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神前訴訟! まともなのは俺たちだけか!?

木箱の蓋が閉まる音は、何度聞いても気分が良くない。


俺は再び箱の中へ収まり、割れた仮面と曲がった燭台と、祭壇剣らしき聖剣を抱えたまま、息を潜めていた。


「行くよ」


蓋の向こうで、セシリアの声がした。


次の瞬間、箱が持ち上がる。前より揺れが少ない。火箸の雑な扱いよりはるかにありがたい。


『小娘にしては丁寧だな』


「お前な、聞こえない相手に上から物言うのやめろ」


『事実だ』


「その事実を俺がいちいち翻訳する気はないからな」


やがて箱が止まった。


蓋がわずかに持ち上がり、細い隙間からセシリアの顔が覗く。


「静かに。ここから先は記録庫」


「証拠探しだな」


「そう。まずは廃棄記録。次に搬送印の台帳。最後に、祭壇中枢へ回る経路」


中々筋が良い。女スパイでも食っていけるんじゃなかろうか。


箱は棚の影へ置かれた。


セシリアは帳面の写しを作り、搬送札の順番を照合し、保留品の箱を一つずつ開けていった。


俺はその横で、切れた札の端、煤のついた布、番人コアの欠片、奉納札の灰を泥の内側へ沈めていく。


『貴様、ものを溜め込みすぎだ』


「土属性は保持と蓄積なんだろ」


『そうだが、納得すると腹が立つな』


「……ある」


「何が」


「処理番号と記録が合ってない」


蓋が少し開き、帳面の一部が見えた。そこには細かい字で、奉納品、祭具、残滓器物の番号が並んでいる。そのうち何件かは、隣の帳簿だと文言が変わっていた。


『印剥離後、処理済』


『照合省略』


『下層移送』


嫌なものを見た。


「多い。多すぎる」


「これ誰も確認しなかったのか?」


セシリアが別の束をめくる。


「こっちは回収印の発行記録……これも変。回収数が発行数より少ないのに、廃棄量だけ合ってる」


「つまり」


「記録にない何かが捨てられてる」


そう言って彼女は、薄い札を数枚抜き取った。


「これ持っていく」


『小娘、右の下段も見ろ』


「何?」


「いや、こいつが右の下段だって」


セシリアが怪訝そうにしながらも、右の下段を探る。やがて一番奥から、布に包まれた細い板を引き出した。


「……何で分かったの」


「俺に聞くな。上の性格の悪い剣に聞け」


「聞こえないんだけど」


「そりゃそうだが」


布を解くと、中から古びた金属板が出てきた。傷と煤で黒ずんでいるが、刻まれた文字はまだ読める。


『中央祭壇式奉納剣 一号』

『儀礼様式改定に伴い撤去』

『保管費削減のため下層に廃棄』


俺は黙りこくった。


セシリアも声が出なかった。


そして二人同時に、箱の中の聖剣へ目をやった。


『……見るな』


「お前」


「一号って」


『見るなと言った』


聞くだけで哀れみを誘うような声だった。


「保管費削減のため下層送りって」


「扱いが雑どころじゃないな」


『その話は終わりだ』


だが、おかげで拾い物が増えた。


聖剣の過去。

 祭壇側の費用削減。

 記録改ざん。

 証拠としては十分すぎる。


その時、廊下の向こうで足音がした。


「誰か来る」


セシリアが囁き、帳面と金属板を箱の底へ押し込む。俺の腹の下へ隠す形だ。泥団子は金庫役までこなすぜ。


【収納 Lv.3】


扉が開く。


「セシリア、まだここにいたの」


知らない女の声だった。年上。冷えた声。


「未分類品の照合です」


「祭壇は祈祷で忙しいの。下の仕事は明日に回して」


「回し続ければ、いずれ忘れ去られると云うのですか」


返しが刺々しい。

セシリアはもう隠す気がないらしい。


しばし沈黙。


「……口答えするようになったのね」


「見栄だけは綺麗にするのが神殿には向いてるんでしょうけど」


間髪入れぬ連撃。やるなあ。


だがその直後、箱の上から影が差した。

相手が近い。


俺は動かない。

燭台の火も揺れない。

聖剣だけが頭の上で、嫌そうに黙っている。


「その箱は?」


「中枢照合待ちです」


「……面倒な札を付けてくれたわね」


「触りたくないでしょう」


「本当に可愛げがない」


「今の仕事に、可愛げを出す余裕はありません」


また沈黙。


やがて足音が遠ざかった。扉が閉まる。


セシリアは長く息を吐いた。


「危なかった」


「お前、さっきから結構ぶっちゃけるな」


「もう終わりにしたいから」


そこには戦い続けた者としての、説得力があった。


彼女は箱をもう一度持ち上げた。


「記録は取った。次は祭壇中枢へ入る」


「行けるか?」


「祈祷が深くなる前なら、祈りの列と物品の搬入が交差する時間がある」


箱は再び動き出す。


そして俺たちは、証拠と不満と、少しの希望を抱え、神殿のより奥へ進んだ。



祭壇中枢は、思っていたより広く、想像よりも慌ただしかった。


荘厳だ。大教会とはこういうものを言うのだろう。天井は高く、色ガラスが敷き詰められ、灯火が何列にも並んでいる。中央には祈りの壇、その奥に、銀の板を何枚も重ねたような装置が据えられていた。あれが神託板なのだろう。


だが、その周囲を動く人間たちは祈る者の顔ではなかった。


青い顔で走る者。帳面を抱えて立ち尽くす者。搬入順で揉めている者。

信仰の頂点というより、寝食の尊厳とかの方が気になる光景である。


「神殿の心臓部って、もっと厳かだと思ってたが」


「祈りの時間だけはね」


セシリアは小さく答えた。


俺たちはまだ箱の中にいるが、蓋の隙間から色々と見える。

人の流れ。帳面の山。器物の搬入口。司祭たちが神託板の周りに固まっている。


その中に、妙に立派な法衣を着た男がいた。年嵩で、声だけはよく通る。


「下層処理は後回しでよい。今は奉納記録を優先しろ」


「ですが未分類品が……」


「祭後に片づければ済む」


セシリアの肩がぴくりと動いた。


「上司か?」


「たぶん副祭司」


なるほど。あれが敵の頭の一つか。


その時、俺の腹の下に押し込まれていた帳面と金属板が、わずかに熱を持った。

いや、違う。

土の身体に残った記憶がざわついている。


俺はそこへ意識を沈めた。


数字。

印。

削除。

省略。

そして、見慣れぬ白い空間。


【追想 Lv.3】


脳の奥に、ぞくりと嫌な映像が走る。

あの転生窓口だ。


「……まさか」


さらに追う。


【追想 Lv.4】


『土属性適合』

『説明前転生』

『器物誤投棄』

『照合保留』


俺は箱の中で硬直した。


『どうした』


「俺の記録、あった」


セシリアが息を止める。


「何て」


「器物誤投棄」


遠い目をしたセシリアが、低い声で言った。


「……それ、神が書いたの?」


「まあ、転生前に会った奴らは関わってるだろうな」


俺は笑った。笑うしかない。

事故だとは思っていた。あいつらが隠蔽した可能性も考えていた。

だが、確かな記録がある。


俺は、ちゃんと書類上でも雑に扱われていた。


『泥』


聖剣が低く言った。


『もう十分だ。出ろ』


「だよな」


セシリアが箱の縁へ手をかける。


「本当にやるの」


「ここまで来て、やらない理由あるか?」


「私はない」


「俺もない」


蓋が開く。


俺は箱から飛び出した。


祭壇中枢の床に、泥団子が着地する音は思いのほか大きかった。


周囲の視線が一斉にこちらへ向く。


「何だあれ」


「魔物!?」


「警備を呼べ!」


うるさい。


だから俺は、腹の下に抱えた帳面や金属板を床へぶちまけた。


「呼ぶ前に、これを見ろ!」


記録が散る。


副祭司がにわかに顔色を変えた。


セシリアが前へ出る。


「祭壇裏記録庫の照合です。処理省略、印剥離後廃棄、未分類品の流し込み、回収印の帳尻合わせ。全部残ってます」


「何を言っている、見習い風情が」


「見習い風情に見つけられるまで、溜めこんだんでしょう」


言うなあ。実に痛快だ。


俺はそこで、神託板の方を見た。

銀の板が、ぼんやりと光っている。


つい先ほど使われていたからだ。

なら、届くはずだ。


俺は床に転がった燭台を前へ押し出した。


「お前、灯を返したいんだよな」


『……神前へ……』


燭台の火が伸びる。


仮面が呻く。

金属板が震える。

祭壇剣だった聖剣が、俺の頭の上で低く鳴った。


残された記憶が、この場に集まる。


「何を……」


副祭司の声が掠れる。


「お前らが消したつもりの跡だよ」


俺は吠えた。


「聞けよ、神様! お前らの下で何が起きてるか!」


【追想 Lv.4】

 ↓   ↓

【神通 Lv.1】


神託板が、白く弾けた。


空中に、精霊めいた三つの光が飛び出す。

赤、青、黄色。やがて、奴らの姿が浮かび上がる。


やっぱり来た。


「やっと出てきたな、このすっとこどっこい!」


副祭司たちがひれ伏す。セシリアは跪かない。膝を曲げる気力がないだけかもしれないが。


エルフが目を瞬かせた。


『……なぜあなたが祭壇にいるのですか』


「お前らがその真下に落としたからだよ!」


のじゃロリが俺の記録を見て、あっと声を上げる。


『器物誤投棄の保留案件じゃと!? まだ回収されておらんかったのかえ!』


「回収どころか、また天に召されるとこだったぞ!」


石像シスターが静かに言う。


『神の法が、乱れております』


「乱れじゃねえよ。これがお前らのスタンダードなんだろうが」


セシリアが一歩前へ出た。


「神殿も人手不足です」


やってやれ!


「休みがありません。処理工程は省略され、記録は見習い持ちです。事故が起きたら下に押しつけられます」


副祭司が顔を真っ赤にする。


「黙れ、下働きが!」


その瞬間、聖剣が俺の頭から抜けた。


いや、正確には、俺の泥が緩んで、剣が自力で浮いた。


初めて見た。

こいつ、そんなことできたのか。初めから自分で動けよ。


祭壇の灯を受け、剣身の錆が輝きを放つ。


「黙るのは貴様だ」


声が祭壇中枢へ響いた。

今度は、なぜか全員に聞こえていた。


副祭司が息を呑む。


セシリアも目を見開く。


「聞こえた……」


「俺も今びっくりしてる」


聖剣は空中で静かに言った。


「中央祭壇式奉納剣一号。撤去後、下層へ送られた器物だ。記録は残っているな」


副祭司の顔色がさらに悪くなる。


ああ、そうか。

祭壇の力が満ちたからだ。

こいつの声も、今だけは表へ出られる。


「祈りの名で器を使い潰し、費用の名で捨て、記録の名で消す。これが神殿か」


のじゃロリが小さく呟く。


『うわ、これはさすがに庇えんのう……』


「庇う気あったのかよ!」


エルフ神が額を押さえる。


『確認しましたが、保留のまま放置された案件が他にも数件ありました』


俺はそこで一歩前へ出た。


「そうだよ。俺の件も含めて、全部まとめて落とし前つけろ」


神託板の光がさらに増す。


器物の記憶が、記録と繋がっていく。


いまや神を祀る祭壇は、神を裁く法廷へと姿を変えた。

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