廃棄っていうか、不法投棄ですよねっ!
目が覚めた。
いや、目はないが。
でも気分としては目が覚めた。
無機物にとっての睡眠が何なのかは未だによくわからないが、とにかく俺は番人の残骸の陰で、わりとしっかり気絶していたらしい。
最悪の寝起きだった。
まず重い。
全身が重い。泥なのに、乾く寸前のセメントみたいな倦怠感がある。しかも頭には聖剣、身体の中には青い魔導核心、表面には金属片や鎖や鉄板の外装。どうぐ欄にうまのふんやらが入ってるよりかマシだが。
「うぅ……寝る前より呪物感が増してる……」
『朝一番の感想がそれか、泥』
「朝かどうかも分かんねえんだよこっちは」
俺はぺちょりと身を起こした。
視界の先には、昨日倒した番人の残骸が山のように横たわっている。でかい。改めて見ると本当にでかい。こんなもんを泥団子がどうにかしたのかと思うと、少しだけ誇らしい。
少しだけだ。
絵面が全くもって誇らしくないからである。
「……でも、勝ったんだよな」
『辛うじてな』
「そこで綺麗に褒めてやれよ」
『調子に乗るだろう、貴様』
「乗れるほど軽くねえんだよ今の俺は」
実際、かなり重かった。
試しに一歩踏み出すと、ぬちょ、ではなく、ごと、に近い音がした。泥の柔らかさの上に、金属外装が少しだけ馴染んでいる。昨日の俺より、明らかに装備している感が強い。
試しに意識を向ける。
すると、表面の缶の破片と鉄板が少しだけ滑り、前面を覆う形に寄った。
「おお」
『それが【外装強化】か』
「たぶん。昨日まではくっついてるだけだったのが、配置できる感じになった」
『多少はマシになったな』
「その多少に命賭けてんだよ俺は」
だが実感はある。
戦える、というのは言いすぎだ。
けれど、簡単に食われないぐらいにはなってきた気がする。鉄製のウニを食おうなんて輩はそうそういないからな。
そのとき、身体の中の青いコアが、かすかに脈打った。
とくん。
俺は動きを止めた。
「……ん?」
『どうした』
「なんか光った」
集中すると、身体の奥に埋め込んだコアから、うっすらと青い筋みたいなものが見えた。視界に線が浮かぶというより、感覚として道筋がわかる感じだ。引っ張られるような、誘導されるような。
「道案内してくれるっぽいな」
『番人と神殿を繋ぐ経路か』
俺は顔のない顔で前方を見た。
ゴミ山の谷間。その向こうへ、コアの感覚が細い青線を伸ばしている。番人が定期的に通っていたルートか、あるいは神殿側から廃棄物が流れてくる導線か。どちらにせよ、進む方向がわかるのは大きい。
「行くか」
『起き抜けにか』
「鐘が鳴ってたんだろ。神殿側も動くって話だったし、ぐずぐずしてたら次の番人が来るかもしれん」
『理屈は通っているな』
「だろ」
『当の貴様に招かれるべき神聖さは欠片もないが』
「朝からいちいち悪口のキレがいいな!」
俺は番人の残骸を回り込み、コアの示す方へ歩き出した。
歩く、というより跳ねるに近いが、昨日までよりはマシだ。外装のおかげで身体の輪郭が少し安定し、斜面で滑りにくくなっている。代わりに重い。泥団子が機動力を捨てて装甲に振るの、ゲームなら初心者には薦められないビルドだろうな。
しばらく進むと、廃棄場の景色が少し変わってきた。
今までは無秩序に積み上がったゴミの山だった。だがコアの導く方向には、妙に整然とした痕跡が残されている。側溝めいた窪み。車輪跡みたいな溝。壁代わりに積まれた廃材。
そして、ところどころに見える神殿の回収印。
「……マジで管理してるのか、ここ」
『だから言っただろう。偶然の吹き溜まりではない』
「いや分かってはいたけどさぁ……」
俺は足元の板を見た。
木製の札だ。片面に塔と輪の紋章。もう片面には、かすれた文字が並んでいる。
読めない。
だが、なぜか意味だけは少しわかった。
『回収済』
『破損・再利用不能』
『廃棄層送り』
「うわぁ……」
『読めるのか?』
「読めるっていうか、なんとなく分かるな。転生特典で自動翻訳とかが仕事してるかもしれん」
『宝の持ち腐れだな』
「遅いんだよ! なんで泥団子に慣れてからじわじわ便利になるんだよ!」
札をひっくり返す。
別の札も落ちていた。
『奉納後・魔力残滓あり』
『洗浄不能』
『廃棄』
「おい、これさ」
『うむ』
「ゴミ処理場というか、完全に神殿の裏庭じゃねえか」
『正規の処理系統なのだろうな』
「神様、これ廃棄じゃなくて不法投棄ですよねぇ?」
『法の定義による』
「そうかよ」
冷静になればなるほど腹が立つ。
要するにここは、神殿が正式に運用している廃棄場だ。捧げ物だの遺物だの加護の抜け殻だの、役目を終えたものをまとめてここへ送っている。なら俺がここに落ちたのは、ただの事故なのか? それとも神々のポイ捨てなのか?
考えるほど、神どもの顔を殴りたくなる。
そのとき、前方からか細い声が聞こえた。
『……返せ』
俺は止まった。
「ん?」
『返せ……返せ……持ち主へ……』
「うわっ」
道の脇のガラクタが、わずかに動いた。
壊れた燭台だった。正確には、燭台に似た何か。三本あるはずの脚は二本しかなく、中央の皿は割れ、蝋の代わりに青白い残り火みたいなものが宿っている。
そいつが、こっちを見た。
いや、見ている気がした。
『返せ……灯を……返せ……』
「何だこれ」
『ゴーストの類か、インテリジェンス・ウェポンの亜種か。廃棄場なら珍しくもない』
「そんなもんが溢れててたまるかっ」
燭台は俺の方へ一歩、いや、半歩ほどにじり寄った。脚が二本しかないので動きがひどく不安定だ。だが敵意というよりはむしろ、何かに縋るような動きだ。
『灯を……神前へ……』
そこで、俺の身体の中のコアがまた脈打った。
とくん。
燭台の残り火が反応する。
青白い光がひときわ揺れ、燭台はぴたりと動きを止めた。
『コアに反応しているな』
「つまり?」
『貴様を「運搬用のゴーレム」と認識したのだろう』
「こんなとこまでスマート家電化してるのかよ......」
だが、その一言で繋がった。
番人のコア。回収印。整えられた廃棄路。廃棄物の残留思念。
ここには人の作った法がある。
ちゃんとルールがあって、なお最低な掃き溜めなのだ。
「逆にムカつくな。雑な上に、多少は整備された汚さなのが」
『我らにしてみればディストピアよな』
「だよなぁ……」
俺は少し迷ってから、燭台に触れた。
「お前、持ち主んとこ帰りたいのか?」
『……神前へ……灯を……』
「会話が一方通行だな」
『壊れているのだろう』
「そりゃそうか」
ふむ。
俺はしばらく燭台を見つめた。
昨日までの俺なら、「なんか怖い」で離れていたかもしれない。だが今の俺はちょっと違う。ゴミを纏い、番人を倒して、神殿への道を切り拓いた泥団子である。
「……いいだろう」
『何がだ』
「連れてく」
『は?』
「まだ使えるかもしれねえし。あと、同じ境遇のやつを置いていきたくない」
『慈悲か?』
「心に後味悪いもん残してたら、神どもに本気の怒りをぶつけられないだろ」
『そうか......その通りだな』
俺は燭台を外装の横へ吸着させた。
ぺたり。
うん。似合わない。
いや、俺に似合うものなどもともと少ないが、それにしても似合わない。頭に聖剣、胴に燭台。まるで悪趣味な祭壇である。
『どんどんひどい見た目になるな、貴様』
「お前も一助を担ってるからな!?」
だが、燭台の青白い火は少しだけ安定した。俺のコアから漏れる魔力か、あるいは泥の居心地がいいのか知らないが、とにかく消えそうではなくなった。
『……灯る』
「おっ」
『灯る……戻る……』
「戻る先があるなら、ついでに案内してくれ」
燭台はそれ以上まともに喋れなかったが、火だけは進む方向へ細く伸びた。
おいおい。コアと同じ方向だ。
「マジで導線として使えるのかこれ」
『さしずめ、泥舟の羅針盤か』
「カチカチ山かよ」
それからしばらく、俺たちは整えられた廃棄路を進んだ。
途中でいくつかの捨てられた何かに出会った。
羽の折れた使い魔らしき鳥。
口だけが喋る仮面。
魔力の切れた札束。
【追想 Lv.2】
どれも壊れている。どれも役目を終えている。どれも、少しだけ未練を残している。
それらが俺を見て、ざわついた。
『回収印……』
『搬送路だ……』
『まだ、戻れるのか……?』
「いや違う違う、俺ただの泥だから。勝手に希望を見出すな。責任取れないぞ」
『妙なところで真面目だな、貴様』
「同じ立場のやつらに期待されるの、普通に重いんだよ!」
でも、そのざわめきは俺の中に残った。
俺だけじゃない。
ここには、捨てられたものが山ほどいる。しかも、ただ壊れて無になったんじゃない。中途半端に機能や意思が残ったまま、処理待ちみたいに積まれている。
神殿。
神。
加護。
祈り。
そういう綺麗な言葉の裏側で、こんな惨めな終わり方をしているものがある。
「……クソ神どもが」
『燃料にするには十分だろう』
「燃料呼ばわりするな。確かにプッツンきそうだが」
【収納 Lv.2】
やがて、廃棄路は大きな窪地へ出た。
そこには、山というより施設に近い景色が広がっていた。
高い壁代わりに積まれた石板。
仕切りのように並ぶ鉄柵。
崩れてはいるが、確かに分別された区画。
そして、上から何かを流し込むための巨大な樋のような構造物。
「……うわ」
ゴミの海の真ん中に、神殿がここだけ本気で作ったかのような空間があった。
しかも今、その樋の上から、がらがらと音がしている。
俺は慌てて遮蔽物の陰へ身を伏せた。聖剣の柄ががつっと石にぶつかる。
『丁重に扱え』
「急に品よく隠れられる身体じゃねえんだよ!」
上を見上げる。
樋の先。崖のように高い位置に、細い通路があった。その上を、荷車が進んでいる。
人影。
人間だ。
「マジか」
距離は遠いが、見える。ローブ姿の男たちと、荷車を押す作業員らしき者たち。荷台には、木箱や袋や、布を被せた何かが山積みになっている。
その一つが、樋へ放り込まれた。
ごろごろごろ、と音を立てて落ちてくる。
箱が壊れ、中身が窪地へ散らばった。
砕けた燭台。
ひしゃげた銀杯。
割れた仮面。
全部、神殿の回収印つきだ。
「おいおいおい……」
『見たか』
「完全に投棄じゃねえか!」
『正式な処理ではあるのだろう。あちらにとっては』
さらに上から声がした。
「次、奉納祭の二便だ! 刻印だけ外して流せ!」
「残滓持ちは下層へ! 印の残ってる器は夜のうちに!」
聞こえた。
今、聞こえたぞ。
「刻印だけ外して流せ、って言った?」
『言ったな』
「絶対、面倒になって現場判断した奴だろ。仕事舐めんじゃねえぞ!」
俺は思わず立ち上がりかけたが、聖剣が止めた。
『抑えろ』
「でも今の聞いたか? 刻印だけ外してって、見た目だけ処理済みにして終わりってことだろ!?」
『人の考えなど知りたくもないが、大方そうであろうな』
「どんどん評価下がってくなあ!」
だが、同時に分かったこともある。
奉納祭。
二便。
夜のうちに。
つまり今、神殿側は祭りで忙しい。その裏で処理班が動いている。忙しくて手が回らないなら、警備にも穴があるかもしれない。
俺は窪地の奥を見た。
樋の下には、さらに奥へ続く細い搬送路がある。たぶん番人や運搬機構が出入りするためのルートだ。しかも、俺の中のコアがそこへ向けて強く反応している。
「……行ける」
『何がだ』
「神殿の裏口だよ。正面からじゃなくて、ゴミと一緒に潜り込む」
『貴様らしい発想だな』
「褒めてないよな?」
『むしろ憐れんでいる』
「ちくしょう」
だが、これしかない。
俺は正面から神殿へ入れる姿をしていない。門前で討伐されて終わる。なら、向こうが自分で開けている裏口を使うしかない。
そのとき、身体の横につけた燭台がかすかに震えた。
『……神前……』
「ん?」
『灯を……返せ……』
燭台の火が、樋の向こう側を向く。
ああ、そうか。
こいつはあっちから来たのだ。
捨てられ、流され、ここに落ちた。
そして俺も、たぶん似たようなものだ。
だったら。
「返してやるよ」
『何をだ』
「灯も、文句も、ついでに責任もだ」
『一度に抱えるには重すぎるな』
「見ろよ俺の今の姿。これ以上増えても今更だ」
俺は小さく笑った。顔はないが、気分の問題だ。
「よし」
俺は窪地の奥、搬送路の影を見据えた。
「次は、あそこだ」
そう言って、俺は外装を少し締めた。
鉄板を前へ。鎖を固定。燭台を落とさない位置へ。頭の聖剣は相変わらず邪魔だが、今さら外すのも怖い。というか、外したら絶対に文句が長い。
『……泥』
「何だよ」
『あまり調子に乗るな。掃除機一台を倒した程度で、神殿をどうこうできると思うな』
「分かってるよ」
俺は少しだけ声を落とした。
「でもさ」
『何だ』
「ここまで見たら、もう行くしかないだろ」
捨てられたもの。
処理したことにされたもの。
灯を返してほしい燭台。
回収印つきのガラクタ。
そして、たぶん処理ミスか何かで落とされた俺。
全部がこの搬送路の先に繋がっている。
だったら、見ないふりの方が無理だ。
聖剣はしばらく黙っていたが、やがて低く言った。
『……好きにしろ』
「それってほぼ許可だろ」
『勘違いするな』
「はいはい」
そのとき、上の通路から、また作業員の声が落ちてきた。
「夜半までに下層を空けろ! 祭壇裏の搬入口を開くぞ!」
俺と聖剣は同時に黙った。
搬入口。
開く。
夜半。
俺はゆっくりと、顔のない顔で笑った。
「聞いたか?」
『聞いたな』
「神殿さん、自分から裏口開けてくれるらしいぞ」
『その前に野垂れ死ぬなよ』
「善処する」
そうして俺は、神殿の裏側へ潜り込むための最悪の近道を見つけた。
捨てられたものとして。
捨てられたものを連れて。
神殿の中心で、苦情を叫ぶために。




