⑬-6 同じ屋根の下
一方、シェアハウスにのこされた、ティニアとアルベルトは――。
ぎこちない時間を過ごしていた。
マリアの荷物はもう、シェアハウスには残されていないようだった。
「じゃあ、俺もそろそろ帰るよ」
「あ、うん……。まだホテルなんだっけ」
「いや、親分のところ」
「そういえばそう聞いていた気がする……」
ティニアは、何とも寂しそうな表情を浮かべ、アルベルトを見上げている。
アルベルトは空のカップをテーブルに置くと、ティニアの方へ体を向けた。
「なあ、本当にいいのか」
「…………」
ティニアはすぐに俯いた。
屋根に雨音が響き始め、窓のガラスに雫が付き始めた。
「マリアを今からでも追いかけて、引き留めに行かないか?」
「……ううん。マリアの意思は固いよ」
「悪いことしたな……」
「前からそう思っていたみたいだったね」
ティニアはマリアの部屋の前まで歩いていくと、ゆっくりとドアを開けた。
部屋は物置の荷物が詰め込まれ、新たな物置となっている。
「ふふふ。自分の部屋に、君が住むのは厭だったみたいだね……」
「じゃあ、俺の部屋は?」
「僕の部屋のお向かい。あの時の物置だね」
「そうか……」
静まり返る部屋で、アルベルトはソファから立ち上がると、ティニアの横へ歩き、隣へ立った。
「あいつ、このまま姿を消したりしないよな?」
「明日の夕食を食べにくるって言ってたから、来るんじゃないかな」
「……そうだな。あいつが嘘をつくわけがないか」
「うん……」
「俺も来ていいか?」
「うん」
アルベルトは、ティニアにかける言葉を探していた。今の彼女に、お道化る様子は見えない。
横に立つ彼女はとても小さく見えた。
抱きしめたい感情を抑えつつ、アルベルトは精一杯の笑みを浮かべた。
「それじゃあ、帰るよ。お大事にな」
「なんでそんなに急いで帰るの?」
「……え? いや、だって二人きりでこんな……。付き合ってもいないんだ」
「それはそうだけれど」
首をかしげるティニアを前に、アルベルトは腕を広げ、抱きしめた。
雨音だけが、部屋に鳴り響いた。
ティニアは時間差で顔を真っ赤にすると、視線を泳がせた。
「わわわ。きゅ、急にどうしたの……?」
「お前、本当に分かってる?」
「何が……」
「俺と住むって」
「なに? 一緒に暮らすだけでしょ?」
アルベルトは大きく息を吸うと、ゆっくりと吐き出した。意図せずその呼吸はティニアのうなじへと伝わった。
「ひ、ひゃっ! くすぐったい」
抱きしめられているティニアは、何とか顔を起こした。
思っていたより、相手の顔が近くにあったからだろうか。ティニアは更に頬を赤らめ、目線を足元へ落とした。
アルベルトは肩をすくめると、ティニアから名残惜しそうに離れた。
「……荷物、ちょっとずつ運ぶよ」
「うん……」
「なあ、ティニア。俺……」
「なあに?」
言い淀む男を前に、ティニアが首をかしげた。その時、ドアをノックする音が部屋へ響き渡った。
「あれ。マリアかな?」
「わ、忘れ物か?」
「はーい。今行きまーす」
ティニアがドアに近づいたところで、玄関のベルが豪快に鳴った。
不思議に思ったティニアが扉を開けると、シュタイン親分が豪快に現れたため、ティニアは目を丸くした。
親分はタンクトップと短パンという出で立ちで、傘を閉じるところだった。
「親分! どうしたの⁉」
「イヨウ! お嬢サン、退院おめでっとゥ‼」
「あ、ありがとう。わざわざそれを言いに来たの?」
「フフフ……。お嬢サンがようやっと実を固めたって聞いてなァ!」
親分は後ろへ振り返った。後ろに控えていた屈強な男たちは、家具や荷物を持っていた。八人くらいいるだろうか。
入口へ駆け寄ってきたアルベルトは、目を丸くした。
「え、親分! まさか俺の荷物、持って来てくださったんですか。兄弟子さんたちまで」
「雨ガ降ってきたンデ、焦ったゾ! 邪魔するぜエー!」
「うわわ、ちょっと何!?」
「野郎ども、あそこの部屋へ運び入れろォー!」
「オォオオオ!」
屈強な男たち――親分の弟子たちは、家具や荷物を持って、部屋へなだれ込んできた。
物の数分で、アルベルトの荷物は前まで物置だった部屋へ敷き詰められた。家具職人だけあって、配置も完璧に置かれたのである。
「ンじゃァナ! いい夜ヲォ!」
そして一瞬で、男たちは家から去っていった。
祭りの後の静けさであった。
「まさか、持ってこられちゃうとは……。はは、新しい家具まで、ほんと兄弟子さんたちは」
「どういうこと? キミ、一緒に住むって話を親分にしたの?」
「そりゃあ、今お世話になっているのは親分の家だからな」
アルベルトは照れたように頭を掻いた。
「……仲、いいんだね。ボク、あの人苦手」
「そうなのか。親分には良くしてもらっているよ。あのテンションだけは、ついていけないときがあるんだが」
「だ、だよね……」
「えっと、じゃあ。その……。今晩から、よろしく頼むよ」
「そうだね。よろしく頼むよ。じゃあ、御夕飯しようか! 何が食べたい?」
無邪気にじゃがいもを両手に持つ彼女の純粋な微笑みに、男は邪な気持ちなど振り払うしかなかった。




