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スライム未満に転生した俺はどうすりゃいいのですか?

跳ねた。


全力で。


泥団子として許される限界の全力で。


「うおおおおおおおおお!!」


『叫ぶな、呼吸が乱れる』


「息してねえよ多分!!」


俺はゴミ山の稜線を、もはや跳ねるというより弾む勢いで逃げていた。後ろでは、廃棄場の番人とやらが、鉄と木と骨と石の塊をぎしぎし鳴らしながら追ってくる。


でかい。


とにかくでかい。


身長という概念があるなら、たぶん二階建ての家ぐらいある。腕と呼んでいた部分も、よく見れば腕というより、廃材が束ねられて無理やり腕の形をしているだけだ。鉄骨、車輪、鎖、何かの扉板、砕けた像の脚。そんなものが雑に寄せ集められて、それでも動いている。


しかも顔の位置に、あの神殿印。


塔と輪の紋章が、青白く光っていた。


「神殿印つきの巨大ゴミとか最悪だろ!! 清廉さの欠片もねえ!!」


『愚痴は後にしろ。左へ寄れ』


「今度は左!?」


『さっきの右は正解だった。貴様の移動が遅いだけだ』


「そこに帰着させるな!」


後ろから、ずずん、と重い振動が来る。


番人の腕が振り下ろされた音だ。


直撃はしていない。していないが、斜面のゴミ山が崩れて、空き箱だの壊れた鍋だのが雪崩みたいに流れてくる。俺はそれに巻き込まれて、ぽよん、ぐしゃ、ぺちょ、と情けない三段活用で吹っ飛んだ。


「ぬわっ!?」


『受け身!』


「泥団子に受け身あんのかよ!」


ない。


ないので、俺はそのまま横転し、頭に刺した聖剣ごとごろごろ転がった。


『ぐわっ、待て、回すな、酔う!』


「剣って酔うの!?」


『気分の問題だ!!』


ようやく止まったときには、俺の身体にまた新しいゴミがくっついていた。スプーン、針金、四角い金属片、謎の木札。どんどん見た目がひどくなる。勝手に装備更新すんな。


番人が、ゆっくりこちらへ向き直る。


青白い印が脈打つたび、廃材の継ぎ目がぎし、と音を立てた。あいつ、ただの重量物じゃない。動き自体は鈍いが、一撃がでかい。それに、こっちが逃げる斜面をまとめて崩せるのが最悪だ。


「おい、あれどうすんだよ!」


『核を砕く』


「言うのは簡単だよなぁ!?」


『本来ならな』


「今の間、絶対『本来なら我が斬るのだが』みたいな妄想してただろ!」


『聖剣だからな』


「その便利ワードで大体済ませるのやめろ!」


番人の片腕が持ち上がる。


いや、腕だけじゃない。その周囲のゴミまで一緒に巻き込まれて持ち上がっている。磁力か、魔力か、とにかく廃棄場そのものを部分的に操っている感じだ。


次の瞬間、空からごしゃごしゃと大量のゴミが降ってきた。


「おわっ、遠距離攻撃まで!?」


『散れ!』


「散れる身体してねえんだよ!」


俺は慌てて斜めに跳ねた。空き缶が降る。木片が刺さる。皿が割れる。地味に痛い。地味に嫌だ。ボス戦で飛んでくる攻撃が全部粗大ゴミと生活廃棄物なの、絵面が終わってる。


「これ神殿製の番人なんだよな!? もっとこう、神聖なビームとかないのかよ!」


『裏方の管理機構など、現場に出ればこんなものだ』


「夢がねえなぁ!!」


だが、少しだけ見えてきた。


あいつは大きい分、動きが鈍い。正面から殴り合えば終わるが、斜面と崩れやすい足場を利用すれば、こっちにもやりようはあるかもしれない。


問題は火力だ。


俺の体当たりでは、せいぜい屑食い獣をどうにかした程度。あの番人の表面を削れる気がしない。


すると、背中というか頭のあたりで聖剣が低く言った。


『貴様、前回は何をした』


「前回?」


『あの獣を潰したときだ。どうやって硬さを出した』


圧縮。


そうだ。吸着したゴミを前面へ寄せ、押し固めた。あれで、棘付きの鈍器みたいな面ができた。


「圧縮、だと思う」


『ならそれを使え。量を集めろ。薄く広げるな。一点へ寄せろ』


「一点へ?」


『番人の継ぎ目だ。印の周囲か、関節部か。どこかに制御の核がある』


番人がまた一歩踏み込む。


地面が揺れた。ゴミが跳ねる。俺も跳ねた。不可抗力だ。


「いや分かるけど! 分かるけど準備する時間が!」


『作れ』


「雑!」


『誕生日から文句だけは達者だな、貴様』


「文句を言わなかったら泥団子のまま死ぬんだよ俺は!」


吠え返しながら、俺は番人の足元へ視線を向けた。


太い。だが、一本一本は「脚」として作られているわけではない。無数の部材が束ねられ、無理やり支柱にされているだけだ。しかも片足の根元に、鎖と鉄板の束みたいな継ぎ目がある。そこが少し、動くたびにずれている。


「……あそこか」


『見えたか』


「たぶん。でも届かねえ」


『届かせろ』


「毎回それ言うな!」


番人の腕が横薙ぎに来た。


俺は斜面の窪みに飛び込む。腕が頭上をかすめ、後ろのゴミ山が吹き飛んだ。風圧だけで身体がぐらつく。でかすぎる。サイズの暴力ってこういうことか。


だが、振り抜いたあとの隙は大きい。


「今だろ!」


俺は斜面を滑るように跳ね下りた。正面からではなく、崩れたゴミの流れに乗る。缶や木片や壊れた棚板と一緒に、俺自身が一個のゴミとして滑る。


『そのまま左へ』


「了解!」


滑りながら、周囲の金属片に意識を伸ばす。


来い。


もっと来い。


釘。鎖。鉄板。フォーク。割れた刃物の欠片。潰れた留め具。いろんなものが、ざらざらと俺の身体に吸い寄せられる。重い。だが、まだ足りない。


足りないなら、もっとだ。


【吸着 Lv.4】


「うおおおおおおお、リサイクルセンター開店だァ!!」


『叫びがいちいち下品だな』


「上品な泥団子がいてたまるか!」


番人の左脚が持ち上がる。


あの継ぎ目に入るなら、今しかない。


俺は滑る勢いのまま、番人の足元へ突っ込んだ。真正面ではなく、やや内側。脚と脚のあいだの死角めいた位置だ。番人の上半身がこっちを見失い、一瞬だけ動きが止まる。


『今だ、圧縮しろ!』


「ぬおおおおおおっ!!」


俺は身体中のゴミを、一点へ押し込んだ。


前面。もっと前。もっと密に。


ぎち、ぎち、と音がする。泥の内部で、釘と鉄片と鎖が噛み合う。痛い。身体の中で、身体じゃないものが無理やり組み上がる感覚。気持ち悪い。でも効く。効くならやる。


【流動 Lv.3】

【圧縮 Lv.2】


「うるせえ、今それどころじゃ!」


神託(システムメッセージ)か?』


「なんか色々出た!」


『後で読め!』


読んでる暇はない。


俺は圧縮した先端を、番人の継ぎ目へ全力で叩き込んだ。


ごッ、と鈍い手応え。


浅い。


だが入った。


継ぎ目の鎖が、ほんの少しだけ歪む。


番人が低く唸った。いや、唸ったというより、どこかで風が抜けたような音だ。機械じみた、嫌な悲鳴。


「効いた!」


『押し込め! 脚を崩せ!』


「うおらぁぁぁぁ!!」


俺は体当たりを続けた。


一発。二発。三発。


泥団子の体当たりなんて本来ギャグだ。だが、圧縮したガラクタの塊を先端に持った今の俺は、もはや小型の杭打ち機みたいなものだった。見てくれは鉄クズだが、用途としては正しい気もする。したくない理解だ。


番人が反撃に腕を振り下ろす。


「やばっ!」


『離れろ!』


間一髪で転がる。腕が直撃した場所のゴミ山が爆ぜ、継ぎ目のあたりまで崩れた。その衝撃で、番人自身の脚元も少し沈む。


おお。


いける。


こいつ、自重がでかすぎるんだ。


「試合前に減量しとくべきだったなぁ!!」


俺は叫びながら、崩れたゴミをさらに吸着した。番人が振り回したせいで、上から新鮮な廃材が大量に落ちてきている。補給線が敵依存なのが終わってるが、病気以外で貰えるものは貰っておく。


『今度は印の下だ!』


「どっちだよ!」


『脚では崩れきらん! 魔力源を落とせ!』


見ると、番人の顔面めいた位置の少し下に、別の継ぎ目がある。そこへ青白い光が流れ込んでいた。あれが印から全身へ力を送っているのかもしれない。


問題は高さだ。


「届かねえ!」


『斜面を使え! 跳ねろ!』


「簡単に言うな!」


でも、それしかない。


俺は崩れたゴミ山の斜面を駆け上がった。駆けると言っていいのか分からないが、とにかく必死で上へ行く。途中でフォークが一つ外れて、何か大事なものが少し減った気がした。


番人がこっちへ腕を伸ばす。


遅い。


だがでかい。


俺は集めたガラクタをバネ代わりにして、ゴム鉄砲のように発射された。


「うおおおおおおおおおおおお!!」


『我を使え、泥!』


空中で、圧縮。


今度は全部だ。


釘、鎖、鉄板、缶の破片、刃物の欠片、そして錆びた聖剣。俺の前面に集められるもの全部を、無理やりひと塊にする。泥の芯までぎゅうぎゅう詰めになる。重い。硬い。痛い。だがこれがたぶん、今の俺の最大火力。


【圧縮 Lv.3】


そのまま、番人の印の真下へ。


叩き込む。


がぎゃんっ、と耳障りな音が弾けた。


スパークと共に青白い光が明滅する。


番人の動きが、止まった。


「……やったか?」


『その台詞は良くない』


「だよな!」


次の瞬間、番人の全身がぶるっと震えた。


うわ、まだだ。


だが制御は乱れたらしい。右腕が変な方向へ持ち上がり、左脚が沈む。全身の廃材が噛み合わず、悲鳴みたいな軋みを上げる。


『脚元へ落ちろ! 崩れるぞ!』


「了解ゥ!」


俺は印の下から転げ落ちた。直後、番人の上半身が傾ぐ。崩れた斜面に脚を取られ、巨大な塊がゆっくりと横倒しになっていく。


時間にすれば数秒だったと思う。


だが、俺にはやけに長く感じた。


やがて、どおおおおん、と地鳴りみたいな音とともに、番人は完全に倒れた。


山が一つ潰れたみたいな衝撃だった。


しばらく、何も聞こえなかった。


いや、聞こえていたのかもしれないが、俺の頭が処理を拒否していた。


「……」


『……』


「……勝った?」


『たぶんな』


「たぶんで済ませていい相手じゃなかっただろ今の!」


俺はその場に、べしゃっと崩れた。


もう無理だ。泥としての体力なのか、人間としての気力なのか知らんが、とにかく全部使った。身体のあちこちにくっついていたゴミも、何個かぽろぽろ外れていく。ちょっと寂しいが、別に愛着はない。


番人の残骸は、もう動かなかった。


顔面にあった神殿印も、光を失っている。青白い残光が、ひび割れた紋の中で細く消えていった。


「マジで倒したのか……」


『辛うじてな』


「お前、最後ちょっと頼もしかったぞ」


『聖剣だからな』


「そこはマジで便利なんだな」


俺は転がったまま、番人の残骸を見上げた。


でかい。


でかいが、もうただのガラクタだ。


神殿の印がついていて、誰かに管理されていて、でも最後はこうしてただの廃材になる。俺が今いる場所の性格が、そのまま形になったみたいな相手だった。


「……ムカつくな」


『何がだ』


「こんなもん作って捨ててるやつら全部」


聖剣は少し黙ったあと、低く答えた。


『同感だ』


そのとき、また視界の端に文字が浮かんだ。


【流動 Lv.3】+【圧縮 Lv.3】

 ↓  ↓

【外装強化 Lv.1】


「うわ、また来た」


『何だ』


「なんかスキルレベル上がってたっぽい」


『ほう』


「あと【外装強化】って」


試しに意識すると、身体の表面に残っていた金属片が、さっきまでよりもぴたりと馴染んだ。くっついているだけではなく、泥の外殻みたいに配置される感覚だ。


おお。


これは分かりやすい。


「ちょっとだけ、戦える泥になったかもしれん」


『最初からそう言え』


「どう見ても戦える見た目してなかっただろ、俺!」


だが、本当に少し変わった。


これまではゴミがたまたまくっついた泥団子だった。だが今は、ゴミを纏える泥団子だ。字面はひどいが、その意味は大きい。


俺はゆっくりと起き上がった。


そのとき、番人の胸部めいた残骸の中から、何かがころりと転がり落ちた。


小さな、青い石だ。


いや、石というより、光の芯。神殿印と同じ色をしているが、もっと濃い。中に小さな塔の紋が浮かんで見える。


『魔道核心(コア)か』


「そんな大事そうなもの、もっとしっかり固定しとけよ」


『現場なぞそんなものよ』


「猫ちゃんの工事でもこんな雑じゃねえよ!」


俺はその青い核へ近づいた。


触れていいのか一瞬迷う。


『我の一撃を受けたのだ、大方壊れているだろう』


それもそうかと思い、そっと触れる。


【追想 Lv.1】


すると、核から一瞬だけ映像のようなものが流れ込んできた。


白い塔。


荷車に積まれた廃棄物。


神殿の地下通路。


そして、祭りめいた灯り。


短い。だが十分だ。


「……道だ」


『何?』


「神殿の方へ向かう道筋が見えた。番人の奴、たぶん定期的にあっちと繋がってたんだ」


聖剣が低く唸る。


『なら、そのコアは持っていけ。道標になるかもしれん』


「ガラクタのコアも壊せなかった聖剣さんより役に立ったりして」


『時間が経ちすぎて魔力が弱まったのだ、我のせいではない!』


「はいはい、機会があれば直してやりますよ」


俺は青いコアを、身体の表面へそっと吸着させた。今度はいつもみたいな「くっついただけ」ではなく、少し奥へ、守るように埋め込む。


青い光が、泥の中で微かに脈を打った。


『似合わんな』


「うるせえ。装飾外れ放題よりはマシだ」


『我と違い、貴様に似合う装飾などそもそも存在せん』


「その言い方やめろ、結構傷つく」


俺はもう一度、遠くの街を見た。


ゴミの海の向こう。壁と灯りと、白い神殿。


遠い。とんでもなく遠い。


でもさっきまでより、少しだけ現実味がある。あそこへ行く道筋が、本当にあると分かったからだ。


「……行けるかもしれない」


『生きていればな』


「縁起でもねえこと言うなよ聖剣」


『事実だ』


「事実で殴るのほんと好きだな、お前」


俺は深呼吸の真似をした。肺はないが、気分の問題だ。


番人を倒した。たぶん初ボス撃破でいいだろう。泥団子人生にボス戦という概念があるのかは知らないが、とにかく一つ越えた。


神どもへの怒りも、更に増した。


ゴミの中で這い上がって、ゴミで番人を倒して、そこまでしてやっと文句を言いに行く資格が見えてくるって何だよ。クレームのハードルが高すぎるだろ。


「待ってろよ、神殿」


『待っているかは怪しいぞ』


「うるせえ。こっちの気持ちの問題だ」


そう言って、俺は一歩踏み出した。


……途端に、ぐらりとよろけた。


「重っ」


『見境なく集めるからだ、豚貴族め』


「お前とコアの自己主張が強いんだよ!」


俺の頭には聖剣、身体の中には青い魔道核心、表面にはガラクタの外装。


もはや泥団子というより、呪われたモーニングスターである。


それでも、最初の俺よりはだいぶマシだ。


たぶん。


きっと。


「よし」


俺はゴミの稜線から、街の方角を見据えた。


「次は、あの街だ」


『その前に休め、馬鹿者。今の貴様、ちょっと強めに蹴れば砕け散るぞ』


「最後の最後に夢のないこと言うな!」


だが、その忠告は正しかった。


俺は番人の残骸の陰へ移動すると、そこでべしゃっと潰れるように身を横たえた。全身が重い。泥なのに鉛でも詰まった気分だ。


意識が落ちかける、その直前。


遠くの街の方から、かすかに鐘の音が聞こえた。


祭りの合図みたいな、澄んだ音だった。


『……聞こえたか』


「ああ……」


『急げ。あれが鳴るということは、神殿側も忙しくなる』


「キツいなぁ……ほんと、死んでからの方が大変だ……」


俺は泥のまま、薄く笑った。


神ども、覚えてろ。


俺はまだゴミだ。


でも、お前らの捨てたもので、ここまで来た。


なら次は、その捨てた責任を問いに行く番だ。


そう思いながら、俺は短い眠りに落ちた。


番人の残骸がいい寝床になりますなんて、地上波で放送できねえ酷さだ...

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