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ゴミ山の聖剣はプライドが高すぎる!

「しゃべったぁぁぁぁぁぁ!?」


俺の悲鳴は、想像以上によく響いた。


ゴミ捨て場というのはもっとこう、音を吸う場所だと思っていたのだが、意外と反響がいい。いらんところだけ環境が整っている。


『騒々しいな、泥。耳が腐る』

「耳あんのかよ!」

『無論ある。貴様よりは高等な感覚器官を一通り備えている』

「すげえな、剣のくせに言い方がもう感じ悪い!」


俺は反射的に柄から離れようとした。が、泥の身体が少し吸着していて、ぺちょっと嫌な音を立てた。最悪だ。初対面の相手に対して距離感が粘着質すぎる。


『触れるなと言っただろうが』

「先に言えよ! しゃべる剣なんて知らねえよ!」

『貴様が無知なだけだ』

「初対面でそこまで言えるの逆に才能だろ」


剣はしばらく沈黙した。


いや、沈黙というか、たぶん見ている。目はないはずだが、めちゃくちゃ見下ろされている気がする。刀身はかなり錆びていて、鍔の宝石も抜け落ち、全体的に「全盛期はすごかった」オーラしか残っていない。なのに態度だけは現役だ。


『……なるほど』

「何がだよ」

『思った以上にひどい』

「俺の見た目の感想なら自覚あるから塩塗るな」

『見た目だけではない。存在全体がひどい。泥で、臭く、雑で、会話の品もない』

「よくもまあ初手で三段重ねしてくるな!?」


俺はじり、と一歩下がった。ぬちょ。


剣は軽くため息をついたような気がした。剣にため息の機能があるかは知らないが、この偉そうさはたぶんそういう類だ。


『貴様、何者だ』

「いやそれ、こっちの台詞なんだが」

『我は問うている』

「こっちも問うてるんだよ。なんでゴミ山から生意気な剣が生えてるんだ」

『生えていない。埋もれているだけだ。不本意にもな』

「不本意なのは俺もだわ。人間から泥団子に転生してんだぞこっちは」


剣はまた黙った。


ただ、ほんの少しその質が変わった。さっきまでの「こいつは何だ」という軽蔑だけではない。「いま何て言った?」という戸惑いが混じっていた。


『……泥団子?』

「足つきのな」

『人間が魔物にか』

「そうらしい。たぶん土属性のハズレ枠」

『土属性をハズレと言うな』


思いのほか真面目な声音だった。


俺は一瞬だけ言葉に詰まった。


「あ、そこ怒るんだ」

『土は基盤だ。保持だ。蓄積だ。軽々しく外れ扱いするな、無学』

「いや、言い方! 正論でも刺さる言い方ってあるだろ!」


でも、その反応は少し意外だった。


神どもは「マニア向け」ぐらいの雑説明しかしなかった。俺自身も泥団子ボディのあまりの終わりっぷりに、土属性そのものへ八つ当たりしていたところがある。だが、この剣は土属性に変なプライドがあるらしい。


『……もっとも』


剣は一拍置いてから、続けた。


『貴様のような胡乱な存在は聞かないが』

「だろうな! だろうなぁ!!」


俺は全力で同意した。泥の身体がぶるぶる揺れる。


「俺だって聞いてない! もっとこう、岩石とか! ゴーレムとか! 最低でも泥ハンドとかだろ! なんで泥団子なんだよ!」

『泥ハンドも大差ないだろう』

「語感の問題だよ! 泥団子よりはマシなんだよ!」


しばしの沈黙。


そのあと、剣は少しだけ声音を落とした。


『……名は』

「は?」

『名を問うている。魔物であれ何であれ、個体識別の名ぐらいあるだろう』

「あー……」


そういえば、転生してから一度も名乗っていない。そもそも神ども相手に名乗る空気でもなかったし、ネズミもどきや屑食い獣に名刺を配る習慣もない。


「俺は……まあ、ユウでいい」


本名をフルで言う気にもならず、とりあえずそう名乗った。


『ふむ。短いな』

「お前は」

『我の銘は失われていない』

「じゃあ言えよ」

『なぜ我が貴様のような泥に、初対面で名を明かさねばならん』

「お前さぁ、礼儀の講師にでも殴られてこいよ!」

『聖剣に礼儀を説くとは、つくづく身の程を知らんな』

「聖剣なの!?」


俺は思わず飛び上がった。ぽよん。


「こんなゴミ山に!?」

『こんなとは何だ。こんなとは』

「そこ気にする!?」


だが重要情報だ。


聖剣。つまりこいつは、少なくとも元はまともな世界観に属していた品である。家庭ごみの山から出てきていい存在ではない。


「待てよ。聖剣がゴミ捨て場に埋まってるって、どう考えてもおかしいだろ」

『やっとそこに至ったか』

「おせえよみたいな顔すんな、顔ないくせに」

『貴様こそ顔がないだろう』

「やめろ、その事実ベースの殴り合いは俺に効く」


剣の鍔付近に刻まれた模様を見て、俺はふと思い出した。


「そういえば、さっき変な板があったんだよ。塔みたいな紋章がついたやつ。うっすら光ってて、妙に格式だけある感じの」


一瞬だけ、剣の声が変わった。


『……塔と輪の紋か』

「知ってるのか?」

『神殿の回収印だ』

「回収印?」

『役目を終えた品、破損した器、加護の抜けた遺物。ああいうものに付される識別紋だ』

「待て待て待て」


嫌な単語が多い。


「じゃあ何、ここってただのゴミ捨て場じゃなくて」

『廃棄場だろうな。より正確には、不要と見なされたものの終着点だ』

「言い換えて悪化してるだけなんだよなぁ……」


ゴミよりひどい。世界の裏方が公式に作った、ファンタジー廃棄センター。どうりで生活用品と武器と魔道具が同居しているわけだ。適当な分別なんじゃなくて、分別した末に全部ここへ来ているのか。


「……俺も?」


ぽろっと出た言葉に、自分で少しだけ驚いた。


剣はすぐには答えなかった。


『知らん』

「おい」

『本当に知らん。ただ、神殿の回収印がある以上、ここは偶然の吹き溜まりではない。奴らが、何かを捨てるために使っている場所だ』

「うわぁ……最悪だ……」


神どもの顔がまた脳裏に浮かぶ。

エルフの事務声。のじゃロリの囃し立て。石像の駄洒落。あいつら、ひょっとして俺をわざとここへ落としたのか?


「神に直訴だな」

『急に現実的だな』

「現実的な怒りしか湧かねえんだよ!」


そのとき、遠くの方で何かが軋む音がした。


ぎぎ、と金属が擦れる音。続いて、崩れた山の向こうから、何か大きいものが身じろぎする気配。


俺は反射的に身を縮めた。


「おいおいおい、まだ何かいるのかよ」

『静かにしろ、泥』

「お前がさっきまで一番うるさかっただろ」

『貴様の悲鳴に比べれば賛美歌だ』


言いながらも、剣の声音は少し張っていた。つまり、あれはまずい類の音なのだろう。


俺は周囲を見回した。


さっきの屑食い獣との戦いで、俺の身体にはまだいろいろくっついている。釘、缶、鎖、鉄板。見た目は終わっているが、防御力は転生直後よりマシだ。たぶん。


「……お前、戦えんの?」

『刀身を見ろ、愚か者』

「錆びてんなぁ……」

『その感想は腹が立つが事実だ』

「折れてはいないんだな」

『聖剣だからな』

「便利ワードだな、聖剣」


音は一旦遠のいた。大きな何かが、山の向こうを巡回しているような気配だ。


剣が低く言う。


『ここで長居は薦めん』

「同感だが、俺は長居したくてしてるんじゃないんだよ。移動が遅いんだよ」

『見ればわかる』

「お前、ナチュラルに傷をえぐるの上手すぎるだろ」


俺は少し周囲を見上げた。


ゴミ山は思った以上に高い。斜面を越えた先に、さらに山、その先にも山。だが、一箇所だけ、やや高く盛り上がった稜線みたいな場所が見える。そこまで行けば、周囲の地形ぐらいはわかるかもしれない。


「あそこまで行くか……」

『妥当だな』

「お前も来るの?」

『貴様、我をここに置いていく気か』

「いや、むしろ持っていく方法がなくて困ってるんだが」


俺と剣のあいだに、気まずい沈黙が落ちた。


俺の泥団子ボディは、せいぜい子どもが抱えられる壺ぐらいの大きさしかない。そのくせ、目の前の聖剣はデカい。洋モノの片手剣といったところだろうか。


俺はじっと剣を見る。

剣も、たぶんじっと俺を見ている。


「……くっつけるか?」

『却下だ』

「即答!?」

『聖剣を泥まみれにする気か』

「もう半分埋まってたじゃねえか!」

『それとこれとは話が違う!』

「うわっ、急に声量が生き生きした!」


だが、他に方法がない。


紐でもあれば引っ張れるが、俺の周りにあるのは錆びた鎖の欠片ぐらいだ。しかも剣はプライドが高い。雑に引きずったら絶対にキレる。


つまり答えは一つ。


「お前を、俺の頭に刺す」

『やめろ』

「嫌だね。現状お前、しゃべるだけで戦力ゼロだぞ」

『精神的支柱にはなる』

「ならねえよ! むしろストレス源だよ!」


俺は半ば強引に、泥の身体を柄へ押し当てた。


剣が本気で抵抗した。


『やめろ、馬鹿者、無礼者、泥!! 聖剣の扱いとして最低だぞ!』

「知るか! こっちは泥団子の扱いとしてもっと最低な目に遭ってんだよ!」


ぺちょ、ずぶ、というあまり聞きたくない音とともに、俺は剣の柄のあたりを身体の上部へ固定した。背負うというより、刺さっている。どう見ても呪物である。


【収納 Lv.1】


『最悪だ……』

「それはこっちの台詞なんだよなぁ……」


だが、これで運べる。


動いてみると重い。思ったより重い。聖剣ってもっとこう、持ち主にフィットする感じじゃないのか。


「重っ!」

『貴様が非力なだけだ』

「泥団子に筋力期待すんな!」


それでも、俺は少しずつ跳ねて進んだ。ぽよん。ぬちょ。ずるっ。


剣が頭部でかちゃかちゃ揺れる。


『もっと丁寧に運べ』

「注文が多い!」

『聖剣だからな』

「その免罪符便利すぎるだろ」


斜面をひとつ越え、またひとつ越える。


途中で二回ほど転び、そのたびに剣が「ぐわっ」「ぐぬっ」と妙に人間くさい悲鳴を上げた。ちょっと面白い。


『笑うな』

「いや今のはお前が悪いだろ。聖剣が『ぐぬっ』て言うのズルいわ」

『歩くヘドロを台座にして格好などつくか』

「つく格好なんて元からないんだよ俺には」


やがて、俺たちは高い稜線めいた場所へ辿り着いた。


そこで俺は、初めてこの場所の外を見た。


遠く。


本当に遠く。


ゴミの海の向こうに、かすかな灯りが見えた。


街だ。


壁に囲まれた、ちゃんと文明のある場所。塔があり、門があり、そのさらに奥に、ひときわ高い建物が見える。尖塔。神殿めいた白い影。


「……人里だ」


思わず呟くと、剣が静かに答えた。


『あれはたぶん、リシュアの都市だ』

「知ってるのか?」

『昔はな』

「昔はって、お前どんだけ昔の剣なんだよ」

『答える義理はない』

「面倒くせえな本当に」


だが、収穫は大きい。


街がある。神殿がある。つまり、ここは世界の外れではない。ちゃんと人の社会と繋がっている。そして神殿が関わっているなら、俺をここに落とした連中とも、完全に無関係ではないだろう。


俺は遠くの尖塔を見つめた。


「あそこに行けば、何かわかるかもしれない」

『自殺志願か、貴様は』

「なんでだよ」

『魔物が神殿へ近づいて無事で済むと思うな。まして貴様みたいな、廃棄場から這い出た泥の塊などな』

「言い方!」


『だが』


剣はそこで一度言葉を切った。


『ここに留まっても、いずれ食われるか、朽ちるか、埋もれるかだ』

「……だよな」

『なら動け。少なくとも、文句を言いに行く相手がいるなら、その方が建設的だ』


俺は少しだけ黙った。


まさか聖剣から「文句を言いに行け」と背中を押されるとは思わなかった。神話的英雄譚の相棒って、もっとこう、宿命とか誇りとか勇気とか言うだろ。なんでこいつ、クレーム文化に理解があるんだ。


「お前、意外と話わかるな」

『勘違いするな。我は貴様に共感しているわけではない』

「じゃあ何だよ」

『無能な管理者は嫌いだ』


その一言だけは、妙に重かった。


俺は少しだけ、背中の重みを意識した。


錆びている。偉そう。口が悪い。プライドが高い。だが、完全に死んではいない。


俺と同じだ。

いや、同じではないが、まあ、似たようなものだろう。世界の都合でここに捨てられていたという意味では。


「……行くか」

『どこへ』

「とりあえず、あの街の近くまでだ。神殿でも何でもいい。俺をこんな目に遭わせた連中に繋がる場所なら、どこでも」

『無謀だな』

「うるせえ。こっちは転生一日目から無謀なんだよ」


そう言った、その直後だった。


ごごん、と地面の奥で鈍い音が鳴った。


稜線の反対側。俺たちが登ってきた方向だ。


振り向く。


ゴミ山の斜面が、ゆっくりと崩れていた。


その中心から、何か巨大な腕のようなものが持ち上がる。鉄と木と骨と石が、ごちゃごちゃに固まった塊。さっきまでただの山に見えていたものの一部が、明らかに意志を持って起き上がろうとしていた。


「……は?」

『……まずいな』

「まずいで済むサイズかアレ!?」


剣が低く告げる。


『おそらく、この廃棄場の番人だ』

「初耳が重すぎる!」


巨大な塊が、きしみながらこちらへ顔らしきものを向けた。


顔面にあたる位置には、さっき見た塔と輪の紋章が、青白く灯っている。


「おいおいおい、神殿印ついてんじゃねえか!」

『だから言っただろう。ここは誰かが管理している』

「管理が雑すぎるだろ、っと!」


俺は咄嗟に跳ねた。ぽよん、では済まない。本気の逃走だ。尊厳とか言ってる場合ではない。


背中で剣が叫ぶ。


『右だ! 斜面を使え! 正面は踏み潰されるぞ!』

「お前、急に頼れるな!?」

『聖剣だからな!』

「そこだけほんと便利だなお前!!」


俺は錆びた聖剣を背負ったまま、ゴミ山の稜線を全力で跳ねた。


後ろでは、番人の巨腕が山を砕く音が鳴り響いている。


どうやら俺の泥団子ライフ、まだまだチュートリアルすら終わっていないらしい。

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