポムが呆れながらも賛同した。が、フィナンシェが思いついたように言った。
「いえ…いっそ全員レンジャーになってみてはどうかな?ミュージンジャーとかなら、音楽大学にイベント訪問できるんじゃないかな?正式な訪問になるのなら自由に行動できるかと。万一見つかっても、正式訪問なら問題ない。」
その言葉にタタンがああ、それでしたら…と微笑んだ。
「カプチーノ音楽大学の、聖歌コースの学長が私の知り合いですので…彼に連絡をとってみましょうか。」
フィナンシェがそれは助かるねと頷いた。ニコニコする二人の前で、ポムがポカンとする。
「……本当にやるの?」
翌日、カプチーノ音楽大学には、戦隊モノが来ていた。学内の大きな広場でビシッとポーズを決める。
「我らミュージンジャー!この前の戦いで負傷したレッドのために、日々奮闘中だ!」
ピンクの叫びに、近くの男子学生が笑いながら言う。
「リーダーは誰なんですか?」
即座にピンクとブルーが応対した。
「私だ!」
「僕だ!」
困惑する学生に、グリーンが声をかけた。
「レッドとのリーダー争いが絶えないんだ。うちのレンジャーどもがすまない。ところで呪いのピアノというのを知ってるか。そこに敵がいるらしいんだが。」
「レッドの仇を打たないといけないのよ。同じ戦隊としてね。」
呆れたため息を吐きながら、イエローが腕を組みつつ応戦した。男子学生が戸惑いつつも呪いのピアノの場所へと案内してくれた。
そうお察しの通り、配役は以下の通りである。
カヌレ=ピンク
フィナンシェ=ブルー
ガレット刑事=グリーン
ポム=イエロー
肝心のレッドに限っては、何故か事務所にあるはずの服が見当たらなかった。カヌレが前日棚を引っ掻き回してみたものの…。
「ネット通販で一式買ったはずなのに…レッドが何故かない!敵役しか出てこねぇ!なんで?!」
「仕方ない。そしたらレッドは負傷したことにでもしよう。僕はブルーでいいよ。」
横にいるフィナンシェがそう言って、こんな形になったわけだ。呪いのピアノの前に立つ、敵役はもちろん…。
「来ましたか、ミュージンジャー。」
「イー!」
いつもの執事服のタタンと、以下にも小物の敵っぽい全身黒タイツに、歪んだ音符をくっつけたマドレーヌである。すでに呪いのピアノの前の大広場には、たくさんの生徒が集まっていた。マドレーヌがマイクを取り出し、ラップを歌う。
「俺はキ(Ki)、狙う機(Ki)、お前の胃(I)、貫く矢(Ya-I)……イーッ!!(I-!)
止まらねぇ意(I)、光る威(I)、最後は死(Shi-I)、叫べよイーッ!!(I-!)」
たまらずポムが耳を塞ぎ、マドレーヌに向かって指を刺す。
「なんて酷いラップなの!韻どころじゃないわっ。ゴリ押しにも程があるリズムよ。私たちのミュージンジャーの力で、綺麗な音楽に戻してあげないと!」
「本当にそうだ…!よし、ミュージンジャーの力を見せつけてやろうじゃないか。」
グリーンが拳を振るわせるが、すぐにブルーがそれを制した。
「待った。僕らは以前の戦いで疲弊している。それにレッドもいない。音楽の力が足りないんだ。
これではいつものミュージンジャーアタックを決められない!」
「そんな…一体どうしたら…!」
ガックリと膝をつくイエローの横でピンクが辺りを見渡す。
「ここは音楽大学らしいよ!みんなに力を貸してもらうのはどう?!」
「良い案だね。音楽大学なら、優秀な生徒さんがたくさんいるはずだ。みなさん!どうか力を貸してください。」
「しかし…楽曲はどうするんだ?」
グリーンが即座に言うと、ブルーが問題ないよと言った。
「ミュージンジャーの核は、音楽の幸せだ。それを体現する有名な曲を演奏していただこう!ベートーヴェン、交響曲第九番、ニ短調、作品125を演奏していただこう!」
フィナンシェの声と共に、大広場の観客の一部にすでに待機しているオーケストラが演奏し始めた。もちろんタタンが事前に連絡した時に、劇の打ち合わせで学生オーケストラに演奏してもらうことになったのだ。演奏後、グリーンが拳を突き上げる。
「良いな!美しい音色で、素敵な音楽だっ。力が湧いてくるっ。」
「これなら奴を倒せるね!」
ピンクの言葉にイエローが頷く。執事のタタンとマドレーヌが悔しそうに喘いだ。
「なんと綺麗な旋律を…!耳ガッ…!」
「イーーーーーーッ!」
ブルーが全員を集合させながら、ポーズを決める。
「いくぞ!とどめだ!必殺、フィーーーネッ!」
「ぐわぁぉぁぁぁ!!」
「イーーーーーーッ!」
「俺たちは何をしに来たんだ。」
控え室でグリーンことガレット刑事が、ロッカーにもたれかかりつつ腕を組んだ。
「呪いのピアノの潜入捜査。」
イエローことポムが疲れ切った声で答える。机に這いつくばりながら、足腰を伸ばしていた。ピンクのカヌレが椅子にもたれかかりつつ、少しだけ嬉しそうに言う。
「でもこれで、学内をうろついても何も言われないね。」
「俺うろつきたくねーんだけど…通り側の学生にラップクソ笑われたんだけど…。」
マドレーヌがソファの上で体育座りをしつつ、凹んだ声を出す。かなりショックだったらしい。執事のタタンがほっほと笑った。
「敵役としては満点でしたよ、マドレーヌ様。綺麗なラップでは、ショーが成り立ちません。」
「タタンーーー!!」
マドレーヌが瞳を揺らしながら執事のタタンにへばりつく。その様子を見ながら、ブルーのフィナンシェがゆっくりと頷いた。
「とりあえず、学内を散策しようか。一応ショーは昼と夕方に2回やるから、その間にショーの広告がてら徘徊してもいいという許可も得てる。さぁ、呪いのピアノを調べよう。各々手分けして行った方が早いだろうから、そうだな…3時にここに集合しようか。」
フィナンシェの提案に全員頷いた。
カヌレことミュージンジャーピンクは、大広間のピアノの方に来ていた。するとそこには、一人の男子学生がピアノを弾いていた。もともとオープンピアノだから誰でも弾くことはできるが…。カヌレがじーっと見る。かなり美しい旋律だ。が、どこか音色が儚かった。消えてしまいそうなほど震えている音。すると演奏者はカヌレに気づき、すぐにピアノから手を離した。
「あ…ども…えっと…。」
困り果てた男性に、カヌレは即座にビシッとポーズを決めた。
「ミュージンジャーピンク、参上!…素敵な音色ですね、なんて曲なんですか?」
すぐにいつものポワポワーとした声に戻る。彼女のあまりの変貌ぶりに、男性は戸惑いつつも、ピアノの方に視線を移した。
「えと…あっと……曲は無いです。今のオリジナルで…。」
「オリジナル?!すごっ?!」
カヌレがびっくりした声を上げると、男性は手を横に振った。大したことないんですよと笑う。
「ここにいる人はオリジナルなんて、誰だって弾けます。大したことないですよ。」
カヌレはキョトンと首を傾げつつも、優しく言った。
「…でも、私からしたらすごいですよ。世の中の大半は、私のように作曲も何もできない人が多いので…たとえここには出来る人がいても、世界から見れば限られた人しかできないので、すごいことですよ。」
男性は少し驚いた顔をしていたが、カヌレはピンクマスクの下でニコニコと微笑むと、ピアノに近寄った。鍵盤をじーっと覗き込みながら言う。
「いやー私レンジャーなんすけど、音楽経験なんてあまりなくてですね…唯一学生の頃に吹奏楽やってたくらいで…。まぁ吹奏楽も強豪ではなく、賞も取れない地元の小さな部活でしたもので…。ちょっとはわかるんですよ?でもちょっとしか分からないんですよ…へへ…。ちなみにピアノって両手で演奏しますよね?伴奏もメロディーも?…あれどうやってるんです?やっぱそのぉー…えーと…片手ずつ覚えてるんですか?それとも両手同時に動きを覚えてるんですか?」
カヌレが困ったように聞くと、男性はああ…と答えながら少しだけ笑った。
「僕の場合は両手同時に覚えてますね。さほど難しくないですよ。慣れれば簡単です。」
「慣れれば…かぁーー!…私、トロンボーンやってたんで、よりにもよってあれ長さじゃないですか、ピストンとかならまだこう指で押す部分は共通してるんですけど…トロンボーンなんで…マジであの他の楽器を尊敬してると言うか…自分絶対覚えられないなぁと…。」
照れくさそうに隣でトロンボーンの構えと動きをするカヌレに、男性は軽く笑った。その瞬間、授業のチャイムが鳴り響いた。男性は慌ただしく荷造りをすると、カヌレに向き合う。
「…えーと、ピンクさん!演奏、聞いていただき、ありがとうございました。僕はノエルです。そろそろ授業があるので、すみません失礼します。また後でどこかで!」
「おう!気をつけて行ってきてね〜。」
走り去っていくノエルに向けて、カヌレが手を振る。授業が始まったのか、ピアノの大広間には誰もいなくなった。カヌレがピアノに手を侍らせ、静かに呟く。
「…即興曲はすごいよ。あんな綺麗な音色なんだ、もっと自分に自信を持って欲しいものだね。」
そう言って静かにピアノをじっと見つめた。
その頃、とある高級ホテルの屋上では、サバランとビスコッティがソファに腰かけながら赤ワインを飲んでいた。
「いやはや、久しぶりのはとこに会えたんです。チャリを強奪したのはさておき、せっかくなら親睦を深めたいものですねぇ?…人が悪になるのっていつだと思います?」
サバランが不敵に微笑みながら言う。ビスコッティはワイングラスを見つめながら、静かに答えた。
「それは…ずるい質問でちゅね、サバラン。悪になるのがいつかと言われると、それは悪の定義によるじゃないでちゅか。」
「おや、貴方ともあろう人間が、そこまで理解しているとは…。サバラン、感動しちゃう!涙が止まらないわ。」
「くたばれでちゅ。」
ムカつくビスコッティにサバランがニコニコと微笑んだ。静かにグラスを置く。じゃあこうしましょうと言って、両手をパンと叩いた。
「よくある設定にでもしますか?救いのない世界に落ちたとしましょう。例えば…とても幸福な夫婦がいたとしましょう。しかしそれは政略結婚。女性は夫が自分を愛してくれているのか信じ切れず、家を飛び出してしまった。しかしその後、元使用人に見事にはめられ、彼女は牢屋に囚われた。そしてその後、唯一の助けになるはずだった乳母に裏切られ…脱出寸前で、卑しい男どもの餌となり、彼女は再び牢屋に囚われそこで瀕死になる。さあ…彼女が悪になるのはいつでしょう?」
サバランの問いに、ビスコッティは鼻で笑った。グラスに入った赤ワインを飲み干す。
「…悲しい話だけど、滑稽でちゅ。バブ…悪になるのは、その後なんかじゃないでちゅ。瀕死になっても、人は生きるのを止めない。その女性にとって、まだ自分が可愛ければ生きる理由になるでちゅからね。本当の悪になるのはもっと後…さらに地獄を味わって、心が完全に壊れた時でちゅよ。…君はその瞬間に、その人物を悪に突き落とし、手駒にするのでちゅよね?」
ビスコッティの問いに、サバランは不敵に微笑んだ。
「流石ですね、ビスコッティ。満点あげちゃう♡」
読んでいただきありがとうございます。
ふふ、いつもの作者です。ギャグが多めでしたが…皆さん油断してましたか?フフフ…。
そんな時こそ、悪の美学は舌なめずりしてますよ。そう…まるでサバランのように!
悪とはつくづく恐ろしいものです。みなさんも気を付けてくださいね。私もサバランを制御できないので、いつかこいつに陥れるんじゃないかとひやひやしてます。
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