いや、チュートリアルにしては治安が悪すぎないか!?
剣だ。
どう見ても、剣だった。
柄の部分だけでもわかる。装飾がやたら豪華で、無駄に金ぴかで、いかにも「昔はすごかったんですよ」みたいな顔をしている。
問題は、その昔がたぶん遠い昔であり、現在はゴミ山に半分埋まっていることだが。
「……怪しい」
俺は泥の身体でじっとそれを見つめた。
怪しい。怪しいが、だからこそ拾いたいとも言える。
こういうのは大体イベントアイテムである。異世界の常識は知らんが、少なくともラノベ的文脈では、地面に刺さった装飾過多の剣はだいたい何かある。ハズレでもネタになる。というか今の俺にとって、ハズレになるゴミの方が少ない。
「よし。まずはあそこまで行く」
言うのは簡単だ。
実際は、剣までの距離が問題だった。
数メートル先。数メートルしかない。人間だった頃なら、五秒で着く。急がなくても着く。信号待ちのついでに着く距離だ。
しかし今の俺は、足が生えた泥団子である。
この数メートルが、世界の果てぐらい遠い。
一歩踏み出す。
ぬちょ。
「遅っ」
ぬちょ、ぬちょ、と進む。遅い。あまりにも遅い。しかも斜面に弱い。ゴミ山の傾斜がちょっとあるだけで、足が空回りする。何だこの移動性能。乳児のハイハイを笑えないどころか、多分普通に負けてる。
「土属性ってもっとこう、地面を滑るとかないの? 岩をゴッと生やすとかないの? なんで俺だけ移動が『がんばる』なんだよ」
文句を言いながら半歩進んだところで、足元の瓶の破片を踏んだ。
つるっ。
「ぬわーっ!」
俺は華麗にすっ転び、そのまま斜面をころころ転がり落ちた。
止まった先は、さっきいた場所よりちょっと手前だった。
「戻ってる!!」
無駄に愛嬌のある失敗をするな俺!
くそっ、駄目だ。足だけでは話にならない。どう考えても、今の俺は「立って歩く」ことに向いていない。形からして、どう見ても転がる方が正しい。
「……認めたくねえなぁ」
認めたくないが、やるしかない。
俺は身体を少し前に傾けた。泥の表面がずるりと揺れる。よし、今だ。
「行くぞ、俺!」
ぽよん。
跳ねた。俺は跳ねた。ボールは俺達、俺達はボール。
結果、二十センチぐらい前に進んだ。進んだことは進んだが、嬉しくない。何一つとしてよくない。
「……いや、でも歩くよりマシか?」
ぽよん。ぽよん。
うん、マシだった。尊厳の消費は激しいが、速度はほんの少しだけ上がる。これで行くしかない。泥団子としての自我を捨てろ。いや最初から泥団子だったわ。
そうして俺が不本意な跳躍移動を続けていると、ゴミ山の途中で奇妙なものが目についた。
壊れた鏡の枠。
片方だけの籠手。
何かの紋章が刻まれた板。
折れた杖。
そして、割れて中身の抜けた宝石みたいな石。
「やっぱりおかしいよな、ここ……」
生活ゴミだけじゃない。
武器防具っぽいものや、いかにも魔道具っぽいものまで混ざっている。ファンタジー要素があまりに浮いている。世界観の分別ぐらいしろ。
そのとき、また背後で、がさり、と音がした。
嫌な予感しかしない。
振り向くと、いた。
さっきのネズミもどきより一回り大きい、犬とイタチの間みたいな生き物が、ゴミ袋の残骸の上に前脚をかけてこちらを見ていた。目が濁っている。鼻先に錆みたいな赤茶色の汚れがついている。口の端から覗く歯が多い。多いな。一本ずつ減らせ。
「またかよ!」
そいつは返事の代わりに、喉の奥でごるる、と濁った音を鳴らした。
よく見れば、背中にガラクタが刺さっている。針金、木片、釘。毛皮の中に半ば埋まっていて、まるでここのゴミと共生しているみたいだった。
「何その生態、イヤすぎるだろ……」
屑食いの魔物か。あるいはゴミに適応した獣か。どちらにせよ、俺にとっても耳が痛い分類だろう。
そいつはじりじりと距離を詰めてきた。
俺も後ずさる。ぬちょ、ぬちょ。遅い。
「待て待て、急ぐな。俺もまだ心の準備が」
無視して飛びかかってきた。
「話が通じねえ!」
反射的に、俺は近くの缶の破片に意識を向けた。
来い。来い来い来い来い。
ぴた、ぴたっ。
おお、来た。
釘とガラス片だけでなく、薄い缶の破片まで身体の表面に吸い寄せられる。前面に寄せる。なんとなくだが、できる。意識すると、泥の中で位置が動く感覚があった。
【吸着 Lv.2】【流動 Lv.2】
スキルが強化されたぞっ!
次の瞬間、獣がぶつかった。
ばちんっ。
「うおっ」
俺は吹き飛ばされ、二回ほど跳ねてゴミの山に突っ込んだ。痛い。痛いが、死んでない。しかも相手の鼻先には細い切り傷が走っていた。
「よし、効いてる!」
効いてるには効いている。だが、問題は火力が終わっていることだ。相手はちょっと痛い程度で、むしろ怒りが増している。
「だよなあ! 泥団子の反撃なんてそうなるよなあ!」
獣は低く唸り、今度は回り込んで横から来た。
俺は慌てて身体をひねる。泥の表面が遅れてついてくる。操作性が悪い。悪夢みたいなラグだ。
がりっ。
さっきより深く爪が食い込んだ。表面の泥が少し削れる。うわ、嫌だ。普通に痛い。というか、俺の身体って削れるのか。当たり前だけど聞いてないぞそんなの。
「おいおいおい、残機制じゃないよな!?」
夢中で後ずさった拍子に、足元の小石やら金属片やらがまたくっついてくる。
吸着できる。だが、だから何だ。盾にはなる。ちょっと痛い思いもさせられる。でも決め手がない。
そのとき、視界の端に、錆びた鎖の塊が見えた。
鎖。
そうか。
「お前、脚が四本あるんだよな……」
俺は半分自棄で、鎖へ意識を伸ばした。来るかは知らん。来い。来てくれ。頼む。
ずる、ずる、と鎖がわずかに動いた。
【吸着 Lv.3】
「こいつ...動くぞ!」
感動している場合じゃない。獣がまた飛びかかる。今度は真正面からだ。
「さあ来いッ!」
俺は身体を低く、もとい最初から低いが、とにかく前へ突き出した。泥の表面から釘が何本か飛び出し、鎖が半ば引きずられるように持ち上がる。完全な武器ではない。雑なトラップだ。
だが、足元に絡めるぐらいはできた。
がしゃっ。
前脚の一本に鎖が引っかかる。獣の体勢が崩れた。
「今だァ!」
俺は体当たりした。
泥のくせに、正面に全体重を乗せる。人間だった頃には絶対に使わなかった戦法だ。そもそも人間は泥団子アタックなんてしない。
獣はゴミの斜面に足を取られ、転がった。俺も一緒に転がった。巻き込まれてガラス片と缶の破片がばら撒かれる。痛いのはお互い様だ。
ただし、ゴミ山の斜面は俺に少し味方した。
転がる途中、俺の身体に大量の小物がくっつく。釘。瓶の口。フォーク。何かの部品。世界に不要とされたものたちが、気軽に俺へ合流してくる。
「いや今どさくさで仲間増えるな!!」
叫んだ瞬間、獣が起き上がろうと前脚を踏ん張った。
そこに、俺の身体の底に偶然入り込んでいた、平たい鉄板が当たった。
ぐきっ。
変な音がした。
「……え?」
獣が悲鳴を上げる。
前脚が、鉄板とゴミ山の間に挟まれ、変な向きに折れ曲がっていた。
俺は呆然とした。
狙ってない。今のは完全に事故だ。だが、事故でも効くものは効く。
「よし!」
ひどい勝ち方だが勝ち筋だ!
獣は片脚をかばいながら、それでもなお俺を睨みつけていた。執念深いな。いいから帰れ。獣としてのプライドは知らんが、こっちは生まれて数十分の泥団子なんだぞ。
すると突然、さっき視界に出た文字がまた浮かんだ。
【吸着 Lv.3】+【流動 Lv.2】
↓ ↓
【圧縮 Lv.1】
「圧縮?」
その言葉を見た瞬間、なぜだか少しだけ理解した。
集めるだけではない。寄せて、押し固めることができる。
試しに、俺は身体の前面に意識を集中した。釘と破片と鉄板の一部が、泥の内側へぎゅ、と押し込まれる感覚。重い。だがまとまる。前面が少しだけ硬くなる。
「これ、もしかして……」
獣が最後の突進をしてきた。
俺は動かない。動けないだけとも言う。
「来いよ! 今の俺はさっきより一ミリだけ最悪だぜ!!」
突っ込んでくる獣の鼻先へ、俺は全力で前面を叩きつけた。
ごっ、と鈍い音が鳴った。
圧縮したガラクタの塊が、ちょうど棘付きの鈍器みたいになっていたらしい。獣の顔面がひしゃげる。ひるんだところへ、俺はそのまま体重をかけて押し潰した。
数秒のもみ合いのあと、獣はぐったりと動かなくなった。
静かになった。
静かになったが、俺の姿も最悪だった。
顔面に缶、側面に釘、底に鉄板、上から鎖を引きずった泥団子。
勝利の姿として提出したら審査員が泣く。
「……勝った、のか?」
答えるものはいない。
だが、目の前の獣はもう動かない。たぶん勝ったのだろう。たぶんで済ませたくない勝敗だが、少なくとも食われる未来は遠のいた。
「やった……」
俺はその場にへたり込んだ。へたり込むも何も、最初から低い。だが気分としてはへたり込んだ。
「すげえな土属性……いや、すごいのか? これ。何か、地味に嫌な方向へ強いだけじゃないか?」
火みたいにどかーんといかない。水みたいにスマートでもない。風みたいに軽快でもない。だが、拾って、くっつけて、押し固める。やってることが終始リサイクルセンターである。
「マニア向けってそういう……?」
理解したくなかった理解がじわじわ来る。
そのとき、獣がいた場所の下から、半ば埋もれていた板材が顔を出した。戦いの拍子に土が崩れたのだろう。
板には、見覚えのない紋章が刻まれていた。円の中に、塔みたいなもの。その周囲を、輪が囲っている。
「何だこれ」
生活用品でも武器でもない。妙に格式だけある。しかも板自体、ただの木ではなく、うっすら青い光を残していた。
嫌な予感と、面倒な予感と、ちょっとしたワクワクが同時に来る。
「やっぱここ、普通のゴミ捨て場じゃねえな……」
世界の裏側にある、ろくでもない何かの最終処分場。そんな感じがする。
だとしたら。
ここには、まだ使えるゴミが山ほどあるってことでもある。
俺はゆっくり顔を上げた。いや顔はないが、気分として。
さっき見つけた剣の柄が、少し上の斜面からこちらを見下ろしている。いかにも「拾え」と言わんばかりに。
「……お前、見てろよ」
誰に言ったのか、自分でもよくわからない。
神々か。剣か。あるいは、さっき死んだばかりの獣か。
「俺はたぶん、最弱だ」
今の俺はどう考えても弱い。見た目も終わっているし、能力も地味だし、生き残ったのも事故とゴミの合わせ技だ。
「でも、お前らが捨てたもので生き残れるなら、それで十分だ」
言いながら、俺はまた不格好に跳ねた。
ぽよん。ぽよん。ぬちょ。
さっきより少しだけ前へ進める。身体の動かし方が、ほんのわずかにわかってきた気がした。
ゴミ山の斜面をよじ登る。途中で二回滑り、三回ほど自尊心が死んだが、もう死んでいるので誤差だ。
そしてようやく、俺は剣のところまでたどり着いた。
近くで見ると、やはりただの剣ではない。柄には細かい装飾があり、鍔には宝石の台座だけが残っている。肝心の刀身はかなり錆びているが、それでも形だけは立派だった。
「絶対なんかあるだろ、お前……」
俺が泥の身体を伸ばし、柄に触れた、その瞬間。
『貴様、何をしている』
声がした。
低く、偉そうで、無駄に通る声だった。
俺は固まった。
『離せ。不敬だぞ、泥』
「しゃべったぁぁぁぁぁぁ!?」
ゴミ捨て場に、俺の悲鳴が響いた。




