第十五話 怪盗たる理由
パァン!
突如銃声音がなり、カヌレ探偵にナイフを突きつけていたビスコッティの手から血が溢れた。カランと音を立ててナイフが落ちる。カヌレ探偵が横目で銃の飛んできた方角を見た。そこには地面に這いつくばりながら、銃を構えたダックワースがいた。
「よくも…弟を……!」
必死の形相だが、その目は確実にビスコッティを見据えている。ビスコッティが撃たれた手を押さえる。手からかなりの血が出ているが…そこまで痛そうな雰囲気でも無かった。その間にカヌレが即座にガレット刑事やマドレーヌの方へ逃げた。
「…死にぞこないでちゅか。運が良かったでちゅね、爆発でギリギリ生きているとは。以前はカヌレ探偵達の前でちゃんとしていまちたが…もうビジネス感を出すのも疲れたでちゅ。」
ハンカチを取り出して、撃たれた手の血を拭う。はァ…と彼はため息をついた。ダックワースが銃を再び撃とうとするが…その途端ぴっと嫌な音が響いた。彼女の顔にわずかばかりの恐怖が走る。すぐに爆発音が響くが…少し離れたところのようだった。その途端、ビスコッティは小さく笑った。
「大丈夫でちゅよ。今のは、貴方達二人とは別のスナイパーに向けての爆発でちゅから。」
廊下のへりにある近くのモニターがパチっと音を鳴らすと、サバランが映った。
「…おや、バレてましたか。ビスコッティはこういうところは敏感ですねぇ。」
「僕ちんの邪魔ばかり…本当クソ野郎でちゅね、サバラン。」
カヌレ達が警戒する前で、モニターのサバランは不敵に微笑んだ。
一方バルコニーでは、ポムがフィナンシェに駆け寄っていた。
「フィナンシェ?!」
近くの壁に寄りかかりながら、ぐったりとしているフィナンシェは、なんとか目をあけた。体を動かそうとしてうめき声をあげた。心配するポムを横目に、動くのを諦める。
「…間に合ってよかった。なんとか爆発の直撃は免れたが…打ち所が悪い。怪盗アシュレやホワイトショコラ達は?」
ポムが慌てて二人の方へ視線を向ける。怪盗アシュレはいつの間にか姿を消していたが、怪盗ノクターンの仮装をしたホワイトショコラは、床に座り込みながら腕を少し抑えていた。ポムとフィナンシェに気付くと、あはは…と困ったように笑った。
「…流石に、元スタントマンの僕でも…爆発に、多少はやられちゃいました。怪盗アシュレなんか、庇っちゃって…あれでしたかねェ…。僕、本当は怪盗大嫌いなんですが、正直目の前で死なれるのもムカついたんで、つい庇っちゃいましたよ~…。まあ、僕に庇わせておいて、カヌレさんに手を出そうものなら、処刑してやりますがね。一般人として殴り殺しますよ。元スタントマンのプライドにかけて。」
彼はいつも通りのカフェロイヤルでの笑顔を浮かべた。どす黒いオーラを放つ、怪盗ノクターンの仮装をした、店員ホワイトショコラ(ご本人)とかいうあまりの情報過多に、フィナンシェは勿論のこと、正体をしらないポムでさえ、一瞬脳がバグった。フィナンシェがため息を吐きながら、少し苦笑した。
「…負傷したとはいえ、君は割とピンピンしてそうで、安心したよ。一般人を巻き込むわけにはいかないからね。」
「カヌレさんをお守りするためなら、僕は彼女の大ファンとして、一般人代表になりますよ!」
にっこにこで応える彼。フィナンシェがポムに向かって言う。
「おそらくカヌレたちが今、ビスコッティやサバランと対峙してるだろう…。その間に、爆弾の解除か、一般人の避難の援助を頼むよ…。こっち側に避難している人はいないが…反対側に避難している人たちがいるだろう…。緊急避難用のボートとかに、細工がされている可能性もゼロじゃない。奴らのことだ、そこらへんは抜かりないだろう。…もし困ったら、僕に連絡してくれ。体は動かせないが、今から僕のスマホの暗証番号を教える。ずっと通話状態にして、僕の傍に置いておいてくれ。そうすれば、電話越しに、君が万が一爆弾を見つけても、駆けつけずとも、やり取りでどうにかなるだろう。君に万が一のことがあれば、こちらで把握することもできる。」
ポムが指示通り、即座にフィナンシェのポケットからスマホを取り出し、暗証番号を聞いてロックを開ける。自分のスマホを取り出して、通話中に設定すると、フィナンシェの前に彼のスマホを置いた。自分のスマホを持ちながら、ポムが頷く。
「これでオーケーね。分かったわ。とりあえず一般人の方の救命ボートの方に行ってみる。そのついでに爆弾があるかも見て来るわ。」
「ありがとう。…ホワイトショコラには、僕の手当とスマホの守護を頼んでおくよ。」
フィナンシェが言い終えると、ポムは行ってくるわと言ってホワイトショコラの横を通り、彼の後ろにある出入口へ行き、バルコニーを出ていった。その後ろ姿を見ながら、彼女がいなくなったのを確認すると、フィナンシェはため息を吐いた。ホワイトショコラの方を向く。彼は、パンパンと手で仮装衣装の埃を払い、何事も無かったかのように立ち上がっていた。痛そうにしていた腕も、普通に動かしている。その様子を見ながら、フィナンシェが静かに微笑んだ。
「やはり…ピンピンしているね。」
「…元スタントマンだぞ。舐められたもんだな。」
目の前のホワイトショコラは不敵に微笑んだ。
「…僕のスマホの守護と、手当くらいはしてくれないのかい?船が傾いたら、このスマホは完全に床を滑って、海に沈んでしまうんだが。」
「…本当にしてくれるとでも思ってるのか?」
不敵に笑う怪盗ノクターンの前で、フィナンシェも不敵に笑った。
「思ってなどいないさ。君は、どんなに身近な人間とはいえ…あくまで怪盗だ。善人とは限らない。…探偵にかまってるほど、暇じゃないんだろう?」
「ああ、そうだな。俺は、欲しいものを頂く怪盗だ。…ヴィランだからな。」
そういうと、彼は不敵に微笑みながら、その場から姿を消した。フィナンシェは、はは…と小さく笑いながら、スマホに視線を向けた。
「やってくれたね。ポムのスマホを盗んだのか…?となると通話繋がってるのは、ポムのスマホを持ってる君と…か?…本当にヴィランだよ、君は。」
モニター内のサバランは愉快気に微笑んでいた。
「ええ、サバランは乗客のうちの一人に、スナイパーを混ぜていました。だからビスコッティ…貴方の爆発でもレッドベルベット君は瀕死まで行ってたかもしれませんが…確実に殺したのは、私の手駒のヘルヴァ君でーす♡彼、本当に優秀なスナイパーなんです。え?そんな優秀なスナイパーを飼いならす人物ってすごくない?いやァ~それほどでもありますかもしれないですねえ!なにせサバラン様ですからっ。サバラン様に、万歳!」
ダックワースがぎりっと歯を食いしばった。殺意の湧いた目でモニターを見つめる。ふざけた五十代男が忌々しくて仕方が無かった。床に這いつくばった彼女をカヌレたちが一瞥する。ガレット刑事が隙を見て、ビスコッティに体当たり出来ないかと考えていると、後ろから声が響いた。
「タタン家のルビーは頂いたぞ!」
一同が視線を向けると、そこには怪盗アシュレが息を切らしながら立っていた。少しだけ勝ち誇ったような顔をしている。手にはルビーを掲げている。が…モニター内のサバランは、ニコニコとして拍手を行った。
「おやおや、流石です!これで五大秘宝も夢じゃないですねっ。一手取られちゃいました☆どーしましょ、ビスコッティ?」
「馬鹿言うなでちゅ。もとより、僕ちんと協力する気なんてないでちょうが。」
不機嫌そうに手をさすりながら応える彼に、サバランはにっこり微笑んだ。そんな悪役二人のやり取りに、ダックワースが銃の引き金になんとか力をふり絞って指をかける。
「…弟と親の……!さっさと……消えなさいよ……っ!」
呟いた彼女が今にも撃とうとした時、モニター内のサバランが、彼女の方を見た。視線がかち合った彼女が反射的に警戒して、指を止める。彼は冷笑した目を浮かべていた。
「…勘違いしないでくださいね?貴方達は、眼中に無かったわけでは無い。私の視界には入っていましたよ。ええ…最高の、エッセンスとしてね。」
パアン!
銃声音と共に、ダックワースの胸元に銃弾が撃ち込まれた。彼女は目を開いたまま、その場力なく伏した。床に血が広がっていく。
「……!…ダックワースっ……!」
怪盗アシュレが彼女の元へ行こうとして、マドレーヌが即座に腕を掴んだ。すぐに銃弾が怪盗アシュレの目の前ぎりぎりをかすめていく。動揺する彼を突き飛ばし、マドレーヌが走ってダックワースの元へ行く。後を追うように銃弾が撃ち込まれるが、マドレーヌが近くの柱や壁を立てにして、ダックワースの傍までたどり着いた。そして、左胸が撃ち抜かれているのを確認する。脈とかは無かった。即死だ。彼が静かに顔を横に振ると共に、サバランがモニター内でハッ!と笑った。
「生かすも殺すも私次第っ。ちゃーんと分別してるんですよ…。誰を生かしておけば良いかなんてね。あ、言い忘れてましたけど、もう一人いるんですよ。ビスコッティ気付いてました?」
「…本当に、もう一人でちゅか?」
ビスコッティの問いに、サバランがあらやだ鋭ーい♡と声をあげる。その瞬間、カヌレの少し斜め後ろにいたガレット刑事がカヌレを突き飛ばして庇った。代わりにふっ飛ばされ、近くの柱に頭を強く打ち付ける。
「ぐっ…。」
小さいうめき声と共に、彼はその場で気を失ってしまった。打ち所が悪かったらしい。代わりに、マドレーヌがダックワースの傍から離れ、ガレット刑事を殴り飛ばした相手を見る。柔道着を着た、屈強そうな女だった。モニター内のサバランが嬉しそうに言う。
「紹介します!私の手駒ナンバー2!おこしちゃんですっ。彼女は、かなり強い女性ですよ。サバランも投げ飛ばされたらひとたまりもありません。いやいや、五十代男悪とはいえ、投げ飛ばされたら、あばら折れちゃいますよ。私こう見えて脆いんですよ?!そりゃ筋トレなんてしてないですからね。あ、でも毎日カルシウムは取ってます。そう考えると骨は丈夫かも?」
マドレーヌが即座におこしに掴みかかり、その場で戦闘になる。なんとか柔道の技を受けながら反撃する。カヌレの方を見向きもせずに言った。
「ビスコッティをどうにかしてくれ!こいつは俺がどーにかする!」
「分かった!」
ビスコッティがヘルヴァからの銃弾を避けながら、その場から去り始めた。慌ててカヌレも銃弾を避けつつ後を追う。その隙に怪盗アシュレがダックワースの元へ駆け寄った。
「ダックワース…。」
「おやおや、可哀想に。息絶えてしまいましたね。五大秘宝を揃えれば、一緒に要られたんですがねー。目標、消えちゃいましたか。」
モニター内のサバランがあざ笑う。息絶えた彼女の目は、虚空を見ていた。
「でも、考えても見てくださいよ。最初から復讐を優先した姉弟ですよ…?そんな良い結末が待ってるわけないじゃないですか。それに…あなたの余命は三年。あの兄弟は知らなかったとはいえ、貴方のことより、復讐を優先した。…そんな兄弟に、振り回されてたんですよ?良かったじゃないですか。これであなたは自由!残る三年も自由に過ごせば良い。ええ、勿論私のことを恨んでくれて良いですよ。呪ってくれていいです。でもね、サバランは、そーんな苦痛に苦しむ人間が楽しいんですよ。どんなに私を恨んでも、いたぶってもあの二人は帰ってこない…。Oh!まさに、ZE☆TU☆BO☆U♡」
モニター内のサバランは、手叩きをした。子供の様に無邪気に喜んでいる。彼が静かに震えていると、外の手すりからひらりと怪盗ノクターンが現れた。マントをはためかせながら、ダックワースに向かって頭を垂れている怪盗アシュレを見やる。懐からワッフル家の翡翠を取り出した。
「…これが欲しいんだろう?」
怪盗アシュレはしばらく黙っていたが、静かに顔を横に振った。
「…………要らないよ。…もう…………僕は…………。」
悲痛な声が響き渡る。近くで乱闘していたはずのマドレーヌとおこしは、いつの間にか乱闘が激しくなり、激しい音を立てながら船内の方へ移動していったみたいだった。遠ざかる音を聞きながら、怪盗ノクターンは宝石を懐にしまうと静かにアシュレを見つめた。そして不敵に笑う。
「…海外から来たからどんなものかと思っていたが……滑稽だな。」
その言葉に、アシュレがばっと顔を上げる。琴線に触れた顔をしていた。刃のような鋭い視線を真っ向から受けとめながら、怪盗ノクターンはそこに立っていた。
「お前に……何が分かる……っ!僕は………っ。」
「余命三年。殺し屋の姉弟の幼馴染。彼らの為に、寿命を伸ばそうとした。」
淡々とした声に、アシュレが小さく目を見開くと、怪盗ノクターンは不敵に微笑んだ。
「怪盗たるもの、情報くらい掴んでおくのは序の口だ。」
「おや、怪盗君じゃないですか。私の存在の第一発見者である、ノクターン君。まーた、邪魔しに来たんですか?あなたこそ滑稽ですねぇ…!私のことを止められないから、他の人でも助けに来たんですか?君はまるでヒーローだね。ヴィラン向いてないんじゃない?」
モニター内のサバランが笑い声をあげると、怪盗ノクターンは、はは!と笑った。
「ああ、そうだな。俺にはお前を止めるほどの力は無いだろう。だが、お前に対抗できるのはカヌレだ。お前の相手はカヌレがする。…言っておくが、俺はヒーローじゃない。怪盗というヴィランだ。欲しいものさえ手に入ればそれで良い。そのために、邪魔するお前の手をかいくぐりながら、探偵や周囲の人間を利用する…怪盗の常套手段だろう?」
「ほう!君は面白いねェ、相変わらず。じゃあ、そのアシュレ君がどうなろうと別にどうでも良いのかい?」
「ああ、心底どうでも良い。」
きっぱりと応える。ノクターンが静かにモニターの方へ向かった。サバランがククっと笑い声をあげる。
「つかめないねぇ。君、本当につかめないよ。悪なのか、善なのか…本当にどっちつかずだ。探偵側にいると思ったら、突き放す…。周囲はどう思うでしょうね?私、気になって着ちゃいましたよ。」
「ほう、それなら光栄だな。」
ノクターンが静かに微笑みながらすっと画面の端の方へ行く。サバランがフフ…探したって無駄ですよ、私はそこにいません!と言いながら、面白いからサービスだよ、君に一つだけ情報を教えてあげますよと呟いた。
「サバランからの、豪華サービス!特別チケット~☆この船の爆弾は、実は全て止めるスイッ…。」
ブツン。
いきなりモニターが真っ暗になった。いきなりパソコン画面が真っ暗になったサバランは、薄暗い部屋で、静かに固まった。
「…………………は……………?」
ぽかんと口を開け、すぐにキーボードに触れてキーを押す。が……全く映らない。ぽかんとするサバランは、しばらくして状況が飲み込めた。思わず奇声をあげて、顔に手を当て、床を転げまわった。
「はあああああああああああ?!?!?!?!あり得ないでしょう?!?!私今、特大サービスしようとしてたんですよ?!悪の説明を途中でぶった切る人がどこにいます?!?!?しかも結構重要な情報だったのに?!?!?!なに、えっちょ…あり得ないんだけどォ?!?!サバランせっかく意気揚々と解説して差し上げようとしてたのに?!?!?真実と虚構を織り交ぜながら振り回そうとしてたのに?!?!情報すら要らないってうっそ、なにあの怪盗ちゃーーーーーーーーーーーーん!!!!!」
五十代男性悪は屈辱に悶えていた。
一方その頃、モニターの近くでノクターンはプラグを手に持っていた。フン…と鼻を鳴らしながら、そこらへんにポイッとプラグをかっぽった。その様子を見ていたアシュレが呆然とする。
「……良いのか?」
「奴が話す情報など、とっくに掴んでいる。時間の無駄だ。……さァ、お前の持っているタタン家のルビーを頂くぞ。」
彼がすっと近づくと、アシュレは反射的に後ろに下がった。その様子を見て、怪盗ノクターンはほう…?と不敵に微笑んだ。
「お前には、もう必要の無いものなのだろう?生きる理由も無いお前に、必要のないものならば、俺が頂く。…それともなんだ、俺に取られるのは嫌か?」
すっと手を差し出す彼に、怪盗アシュレは混乱しつつも後ずさった。本人もよく分かっていない表情だった。が…その反射的な動きに対し、ノクターンが静かに頷く。
「ククッ…。そう安々と渡す気は無いと言うわけか。愚かな奴め。」
「……お前こそ、必要ないはずだ…。…だってこれは…全部揃えても寿命を伸ばすため…。余命のある僕とは違って……。」
戸惑いながら、もごもごと口走る彼に、怪盗ノクターンは伸ばす手を止めた。不敵に微笑み、くるっと背を向ける。そのまま、アシュレに言葉を放った。
「……寿命が欲しいから、誰もが宝石を手に入れるわけでは無いだろう?怪盗は、欲しいものを奪い取る。それだけの話だ。…あの姉弟は過去を見ていたが、お前は未来を見ていた。姉弟を失っても尚、お前がその宝石を所持し、怪盗として生きるのであれば…その喧嘩を買ってやろう。サバラン達を恨むのなら、恨めばいい。復讐に囚われたければ囚われればいい。だが…お前が怪盗であるならば、俺がお前からいつ宝石を盗んでもおかしくないことを忘れないことだな。海外の怪盗であるならば、それなりに対抗してみせろ。」
そういうと、彼は背を向けたまま懐からタタン家のルビーを取り出した。アシュレがなっ…と言いながら、自身の懐を漁る。そして、ごつごつした硬い感触があり、慌てて取り出すとちゃんとタタン家のルビーはそこにあった。後ろを振り向きながら動揺する彼を見ると、怪盗ノクターンはククッ…と小さく笑った。いつの間にかノクターンの手にあったタタン家のルビーはどこにも無い。アシュレは自身の手元にあるタタン家のルビーを握りしめながら呆然としていると、怪盗ノクターンは目の前から姿を消した。残された怪盗アシュレは呆然としながら、彼の消えた後を見つめた。
「…怪盗…ノクターン……。」
彼の名前をかみしめるように呟く。しばらくすると、彼はダックワースの方を見た。息絶えた彼女の顔にそっと手を当てると、諦めたような優し気な目を向けた。
「ダックワース…レッドベルベット……。僕は……。」
そうつぶやいた時、彼はふと何か違和感を感じた。しばらくダックワースを見つめる。そしてふと気付いたように言った。
「あれ?ダックワースの銃は……?」
その頃、一般人の方へ走っていたポムは、道中のバルコニーの置物の前で固まっていた。
(ただの装飾…ここにあってもおかしくないけど…もしかして!あたしだったら、こういうバレないところに隠す!)
ただの勘だが、置物を調べる。重い置物だが、なんとか横にずらすと、後ろにみっちりと爆弾が詰まっていた。
「ぎゃっ…!何よこれ!」
赤くライトが光っている黒い機械が、みっちりとこの置物の形通りに壁に埋まっている。思わずごくりと息を飲んだ。下手をすれば、目の前で爆発する。そんなことが起きれば…自分は間違いなく助からない。そう察した。すぐにフィナンシェのことを思い出す。
「そうよ、こんなときこそフィナンシェだわ。」
すぐにポケットをガサゴソするが、そこでどこにも見当たらないことに気付いた。
「え…うそっ?!」
慌てて何度も探すが、全く見当たらない。顔から一気に血の気が引く。そういえばここに車での間、フィナンシェの声が聞こえたことは一度も無い。通話をオンにしていたが、ポムの方から話しかけることも無かった。現地についてから相談しようと考えていた。青ざめた彼女は周囲を見渡す。一般客は少し離れたところで、丁度避難ボートに乗り込んでいるのが見える。もしここで爆発したら最悪あの人たちも…。もう一度みっちりと詰まった爆弾を見た。
「あたしが…どうにか…するしかない…。」
震える声で、静かに彼女は青ざめつつも覚悟を決めた。
一方その頃、カヌレとビスコッティは銃弾を避けながら追いかけっこをしていた。船のバルコニーまで来ると、そこにはレッドベルベットの体が転がっていた。カヌレがレッドベルベットの傍に行く。息絶えているのを確認した途端、銃弾が止んだ。レッドベルベットの死体から数メートル、バルコニーの彫像の影で、フィナンシェは息を殺して状況を凝視していた 。すると、どこからか音が響いてきた。
バババババババ……。
ヘリの音だ。遠くを見ると、三台のヘリがこちらに向かってきている。どう見ても、私用ヘリだ。驚くカヌレに、ビスコッティがふう…とため息を吐いた。
「サバランと同様に、僕ちんもヘリを使ってみることにしたでちゅ。便利でちゅから。」
ヘリに向かって銃弾が解き放たれるが、その瞬間ヘリからランチャーが飛んで来た。カヌレたちの少し上の階に銃弾が降り注ぐ。天井が少し抜け、運よくランチャー銃から免れた遠距離銃がカヌレの傍に落ちた。びくっと体を震わすカヌレの前でビスコッティがはあ…と肩をすくめた。
「流石のランチャー相手に、一本の銃は敵わないでちゅよ。サバランの手駒だろうが、僕ちんの命を狙った罰でちゅ。ヘルヴァ、ZAPでちゅ。ところでカヌレ探偵…君と少し話しておこうと思ったんでちゅよ。」
全く動じない彼は、目の前の女探偵を見た。彼女は、静かに警戒態勢に入っている。
「事件を未然に防ぐ探偵、一戦を越えさせない探偵…。変わった探偵でちゅよね本当に。…でも、今回ばかりは僕ちんの勝ちでちゅ。爆発する船内を前に、どうにも出来ないカヌレ探偵。貴方はきっと…一発で状況をひっくり返せるとでも思っているのでちょう。だからこそ、怪盗ノクターンもいて、サバランからも狙われる。…ええ、探偵としては充実してるでちゅよ。だからこそ…本当はそれほどの実力なんじゃないでちゅか?」
「何を………言って…………?」
カヌレが静かに戸惑いの声を上げる。ヘリの音を聞きながら、ビスコッティが言った。
「……僕ちんは、サバランに勝ちたいのでちゅ。だからこそ、サバランが気に入っている貴方を殺そうとしてるでちゅ。そうすれば勝ちでちゅから。…だからこそ、あなたを観察していまちたが…サバランが言うほどの探偵かと思っているんでちゅよ。だって、爆発を防げなかったでちょう?それに、いざという時は、怪盗ノクターンが助けに来る………。そう考えると、あなたの実力って、そこまでじゃないのではないでちゅか?」
ビスコッティはフフ…と笑った。だってご覧くだちゃい!と笑う。海の上に浮かぶヘリを指差す。
「僕ちんが右手を上げれば、あのヘリから放たれるランチャーは貴方を殺す!逃げ場など無い!…しかもここはモニターの死角!肝心のサバランはあてにならんでちゅ!かの怪盗も、海の上では、貴方を助けられないでちょう!しかもヘリが三機っ。お馬鹿でちゅねカヌレ探偵っ。味方もバラバラ。今貴方を助けられる人間はどこにもいない。」
現状を伝えられ、カヌレが小さく息を飲む。ビスコッティは愉快そうに手を叩いた。
「おめでとうでちゅ、カヌレ探偵!もう、あなたは詰んでいるっ。」
皆様、第十五話をお読みいただきありがとうございます。
……書いていて、私自身も心が張り裂けそうでした。
ダックワースのあまりに非情な最期。
サバランという男の底知れない狂気と、彼が放った「ZE☆TU☆BO☆U」という言葉が、重く、冷たく、物語を支配しました。
そしてホワイトショコラ……彼の正体が「怪盗」としてカミングアウトされた瞬間、物語のパワーバランスは完全に崩壊したと言ってもいいでしょう。
三機のヘリに包囲され、カヌレ探偵は今、文字通り「詰んで」います。
「お前には助けてくれる人間はどこにもいない」と告げられた彼女が、どう立ち上がるのか。
……いえ、彼女は立ち上がるはずです。
次話、【最終回・第十六話:開演の準備はよろしいかな?】。
シーズン2、最後の咆哮。どうか、見届けてください……ッ!!




