転生したらゴミだった件!!!(全ギレ)
俺は死んだ。
それはもう、異世界転生ネタとしても笑えないぐらい雑な死に方だった。
工事現場の脇を歩いていたら、上からスパナが落ちてきた。
そこまではまだ分かる。世の中には、運の悪い事故というものがある。
問題は、そのあとだ。
そのスパナは足場の鉄材やら看板やらを巻き込み、専門家とかが必要な現代美術を完成させた。
警察も救急も、たぶん途中で説明を諦めただろう。
そんなわけで、俺は今、白い空間に立っている。
床はある。だが感触はない。
死んだ実感だけが妙に鮮明で、空間全体は夢みたいにぼやけている。
目の前には神らしき存在が三人いた。
一人目は、刈り上げオールバックにエルフ耳の長身男。神というより、外資系コンサルの中途採用みたいな顔をしている。やたら姿勢がいい。腹立つ。
二人目は、古墳時代みたいな髪型をした、いわゆる「のじゃロリ」である。テンプレの権化みたいな見た目なのに、その眼光は歴戦のパチンコ戦士のそれだ。嫌な予感しかしない。
三人目は、シスター姿の石像だった。目を閉じたまま微動だにしないその姿は、単体で見れば神々しい。
ただ、リーマンエルフと、ガンぎまりロリに挟まれているせいで、闇に堕ちた女神像みたいな空気を放っていた。
最初に口を開いたのは、エルフ耳の男だった。
「あなたは死にました。これより転生手続きを行います」
夢がない。
「うわ、本当に言うんですねその台詞」
「定型文です」
「定型文で人の死後を処理するなよ」
世界転生の現実が垣間見えた。嫌すぎる。
次に、のじゃロリが胸を張って言った。
「ここに四つの魔物モンボールがあるじゃろ? 好きなのを一つ選ぶのじゃ」
見ると、確かに台座の上に球体が四つ並んでいた。赤、青、黄、緑。なるほど、火水土風だろう。
「その雑に商標を避けた感じのネーミング、いいんですか?」
「訴えられたことはないのじゃ」
「怖いのは訴訟じゃなくてお前らのコンプラ意識だよ」
原告がいないだけだろ。投げやりな内容につい口が悪くなる。
最後に、石像シスターが低く告げた。
「魔の者よ……旅立ちの刻が近づいております……」
魔の者。
いきなりカテゴリ決められたんだが。
「ちょっと待ってください」
俺は右手を挙げた。たぶん挙がっていた。肉体の感覚が曖昧で、自分のジェスチャーに確信が持てない。
「転生先って、全部魔物なんですか?」
「その通りです」
エルフ耳が即答した。
「火、水、土、風の四属性から選ぶのじゃ」
光属性的な白髪は飾りですか?
「あなたの魂は、然るべき道へと導かれるでしょう……道だけに……」
石像、いま駄洒落言った?
「チート能力は?」
「現地調達でございます...」
「サバイバルキットは?」
「持ち物は心の準備だけじゃ」
「種族名は?」
「機密事項です」
「それ、ガチャで提供割合伏せてるようなもんですよね?」
「表現が俗ですね」
「俗なのはそっちの運営だよ!」
のじゃロリが退屈そうに顎を乗せる。
「ほれ、ざっくり説明してやるのじゃ。火は攻撃」
「水は小細工」
「土はマニア向け」
緑の球を三人で見てから、なぜかぴったり声を揃えた。
『『『風は雑魚』』』
「いや仲いいな!! そこだけユニゾンするな!!」
息ぴったりだった。何なんだこいつら。事前に練習してたのか。三人しかいないのに役割分担が妙に完成されている。
「風属性に何かされたんですか?」
「特に」
「特にはないのじゃ」
「風はただ……軽いのです……」
「一番私怨っぽいの石像なんだよなぁ……」
俺は四つの球を見比べた。
火はたぶんわかりやすく強い。水は器用っぽい。風は神々の評価が怪しすぎて逆に気になる。問題は土だ。
マニア向け。
その一言の、具体性のなさが怖い。
怖いが、逆に言えば尖っているのかもしれない。テンプレ的に選ばなそうな選択肢の方が、意外な当たりを引ける可能性もある。ただ、三神の言う「雑魚」と「マニア向け」は信用してはいけない気もする。
というか、信用できる材料が一個もねえ。
「……じゃあ、土で」
黄色の球に手を伸ばした瞬間、三者三様の反応が返ってきた。
「そうですか」
エルフ耳、無味無臭。
「なぜじゃ! なぜ誰も水を選ばんのじゃ! 水はええぞ、水は! 浸透するし、湿るし、ちょっと陰湿で!」
「最後だけ嫌すぎるよな?」
「敬虔なる神の使徒よ……験あらんことを……」
「韻だけ踏んだダジャレやめてもらえます?」
足元が光った。
嫌な予感がした。
「え、ちょ、待って、まだ質問が」
「説明手順は以上です」
「短っ!?」
「集合時間の五分前には来ておったのにのう」
「それならなおさら今急ぐ必要ないだろ!」
白い空間が崩れ、視界が引きずられていく。うわ、本当にもう送るのか。自動翻訳は? 初期装備は? ステータス画面とかログインボーナスとか、そういう文明的配慮は?
最後の最後で、どこにでもありそうなドアが空間の端にぬっと現れた。そこから緑髪の少年がひょいと顔を出す。魔法少女のマスコットが人型になったみたいな服装をしていた。
「えっ、もう飛ばしたの!? 闇の刻からのはずだよね!」
少年が言い切る前に、俺の身体は完全に光へ呑まれた。
「ちょっと待て、今さら不穏なことを言うなあぁぁぁぁぁぁッ!!」
俺は落ちた。
たぶん、転生先へ。
あるいは、地獄へ。
◇
神は死んだ。
俺の中で何かが死んだ。信頼とか、期待とか、そのへんの社会生物的な感情がまとめて死滅した。
目を開けた瞬間、見えたのは空ではなく、ゴミだった。
錆びた鍋。割れた皿。ちぎれた布。片方だけの靴。何に使うのか見当もつかない金属部品。折れた棒。欠けた瓶。潰れた箱。骨みたいな何か。骨じゃないと思いたい何か。
そして、それらの上に転がっている俺。
俺の視界が妙に低い。というか低すぎる。鼻がない。手もない。いや、あるのか? いや待て、これ何だ。なんで身体の輪郭がこんなに曖昧なんだ。
試しに動こうとすると、べちゃ、と嫌な音がした。
べちゃ?
俺は数秒かけて、自分の現状を理解した。
俺は、泥団子だった。
足が生えた泥団子だった。
「は?」
声は出た。出たが、湿っていた。語尾がじめっとしていた。嫌すぎる。
「は?」
もう一度言った。状況は変わらなかった。そりゃそうだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
キレた。
いやキレるだろ普通。
「なんっっっっっでだよォ!!」
俺の絶叫に、近くの瓶がからんと転がった。こっちが転がりたいよ。
「土属性ってもっとあるだろ! ドワーフとか! ゴーレムとか! せめて石礫とか! なんでよりによって泥なんだよ!!」
足が二本、ぴょこっと生えている。申し訳程度の足。存在自体が言い訳みたいな足。何だこれ。誰に対する配慮だ。移動手段としてもデザインとしても半端すぎる。
「これがマニア向けか!? どこの誰に刺さるんだよ!! 上級者向けってレベルじゃねえぞ!!」
周囲を見回す。
ゴミの山。ゴミの谷。ゴミの斜面。どこまでもゴミ。景観が終わっている。
そして俺も終わっている。
「火か水にしとけばよかった……いや、風が正解だった! 絶対風だろ答えは!! あいつらの私怨を真に受けた俺がバカだった!!」
脳内で、三神の顔が浮かぶ。
エルフ耳の無表情。
のじゃロリの偏った推し。
石像の意味浅発言。
「あの不良社員どもぉぉぉぉぉぉぉ!!」
叫びながら一歩踏み出す。ずるりと滑った。弱い。あまりにも弱い。段差にすら勝てない。
試しに少し跳ねてみる。
ぽよ。
情けなさで死ねる。
「ふざけんなよ……こんなんでどうやって生きろっていうんだよ……」
そのとき、がさ、とゴミの陰から音がした。
振り向くと、いた。
犬ほどの大きさの、毛のないネズミみたいな生き物が三匹。いやネズミですらないな。目が赤い。歯が多い。口の端に、さっきまで何かを食っていたらしい黒い汚れがついている。
こっち見んな。
いや見るなとは言わないが、食べ物を見る目で見るな。
「ちょ、待て待て待て」
じり、と一匹が寄る。
「俺いま転生したばっかなんだけど? まだチュートリアルも始まってないんだけど?」
通じるわけもなく、三匹は唸りながら近づいてきた。
終わった。
転生二十分で死ぬ。いや時間感覚ないから二十分かどうか知らんけど、とにかく早い。早期サ終にもほどがある。
「やめろ! 近寄るな! せめてもうちょっとこう、成長してから来い!」
一歩下がろうとして、後ろのゴミ山にぶつかった。その拍子に、何か硬いものが俺の身体に触れる。
次の瞬間。
ぴたり、と音もなく、それは俺にくっついた。
「……は?」
錆びた釘だった。
一本、俺の泥の表面に、当然の顔で刺さっている。
「いや、なんで?」
さらに、足元の小さな金属片や、ガラスの欠片まで、すうっと引き寄せられてくる。
嘘だろ。これが俺のスキルか。
俺、磁石になった?
いや泥だぞ?
などと混乱しているうちに、先頭のネズミもどきが飛びかかってきた。
「うわぁぁぁっ!?」
反射で身を縮める。
がりっ。
嫌な音がしたあと、ネズミもどきが悲鳴を上げて地面に落ちた。俺の表面に飛び出していた釘が、そいつの口の端を裂いたのだ。
「……あれ?」
残り二匹が警戒して足を止める。
俺も止まる。
え、今の、もしかして。
「俺って、触れると火傷するタイプになったってことか?」
少しだけ、希望が湧いた。
いや、希望っていうか、嫌がらせ能力だが。
もう一匹が回り込んでくる。俺はとっさに身体をひねった。泥の表面がずるりと動き、釘とガラス片がそちらへ偏る。
自分でも意味がわからないまま、そいつに体当たりした。
ぐしゃ。
軽い。弱い。だが効いた。
「うおっ、いける!?」
最後の一匹が逃げ腰になった。その瞬間、俺の足元にあった小さな鎖の欠片までぺたぺたとくっついてくる。
何だこれ。
土属性ってそういう感じなのか?
わからん。わからんが、今は使えるなら使うしかない。
「来いよオラァ! ゴミ扱いされた土属性舐めんな!!」
半泣きで叫びながら突っ込むと、最後の一匹は普通に逃げた。
「逃げんのかよ!!」
勝ったのか負けたのかよくわからない静寂が落ちた。
俺は釘とガラス片と鎖の切れ端をまとった、妙に殺意の高い泥団子として、その場に立ち尽くした。
絵面が最悪だった。
「……強くなった、のか?」
違うな。
強くなったというより、触りたくない存在になっただけだ。
だが、さっきまでの「ただの泥団子」よりは、たぶんマシである。たぶん。
周囲を見ると、ゴミの山のあちこちに、さっきまで気づかなかった異物が見えた。
折れた剣。
妙に装飾の多い杖。
何かの紋章が刻まれた板。
片翼だけの石像。
生活ゴミにしては物騒なものが多い。いや、多すぎる。
ここ、本当に何なんだ?
そのとき、泥の内側が、じわ、と熱を持った。
視界の端に、文字のようなものが浮かぶ。
【吸着 Lv1】【流動 Lv.1】
「うわっ、出た!」
急にゲームっぽくなるな、心臓に悪い。
だが同時に理解した。
なるほど。
土属性。
マニア向け。
そして、このゴミの山。
「……ひょっとして俺、ここのゴミを使えってことか?」
答える者はいない。
いるのは、どこまでも積み上がったガラクタだけだ。
俺はゆっくりと、その山を見上げた。
さっきまでは絶望しかなかった景色が、今は少しだけ違って見える。
もちろん、最悪であることに変わりはない。
変わりはないのだが。
「……いいだろう」
泥の身体で、俺は笑った。たぶん笑えていた。顔がないので自信はない。
「こんな器しかないなら、それで生き延びてやる」
風が吹いた。
ゴミの匂いを運ぶ、嫌な風だった。
その風に煽られて、少し離れた山肌が崩れる。
がらがらと落ちてきたガラクタの隙間に、鈍く光る柄が覗いた。
剣だ。しかも、安物ではない。
飾り気が過剰で、趣味が悪いぐらいには、ちゃんとした剣だった。
俺はそれを見つめた。
この世界に来てから初めて、自分以外の何かを「欲しい」と感じた。
使えそうだからじゃない。
あそこに埋まっているのが、俺と同じ匂いをしていたからだ。
雑に落とされて、雑に捨てられて、それでもまだ終わっていないものの匂い。
「……次は、あれ拾うか」
こうして、最低最悪の泥団子ライフが始まった。
神ども、首を洗って待っていろ。
俺はいま、ゴミだ。
だが、捨てる神あれば拾うゴミもあるのだ。




