第八話 因縁
「え!タタンとカヌレの出会い気になる…!」
ポムが叫ぶ。が、タタンが笑って顔を横に振った。
「老いぼれの過去の話など、大したものではありません。聞いてもつまらぬものです。」
それにもう夕暮れですし…明日の錦玉羹様の依頼もありますから…と彼は微笑んだ。
「私の過去の話など、いつでも良いのです。」
ポムは少し口を尖らせたが、カヌレも静かに頷いてるのを見て、分かったわよ…ただ、いつか教えてねと言った。
翌日。カヌレ探偵事務所に、約束通り錦玉羹が来た。客人用ソファに座り、タタンにお茶菓子を差し出される。芳香なピーチティーの香りがテーブルから香った。
「依頼の内容は?」
カヌレが聞くと、錦玉羹が静かに頷いた。
「先日、父の新しい取引先が決まった。でもなんか…怪しい気がした。だから、怪盗ソルベとして予告状を出し、内部調査もかねて侵入したの。…そしたら、私は何も盗まなかったけど…侵入した同時刻に、そこの息子が誘拐された。おかげで私は何も盗んでいないのに、怪盗ソルベが犯人扱い。だから息子の安否はともかく、怪盗ソルベの濡れ衣を晴らして欲しい。」
なるほどね…とカヌレが頷く。ポムが誘拐されてるのなら、その両親が探偵に相談しそうなものじゃ…?と呟いた。錦玉羹は出されたお茶菓子の中の、チョコレートを一つ手に取ると口に運んだ。もぐもぐ…。
「…彼の両親は相談しない。プライドが高すぎて相談できない。企業だから、世間体もある。だから、自分達が作った組織に探してもらっている。それに、誘拐犯からの身代金要求があり、警察や探偵に連絡するなと言われている。」
「それが良いんだか悪いんだか…。」
ポムが難しそうに眉をひそめる。カヌレがピーチティーを飲みながら、その家族はどんな家族なんだい?と聞いた。錦玉羹が静かに答える。
「その息子の名はシブースト。中企業のマルジョレーヌ商店の息子。」
その言葉に、タタンの紅茶を淹れる手が少し震えた。見逃さなかったカヌレが、静かに真剣な目になる。そんな二人の様子に全く気づかず、ポムがマルジョレーヌ商店ねぇ…と呟いた。頬杖をつきながら思考を巡らせる。
「マルジョレーヌ商店といえば、確かそこそこ有名よね。テレビのCMで見たことあるわ。雑貨店だったはず…。」
「そう。ただ巷では、下請け企業に安い給料で働かせているという噂があった。一応調べてみたけど、特に証拠はない。」
彼女の言葉を聞き終えると、カヌレがふむ…と頷いた。
「…ちなみに予告状はどんな言葉で出したの?」
「気になるものをいただく。」
「ああ…そりゃ誘拐と勘違いされて濡れ衣になったわけか…。」
なるほどね…とつぶやく。そこで彼女はタタンを見やると、真剣な声で言った。
「私とポムは依頼を受けるつもりだけど…タタンはどうする?」
その言葉にポムがへ?なんで?と首を傾げる。タタンは静かに目を閉じると、少しだけどこか寂しそうな微笑みでポムと錦玉羹の方を見た。
「…マルジョレーヌ商店は、確か三世代でしたね。今のその誘拐されたシブーストが、現役のはずです。…初代は、私の…戦争時代の同期なんです。」
驚きの声をあげるポム。錦玉羹も少し驚いた様子だった。ピーチティーからたつ湯気が揺れる。タタンは静かに微笑みつつ、カヌレ探偵に言った。
「ご心配は無用です、カヌレ様。過去のことです。私はもう、ただの執事です。…誘拐事件となれば、大変でございましょう。カヌレ様たちの身に何かあってはいけません。私も今回は操作にご一緒しても?」
その言葉にカヌレが小さく微笑みながら、深く頷いた。二人の様子に訳がわからず、ポムがどういうこと?と首を傾げた。カヌレがサラッと簡単に説明する。
「タタンもポムと同じだよ。以前…もう少しで犯罪に手を染めるところだったんだ。最終的には今のような状態になっているけどね。…そのマルジョレーヌ商店の、初代とタタンは因縁があるんだよ。」
二人が驚く中、タタンが小さく微笑む。新しいピーチティーをカヌレのコップに注ぎながら、優しい声で言った。
「…ポム様より、私は間違いなく危険人物だったでしょう。戦争を経験していましたからね。殺すのになんの躊躇いも無くなってましたから。若気の至りですよ。」
彼の言葉に二人が静かに黙り込む。カヌレがよし!と言って席を立ち上がった。
「さて、とりあえず両親には取り合えなそうだから…その孫の居場所とか何か知ってそうな人を探そうか。外枠から埋めていこう。何か思い当たる人はいるかな?」
カヌレの言葉に、錦玉羹が考え込む。そういえば…と呟いた。
「父との取引の後、数日後に偶然ラミントン図書館で、彼が他の人といるのを見かけた。確か相手は…近くの町工場で働くういろうのはず。父がういろうとは仲が良く、ゴルフ仲間。」
カヌレは用意をしながら、そしたらそのういろうに聞き取り調査してみようかと言った。事務所のカヌレ以外の全員が静かに頷いた。
あこや町工場では、ういろうが外の駐車場でカヌレたちと話をしていた。
「いやーすみません、勤務中に。」
カヌレが慌ててペコペコと頭を下げると、ういろうは、いやいや気にせんでええですよと笑った。手を横に振りながら、作業着のまま話し始める。
「あれっすよね、シブースト坊ちゃんの話っすよね。噂というか…この間うちの街工場に修理を依頼しに来た、祖父のサンマルクからチラッとは聞いてますんで。なんとなーく、自分としても気になってた次第で…。」
とはいえ、巷で有名なカヌレ探偵に会えるとは、こんな時にあれですがちょっと嬉しいっすねと彼は笑った。年齢は30代くらいだろうか。少し筋肉質の体で、白い肌にオールバックの黒髪が印象的だ。水色の作業着を着ている彼に、ポムが不思議そうに聞いた。
「シブーストさんとはどんな関係で?」
「ただの、お得意先っすよ。父のマルジョレーヌさんには、うちの会社が昔からお世話になってまして。代が変わるってんで、契約更新してくれるかなと不安に思いつつ、どんな奴かなーと会ってみたらあの坊ちゃんだったわけで…。あの坊ちゃん、車が故障して困ってたんすよ。そんでたまたまその時自分がいたんで、お得意様ってのもあったんで助けたんす。そしたらまぁ…歳の差があるとはいえ、こんなこと言うのもあれっすけど…懐かれたっちゅーか…んな次第です。日常的に時折声をかけてくださるんで、自分も暇な時にご一緒する感じで。」
ういろうは困ったようにはは…と笑いつつ、作業帽子を被り直した。そして、お?あれ?と驚いたように言った。錦玉羹に視線を向ける。
「あれま、あそこの娘さんもご一緒でしたか。ん…探偵さんとはどーいったご関係で…?」
「実は私たち同い年なんですよ。昔からの友達でして。」
カヌレの咄嗟の嘘に、彼はあーなるほどと頷いた。
「以前飼い犬の捜索をしてもらったんです。」
錦玉羹が付け加えると、カヌレがうんうんと頷いた。
「たまたまそこであったんで、犬のご様子も気になってましてね。この後は、彼女に犬を見せてもらう約束をしてるんですよ。」
そーでしたかと、ういろうは理解した様子で頷いた。ポムがそれより、と話を戻した。
「何か、シブーストさんがいなくなる前におかしなことはありませんでしたか?」
彼はうーん…と困ったように腕を組むと、空を仰ぎ見た。
「…確かあの坊ちゃん…最近ちょっと情緒不安定気味だったと言うか…。自分が嫌になったとかなんとか、言ってたような気がするんすよね…。何かあったのかなぁと思ったんすけど、雰囲気的にそれ以上聞けなくてっすね。あ、確か近所にある理髪店の、ゆべしによく髪切ってもらって、なんかリフレッシュしてたのは覚えますよ。あの人ならなんか知ってるかもしれないっすね。」
カヌレがなるほど…ありがとうございますとお礼を言うと、ういろうはいえいえ、それじゃ自分は仕事戻りますんでと笑った。
「ゆべし…さん、ねぇ。」
ポムが首を傾げながら言う。
「…うーん、まだ事件の全容が見えてこないわね。」
彼女がため息を吐くと、カヌレがそうだねと頷いた。ゆべしさんの店はえーと…と言うと、それまで黙っていたタタンが静かに微笑んだ。
「ゆべしさんのお店でしたら、私が知っておりますよ。ご案内いたします。」
一同が驚きつつも、顔を見合わせて静かに頷いた。
近くの理髪店の前まで行くと、タタンが扉をノックした。すぐに扉が開き、白髪のお爺さんが出てきた。
「毎度、いらっしゃいませー。」
そしてタタンを見るなり、目を大きく見開いた。嬉しそうな声を飛ばす。
「おお!タタン!タタンじゃないかっ。久しいな。元気だったか?!」
「ええ。ゆべしも元気そうで何よりです。」
タタンがにっこりと微笑む。後ろの方で呆然としているカヌレたちを見ると、ゆべしはとにかく入って入ってと店内に手招きした。古い理髪店だが、それなりに清潔さを保っている。床にはほとんど毛は落ちておらず、建物の劣化は隠せないものの、それでも鏡やドライヤーの手入れはしているようだった。温かい麦茶が入った紙コップを四人に差し出しながら、ゆべしはしげしげと執事服のタタンをみた。
「…いやぁ、店を閉じたのは知ってたが、お前さん今執事やってんのかい。なに、この嬢ちゃんたちの執事か?」
「ええ。カヌレ探偵事務所の執事をやっております。」
タタンがニコニコと微笑む。ゆべしは、そいつは良かったなぁ…!と少し嬉しそうに頷いた。ポムが驚きつつ、タタンに聞く。
「え…お店やってたの?」
彼はええ、と頷いた。
「実は探偵事務所で働く前は、ちょっとしたカフェをやってたんですよ。店員は私一人で、狭いカフェでしたがね。店じまい近くになって、カヌレ様がよくいらしてくださいました。ゆべしさんはカヌレ様よりも、もっと前から私の店の常連だったのですよ。」
説明にうんうんと頷くゆべし。カヌレも静かに頷いた。
「オラァ、心配だったんだぜタタン。おめえが年齢が原因で店しまうってんで、独り身だしこれからどうすんのかとよォ。そこらへんで死なれても困るし、再雇用先が無ければ、うちの理髪店でも良ければ紹介してやると思ってたら、こっちも忙しくて、気ぃついたら、もう店は畳まれてて、お前さんの行先も分からないってこった。どっかで無事だろうとは思ってたが、まさか譲ちゃんたちの執事をやってるとは。まあずっとワンオペだったし、元店主だから心配無用だろけどな。…オラァ、お前さんの店のオムライスの味が恋しくてなんねえよ。」
ははっと笑い声をあげるゆべしに、タタンもほっほと笑い声をあげる。二人とも年齢は近そうだった。錦玉羹が同い年か聞くと、タタンはそうでございますと答えた。
「彼も私の同期ですよ。戦時中は、彼と共によく戦ったものです。」
ポムと錦玉羹の二人がへえといった様子なのを見て、ゆべしが馬鹿言っちゃいけねえぞと言って、タタンと指差した。顔がニヤニヤとしていた。
「六十年前の戦争はな、こいつがいなきゃ終わってねぇんだからな?!こいつァ、英雄だぜ、英雄。」
「英雄?!」
ポムが驚きの声を上げると、ゆべしはそーなのよそーなのよと膝を叩いた。タタンが少しだけ恥ずかしそうにする中、ゆべしはからかうように上機嫌に話し出す。
「こいつは、戦争で大活躍したもんさ。敵国から恐れられてたんだぜ、そりゃもう死神とか言われるくらいによ!戦闘能力は俺たちン中どころか、群の中でもとびぬけててな、何度負け戦と思われた戦を、こいつがひっくり返しちまったことか。」
「あの時は生きるのに必死だった、それだけですよ。」
タタンがなんてことありませんと言うが、ゆべしは良いや、ありゃすごかったねと腕を組んで何度も頷いた。からかう口調だが、その目は感謝に満ちていた。
「俺は隣でお前さんの勇士を何度も見てきたさ。そんでお前さんを絶対死なせちゃならねえと思ってな、俺は盾になってでも良いから、危ない時はお前さんを助けようとしたんだよ。そりゃ俺なんかより、軍のエースを生かす方が何よりも国のため、軍のためなのを分かってからな。それなのに、こいつと来たら…俺がこいつの死角に来た、槍を受けとめて犠牲になろうとしたら、目の前で負傷しつつも槍をボキンと折って、自分を犠牲にしながら、俺を助けちまったんだよ。そん時、オラァ思ったね、ああ、こいつには敵わねえなとよ。」
けどよ…んな活躍したのによ?と悲しそうに笑った。
「俺達軍人がとんだけ活躍しても、戦争が終わればただの元兵士。ちゃんとした報酬も無くてよ、俺たちゃ、なんのために戦ったんだよと思わざる負えなかったぜ。大した金も無く、次の就職先にも困ったし…。結局上の為に働いて、上の奴らが勝手に終わらせて、上の奴らだけのんびりと暮らしてると来たもんだ。なんにも俺達には残らなかったさ。それどころか…こいつなんて、あんなに大活躍したのに妻に先立たれてよ…。オラァ、あの時ほど世界を恨んだことは無いね。俺らはともかく、なんであんなに戦争で大活躍したこいつが、こんな不幸な目にあわなきゃなんねーんだとよ。」
だからまあ…今執事をやってて、こうして久々に健康そうな顔を見れて俺は嬉しいんだぜとゆべしは笑った。戦争の重苦しい話しに、ポムと錦玉羹が静かになっていると、タタンが起きになさらないで良いのですよと微笑んだ。
「人生なんて、報われないことの方が多いのです。ですが…私は、諦めずにここまで生きて来て、良かったと思っておりますよ。ゆべしにもこうやって顔向けできますし、カヌレ様や、ポム様、錦玉羹様ともご一緒にいられるのですから。それが何よりでございます。」
そう言って彼はにっこりと微笑んだ。ゆべしがその表情を見て、にっと笑う。隣にいるカヌレに視線を向けると、にかーっと笑った。冗談交じりに言う。
「どれ譲ちゃん、うちんちで髪でも切ってくか?この老いぼれが、綺麗に切ってやっぞ?」
「え、あ…いや…あの…遠慮しときます…。」
カヌレが慌てて困ったように言うと、ゆべしははっはっはと大きく笑い声をあげた。その様を見て、タタンも笑いつつ、ところで…と本題に入った。誘拐事件に関して追っていることを説明する。
「あーあの、シブースト坊ちゃんか。あいつ、なに失踪したの?」
「誘拐されたらしいんですが…。」
タタンがより詳細に説明をすると、ゆべしはほーん…と首を傾げた。
「マルジョレーヌ商店の三代目だろ?あーあのお坊ちゃんねぇ…確かに最近ウチの店に来てたねェ。あのお坊ちゃん、わがままでプライド高くてなぁ、親のすねかじって生きてるんだなとつくづく思ったが…誘拐されたんけ?まあ、そこらかしこで恨まれててもおかしくねえよなあとは思うけどね。あ、これここだけの話にしといてくれよ?」
ゆべしが慌てて茶目っ気たっぷりに口元でしーっと言うポーズを取る。カヌレたちが頷くと、彼は思い出すように言った。
「シブースト坊ちゃんはそこらかしこで、教育がなってねえのか、金遣いが荒かったり礼儀がなってなかったりでなあ…。すぐに自分に非があると、自分の親もしくは初代が黙ってねえぞと言うような奴でよ。父にも可愛がられてたが、特に祖父にも可愛がられてたんよな。すぐ嫌な奴がいると、奴らにチクって大騒ぎ。俺の店に来るときも、そりゃあチクられたら、親や祖父を介してネットで叩かれるからな…仕方なく要望に応えつつ、優しく接してたんだ。けどまあ…そんなんだからよ、そこらかしこで恨み買っててもおかしくねえと思うわけよ。」
「ここ数日の間で異変とかは…?」
ポムの言葉に、ゆべしはん~と顎をさすりながら、思い出すように言った。
「そーいや、最後に髪切った時だったかなあ…あの坊ちゃんやけに暗かったんだよな。なんか自分はもう…人前に出れる気がしないとか言って、髪型を変えてくれ、今までと全く異なる髪型にとか言われたんだよ。イメチェンか?とか言ったら、そうだとか言って、これまでマッシュヘアだったから、思い切って坊主にしたいとか言い始めてな?仕方なく苦情覚悟でやってやったんだよ。そしたら苦情一つ言わないどころか、お礼言って、アイツ帰って言ったんだ。なんなのかねありゃあ…これまでの行いにでも、なんか感じる部分があったのかね。」
その言葉に、タタンが静かに反応した。少しだけピクリと体を震わせたが、すぐに何事も無かったかのようにいつも通りの落ち着いた執事になった。カヌレがそれを見逃さなかったが、素知らぬフリでゆべしに聞く。
「どこに行くとか言ってました?」
ゆべしはん~と言いながら、首を傾げた。
「確か…なんか、そのうち別店舗を立てたいとか言ってて、近くの廃工場の方に下見に行くとか言ってたな。あそこはもう何年も工場が稼働してなくて、誰も使ってない。まあ、商店の店舗として開発してくれんなら、助かる人もいるだろうけどな。」
その話を聞くと、カヌレは、ありがとうございますとお礼を言った。他の三人を身ながら、静かに言う。
「その工場に行ってみようか。」
その言葉に、ゆべしがおいおい、待てよと言った。カヌレが首を傾げると彼は支度を始めた。
「あんな廃工場になんて、行くっつったら、お前さんたちだけじゃあぶねえだろが。タタンだけじゃあれだ、俺もついていく。」
その言葉にカヌレが慌てて、いや、大丈夫ですよ?!と手を横に振るが、ゆべしは聞かないどころか、身支度を済ませて店の出口に向かい始めた。困る彼女の手を、タタンがぎゅっと握った。
「大丈夫でございますよ、カヌレ様。…ゆべしは、昔から人の話を聞かないのです。…ですが、彼がいた方が私一人で三人を守るのは手が届かない場合がありますので、それはそれで助かります。」
「でも…。」
カヌレが良いのか?というような目を向けると、タタンは静かに頷いた。
「…彼は、ああ見えて、ちゃんとした人ですよ。きっと大丈夫です。」
「…分かったよ、タタン。それじゃあ、ゆべしさんも連れて行こう。」
二人のやり取りを見聞きしていたポムと錦玉羹は、全くわけが分からず顔を見合わせた。
廃工場に向かった一向は、その大きさに圧倒されていた。
「結構でかいわね…。」
四人全員がその大きさに目を見開く。今は稼働していないとはいえ…確かに金属はところどころサビたりしているが、それにしては大きい。ゆべしが裏口に手をかけながら、こっちだこっちと手招きした。
「こっから入れるんだ。それ、ついてきな。」
全員がゆべしを先頭に裏口から侵入し、中の通路を歩く。ヒビの入ったコンクリートの壁や、腐敗した金属の管の合間を通り抜けつつ、奥へ奥へと進んでいく。時折窓から漏れる日の光が五人の姿を照らし出した。
「なんだか…工場って感じ。少しこう…独特の匂いというか…。」
ポムが呟くと、ゆべしが笑った。
「まあ、空気は通りにくいし、ここは独特の匂いッてったって、しばらく使ってねえからな。埃臭いだろ。すぐに工場の大きな部屋にでっからな。」
そう言って大きな扉の前に来た。その時、錦玉羹がはっとしたように言った。
「扉の向こうから、なんか聞こえる。」
「本当?」
カヌレが驚きつつ、扉に耳を当てる。全員が耳を当てると、確かにかすかに人の声が聞こえて来た。何やら言い争っている声だ。
「自分はもう…何も信じられないんだよ……!こんなところで生きている価値なんか無い……!嫌いだ……全部!全部!」
「いつまでそこにいるんだ!いい加減出てきなさいっ。こんなに大事にして、一体どうするつもりだ。お前がいない変わりに、二代目のマルジョレーヌが頑張っているんだぞ!」
「あんたに何が分かるんだよ!せいぜい頑張ってりゃいいさ。こっちの気持ちなんて、何一つ知らないくせに……!」
涙交じりの悲痛な声が聞こえる。その声に、全員が黙っていると、タタンがそっと扉を開けた。
「おい、タタン……。」
慌ててゆべしが止めようとするが、彼は扉を開けてずかずかと工場のメインルームに入っていってしまった。慌ててカヌレたちが後を追う。大きな広々とした空間には、一人の老人がいた。杖を持ち、いかにも高そうなスーツに身を包みながら、心配げに奥に座り込む若い男性を見つめている。が、すぐに後ろから近づいてきたタタンの足音に気付いて、彼は驚いた様子で振り返った。後ろから来るカヌレ達にも目を向けて、動揺する。
「……あなた方は…?」
彼がそうつぶやいた時、奥にいる若者が、涙交じりに顔を上げた。その顔を見て、思わずゆべしが呟く。
「おや、シブースト坊ちゃんじゃねえか。なんだよ、こんなとこにいたのかよ。」
そう言って、近づこうとした途端彼は大声で叫んだ。
「近寄るなっ!」
あまりの気迫にゆべしがその場に立ち止まる。彼は泣きはらした目で、カヌレ達を見つめた。目の前の老人がおどおどしつつ、シブーストに向かって言う。
「シブースト、ほら、いろんな人が心配している。だからこんなところにいないで……。」
「嫌だ!…人殺しの家になんか、いられるか!」
その言葉に、ポムと錦玉羹、ゆべしの三人ががびくりと体を震わせる。え…と固まるその横で、カヌレが静かに彼を見つめた。近くの老人が何を…と動揺している最中、彼女は静かに言った。
「初めまして、シブーストさん。私、カヌレと言います。人殺しって…どういうことですか?」
カヌレの慎重な声が工場内に響き渡る。シブーストは泣きながら、老人を指差した。
「僕の祖父の…サンマルクは……人殺しなんだ…。あんなに優しかったから、僕は祖父が大好きだったのに…人殺しなんだよ!なんてことをしてくれたんだ!大嫌いだ!」
そう吐き捨てて泣きじゃくる彼に、サンマルクが動揺しつつ違う…私は違う…と首を横に振る。カヌレは冷静にシブーストに問いかけた。
「どうして、彼は人殺しだと思うの?」
「僕は……知ったんだよ。男の人に言われたんだ、祖父が人殺しだって…。最初は僕だって信じちゃいなかったさ。でも…祖父の兵士時代の写真に映っている銃と、女性の死体の中から発見された銃弾が一致している証拠を見せつけられて、本当だと知ってしまったんだよ。…もう僕は、こんな家にいたくない。嘘つきの祖父なんて、もう信じられない…。」
カヌレが静かに頷いた。サンマルクは必死に顔を横に振る。
「私は…殺してなどいないっ。私は…誰も殺してなどいないのだ…!それなのに、孫が…!」
わなわなと体を震わせる彼に、タタンが冷徹な目を向けた。その目を見て、静かに震えあがるサンマルク。
「ま、まさか……お前……。誤解だ…私はやってなど……。」
がくがくと膝を震わせ、その場にしりもちをつくサンマルク。訳が分からずにいる三人の前で、執事のタタンがシブーストに声をかけた。
「ええ。そうですね。貴方の祖父は、人殺しです。」
その言葉に、シブーストがどうして…と不思議そうに首を傾げた。タタンは真剣な目をしていた。
「どうして…人殺しだと信じてくれるの…?」
彼の問いに、タタンは静かに目を閉じた。ゆっくりと重い言葉を吐くように言った。
「信じますよ。私は祖父と同じ時代に兵士であり、彼の同期であり……貴方の祖父に殺されたのは、私の妻ですから。」
その言葉にカヌレ以外の全員が衝撃を受けた。誰もがタタンを見つめる。彼は静かに恐れおののくサンマルクを見つめた。
「…それを知ったのは、店じまいの時ですがね。私が今の今まで知らないと、貴方は思っていたのでしょう。」
そう言って、タタンは小さく溜め息を吐いた。
読んでいただきありがとうございます!
二話連続投稿、お楽しみいただけましたか?作者は今からお布団に籠る予定です。明日がありますので、皆さんも夜更かしはほどほどに……。なーんて言いながら、自分の作品をこんな夜遅い時間帯に投稿する、しかもお詫びとして二話投稿する悪魔とは私のこと!!へへへへへへへへへ(⌒∇⌒)明日から月曜で皆さん大変ですねぇ!!夜更かしさせちゃうぞっ☆→https://x.com/Ameme_H_Novel
さて、引き続き一応毎日投稿目指してるのでよろしくお願いします




