⑭-3 不和
アルベルトはティニアへ花の鉢植えを贈った。ティニアは贈り物で一喜一憂するような人物ではないが、それでも喜んでくれると踏んでいた。しかし、彼女は鉢植えのお礼を冷たそうに伝えてきただけで、それ以上のことは言わなかった。
サプライズのプレゼントは失敗に終わったようだった。
早歩きのティニアを追って歩いていくと、シェアハウスが見えてきた。男は居候の身だ。
玄関にたどり着くや否や、ティニアは振り返った。その表情は冷たく硬い。
「君は仕事でしょう」
「今日は休みをもらって……」
「ああ。僕が仕事依頼を蹴ったから、暇になったのか」
ティニアは口元にだけ笑みを浮かべると、そのまま家のドアノブに手を掛けた。その手を、アルベルトの手が包み込む。
「待ってくれ。何をそんなに怒っているんだ」
「別に怒っていないよ」
「気に入らなかったのなら、そう言ってくれ」
「何? 鉢植えのことを言っているの? それならちゃんと飾ってあるよ」
「じゃあなんでそんなに」
「……君はさあ」
ティニアはドアの前に立ちはだかろうとしたアルベルトの胸倉を掴んだ。ティニアの背は男よりもかなり低い。アルベルトは急に体勢を崩した。
二人の顔が接近したものの、恥じらいのある光景とは思えない。ティニアは青い瞳を鋭くすると、煌めきを放ちながら強い眼差しを送った。
「君は、ボクに誰を見ているんだ。ボクはボクだ。ボクに、誰を見ている⁉」
一瞬の静寂は、アルベルトの頭を白くするのに充分であった。
ティニアは男を振りほどき、家へ入っていった。無造作に閉じられたドアを慌てて開けたものの、部屋へ入るのを躊躇するしかなかった。
「誰って。誰も見てなんて。君は君だろう」
「人を探していたよね。その人はどうしたの?」
「そ、それは…………」
「あの花は、その人が好きな花じゃないの?」
「なんで、そんなわけないだろ」
「……ボクに彼女を見るのはやめるんだ」
ティニアは再び男を睨みつけ、自室のドアを勢いよく閉めた。
静けさを迎えた部屋に取り残され、アルベルトは声を上げた。
「違う、俺は君を!」
アルベルトは正気に戻ると、慌ててティニアの部屋へ入った。
ティニアは銀に輝く懐中時計を握りしめ、潤んだ瞳で見つめていた。慌てて顔を上げたティニアと目が合う。ティニアはすぐに背中の方へ懐中時計を隠した。
「なんだよ、それ」
「なんでもない」
「嘘だろ。なにを隠してるんだ」
「うるさい」
ティニアは目線をそらしたまま、薄暗い部屋の更に奥へと下がった。カーテンから注ぎ込む光が、銀に輝くそれをいたずらに煌めかせた。
アルベルトはティニアへ近づいていく。
「その銀の。見せろよ」
「な、何なの、ほんと。君は関係ないじゃないか」
ティニアは睨みつけていた男から目線を外したものの、鋭さはより一層に増している。瞳が強く呼応した。アルベルトは視線だけ落とすと、歯を食いしばった。
「昔の男のことなんて、忘れろよ」
ざわざわと、家の外で吹き荒れる風の音が聞こえるように、空間を圧迫していく。生暖かい、異常な風が伝うはずの無い窓を伝う。
「そんなもの、くだらない」
男はそう吐き捨てた。
次の瞬間、部屋には叩く乾いた音が響く。
そして、玄関のドアの閉まる音だけが、静寂を支配した――。




