⑬-5 憶測ではなく
帰路につきながら、マリアはずっと考えていた。
それは、ティニアとアルベルトの関係性についてではない。
眼帯の男が言っていた、“寿命”を迎えたアルビノの少年のことだ。
――アルビノの少年は、今はティニアとして生きているのではないだろうか。
少年の言った、『言葉に出せば、成るものも成る』という言葉。
そして、トイトイトイというおまじない。
ティニアもよくおまじないを口にする。そして、彼女の口癖である『物理法則』。
それらは一見繋がらないように見えるが、マリアには同じように見えた。
二人の共通点を挙げていけばキリがない。
ただ、単純に『アルビノの少年=ティニア』という構図を否定する理由が見当たらなかった。
似ているのは、ティニアとレイスであると考えていた。
確かにそっくりなほど、二人はよく似ている。
声は特に似ているように思えた。
その考えが、『アルビノの少年=ティニア』であるという気付きを遅らせていたように感じる。
眼帯の男の言うように、寿命が来たという言葉を信じられなかっただけかもしれない。
エーニンガー通りを抜けると、歩きなれた街角にたどり着いた。
空は先ほどよりも雲が濃くなり、灰色の空が広がっている。
マリアはそんな空を見上げ、立ち止まった。
ティニアと少年の顔は、決して似ていない。声もまるで違っている。
外見ではなく、内面が似ているのだ。
ティニアへ感じていた親近感の正体を理解したようで、マリアは何とも言えないスッキリとした感情に支配されていた。
少年だと思っていた彼は、少女だったのだろう。
少女が成長したとしても、年齢が合わない。ティニアはマリアよりも年上のはずだ。
その年齢差には、心当たりがある。
そのはっきりとしない年齢も、恐らく――。
マリアは一瞬目を閉じ、再びゆっくりと瞼を開けた。
町には雨が降り注いできた。
慌てて走っていく人々を横目に、マリアは傘もささずに歩き出した。
――ティニアもまた、人ではないのかもしれない。
傷がすぐに治ってしまうのも、彼女が普通ではない事を示しているといっていいのではないだろうか。
自分と同じような存在が他にもいる。
それも、身近にいた存在であるティニアがそうであるとしたのなら。
そんな淡い期待だけでは説明できない。
人間であるアルベルトと共に居られるのも、僅かかもしれない。
二人の幸せをマリアが壊せるはずもないし、壊す気などなかった。
何の理由もなく、ティニアが素性を隠すとは思えない。
彼女に話す気でないのなら、聞く気はない。
ティニアは、マリアを破壊するのだろうか。
眼帯の男と共に。
その目的は、未だ不明だ。
共に歩んでくれたのは、監視の為だろうか。
雪に埋もれていたマリアを、ティニアは掘りだして救助してくれた。
国境沿いで出会ったことは、恐らく偶然であろう。
あの時の記憶を、マリアは何度も思い返していた。
◇◇◇
二人のことに集中したまま、マリアは旧市街を歩き続けていた。
雨は降り続いており、マリアは髪から服までずぶぬれになっている。
視界に、教会と孤児院が入ってきた。
意図せず、こちらへ来てしまったようだ。
孤児院からは雨にも負けず、子供たちの声が聞こえてくる。
もうすぐ、この光景は見られなくなってしまう。
孤児院が閉鎖されること、その意味はティニアの体調だけではないはずだ。
運営だけならアドニスが、子供たちの世話ならシャトー婦人や熟練のヘッセ氏といった、別の職員もいる。
何もティニアが病に侵されただけで、閉鎖までしなくてもいいだろう。
財力もある財団なら、運営することなど容易いように思える。
孤児院を横目に見ながら、マリアは無言で通り過ぎていった。
今、このタイミングで孤児院が閉鎖されるということに、マリアは意味があると感じていた。
子供たちを巻き込めないような、何か事件が起きようとしているのではないだろうか。
例えば、マリアを破壊するような事態が発生するかもしれない、ということが。
「――私にも、やるべきことがある」
依存していい相手ではない。
彼女には、アルベルトがいる。
彼女が一人になる事はない。
「それに」
マリアは立ち止まると、空を見上げた。
無数の雨粒が、肌を貫いていく。
「優しいあの子に、そんなことはさせられない」
今できること、やるべきことを精査する必要がある。
レイス――ティナから話を聞くのだ。
このタイミングに彼女と再会を果たしたことに、何か意味があるはずだ。
二人で話をするためにも、ティナを退院させる必要がある。
退院すれば、行く先に困るだろう。
そうなれば、自然とマリアと同居する話になる。
違和感なく、ティナと共に生活することが可能になるであろう。
マリアは再び歩き出した。
目の前には、ライン川にかかる橋が見えてきた。
全てが、事件が起こるとき。
突然、マリアを奪いに来た時のように。
何かが起こるのであれば、この町にはいられないだろう。
「それまで、足掻くのよ。ラーレは」
マリアは手に持ったカップを撫でながら、雨の橋を渡っていった。




