転生したら泥団子になった件
神託板の光がさらに増す。
神殿の上から、別の気配が降りる。
高く。
重く。
神々しい。
『確認しました』
誰かの声が、祭壇全体へ満ちる。
『誤投棄一件。保留放置複数。処理省略。転生の照合不備。また神殿の不始末、数百件。』
三神がそろって肩を縮める。
神官たちは今にも死にそうな顔になる。
終わりだった。
理屈の上でも。
立場の上でも。
たぶん、信仰の上でも。
それは俺を見た。
『本来の転生をやり直すことは可能です』
祭壇が静まる。
俺はその言葉を、思ったよりも重く受け取っていた。
人間に戻れる。
あるいは、もっとまともな器へ行ける。
その可能性が目の前に出された時、俺はようやく、自分がこの泥の身体に少し慣れてしまっていたことに気づいた。
◇
結論から言えば。
神殿は神の監督のもとで、大改革を余儀なくされた。
そして、転生窓口の三神も処分された。
正確には、神格を失ったわけではないが。
あの時現れたのが上位神だったようで、子犬のように縮こまっていた。
まあ、元はといえば監督不行き届きだ。もっと早く来てくれ。
『器物誤投棄は、照合不備です』
『説明前転送は、確認漏れじゃな』
『双方の怠慢が、泥を生みました……』
「誰が双方の怠慢の産物だ」
俺が言うと、三神は綺麗に目を逸らした。
揃いも揃って嫌なところで息が合っている。
セシリアはその横で、淡々と自分の要求を読み上げていた。
「見習いの夜勤削減。祭礼時の処理班増員。未分類品の保留期限延長。記録担当の分離。あと寝台の改善」
「最後だけ生活感が生々しいな」
「毎日使うから」
もっともだ。
神託板の前では、妙なことに、彼女の要求の方が俺のキレ芸より通りが良かった。
まあ理由は分かる。
俺の要求は半分暴言だ。
だがセシリアは冷静に必要事項を要求しただけだからだ。
『寝台の改善は重要ですね』
エルフ神が真顔で頷いた時には、さすがに吹きそうになった。
「そこなんだ」
「そこだよ」
セシリアは真顔だった。
そして、俺について。
『いつでも再転生が可能です』
エルフ神がそう言った。
『適切な器を用意し、説明をしたうえで、転生できます』
のじゃロリが言う。
『お詫びに、水属性を選ばせてやっても……』
「いらねえ」
即答した。
三神が揃って固まる。
「今さら普通に転生しても、マイナスがゼロに戻るだけだろ」
俺は祭壇中枢を見回した。
帳面。
器物。
燭台の火。
少しだけ背筋の伸びたセシリア。
そして、俺の横に浮かぶ、元祭壇剣の聖剣。
「この片づけが終わるまで、俺は保留でいい」
『保留、とな』
「誤投棄された当人として、最期まで立ち会わせろ」
我ながら嫌な役回りだ。
だが、放り出すよりはマシだった。
聖剣が、珍しく静かな声で言う。
『妥当だ』
「お前もか」
『下手な器に入れ直されるより、今の方が貴様らしい』
「褒めてないよな」
『半分な』
セシリアが帳面を閉じる。
「じゃあ、しばらく神殿にいるの?」
「らしい」
「住む場所は」
「ない」
「寝台は?」
「ない」
「食事は?」
「いるか分からん」
セシリアが疲れた顔のまま言った。
「うちの見習い区画、空きがいっぱいある」
「え」
「ただし、寝台は硬い」
「改善するって今言っただろ」
「まだ予算が決まってない」
「しばらくはそれかよ」
でもまあ、悪くない話だった。
燭台は祭壇の片隅へ戻された。
仮面や札束や、未練を残した器物たちも、再鑑定と保管の列へ回された。
聖剣は、祭壇へ戻るかと聞かれて、
『断る』
と即答した。
『今さら飾りに戻る気はない』
それを伝えた時の副祭司代理の顔は見ものだった。
だが、俺はこいつのそういうところが少し好きになっていた。
◇
それから数日後。
俺は再び、あの白い転生窓口にいた。
「なんでまたここなんだよ」
『監査です』
エルフ神が事務声で答える。
『窓口改善のための試行じゃ。今後は説明を増やすのでな』
のじゃロリが不満そうに頬を膨らませる。
『そして、再発防止のため、傍聴者の確認を……』
石像シスターが静かに続けた。
「それが俺か」
『そうです』
魔法少年が俺の肩を叩く。
『本当にごめんね。僕も心を入れ替えてこの人たちを監視するよ』
目の前には、新しい死者が一人、ぽかんと立っていた。
少し前の俺みたいな顔をしている。
「えっと……転生って、ちゃんと説明してもらえますか?」
三神が俺を見る。
俺はため息をついた。まだ泥団子なので肺はないが、気分の問題だ。
「もちろんだ。懇切丁寧にな。」
台座の上には、四つの球が並んでいた。
火。水。土。風。
俺はその前へ進み、指のない泥の先で順に示した。
「火は派手だ。ぶつける力がある。水は器用だ。なんでもできる。風は速い。少なくとも時間通りには来る。土は固い。粘り強い。あと、拾ったものを無駄にしない」
のじゃロリが小声で言う。
『それはえこひいきかえ?』
「黙ってろ」
新しい死者は、おっかなびっくり頷いている。
「で、どれを選んでも、フォローはしっかりする」
俺はそこで少しだけ笑った。
「少なくとも、前よりはな」
横では聖剣が、例によって偉そうに浮いている。
神達の背後には、なぜかセシリアが書き上げてくれた『改善要望書』の束が天高く積まれている。
しかも一番上には、『寝台改善の進捗確認』とも書いてあった。
「……何で窓口にまで神殿の書類が来るんだ」
『上の怠慢とは、神の怠慢でもあるということだろう』
「政教分離ぐらいしろよ」
だが、間違ってはいない。
やり方が雑なら、どこかで誰かが同じことをする。
報連相を怠れば、必ず組織は歪む。
環境が悪ければ、手順は削られ、連携は弱まり、最後には末端まで腐り落ちる。
それが分かっただけでも、俺が泥団子になった意味は、ゼロではなかったのかもしれない。
もちろん、二度となりたくはないが。
「よし」
俺は新しい死者を見た。
「じゃあ始めるぞ。それぞれの転生先は…』
そう言ったところで、のじゃロリが水色の球を前へ押し出してきた。
『せっかくだし水も……』
「しつけえな!」
白い空間に、俺の声が響いた。
転生したらゴミだった。
その事実は消えない。
だが、埋もれたままで終わらせないぐらいのことはできるらしい。
それならまあ、悪くない。
少なくとも、捨てられた時よりは、ずっと。




