ボーイミーツガール、ただしゴミ箱系ヒーロー
「これは、さすがにヘンすぎる」
見習い少女のその一言で、調査室の空気がぴんと張りつめた。
俺は木箱の中で、置物を装っていた。
装っているのが、限界だった。
頭に聖剣が刺さり、胴に燭台を貼りつけ、金属片をまとった泥団子が「祭具のフリ」をしてるんだ。社会の想定から逸脱しすぎている。
少女は箱の縁に片手をかけたまま、じっと俺を見ていた。
「土人形なら、運搬者の反応はおかしい。呪具なら、残火と相性が悪い。祭具の残骸にしては、剣が変。そしてなぜ、泥に剣が刺さってる?」
順番に駄目出しされた。
全部正しい。
やめてほしい。
「しかもさっきから、微妙にこっち見てる気がする」
やばい。
鋭い。
俺は心の中で聖剣に囁いてみた。
(おい、どうする)
『無論、誤魔化す』
(そのプランが崩壊しかけてるから聞いてんだよ)
『なら諦めて斬るか』
(お前いま斬れないだろ!)
少女の眉がぴくりと動いた。
俺は凍った。
まさか、聞こえた?
だが聖剣は即座に否定する。
『聞こえていない。貴様が分かりやすく反応しただけだ、愚か者』
お前のせいだろうが。
少女は箱の中の俺へ向けて、小さく息を吐いた。
「……やっぱり」
返事はしない。
「聞こえてるなら、返事して」
しない。
「しないなら、このまま『正体不明の魔物』として浄化するけど」
俺は即答した。
「待ってくれ」
少女が後ろへ飛び退いた。
箱の蓋が半分閉まりかけ、横に立てかけてあった木の棒を反射的に掴む。戦う者の構えではないが、俺をしばくには事足りるだろう。
「しゃべった!」
「しゃべって悪いか!」
「魔物!?」
「その分類は大体合ってるけど今は一旦保留で頼む!」
『最悪の初対面だな』
「うるせえ、いま会話の主導権を取りたいんだよ!」
少女は木の棒を構えたまま、じり、と距離を取った。
「……あなた誰」
「俺はユウ」
「種族」
「そこが一番困ってる」
「出自」
「もっと困ってる」
「所属」
「被害者」
「質問に答えて」
「こっちも答えを探してんだよ!」
少女は無表情だった。
いや、違うな。疲れで表情筋が動かないだけで、かなり混乱している。そりゃそうだ。ゴミ箱の中身が突然喋り出したら、たとえ清掃業者であっても嫌だろう。
だが、取り乱して悲鳴を上げたりはしない。そこは助かる。というか、疲れすぎて悲鳴を上げる体力がないのかもしれない。
「……質問を変える」
少女は棒を持ったまま言った。
「あなた、敵?」
「いまのお前らの処理フローには敵意がある」
「個人的に聞いてる」
「今の所、恨みはない。はず」
『あやふやだな』
「断言できるほど心が広くねえんだよ俺は」
少女は少しだけ考え、次に燭台を見た。
「その燭台は?反応があるし、残火も生きてる」
「こいつは、まあ……拾った」
「拾った?」
「向こうで。廃棄場で」
そこで、少女の目が変わった。
疲労の影の向こうから、はっきりした声が出る。
「……廃棄場、見たの」
「見た」
「どこまで」
「かなり」
「搬送路は」
「見た」
「樋は」
「見た」
「……作業員の声も?」
「『刻印だけ外して流せ』なら聞いた」
少女は一瞬、完全に黙った。
木の棒を持つ手に、少しだけ力が入る。怒りか、緊張か、その両方か。
俺はそこで初めて、彼女の目の底にあったものの正体を見た。
信仰心じゃない。
疲弊した人間が、毎日「おかしい」と思いながら仕事を続けてきたときに溜まる、乾いた苛立ちだ。
「……やっぱり」
少女が低く言う。
「聞き間違いじゃなかったんだ」
俺は少しだけ身を乗り出した。
「お前、あれが変だって分かってたのか」
「分かるよ」
少女は棒を下ろした。完全に警戒を解いたわけではない。ただ、「こいつを殴る」より「話を聞く」方に天秤が傾いた。
「聞いてたでしょ。あれ、今月で3回目だから。」
「だよなぁ!」
「だって本来、残滓持ちは再鑑定。祭具は記録。奉納品は返納可否の確認。全部手順があるのに」
「あるのに雑に捨ててるな」
「祭りで忙しいからって」
「現場判断で飛ばしてる」
俺と少女が通じ合う。
調査室が一瞬しんとした。
なんだこれ。
神殿の管理の酷さで分かり合うとか、分かりたくもない現実だ。
少女は先に視線を逸らした。
「……失礼した。私はセシリア」
「見習い清掃員?」
「一応。肩書としてはシスター見習いだけど」
言い方に棘があった。
俺はそこで、これまでの流れから必要だった情報を少し引き出せると判断した。
「その言い方、あんま神様とか信じてないだろ」
セシリアはあっさり答えた。
「信じてないわけじゃない」
「意外と敬虔なタイプ?」
「盲信してないだけ。私は孤児院上がりだから」
淡々とした声だが、軽く流せる話ではない。
彼女は木箱の横に棒を立てかけ、作業机の端に腰かけた。
「神殿に拾われて、食べるものと寝る場所をもらって、その代わり働く。それだけ」
「なるほど、社宅と三食昼寝つき」
「そうでもない。ただ生きてるだけ」
「そうか……」
「寝台は硬いし、食事は薄いし、休みは祭りのたびに消える」
「めちゃくちゃ言うじゃん」
「事実だけは神様にも動かせない」
その返し、嫌いじゃないわ。
聖剣が頭の上でぼそりと呟く。
『話が通じるな』
「お前、評価基準そこなんだな」
セシリアの視線がぴたりと聖剣へ止まった。
「今の、剣?」
しまった。
『貴様が底抜けに迂闊なのだ』
「なら話しかけてくんな!」
少女はまた棒を握り直した。さっきより距離は近い。驚いてはいるが、変な人を見るような目つきだ。
「……その剣、声がするの?」
「やっぱり俺にしか聞こえないのか?」
「聞こえたら今ごろ気絶してる」
『軟弱だな』
「お前は黙ってろ」
セシリアは目を細めた。
「じゃあ、あなたは物の声が聞こえてる?」
「厳密には、『なんか分かる』に近い。燭台の呪詛とか、仮面の未練とか、そういうのが」
「どうして」
「それが分かれば苦労しないんだよ」
『貴様はもう知っているだろう、愚か者』
「へ?」
『土は基盤だ。保持だ。蓄積だ。痕跡を留める。器に残る未練や記録を拾いやすいだけの話だ』
俺はセシリアへ向き直り、話をそのまま伝えてみた。
「……だってよ」
セシリアが息を呑む。
「保持……蓄積……」
「何か知ってるのか?」
「古い講義録に、少しだけ。土属性は形あるものに残った記憶と相性がいいって」
「そんな大事なこと神ども一言も言ってなかったんだが!?」
『神なぞに期待するな』
「してねえよもう!」
だがこれで、一つは繋がった。
俺がモノの声を拾えるのは、土属性の本質と関係している。全部の謎が解けたわけじゃないが、理屈の骨ぐらいは立った。
セシリアは今度は聖剣そのものに視線を移した。
「……それと、もう一つ」
「何だ」
「その剣、祭壇剣の意匠に似てる」
聖剣がぴたりと黙った。
おや。
「祭壇剣?」
「古い奉納剣。大きい儀式の時だけ主祭壇に飾られる類いのもの。今は様式が変わって、ほとんど使われてないけど」
セシリアは布の巻かれた柄を、目だけでなぞる。
「鍔の形と、柄頭の輪飾り。あれ、中央祭壇式の……」
『やめろ』
聖剣が低く言った。
いつもの偉そうな調子とは違う。明らかに、触れられたくない場所に触れられた声だ。
俺は思わず身を強張らせた。
「……どうしたの」
「いや」
俺は咳払いするように言葉を継いだ。
「こいつ、その話はやめろってさ」
セシリアは一瞬だけ眉を上げたが、すぐに口を閉じた。
俺は逆に気になって仕方ない。
「おいおいおい、何だよ。お前そんな由緒正しい感じだったのか?」
『……昔の話だ』
「昔ってどのくらい」
『貴様の知識欲は底なしだな』
「いや気になるだろ。祭壇剣って、そんなのがなんで廃棄場に埋まってんだよ」
聖剣はしばらく黙ったあと、ぶっきらぼうに言った。
『役目を終えた。それだけだ』
「雑!」
セシリアが怪訝そうに目を細める。
「……何が?」
「いや、こいつの答えだよ。『役目を終えた。それだけだ』で済ませやがった」
「そう」
ちょっと面白くなってしまい、俺は泥のまま少し揺れた。セシリアの口元も、ほんのわずかに緩む。
聖剣は不機嫌そうに鼻を鳴らした気配を出した。
『貴様ら、妙なところで息が合うな』
「神殿の雑さにキレてる同盟だからな」
「不本意だけど、否定できない」
そこで、調査室の外から鐘の音が響いた。
近い。
セシリアは扉の方を見て、少しだけ急いた。
「時間がない」
「何がある」
「夜半の奉納。上が騒ぐ。下ももっと忙しくなる」
「知ってる。『搬入口を開く』って聞いた」
「聞いたの」
「聞いた」
「……そう」
セシリアは机の上の帳面を引き寄せた。何か迷うように、爪で表紙を叩く。
「ねえ、ユウ」
「何だ」
「あなた、神殿に何しに来たの」
質問は簡単だ。
だが答えは、案外いろいろあった。
神に文句を言うため。
俺を捨てた連中の顔を見るため。
燭台の灯を返すため。
そして、聖剣の恨みを晴らしてやるため。
俺はその中から、一番この場に合うものを選んだ。
「やっつけ仕事をしたやつに、責任取らせに来た」
セシリアは一拍置いて、それから小さく頷いた。
「……なら、利害は一致してるかも」
「え?」
「私も、直談判したいから」
「何を」
「労働環境」
静かに言い切った。
俺は一瞬、何を言われたのか分からなかった。いや、分かった。分かったが、思った以上にストレートで、脳が一拍遅れた。
「労働環境!?」
「うん」
「上司に!?」
「当然」
「そこ、そんな真正面から行く!?」
セシリアはちょっとだけ不思議そうな顔をした。
「だっておかしいもの。人員不足なのに祭礼を増やして、処理工程は省略して、記録は現場持ち、事故が起きたら見習いの責任。あなたみたいなのも出てくる。どう考えても一番上が悪い」
「すげえ正論だ」
「あと寝不足」
「切実だな!?」
「切実だよ。三徹目だし」
それはキレていい。
むしろキレろ。
俺は勢いよく同意した。
「よし、行こう」
「軽い」
「いやでも、方向性は一緒だろ? お前は労働環境を、俺は転生窓口と雑な廃棄処理を、まとめて神に直訴する」
「まとめて、って言った?」
「全部だよ」
『欲張るな』
「ここまで来て単品で済むか!」
セシリアはこめかみに指を当てた。
疲れているのに、さらに疲れる話をされている顔だ。
「それに普通、神に直訴なんてできない」
「でも神殿なんだろ」
「……大祈祷の夜は、祭壇中枢の神託板が開く」
『神託板か』
「で、それ何だ」
「上にいる連中が、『神のご意志』を聞いたことにするための装置」
「言い方ァ!」
「実際そうでしょう」
辛辣だった。
この見習い、思った以上に醒めている。
「ただ、本当に神意が降りることもある。年に一度か二度だけ」
セシリアは続ける。
「大祈祷の最中、祭壇中枢に奉納系の記録が集中する。その時だけ、神殿の上層は神託板の前から動かない」
「つまり」
「内部の目はとても厳しくなる」
「その代わり、祭壇中枢に入れれば、まとめて言える」
俺は少し黙った。
祭壇中枢。神託板。そこに入れば、神殿にも、神にも、まとめてクレームが飛ばせるかもしれない。
だが、同時に思う。
「……お前、そんな話を俺にしていいのか」
「良くはない」
「だよな」
「でもこれだけ材料が揃って、なかったことにはできない」
セシリアは俺を見る。
今度は調査対象としてではなく、同じ被害者を見る目だった。
「私は神殿で生きてきた。食べるために、やるべきこととして働いてきた」
声は平らだ。だが、平らだからこそ重い。
「でも、適当に働いたり、死ぬまでこき使われたり、ただ生きてるだけで満足するなんて人間の生き方じゃない」
いいな、その台詞。
「……お前、思ったより熱いな」
「寝不足なだけ」
「絶対それだけじゃないだろ」
『小娘』
聖剣が口を開いた。
『一つ確認する。貴様は信仰より理屈を優先するのだな』
「お前、自分で聞けないくせに偉そうだな」
「何?」
「いや、この剣がさ。お前、信仰より理屈で動くタイプかって」
セシリアは一瞬だけ黙ってから、答えた。
「場面による。でも、少なくとも残業代が出ないのを神の試練とは思ってない」
「だってよ」
聖剣が、ほんの少しだけ黙った。
それから、妙に静かな声で言う。
『ならば、信用に値する』
「お前の信用条件そこなんだ」
『敬虔な無能より、疑う有能の方がマシだ』
「すごい悪口なのに納得感がある」
セシリアはため息をついた。
「……これで、完全に共犯ね」
「いい響きだ」
「よくない」
「でも協力はするんだろ」
「条件つきで」
当然だ。
ここで全面協力なんてされたら不自然すぎる。むしろ条件を出してくる方が信用できる。
「言ってみろ」
「まず、ここでは私の指示に従うこと」
「うむ」
「勝手に喋らない、勝手に動かない、勝手に怒鳴らない」
「最後だけ難度高くない?」
「小さい子みたいにあやして欲しい?」
『貴様、年端もいかぬ少女に諭されるとは...』
「集団いじめやめろ」
「次に、祭壇中枢に行く前に更なる証拠を押さえる」
「証拠?」
「今の処理の雑さ、記録の改ざん、未分類品の流し込み。直訴するなら、愚痴じゃなくて形にしないと追い出されて終わり」
「そして最後」
セシリアは少しだけ言いにくそうにした。
「……神様に言うなら、私の分も言って」
「労働環境か」
「労働環境」
「休みと寝床と食事?」
「あと人員配置と処理手順の再整備」
「細かっ」
「この程度ができない神なんて必要ない」
そりゃそうだ。
俺は泥のまま、たぶん笑った。
「よし、乗った」
「また軽い」
「こっちも本気なんだ。転生の説明不足、雑な廃棄処理、ついでに見習い酷使。全部まとめて上に投げる」
『投げるのではなく、叩きつけるのだろう』
「お前ちょっとノってきたな?」
『勘違いするな。我は無能な管理者を嫌うだけだ』
セシリアは帳面を開き、何かを書きつけた。
「じゃあ、まずは体裁を整える」
「体裁?」
「あなた、そのままだと調査室から一歩も出られないから」
ごもっともだった。
俺はいま、喋る泥団子である。しかも頭に祭壇剣らしきものが刺さっている。どう考えても通路に出したら駄目なやつだ。
「どうする」
「保留品として再封印して運ぶ」
「また箱か……」
「その代わり、今回は私が持つ」
「扱いが優しくなる!」
「気分だけでしょ」
「それでも大事なんだよ!」
セシリアは、木箱の横に掛けた札を書き換えた。
先ほどの『未分類・祭壇裏調査室へ』の下に、新しく文字を足す。
『奉納系特異反応あり』
『中枢記録照合待ち』
俺は思わず唸った。
「それ、どうなんだ?」
「下っ端は責任が重そうな物に触りたがらない」
「現場流処世術か」
『まあ腐敗しきっているな』
外でまた鐘が鳴った。
さっきより近い。祭りが進んでいる。
俺たちの時間も進んでいる。
セシリアは札を木箱に掛け直し、俺を見る。
「じゃあ、ユウ」
「何だ」
「今からもう一回、置物になって」
「また!?」
「次はもっと上手くやって」
「注文が多い!」
「浄化されたいなら好きにして」
『その通りだ、泥』
「お前ら急に息合いすぎだろ!」
だが、悪くない。
初めて人間とまともに向き合って、それが単なる善人ではなく、寝不足で神殿にキレてる奴だったのは、俺にとって都合が良かった。
この生々しさこそが、今の俺にはちょうどいい。
【偽装 Lv.2】
「分かったよ、セシリア」
「うん」
「神に向かって、苦情を叫ぼうぜ」
「叫ぶのはあなた一人でやって」
「そこは共闘感を出せよ!」
セシリアは少しだけ笑った。
本当に少しだけだ。
だけど、さっきまでの疲れ切った顔よりは、ずっと人間らしかった。
転生した泥団子と、ボロい剣と、壊れたインテリアと、寝不足のシスター。
およそまともな集団ではない。
だが糞運営に文句を言いに行くには、むしろうってつけの愚連隊だった。




