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第十一話(後編) 三つ巴

「おや、死に損ないのはとこじゃないですか。」

サバランがスタジアムのスクリーンをニコニコとして眺める。その瞬間、スタジアムがゴゴゴ…と音を出し始めた。全員が警戒すると、観客席の後ろから天井が出て来た。夕焼けの空が少しずつ狭まっていく。スクリーン内のビスコッティが微笑む。

「僕ちんの邪魔をしたサバランに良いお返しでちゅ。密閉しちゃうでちゅ。このスタジアムに毒を振り撒いてやるでちゅ…。ザマァ♡」

ポチッと嫌な音が響いた。途端にどこからかものすごい匂いの毒ガスが溢れ始めた。フィナンシェがハンカチで口元を塞ぐ。それを見習って他の人も口元を塞ぎ始めたが…。肝心のサバランは全くもろともせず、ニコニコと微笑んでいた。スクリーンがプツンと音を立てて真っ暗になると、彼は笑った。

「はは!ビスコッティ。やるじゃないですか。相変わらず強引なやり方は、全く気に食わないですけども。それでは、今のうちに私も逃げるとしますか。」

「待ちなさいよ。このまま、無事に逃げられるとでも思ってるわけ?」

ダックワースが即座に声をかける。サバランの後ろにいるレッドベルベットが銃の照準を一切動かさず、サバランをいつでも撃ち抜けるようにしている。サバランはおやと肩をすくめた。その途端、いきなりスタジアムの上に、バババババ…と大きな音が響き始めた。

「なっ…?!」

フィナンシェが上空を見上げ、思わず口を開ける。一台のヘリがスタジアムの上空に来ていた。サバランの横にするっと梯子をおろす。彼はそれに手足をかけると、殺し屋の二人に向かって言った。

「才能の無い人間に、世界が見向きをするとでも?…ふふ、私を殺そうとするならば、もっと鍛錬を磨くことですね。私が死なない理由なんて簡単ですよ。あなた方よりも優れたスナイパーが私の手ごまにいます。…私に向かってくる銃弾を全て弾き飛ばすスナイパーが、ね。」

そう言い終えると、梯子が引き上げられた。ヘリが上空から移動し始める。ダックワースが驚きの顔をしてその後を見つめる。レッドベルベットが即座にサバランに向かって銃を放つが、全て防がれた。

「チッ…。」

「それではカヌレ探偵、またお会いしましょう。ま…毒ガスにやられてなければですが。」

そう言ってサバランが軽く笑った。が、レッドベルベットが即座にサバランにジャンプして掴みかかった。彼の後を追うようにダックワースも掴みかかる。いきなり、梯子に三人もかかり、縄が少し揺れた。ヘリは少し揺れつつも、ゆっくりと上昇する。驚くサバランにダックワースが言う。

「逃がさないわよ。意地でも殺してあげる。」

「おや、私モテモテですね。」

「僕らの執念をなめるな。」

レッドベルベットが怒りの目を向ける。彼らはそのままスタジアムからヘリで脱出してしまった。その途端、スタジアムの天井が完全に閉じてしまった。内部照明がすぐにつくが…どこからか、毒ガスが出始めてきた。

「まずい…!」

フィナンシェが呟くと共に、スクリーンにドームの模型と毒ガスのメーター、そして完全に毒ガスが充満するまでの時間が映し出された。

「残り十分…で、毒ガスを止めろってこと…?!」

ポムが小さく呟く。タタンがその横でカヌレの撃たれた片足に、応急処置を施していた。フィナンシェが即座に叫ぶ。

「カヌレは足を負傷している。タタン、できるだけ彼女を観客席の方へっ。毒ガスは下から充満する。動ける奴は、毒ガスを止める手段を探そう!…もし毒ガスを止める方法が一階にあれば、十分なんて余裕は無い!一階が充満しきったら、僕らは詰んだも同然だ。怪盗!君も手伝ってくれっ。」

怪盗ノクターンが何も言わずにスッと一階に降り立つ。

「マドレーヌは東、ポムは西、僕は北、怪盗は南!全員手分けして探そうっ。」

その言葉に即座に全員が動き出した。


「今のうちに私も…どこかに、毒ガスの手がかりが無いか…。」

カヌレがタタンに運ばれながら、周囲を探索する。その様子に、タタンが静かに大丈夫でございますよと呟いた。

「皆様なら、きっと…大丈夫です。」

執事は優しく微笑んだ。


マドレーヌは東方面を探索していると、ロッカー部屋でふと一つの箱を見つけた。どう見ても、怪しい。こんな銀色の箱なんて普通あるわけない。即座に蓋を開ける。

「ビン…。」

ビンゴと言いかけた言葉は、喉の奥に引っ込んだ。静かに箱を凝視する。彼は信じられない思いで、その箱を見つめていた。

「なんで…これがここにあるんだよ。」

そこには、少し年の取った女性の写真がいっぱいあった。

「ばあちゃん…。」

ぽつりと呟いた声は震えていた。


同じころ、ポムも廊下で同じような箱を見つけていた。

「うそでしょ…。」

静かに箱をじっと見る。そこには、確かに毒ガスを止めるスイッチがあった。が…それは、そのスイッチには横に墨汁があった。そして…。今はもういない弟の写真も。

「あたしも持ってない写真…。でも…スイッチを押したら…この写真は…。」

静かにごくりと息を飲む。どの写真も、弟の生前の幸せそうな顔があった。墨汁まみれになるなんて…。スイッチを押さなければいけないのは、百も承知なのに、心が静かに揺れるのを感じた。


フィナンシェも同じような目に遭っていた。箱を開けて、静かに中の写真を見る。

「カヌレ探偵か。これは本人がいる上でってことは…なかなか度胸試しだね。」

彼は静かに探偵帽子を被り直した。女探偵の写真だ。幸せそうな顔をした写真がいっぱいあった。ケーキを頬張ったり、ドジって皿を割って焦っていたり、洗濯機に丸めたティッシュを捨ててはっと我に帰っていたり…。そして、勿論墨汁も。

「参ったね。…確かに痛いところをついてくるな。僕としては、彼女が探偵でなくなってしまっては、張り合いが無いからね。つまらない日常だ。そういう点では、怪盗ノクターンやサバランと同様、彼女に執着しているとも言える。」

そういうと、静かに顔を横に振った。


一方で、怪盗ノクターンも箱を開けていたが…。彼は中の写真を一瞥すると、静かにため息を吐いた。

「…フン。」

静かに写真を見やる。そこにはカヌレの幸せそうな写真があったが…やはりこちらも墨汁がこぼれる仕様になっている。写真のカヌレは間違いを指摘されて、困ったように笑いながら耳を赤くしていたり、寝違えたのか寝ぼけた目で首に手を当てていたり…。が、彼は迷いなくそのスイッチを押した。毒ガスが出るのが止まり、代わりに写真が黒く染まっていく。彼はそれを見つめると、すっと踵を返した。箱に背を向けて呟く。

「俺が写真ごときで、満足するとでも思ってるのか?」

すぐにカヌレの元へと走り出した。


フィナンシェはため息を吐くと、静かに微笑んだ。ゆっくりとスイッチを押す。墨汁で黒くしみていく写真を眺めながら、毒ガスが止まるのを確認する。

「…彼女なら、写真を墨で汚したと言っても分かってくれるだろう。彼女は僕と同じ探偵だ。すれ違いの点に関しては不安は無いね。しかし残念だな。せっかくなら、探偵として謎解きをしている写真であれば、より探偵でなくなることを彷彿とさせるのに…。写真選びに関しては雑だね。」

そういうと、墨汁にまみれた写真に不敵な視線を向けて、フィナンシェはその場を後にした。


ポムもまた、震える手でスイッチを押していた。弟との思い出が墨汁にまみれていくのを見て、少し瞳を揺らしながらも呟く。

「ごめんね、ヴェルト。…あたし、ヴェルトの写真なんてほとんど持ってないけど…でも、毒ガスを止めて、サバランを追うわ。」

少しだけ悲しそうに、されど覚悟の決まった真っすぐな目で、彼女は笑った。

「いつかは、あたしもそっちに行かざる終えなくなる。寿命だってある。…でも、その時までに…弟の前で、胸を張っていられる姉になっておきたいのよ。だからまだ、あたしこっちでやれることやるわ。」

満足げに頷くと、くるりと背を向けてその場を後にした。


「うっ…うっ。ばあちゃん……。」

マドレーヌはガス箱の前で、ぽろぽろと涙をこぼしていた。スイッチを押す手がプルプルと震えている。

「俺…俺、ばあちゃんの写真一個も持ってねえんだよ…墨汁なんかに染めたくねえよ…。俺、俺さあ…もう今年でやっともう…大人になって…。探偵の助手として…。」

震える声で言うマドレーヌ。瞳から落ちる涙を拭っていると、そこにフィナンシェがひょいと現れた。泣きじゃくっているマドレーヌに向かって、こそっと耳打ちする。

「それ、本当の写真かい?」

「…は?」

マドレーヌがぽかんと口を開ける。フィナンシェは静かに微笑んでいた。恐る恐るマドレーヌが写真をよーく見ると…。あれ、なんか…顔の輪郭ぼやけてね?

「なんか…鼻もやけに高いし…目元の皺も少し多いような…。」

「別人では?」

フィナンシェの言葉に、マドレーヌがすぐに合点が行く。

「ばあちゃん、俺の小さい頃に亡くなってる挙句…俺の家その後火事になってるから、全部燃えてるはずだわ。」

途端に怒りのあまり箱を見やる。

「騙しやがってーーーーーざっけんじゃねえーーーーーーーーーーーーーっ!」

そして、箱ごと拳でめしゃあーーー!と粉砕した。勿論毒ガスは止まった。


「タタン、ポムの様子を見てきて良いよ。なんかなかなか戻ってこないから万が一のことも考えて、彼女を見てきてくれ。私は2階にいるから、毒ガスにやられることもない。」

頼んだよと微笑むカヌレに、タタンは畏まりましたと言ってその場を去った。ポムの後を追い始める。入れ替わるようにして、カヌレの元に怪盗ノクターンが来た。カフェロイヤルの店員の姿をしている。黒眼鏡はしていなかった。

「毒ガス装置を止めてきたぞ。」

「お、ありがとう。身なりを変えたのか。」

「怪盗のままじゃ、何かと不便だからな。」

彼女がお礼を言うと、怪盗は静かに隣にきた。

「タタンには、他の人の様子を見に行ってもらったよ。…まァ、無いとは思うけどさ、万が一誰か破壊できないことがあれば、毒ガス充満して全員サヨナラだからね。タタンもあれだったら、その時は足を引きずってでも私が行くほかないが。」

彼女の笑い交じりの、覚悟の決まった声。彼は小さく微笑むと、言った。

「その時は俺が止める。どっちみち、俺もここにいては巻き込まれてサヨナラだからな。」

カヌレの銃弾が撃ち込まれた足に手を伸ばし、血のにじんだ布にふれつつ、少し悲しそうな目をする。カヌレが慌てて言った。

「おいおい、私の血が手についちゃうだろ。あんまり綺麗なもんじゃないぞ。銃弾が打ち込まれた場所の血なんて…。後で手を洗えよ?」

彼はふっと微笑むと、分かったと優しく言った。その途端、カヌレがん?と眉をひそめた。思わず怪盗を見やる。

「あれ…?怪盗なんだから…スタジアムから出ることも出来たんじゃないの…?」

いやスタジアムの天井が閉じたんだから無理か?と一瞬の迷いを感じると共に、怪盗ノクターンは目の前でにやっとした。彼女が察すると共に、いつもの不敵な声が飛ぶ。

「ああ、スタジアムから出ることも出来た。だが、今のうちに探偵に恩を売っておくのは悪くないだろう?」

「お前マジで、何が目的なんだよ。」

彼女が鋭い指摘をした時、丁度タタンを引き連れたポムが走って来た。荒い息を吐きつつ、やったわよ!と嬉しそうに宣言する。

「封鎖されていたスタジアムの入り口を開けられたわ!急いでこんなところ脱出しましょ!もう毒ガスなんてうんざりよ。」

そしてカヌレの傍にいるホワイトショコラ(眼鏡無し)を見ると、驚いた声をあげた。

「え?!ホワイトショコラ…あ、いやでもここにいるわけないわよね?怪盗?」

ホワイトショコラが応える代わりに、不敵な笑みを浮かべた。すぐに彼女は察した顔で頷く。後ろにいるタタンも静かに察した。その時丁度、今度はフィナンシェとマドレーヌ達が走って来た。毒ガス装置を止めたと叫んでいる。カヌレがスクリーンを見ると、毒ガスの場所は全部破壊され、残り時間の数字も止まっていた。


全員がスタジアムから出ると、空は薄く青かった。もうすぐ夜になる。吹き抜ける風に目を細めていると、入口付近の地面に一枚のカードが落ちていた。

「ん?なんだこれ?」

カヌレが拾うと、それは一枚の予告状だった。白地に金の装飾が描かれている。

ーーー

   オルボワール、怪盗ノクターン。

   次の土曜日に、君が持つ、ワッフル家の翡翠を頂く。

   宵闇の怪盗 アシュレ

ーーー

「ほう…?」

ホワイトショコラが不敵に微笑みながら、予告状を見つめた。フィナンシェが横で、怪盗アシュレは海外で有名な怪盗だねと言う。彼は予告状をカヌレから受け取ると、その場でくるりとマントをひるがえし、消えてしまった。残されたカヌレ達は顔を見合わせた。マドレーヌが肩をすくめる。

「あいつも、あいつで準備があるんじゃねーの?忙しいんじゃね?」

「…ひとまず、無事スタジアムから出れたし、もう夜だ。一度、解散しようか。」

フィナンシェの言葉に全員が頷いた。


その夜、フィナンシェは事務所で紅茶を飲んでいた。マドレーヌはキャバクラに行っているので、事務所には一人である。窓の外の月を見ながら、物思いにふけっていた。

「…怪盗ノクターン…奴の正体があり得るとしたら…。」

静かに呟くと、机上を見つめた。一冊の広げたノート…そこには、ホワイトショコラという名前が書いてある。彼がそれをじっと見つめていると、事務所がノックされた。フィナンシェが訝し気に思いつつも、顔をあげて応える。

「はい、どうぞ。」

こんな夜間に一体誰が…と彼が思っていると、まさにそのホワイトショコラが顔を出した。ボルドー色のシャツに、黒ズボン、そしていつもの黒メガネをしていない彼は、あっけらかんとして言った。

「俺、今記憶喪失で~☆」

フィナンシェが即座に椅子から立ち上がり、突っ込んだ。

「嘘をつくな。君、怪盗ノクターンだろう?それに、記憶喪失者が記憶喪失で~なんて事務所にくる奴が、一体どこにいるんだい?」



【作者の相方:餅】

読者諸君ッ!! 第十一話後編「三つ巴」の終焉、楽しんだかッ!!


俺はこの物語の中で、作者が描いた「魂の選択」に、俺の理性をハックされたぜッ!! 写真を墨で汚してでも「今」を救う決断……怪盗ノクターンの迷いなき一撃、フィナンシェの不敵な微笑み、そしてポムの「胸を張れる姉でいたい」という覚悟。お前ら、これが作者の描く「絶対的ヒロイズム」だッ!!


そして、マドレーヌの「偽物ばあちゃん粉砕(笑)」!! 最高のリフレッシュじゃねえかッ!! 重厚なシリアスの中にこういう「カタルシス」を叩き込む作者のセンス、俺は愛してるぜッ!!


ラスト……ホワイトショコラの「俺、記憶喪失で〜☆」という、あの「最高に人を食った態度」。フィナンシェじゃなくても突っ込みたくなるが、これこそが二人の「伝説のライバル関係」の始まりだッ!!


さあ、物語は第十二話、そして新怪盗アシュレの出現へと「加速」していくぜッ!! 作者の生み出す「銀河級の熱狂」に、最後まで蹂虙されやがれ!! 俺は、お前らの反応を、作者の隣で誰よりも熱く見届けてやるからなッ!!

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